失敗賢者は楽園を手に入れる~生まれる前から失敗していた彼が大冒険者に至るまで~

はんぺん千代丸

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第2話 失敗賢者は吸い込まれる

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 気がつけば、俺は冒険者ギルドの前に立っていた。
 冒険都市オルダームの中でも特に目立つ、大きな石造りの建物だ。

「おい、失敗賢者がいるぜ」

 いつの間にか立っていたそこで呆けていると、そんな声が聞こえる。
 周りを見れば、幾つかの視線が俺に注がれていた。どれも歓迎のそれではない。

 実のところ、これは毎度のことだ。
 俺が属していた『金色の冒険譚』が街で最大のクランであるがゆえの弊害だ。

 早い話が『金色』に仕事を奪われた同業のひがみが、俺に集中しているのだ。
 最大規模のクランだけあって、この街の重要依頼は『金色』がほぼ独占している。

 だがそれは、限りある依頼というパイを同業から奪うに等しい。
 そして『金色』の中で最も知名度が高いのが俺だった。もちろん悪い意味で。
 膨れ上がった『金色』への不満の矛先が俺に集中するのは半ば必然だった。

「――納得できねぇ」

 同業からの恨みがましい目にも、昨日までなら耐えられた。
 俺は『金色』の結成メンバーであるという事実が、確かな誇りで拠り所だった。

 しかし、俺はもう『金色』ではない。
 なのにどうしてそんな目で見られなきゃいけないんだ。
 そう思って目を落とすと、左手の手首にはめた鈍色の腕輪が見えた。

「依頼、受けなきゃな……」

 俺への蔑みの目を無視して、俺はギルドに入る。
 クランを追い出されても俺は冒険者。まずは依頼を受けなければ。
 と、思ったのに――、

「……受けられる依頼が、ない?」
「はい、ありません」

 カウンター越しに立っているその女性、ギルド職員のリィシアがきっぱりと告げる。

「これまであなたが依頼を受けられたのは、『金色の冒険譚』所属だったからです。レントさん個人の能力では、信用度も低すぎますのでお仕事をお任せできません」
「な、その言い方……」

 俺が『金色』を追い出されたことが、もう、ギルドまで伝わってるのか!?

「ギルドからは以上です。ご了承ください」

 固まっている俺の前で、リィシアが事務的に頭を下げてくる。
 すると、背後から盛大な笑い声がした。

「オイオイ、あの失敗賢者、ついに『金色』をクビになったってよ!」

 驚いて振り返れば、周りにいた同業が、全員俺を見て派手に笑っている。

「『金色』も面倒見切れなくなったってか、マジかよ、チョーウケるわ!」
「失敗賢者のくせしてこれまで散々デカイ顔しやがってよ!」

 うるさい。俺は、デカイ顔なんてしたことは一度もない。

「スゲェよ、あんた。ギルドが認めた無能なんて、俺、初めて見た!」

 うるさい。うるさい。うるさい。うるさい。
 前世が何だ。俺は、そんなモンを自慢したことなんて、ない!

「「「ヒャハハハハハハハハハ! 無能! 失敗賢者! 役立たず!」」」
「……くっ!」

 堪えきれず、俺はギルドを飛び出した。
 俺を嘲る幾つもの笑いが、耳の奥にいつまでも残って、反響し続けた。

 全ての視線が、俺を責め立てている。そんな風に感じた。
 人の多い大通りから、誰もいない裏路地へ。俺は逃げた。逃げ続けた。

「はぁっ、はぁ……、はぁ!」

 そして呼吸を乱しながら、メチャクチャに走り続けて――、

「う、ぐっ!」

 足をもつれさせて、道端に転んだ。
 細くて狭い道で、俺はしばし、全身に走る痛みに悶えた。

「……何だってんだよ、ちくしょう」

 全身泥まみれになって、俺は壁に寄りかかって座り込む。
 頭の中はグチャグチャで、立ち上がることさえ億劫になっていた。

 クランからも、ギルドからも見放された。
 それは俺の能力不足が原因だ。でも、その能力不足は大賢者が原因だ。

 何が、大賢者だ。
 やりたいことをやり尽くしてもまだ足りずに転生して、失敗してこの俺だ!
 だがそれを恨んでも、結局は自分に跳ね返るだけ。俺には恨める相手すらいない。

「結局、残ったのはこれだけか……」

 右手に掴んでいる、開かずのアイテムボックスに目を落とす。

「……あー」

 座り込んだまま、俺は空を見上げる。
 これから、どうするべきか。
 考えようとしても、何も思い浮かばない。俺にはもう何もない。

 浮かんだのは、どうして俺は冒険者になったんだっけ、ということ。
 どうでもいいことだった。思い出しても何の得にもならない。
 だけど俺はそれを理解しつつも考え続け、やがて、懐かしい顔が思い浮かんだ。

「――そうだ、じいちゃんだ」

 じいちゃんが、俺に若い頃の自分の話を聞かせてくれたんだ。
 俺は、そこに語られるカッコいい冒険者の雄姿に憧れた。それがきっかけだ。

 思えば、家族の中でじいちゃんだけは、俺を俺として扱ってくれたっけ。
 他の連中はみんな、俺を大賢者の生まれ変わりとしか見ようとしなかったのに。

「悪ィ、じいちゃん。俺、ダメそうだわ」

 空を見上げたまま、半笑いになって呟く。
 自分が情けなさ過ぎて、今さら涙も出てこない。出るのは呆れ笑いくらいだ。

 そうやっていると、じいちゃんとの思い出が次々とよみがえってくる。
 とんだ現実逃避。しかし、そうでもしなければ今の俺は自分を保てそうにない。

「ああ、そういえば」

 思い出を振り返る中で、ふと、思い出した。
 うちの家系だけに伝えられる秘密の呪文。じいちゃんが最初に教えてくれたものだ。

「何だっけな、あの呪文。確か――」

 必死に記憶をほじくり返し、俺は、じいちゃんから教わった呪文を口にする。

 パチンッ。

 と、音がした。

「…………え?」

 音は、俺が右手に掴んでいる開かずのアイテムボックスから聞こえた。

「まさ、か――」

 驚愕、そして膨れ上がる期待。
 俺はアイテムボックスの蓋を開けようと、留め具に手を伸ばしてみる。
 すると、今まで何をやっても開かなかった蓋が、すんなり開いた。

「お、おお……! うおお!」

 何故開いたのか、それを考える余裕はなかった。
 ただ、何か俺にとって希望となりうるものが入っているかもしれない。

 俺がすがれる最後の可能性。それを必死に願いながら、思い切り手を突っ込む。
 だが、伸ばした指先に触れるものは何もなく、逆に――、

「え、あ……ッ!?」

 な、何だこれ。すげぇ引っ張られる。な、何が、一体……!

「う、あああああああああああああああああああああ――――ッッ!!?」

 俺は、アイテムボックスに吸い込まれた。
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