笑顔の花は孤高の断崖にこそ咲き誇る

はんぺん千代丸

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33 隣にいてくれるあなたへ

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 二人の母親を失って、彼には恨み言を言える相手もいない。何て、辛い……。

「陛下は……」
「知らなかったのだろう。俺が生まれた時期、父上は隣国との関係が悪化していて、開戦を回避するために近隣諸国を走り回っていたからな。アンジェリカ様と母が隠していたなら、それこそ知りようがない」

 ラングリフ様のお話はおそらく正しく、少しだけ異なっている気がしました。
 陛下は、事実を知らずとも半ば推測できていたのではないかと思います。

 礼拝堂であの方が私に言いかけた『推察』は、これについてだったのでしょう。
 陛下がそれを明るみに出さなかった理由は、私にはわかりませんでした。

「まだ、ルリカ様のことをお恨みですか?」
「我ながら度し難いが、な。知識としてそれを知っても、急に自分を変えることはできなさそうだ。感情とは、こんなにも御することが難しいものだったのか……」

 そう答えるラングリフ様の瞳は、何も映さないままです。
 その必要もないのに、彼は必死に自分の感情の手綱をとろうとしています。

「泣いても、よろしいのですよ?」
「それだけはできない」

 ついには声まで震わせて、それでもかぶりを振る、ラングリフ様。

「俺は君の夫だ。君にとって、最も頼れる存在でありたいと願っている男だ。俺から君に頼ることはしても、みっともないところだけは見せたくないんだ」

 本当は泣き叫びたいでしょうに、この人はそうやって私の前で強がるのです。
 そのお姿を、私はどうしようもなくいとおしく感じてしまいます。

 ああ、やっぱり私は、この人が好きです。
 好きで、好きで、狂おしいほどにいとしくて、だからどうしても欲しいのです。

「ラングリフ様」

 日記帳を手に立ち尽くしている彼へと、私は手を伸ばします。
 両手で強張る彼の頬をそっと触れて、間近に彼の瞳を見据えて、告げました。

「私は、あなたの笑顔が欲しいです」
「リリエッタ……?」

 理解できずにいるラングリフ様へと顔を近づけて、私は彼の唇を奪いました。
 熱を持ったラングリフ様の唇は少し固くて、でもとても熱くて……。

 私の内にあるこの人への想いの熱を、唇を介して彼へと注ぎ込みます。
 一秒が過ぎ、五秒、十秒、私達は互いに動かず、唇を触れ合わせていました。

「…………ッ、は」

 かすかな息苦しさに唇を離すと、そこに見えたのは目を丸くしている彼。
 その表情がおかしくて、私は微笑んでしまいました。

「フフ……」

 あ、これ思ったより照れ臭いです。自然と笑ってごまかしに入っています、私!

「リ、リリエッタ……。いきなり、何を……」
「申し訳ありません、ラングリフ様」

 指先で自分の唇に触れて、私はラングリフ様に理由を話します。

「これが、私がルリカ様から預かった言伝なのです」
「母からだって……」
「はい。こちらをご覧ください」

 私が目で示したのは、ルリカ様の日記です。
 その最後のページに書かれていたのです。ルリカ様から、私への言伝が。

『ラングリフの隣にいてくれるあなたへ』

 言伝は、そこから始まりました。

『もしも、あなたがあの子を愛してくれているのなら、もしも、あの子が生きられる環境にあるなら、どうかあの子の呪いを解いてあげてください。呪いをかけた私がこんなことを頼むなんておこがましいことです。でも、お願いします』

 我が子に向けたルリカ様の切なる願いを、私はこの文章に感じてなりません。
 そして、次の部分に呪いを解く方法が書いてあったのです。

『私は、この日記の中に解呪の鍵となる術式を織り込んでおきました。日記を読むことで術式はあなたの体に宿るでしょう。あとは、あなたの想いを言葉ではなく行動で示してあげてください。それが術式を発動させる条件となります』

 解呪不可能と思われていた呪いを解く方法は、実に容易いことだったのです。
 でもそれは、私以外にはできない方法でもありました。

 ルリカ様が残された、最後の一文。
 それは、ラングリフ様へ向けた、とても短いメッセージでした。

『ラングリフへ。――どうか、幸せに』

 非常に簡潔な、でも願いと愛情と、その全てが込められたメッセージでした。
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