不運だけど、快楽と無双を武器に、異世界を生きていく。

久遠 れんり

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第5章 獣人国平定

第90話 竜人族の強さ

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 そいつは、強かった。
 今のスヴャトスラフ=スタローンよりは、少し弱い程度。

 ブルースロックと言って、ウイリス家らしい。
 旧家の選手が、やっと出て来始めた。

 
「始め」
 審判の声が掛かり、いきなりタックルが来た。
 当然だが、相手は低い体勢。上から後頭部に向けて組んだ拳を落とす。
 危険だが、手順としては正解だろう。

 だが、結構な勢い、そして強さだったのに、彼は平気で俺の腹に突っ込み、俺は数メートル吹っ飛ばされた。

「やべ」
 あわてて、体勢を整える。

 見ると、彼はダウン中。
 攻撃は効いていたようだ。

「なんつーパンチだ、意識が飛んだぜ」
 そう言いながら立ち上がってきた。
「なんつー強さだ」
 そう言うと、多分笑顔になった。

「誇り高い、竜人族だからな」
 そう言って、その一瞬でまたタックル。
 だが動きが違う。

 手前でピタッと止まり、いきなり回転。
 そう彼らには、太くて立派な尻尾がある。

「んなっ」
 まともに当たると痛そうなので、しゃがみ込もうとしたが、下むきに変化をした。
 そう、払うのではなく押しつけるような軌道。
「当たるとやばそう」
 とっさに、両手で尻尾を掴み、その勢いで鉄棒のように前回りで躱す。
 着地と同時に、体勢を低くして、前掃腿ぜんそうたいと言われる足払いを逆に掛ける。

 だが、彼は足だけではなく、手も突いて器用に回っていた。
 見てしまったが、止まらない。
 両足を払うと、彼はずべっと顔面から転けた。


「ひでぇ」
 鼻面をなでながら立ち上がるが、顔は多分笑っている。
 未だに、表情が判らない。
 ニイッと牙を見せられても、それが笑顔なのかどうかの判断は付かない。


 それはそうとして、今度はダッシュをしてきた。
 右? 左? いや、鼻の穴が少し広がり、ブレスだよ。
 体を、左へ躱し踏み込んだ瞬間、足に衝撃。
 視界外からの尻尾攻撃。

「どわっ」
 エルボー、相手の体もろとも肘が降ってくる。
 何とかかわす。

 ゴンとか言って、床の石が割れる。
 厚さが十センチくらいの石板だから、結構脆いな。
 ちょっと床のひび割れを気にする。

 移動時にすり足をするから、覚えておかないと引っかかりそうだ。

 そういう事で、飛び上がりながら、相手の動きを見る。
 だが奴は起き上がらず、その場で回転。
 当然尻尾が、やって来る。

 そして、こっちが避けるためのジャンプに合わせて、ちょいと尻尾が跳ね上がる。
 当然足を払われて、くるりんと回転。

 そして見える、カパッと開いた口。
 やべえ、此処でブレスかよ。

 空中で、回転のままに足を伸ばす。
 開いた下顎にゴンと……

 するとそれは、いつか見た光景……
 彼は鼻から、ぶおおぉと火を噴き…… ぱったりと倒れると、床をあっちこっちと転がり始める。

 本当なら、待つのが正々堂々だろうが、右足を振り上げる。

 これは試合なんだ。ストライカーなら俺が蹴らなければぁ……
 一瞬、青い炎が見えて、何かに憑依されたが、見事なキックを決める。

 すると、奴はクルクルと回転しながら、床を滑っていく。
 だが途中で、少しだけ跳ね上がる。

 さっき割れた床で、鼻が引っかかったようだ。
「あぁっ、あれは痛い。不可抗力だ。すまない」
 鼻先は焦げ、さらにさっきので血が噴き出し、回転にあわせて、床に見事なアートが描かれていく。まるで一時期話題になった、スピンアートのようだ。
 点々と赤い物が吹きだし、そこの一部を体などがなでる。

 その結果描き上げられたのは、幾重にも重なる彼岸花のようだ。

 観客側も思わず、どよめきが広がる。
 そして彼は、ゴールへ……

 いや、場外へ落ちていった。
 石板の貼られている演舞場、その外側は二メートルほど低くなっていて、場外となる。

「勝者ヨシュート」
 なんだか、すごく嫌そうにコールされる。
 まあ対戦相手は場外、つまり失格だ。
 流石にそれは、くつがえせまい。


「―― ああ、ひどい目にあった、治してくれ」
 彼は当然の様に依頼をする。
 何せ此処に控えているのは、教会の腕利き治療者。
 それも竜人族。

「ブルースロック様、怪我は治せても焼けてしまった感覚器官は、修復が出来ません」
「なに? それじゃあ、どうやって発情期を判断するんだ?」
「それは、お相手に任せるのが最適かと……」
「なんてこった」
 試合に負けたことより、そっちが悲しいようだ。

「きっと、また離婚だよ」
 何か辛いことがあったようだ。

 考えていて、ふと思い出す。
 地方選の決勝。
 そうだあいつがいるじゃないか。

「ちょっと、伝手がある。そっちで治して貰う」
 そう言って彼は飛び出していく。

 それを見送り、治療師は考える。
 そんな事が出来ればそれはもう、人では無い。
「神の御業だよ……」
 そう言って。

「うおーい、いた居た、鼻を治してくれ」
 やって来たのは屋台。
 奥で帳簿を見ながらビールをあおっていたヨシュート。

「ああ、あんたか?」
 なんとなく服装で判断をする。

 だがじろっと見られる。
「さっき戦った、ブルースロックだ。ウイリス家の者だが、さっき治療師に鼻の中、感覚器官は修復できないと言われてな。これがないと、かみさんと仲良く出来ないんだよ。治してくれ」
「治せない? そうなのか?」
 そう言って、ぽいっと光がブルースロックを包む。

「うん? おおそれ良い匂いだな、なんて言うものだ?」
 治ったじゃないか。

「イカの姿焼き、あそこで売っているから、それとビールに合うぞ」
「そうか、ありがとう」
 そう言って彼は、嬉しそうに走って行った。

「イカ焼きとビールが売れた」
 そう言って俺が喜ぶと、ユキから指摘が入る。
「鼻の治療費の方がきっとお高いですのに。よろしかったのでしょうか?」
「ぐっ…… 良いんだよ。多分? 半分は俺が原因だし」
 そう言うと、彼女はニコニコと笑っていた。
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