笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

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19 再会は醜さと共に

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 多数の貴族が集まるこの公の場で、二人は何と普段着姿でした。
 続くように、今や貴族筆頭の立場にあるお父様とお母様も入場してきました。
 こちらは、さすがに盛装しているようです。

 それにしても、あの二人はあんなにも醜かったでしょうか。
 お父様は去年より肥え太り、お母様は下卑た優越感がはっきり顔に出ています。

 私を含めた一同が何も言えずにいる中、殿下がニヤニヤと笑い出しました。
 彼は、あごに手を当てて人を小馬鹿にするような目をします。

「ほぉ~、無能な貴族共が雁首揃えて集まってるじゃないか。壮観だな」

 シルティアも一緒になってせせら笑いながら、これ見よがしに肩をすくめます。

「何で貴族の人って、こんな風にお金をかけて騒ぐのかしら。もっと別のことにお金を使えばいいのに。体裁とか格式とか、いちいちくだらないわよね~」

 その言葉は、まさしく貴族という存在を全否定するものでした。
 貴族の皆様は一様に表情を硬くして二人を眺めています。
 中には、込み上げる抵抗感を隠し切れなかった方もいらっしゃって――、

「おい、そこのおまえ」
「えッ」

「その不満げなツラは何だ? 何か俺達に文句でもあるのか?」
「いえ、あの……」

 サミュエル殿下に絡まれた男性は、顔面蒼白で視線を逸らそうとします。

「次期国王たる俺に向かってそんな態度に出るとは、叛意ありと見ていいな?」
「お、お待ちください、殿下! それはあまりにも無体な……!」

 男性は血相を変えますが、それは殿下の怒りを煽るだけでした。

「あ~ん? 俺に口答えする気か、おまえ? 次期国王である、この俺に!」
「う、ぅぅぅ……、申し訳ございません。お許しくださいませ……」

「平伏しろ。床に這いつくばれ。そうしたら考えてやっても――」
「ひ、ひぃぃ……」

 目に涙を浮かべ、死にそうな声で、男性は四つん這いになろうとしました。
 何ということでしょう。
 面子が何よりも重い貴族に対し、こんな、生き恥を晒させるような真似を……!

「もうやめぬか、サミュエル」

 腕組みして笑う殿下を、見かねた陛下が諫めようとします。
 なのに殿下は止まりません。それどころか、反抗的な目を陛下に向けるのです。

「親父は黙っていろ! この男は王家に逆らおうとしたのだぞ!」

 貴族そのものを否定しておきながら、平然と『王家』という言葉を用いる。
 殿下の言い分の、何と都合のよいことでしょうか。

「そうよ、陛下は口を出さないで! これはサミュエルの問題なんだから!」

 さらにはシルティアまで、殿下に便乗して陛下に口答え。
 国王陛下に対して、何て無礼なことを。これはさすがに常軌を逸しています。

 それなのに、どうして誰も声をあげないのでしょう。
 何故、誰もサミュエル殿下やシルティアを諫めようとしないのでしょうか。

「ねぇ、お父様、お母様? 私達、悪くないわよね? こいつが悪いのよね?」

 男性を指さしたシルティアが、お父様とお母様に意見を求めます。
 二人はヘラヘラと笑うばかりで、お父様に至っては揉み手をしそうな勢いです。

「ん、ああ、そうだな。殿下の気分を害したその貴族が悪いな」
「ええ、そうね。次期国王のサミュエル殿下の気分を害するなんて、最悪だわ」

 太鼓持ち。
 私の脳裏に、そんな言葉が浮かびました。

「――見ての通りよ」

 オリヴィエ様が、小さな声で耳打ちしてきます。

「シルティア様とご結婚なされてから、殿下はずっとあの調子。元々、傲慢な部分もおありでしたけど、シルティア様のせいでそれが悪い方向に加速してしまったようなの。あんな風に、陛下の言葉にも耳を貸さない有様でしてよ」
「どうして、そんなことに……? 国王陛下の言葉を聞き入れないなんて……」

 あんな不敬が、何故見過ごされているのですか。
 あの二人の行き過ぎた横暴が、どうしてこの場でまかり通っているのですか。

「半分は俺のせいだよ、リリエッタ」

 その疑問に答えてくれたのは、ラングリフ様でした。

「この国には、兄貴以外に王太子になれる者がいないんだ」
「あ……」

 そう、でした。
 ラングリフ様は自らの血筋と呪いを理由に、王位継承権を返上されています。

 そして陛下には、他に王子はなく、兄弟もいらっしゃいません。
 陛下は、サミュエル殿下を廃嫡できない状況に置かれているのですね……。

「兄貴の顔を拝むのはかなり久しぶりなんだが、見ていられないな。結婚前から尊大な男ではあったが、あれほどではなかった。女は男をああも変えるのか……」

 ラングリフ様の呟きには、ひどいむなしさが感じられました。
 サミュエル殿下は、大きくあくびをして横柄な態度で全体を見渡します。

「今夜はアレだろ、西に出た魔物を討った騎士の叙爵なんだろう? だが、たかが男爵程度に、わざわざ俺達が出張る必要なんてあったかァ? 甚だ疑問だな」
「な、何てことを……」
「国を守ってくれた英雄に向かって……」

 つまらなそうに言う殿下に、さすがに貴族の方々から驚きの声が漏れます。
 でもそれに、シルティアが声を張り上げて噛みつきました。

「何よ、男爵なんて下っ端の下っ端じゃない! 私達みたいな上位の人間がこうして顔を出してあげただけでもありがたく思いなさいよね、冗談じゃないわ!」

 先程の殿下と同じでした。
 貴族を否定しながら、自分は特権階級として振る舞うのですね。あの子は。

「シルティアの言う通りだ。それに街道を封鎖するほどの魔物というのも、怪しいモンだ。大げさに報告して、手柄を大きく見せようとしただけじゃないのか?」

 憤りを露わにするシルティアと、鼻で笑って肩をすくめるサミュエル殿下。
 誹謗中傷という言葉でも表し尽くせない、侮辱にまみれた発言です。

「……クソ」

 貴族達の中に混じっているレントさんが、小さく毒づくのが聞こえました。
 命を賭して魔物を討ち果たした彼の功績に、今、泥が塗られました。

 私は、目を閉じます。
 まぶたの裏に浮かぶのは、向こう見ずで、お調子者で、でも正義感溢れるレントさんの姿です。ラングリフ様の率いられる騎士団は、そんな方々ばかりでした。

 私は、目を開けます。
 そして、隣に立っているラングリフ様に、言いました。

「ラングリフ様」
「何だろうか、リリエッタ」

「私は今日まで、あなたにとって良き妻であろうと常に努めてきたつもりです」
「ああ、そうだな。君からのわがままなんて、これまで一度もなかったな」

「だって、何も言わないでも、あなたは私を満たしてくれるから……」
「嬉しい言葉だ。……それで? 君は俺に、どんなわがままを言うつもりだ?」

 問われてしまいました。
 きっと、ラングリフ様もおおよそ見当はついておいででしょうに。

「一度だけ言います。それが無理なら諦めます」
「聞こう」

 そう言ってくれるラングリフ様に、私は一生に一度のわがままを告げました。

「この国の王様になってください、ラングリフ様」
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