神の使徒は闇を走り、道化師は戯れる。ー 異世界、世直し道中記 ー

久遠 れんり

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依頼者シュザンヌ嬢は微笑む

第2話 依頼者シュザンヌ嬢

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「起きろ、行くぞ」
「んあっ。おはよ、カス……」
 あっやべ。

「カスって何だ?」
 じろりと睨まれた。昨夜はあんなに可愛かったのに。

「うん? 何か言ったか?」
 やべえ、寝ぼけた様だ。
 妻の名前が出た。とりあえずごまかす。

 だが、ユスティは俺の一点から、目が離れないようだ。
「何だ? またするのか? いいぞ」
 そう言うと、はっと気がつき、あたふたし始める。

「おま、カグラ。んあっあ…… ええい、やめんか」
 抱き寄せて、尻から敏感な所へ指を滑らして、クイッと。
 彼女は怒りながら手を払いやがった。素直じゃない奴。彼女は、なんだか真っ赤になってプルプルしている。
 年の割には、こういう事になれていないようだ。

「かわいい奴だな」
 そう言うと、逃げていく。
「ぐっ、これでも喰え」
 そう言って、ドア前で振り返ると、なぜか持っていた固いパンが投げられた。
 その位、スチャッとキャッチするが、このパン、テーブルに置くとコンと音がするんだよ。木と硬度が同じ気がする……

 とりあえず、それを囓りながら思い出す。
 俺は、神薙 神楽かんなぎ かぐら三十二歳。今はカグラで通している。
 妻は夏澄かすみ二十八歳だった。
 彼女は、二十四歳の時、実家近くのキャンプ場に来ていた。
 出会った瞬間、なぜか引かれ合い、すぐに結婚。
 息子である、神籬ひもろぎが生まれた。

 名前がごついのは、曾じいさんが神主だったから、家で生まれた男は、神事に関わりのある名前が付く。
 ごついから奥さんですら、ひもろぎではなく、ひろって呼んでいたからな。

 目に焼き付いた二人の姿……
 完全に壊れていた。
 まああの時に、一緒に死んだなら、悲しまれることはないだろう。
 それだけが救いだ……


 ―― 昨日、彼のことがふと目に付き、声をかけた。
 銀色の髪、ブルーの目。
 身長は百六十位はあるが、まだ幼い顔。
 だが、シミ一つ無い肌。

 少し切れ長の目と、通った鼻筋、少し薄い唇。
 たまに、人を小馬鹿にしたような笑顔をする。
 だが、その顔を見ると、どうしようもなく胸が締め付けられる。

 あいつが死んでから、淋しかったのもある。
 まだ十歳も下の小僧だし、抱き枕にするつもりだったが、がらにもなく揶揄ったら、逆に手玉に取られた。
 若いくせに、女を知り尽くしたような……

 『おう、おまえ、女はいるのか?』
 『いえ?』
 あれは、今は居ないという事か……
 私としたことが、あんな…… 恥ずかしい……

「えっ何ですか?」
「一緒に寝るんだよ」
 そう言ったら、奴はにやりと笑った。
 そう、あれはオスの目だった。
 笑顔の方が気になり、なんだか照れてしまい、目をそらしてしまった。

「ああ。良いですよ」
 そうだあの時の目、人を小馬鹿にした笑顔……
 でもあの目は、魔性の目だ。

 好みの顔というのもあるが、近寄ってきてキスをされた後…… そこからは、されるがままだった。

 からだを重ねるのが、あんなに良いものだと、今まで知らなかった。
 体全体が喜び、彼を求めた。
 もっともっとと。
 あんな声まで……

 壁が薄い。数日中には、近所中に話が広がるだろう。
「まいったなぁ。あたし二十五だよ……」
 自身に、そう言い聞かし、頭を抱えてしまう。
 あいつは、どう見ても一五歳か一六歳。
 一〇歳近くも、年下。

「何がまいったんだ?」
 背後で声が聞こえる。

「んにゃ、にゃにみょ」
 いきなり声が掛かるから、テーブルの脚を蹴ってしまった。

 飛び上がるコップ。

 だがそれを、空中で捕らえ、こぼれたお湯まで全て救った?
「ほら、危ないぞ」
 そう言って平然とした顔。
 今の動きは何? ドアの所から、ここまで三メートルはある。

「よっ、用意をして行くぞ」
「おう、何も持ち物は無いからこれで良い」

 彼の服は、新調したような綺麗な物。
 昨日見たが、袖とか身頃のつなぎ目に縫い目がなかった。
 あんなの見たことがない。本当に、何者なんだ?

