ダンジョンのできた世界で、俺は世界を救えと望まれる。えっ、やだよ。ーその男、神の遊戯に巻き込まれて最強となるー

久遠 れんり

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始まった新世界

第60話 ある伝説

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「らっしゃい」
 その店は広くは無いのだが、カウンターが十二席と四人掛けのテーブルが三つ。

 魔物の氾濫。
 あの事件後、半年ほど閉まっていたが、また店が開いた。

「マスター、五目そば」
「はいよ。としさん。久しぶりですね」
 俺はこの近くに会社があり、昼にちょくちょくやって来る。

「そうだね。閉まっている間、ここの味が懐かしくてね。つい、自分で市販ラーメンを買ってきて、ガラから茹でてみたのだが、全然駄目だね」
「そうですか、たいした事はやってないんですがね」
 そう言って、彼は笑う。

 無論マスターが言う、たいした事はしてないというのは謙遜だろう。
 たいした事のレベルが、きっと恐ろしく高いのだ。

 素材選び、洗浄、割り方、ゆで時間、豚骨やガラの処理だけでも随分手間が掛かる。
 そして、灰汁を取り煮込む。
 ああ、最初にゆでこぼしなどもしないとなぁ。

「うん? マスター。この探マークはなんだい?」
「ああ、それね。素材が少し違うけれど、普通の人が食べても普通のラーメンだよ。ダンジョンへ入ったことがある人には、スペシャルな味になるようだけど」
「ほう」
 よく見れば、さっき頼んだ五目そばにも、丸探マークがついている。
 麺類には大体ついているようだ。

 ご飯ものには少ないのか。

 よく分からないが、待ち遠しいな。
 久しぶりに食べる、ここのラーメンだ。

「はい。お待たせしました」
「ありがとう。ひろみちゃんも、またバイトに入ったんだね」
「はい。おかげで少し太っちゃって」
 てへっという感じで、良い笑顔だ。
「ははっ、若いんだから大丈夫だよ」
 食べようとして気がつく。

 カウンター側で座っている連中。
 どう見ても探索者達だ。
 プロテクターまで装備したままだ。

 無言でひたすら、狂ったように食っている。
「湯霧さん。美味かったっす」
 ビシッと、まるで彼が、師匠か何かのように御礼を言って、彼等は泣きながら帰って行った。

 そこまで味が変わったのか?

「どれ一口」
 先ずはスープから……

「んがあぁっ」
 つい声が出た。
「熱いから気を付けてな」
 マスターから注意を受ける。

 熱かったのではない。
 つい、拳を握り。叫びながら立ち上がったのだが、これは味に衝撃を受けたからだ。

 そう、口から流れ込んだスープが、舌の上で味蕾を蹂躙して快楽を発生させる。そして、それは重力に従い奥へと流れ込む。
 確かに、ゴクンと飲んでしまって熱かったのは熱かった。
 だが、そんな事などどうでも良い。

 そのうま味? は、まるで細胞すべてに一気に吸収されるように体中に広がる。
 なんと言うことだ、そうこれは…… 味と言うより快楽だ。

 力が抜けストンと着座した私は、気がつけば彼等と同じように、涙をこぼしながら麺をすすっていた。
 そこに言葉は必要ない。

 ただ芳醇で濃厚。
 なのに、後味の切れは良い。
 一体どうすれば、こんな味が出せるのだ?
 鼻に抜ける、胡椒の香りがとても良い。

 乗っている野菜。
 もやしの一本一本まで、何かが違う。
 豚肉、えび、いか、白菜、そしてキクラゲやウズラの卵。

 この料理はもう、五目そばではない。
 究極の何かだ。

 一口ごとに、心が幸せになっていくのか、体中に力が漲っていく。彼が言っていた、ダンジョンへ私も入ったからなのか? 会社命令で、従業員は全員入った。人類は今、変革の時が来ているとか言って、社長が泣いていた。

「恐ろしい。マスターは、一体どこまで進化させるんだ?」
 つい口に出して聞いてみた。

「ああ、とりあえず五十階を越えると、幻獣系が出るらしいんだが、まだそこまでは行けなくてねぇ。いま、精霊と仲良くなるのに一生懸命なんだ」
「ああ。そうなのかい……」
 いけない、美味すぎて、頭が回ってないようだ。
 言っていることの、意味が分からない。
 幻獣って何なのだろう?

 そんな事を考えていると、あっという間に……
 汁まで全部飲んじまった。
 血糖と血圧が……
 なんと言うことだ。美味すぎて自制ができない。
 気を付けよう。

「明日また来るよ」
 そう言って、伝票を持ってレジへと向かう。

「腎臓だとか、血糖だとか悪いんじゃなかったのか?」
「今、薬も一つ増えたが、他で調整をする。とにかくまた来るよ」
 うん。平日は絶対来よう。死んでも良い。

「あーそうだ。水曜日と土曜日は仕入れの関係で休みだから」
「そうなのかい。分かったよ」

 ちょっとだけ変わったなじみの店。

 彼が探索者に敬われるのは、そんなに時間がかからなかった。

「ひろみちゃんと付き合ってんだってさ」
「マスターすげえな」
 それはほぼ伝説。モテない彼等にとって、希望の光。

「ああ。スゲエって言ったら、上級者達が言っていたぜ。六階より下で、オークをゴブリンみたいに狩っているマスターを見たってさ」
「ああ聞いた。デカい中華包丁みたいな武器で一発だってさ」
「へぇぇ。すげえな」
 そんな伝説が出来てしまう。

 そして、もっとすごい伝説がある。
 店の再開時に、一度だけ作られた伝説のラーメン。
 司が、材料を提供をした。身内用に三十杯だけだったらしいのだが、その味が伝えられている。

 ガラやチャーシューはドラゴン。
 マンドラゴラやグリフォン、シーサーペントなども入っているという。

 それは透明な出汁に、塩だけで味を付けたもの。

 それを一口食べた瞬間、みんなが卒倒をしたとか……

 味の暴力でもあったのだが、含有魔力量が多すぎて、一口食べるだけで身体の魔力ゲージを振り切ってしまったのが、卒倒をした敗因だと思われる。

 だがしかし、初めての味は記憶されて、美味かったと言う記憶だけが鮮明に残っていた。 
 司とシンは美味いといって、食べていたので美味かったのだろう。

 マスターはその材料を、再び獲りに行くために、ダンジョンの修行をすることにしたようだ。そのラーメンは、より深淵へと人々を誘う事になる。
 究極の素材を求めて……
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