泡沫の夢物語。-男と女の物語。短編集-

久遠 れんり

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月へ帰った彼女

月へ帰った彼女

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 彼女は、満面の笑顔でこう言った。
「私は月に帰るから…… もう会うことはないけれど、元気でね」
 ―― そして少し、顔を伏せる。

「さようなら。楽しかったわ……」
 すこし涙ぐむような、笑顔。

「―― 俺も忘れないよ。かぐや」
 彼女は、そうして俺の元から去って行った。


 ********


 彼女は人気の無くなった町中で、街路樹脇のブロックに腰を掛けていた。
 月の光が降り注ぐ、神秘的な光の中。

 そこだけ、世界が違うような気がした。

 普段なら、無視をして通り過ぎるシチュエーション。
 今時下手に声をかけるだけで、大騒ぎされて、おまわりさんこいつです。そんな事になる。

 俺は、三十歳間際のサラリーマン。
 彼女はどう見ても、二十歳前後だろう。

「こんな時間にどうしたの? 学生?」
 そう聞くと、彼女は涙を一筋流し、ただ一言言った。

「困っているの。うちへも帰れないし……」
「あータクシー代なら貸そうか?」
 そう言ったが、彼女は首を振るだけ。

 少し躊躇をしたが、勇気を出す。
「うちへ来る? 一人暮らしで、その、君が気にしなければだけれど」
 そう聞くと、彼女はじっと俺を見つめる。
 
「いいの?」
「あっああ。こっちだが、お腹はすいていない?」
「だ…… 大丈夫じゃないかも」
 そう言って、少しはにかんだ笑顔。

「どこかへ寄るの?」
「いやこの時間だし、コンビニへでも寄って適当に買おう」
「お兄さん、お金持ちなの?」
「??」
 コンビニへ寄るだけで、お金持ち?
 見た目は、まともな格好だが、貧乏な子なのか?

 彼女は、身長百六十センチくらいだが、グリーンのワンピースに踵のないパンプス。
 髪はミドルで、軽い感じだが、見事な黒髪に見える。
 あまり、主張しない丁度良い胸?
 うん? ブラをしていない?

 あわてて、ジャケットを彼女に羽織らせる。
「うん? ありがとう」
 何故ジャケットを掛けられたのか、分からない様子だが、お礼を言ってくる。

「俺は直樹。君は?」
「うーん。かぐや」
 そう言って彼女は、ふと空を仰ぐ。
 そこには、少し青みがかった光を発する、満月が浮かんでいた。

 結局、コンビニへ行く途中に、二十四時間営業のスーパーマーケットが有りそこへ入る。

 彼女は適当に、材料をカゴに入れ、人気のない店内を嬉しそうに、そして珍しそうに動き回る。
 その姿は、俺の目を釘付けにする。

 本当に存在をしているのか、分からない。
 ふとそんな思いが頭に浮かぶ。

 中年間際の男が、満月の夜中に見た夢。だとしても、おかしくはないだろう。

 支払いをするときに、現金があまりないことに気がつく。
 結局、帰りにコンビニへ寄ることになった。

「へーこんな所でも、お金が下ろせるのね」
「そうだね、最近の銀行。自分の所で、ATMを設置していないから不便だよ」
 そう言って、愛想笑いをする。

 その後彼女は、家へと付いてきて、キョロキョロと見回す。
「へー、こんな家もあるのね」

 鉄筋コンクリートの、築三十年以上のマンション。
 そんなに、珍しいものでもないだろうに。

 そんな、世間知らずというか、色々な事を知らない彼女だが、ささっと作ってくれた和食は絶品だった。
 一汁三菜。
 出汁で、鰹だしや昆布を使っていたのには驚いたが、普通でしょと言って笑っていた。
 店に売っていた鰹節が、本節のブロックではなく、パックだったのには彼女の方が驚いていたようだが。

 まるでタイムスリップでもしたようだと、俺は思った。
「かぐや、ねえ」
「うん? なあに」
「何でも無い」

 そう、風呂へ入ってと言ったとき、彼女は使い方を知らなかった。
 単なる給湯器。
 教えていると、一緒に入ろうと彼女が言い出した。

 おれは、もう少ししたら、怖いお兄さんがドアを蹴破って、部屋へ入ってくるのじゃ無いか。そう思ったが、そんな事もなく。

 彼女の透き通るような肌を、後ろから見る。

 さすがに、いざ入ろうとしたら、恥ずかしくなったようで、月明かりの中での入浴だが。
 逆に、触れる感覚が良く分かる。

「殿方って、不思議ですね」
 少し狭いが、一緒に湯へ浸かっているため、彼女を背中から抱いている格好。
 何故彼女が、そう言ったのか良く分かっている。

「さすがに、この状態だと反応するよ」
「ふふっ。なんだか嬉しい」
 彼女はそう言って、俺の肩に頭を持たせかける。
 彼女を抱きしめながらキスをする。

 彼女は、慣れた感じはなく。行為としては知っているようで、ただ受け入れてくれる。

 その後は当然、最後まで。

 彼女は、初めてだった様だ。

 そこから、三日して休日。
 彼女の服を買いに行ったり、映画を見たり。
 どこかで忘れてきていた青春を取り戻すかのように、俺は楽しんだ。
 実際に楽しかった。

 平日も帰れば、待っているかぐや。

 一緒に食事をして、一緒に風呂へ入り、一緒に寝る。
 それが楽しい。

 仕事場でも、俺が変わったと噂になり出した二週間後。
 かぐやは、帰ると言い始める。

「帰れないと、言っていたじゃ無いか」
「うんでも、大丈夫になったの。あなたのおかげ」
 そう言って少し、彼女は悲しそうな顔をする。

「おれと、結婚をして……」
 そう言った、俺の口びるに、指をそっと添える。

「ごめんなさい。自由に出来たのはこの二週間。楽しかったわ」
 彼女はそう言って、次の日出て行ってしまった。

「行ってしまったな。そう言えば昔…… こんな映画があったな」
 頭の中で思いだしたのは、ナインハーフという古い映画。

 もう彼女と、会えないのだろうか……

 楽しかった日々を思い出し、頬をつたい始める涙。
 久しぶりに、本気で泣いた。


 だが翌日、俺は別の意味で愕然とする。

 俺の口座から、毎日の様に百万の限度額が引き下ろされ、計一千万が消えていた。
 
 馬鹿な俺は、これで彼女に会えるかもしれないと、スキップをしながら被害届を提出しに行った。

「月を語ったんだ。お仕置きをしなきゃな」


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月の着陸ライブを見ながら書きました。
テレメーターだと今イチよく分からないが、技術的に、あの制御はすごいですね。
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