 だけど、ハッキリしていることがある。
 私は…… こいつに惹かれている。
 くっ悔しい。


「おう姉御、おはようございます」
 ユスティがギルドに入ると、挨拶がやって来る。
 家での雰囲気はまるで無く、肩で風を切るという感じで堂々としている。

「カグラ、新人研修ならとっとっと済ませ。複数受けて一気に収めろ」
「えっ、そんな事をして良いの?」
 そう聞くと、にかっと笑いが帰ってくる。

「良いんだよ。早く鉄級にならないと、食えないだろうが」
「判った」
 この時の笑顔が、素直な笑顔も良いじゃねえかぁ。畜生。

 ユスティはカグラのことを気にしていたが、ギルド内では姉御が笑ったと、こそこそと大騒ぎになっていた。

 良い事を聞いたので、早速教本を丸暗記。
 紙は高いらしく、持ち出し禁止なんだよ。
 面倒。
 だが日本に居たときより、圧倒的に記憶力が良い。
 若返ったせいか?

 カウンターに行こうとしたが、先客がいたのでちょっと待つ。
「まだですか?」
 その女の人は、あせった感じだった。
 カウンターを覗き込んでいるため、かわいいお尻が揺れる。

「ええ、依頼金が安いとどうしても」
 レーナも、困った感じで返答をしている。

「そうですか」
 そう言って、顔を上げて振り返った彼女。
 妻と似た容姿。
 ギルドのカウンターで振り返ったときの、彼の女が見せた淋しそうな横顔。
 おれは、一発で一目惚れしてしまった。

 肩までの短めの髪。
 だがナイフかなんかで、適当に切った感じ。
 銀色の毛先は、撥ねまくっている。

 こちらを向いた目はブルー。
 アーモンド型の目、小さめの鼻。
 少し童顔のかわいい顔。
 身長一五七センチくらい。細い体にしては目立つ胸。

 カウンターへ行くと、いきなり聞く。
「彼女の依頼は何?」
「おはようございます。見習いさんは受けられません」
 あっさり切られる。
「そこを何とか」
 そう言うと、じっとり見られる。

「死招き草の採取です。どうもご家族が、魔力中毒症らしくて。でも……」
 こそこそと教えてくれる。
「報酬が、多分必死でかき集めた、銀貨三枚なんです」

 レーナが言うには、商会の見習い店員で、月給が銀貨一枚とか。
 混ぜ物が大量に入った、固くまずいパンが鉄貨五〇枚、食料品は大体銅貨数枚。
 低所得向けの宿は、銅貨五十枚くらいで雑魚寝、個室タイプが銀貨一枚とかから始まる。
 イメージは三万円とか五万円くらいだろう。

 ただこの町、十二進法なんだよ。月の影響かな? 空には妙に黒い月が浮いている。

 ざっと計算をするが、鉄貨百二十枚まで、えーと一円から百二十円。
 銅貨百二十枚だと、百二十円から一万四千四百円?
 銀貨百二十枚まで行くと、一万四千四百円から百七十二万八千円?
 金貨はもういいや、使うことは無いだろう。

 そう思っていたが、死招き草を取り扱っている大店で買うと、一欠片で金貨五枚。
 この薬、元気になるまで数年、飲み続ける必要がある。

 かといって、一般の薬師は仕入れすら出来ないらしい。
 入った瞬間、買い占められるのだとか。

 だがまあ、俺は見習い卒業が優先だ。
「はい合格です。おめでとうございます」

 その日で終わった。
 まとめてやって良いなら、昨日で終わっていたよ……
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