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第1話 黒狐さまと狐憑き
最悪の作品
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緊張して頭真っ白だった。そうでなければ、人を創作物扱いしたりしないし、そもそも初対面の女子相手に、創作の話をするようなヘマはしない。
完全に不意打ちだった。何より相手が可愛すぎる。外見も、性格も。
「ほぉ、タイトルに狐の文字がついているものがあるのぉ。どれどれ」
黒狐さまは意外にも、真剣な表情で読み始めた。
高校入試の時並みの緊張感。期待と不安と羞恥心が入り混じり、今にも叫びだしたいほどだ。
どうにか心を鎮めようと、これまで書いてきた作品を順に思い出していく。読まれずに闇に葬られた作品ばかりだ。特に、最近の作品は、気鬱も相まって酷いものが多い。この間、深夜帯に衝動書きした小説もひどかった。あれは狐っ娘が……っは!?
「いや、待ってください! その作品は! やめて! お願いですから!」
だめだ。完全に世界に入り込んでる。声が届かない。
黒狐さまは、ぽっかり口を開けていた。瞳孔が小さくなり、頬が赤くなっていく。黒い尻尾と耳がせわしなく動く。目元に涙が見えるのは、気のせいだろうか。
しばらくして、黒狐さまは無言でこちらを向いた。頬っぺは赤く、口はへの字。眉間には皺が寄っていた。
「あの、読んだんですか?」
「ああ」
「アレを? 本当に」
「……ああ。コメントすると、約束したからのぉ……」
黒狐さまは両手で頭を抱え、首を何度も横に振った。
「じゃがのぉ……まさか、まさか! 年端もいかぬ狐娘が、好きな男児の前で、触手に寝取られる話とは! 娘の外見『乳離れして間もない子ぎつねが二足でたったかのような』って何じゃあ! しかも丸のみって何? 狐は卵生だったのか!? もう業が深すぎて、一体何が何なんじゃああああああ!!!」
黒狐さまはひきつった顔で、こちらを見てきた。目を白黒させており、鳥肌も立っている様子。
終わった。色んな意味で、自分の人生終わった。知られたくない性癖全部知られた。
体が熱い。汗が止まらない。泣きたい。両手足が震えて、口から声が出ない。
「いっ、い、い、いや、本当すいません。ふふふ不快なものを見せてしまって!!」
「わらわを漫画キャラと同列に扱うような輩じゃ。ろくなものでないことは、覚悟していたわ」
思ったよりもダメージを受けていないようで安心したけれど、別の意味で心が抉られた気がする。
「何より気になったのは、登場人物じゃ」
「はい?」
「心理描写が薄っぺらい」
とどめの一撃。
思わず地面を見た。足の力が抜けそうになったが、何とか耐える。自分がとてもちっぽけで、気持ちの悪い何かに感じられ、目頭の奥がムズムズしてきた。奥歯を噛みしめて、嗚咽を飲み込む。こんな作品、書くんじゃなかった。っていうか、もうそもそも文章を書く気力すらなくなってきた。頑張っても頑張っても読者がつかず、どうしようもなくなって神頼みした挙句、その神に見捨てられた。もはや、みじめすぎて笑えてくる。人間失格よろしく『物書失格』とか言いたい気分だ。
暗闇に落ちかけた時、不意に、後頭の辺りが温かくなった。柔らかい。
「でも、ド直球な描写の数々は、お主の熱意が伝わってきて、読みごたえがあったぞ」
顔を上げて、黒狐さまと目を合わせた。黒狐さまは、こちらの頭を撫でながら、ちょっぴり照れくさそうに笑っていた。
「同世代の女子は引くかもしれん。じゃが、わらわは違う。わらわは、おぬしのそういう所も含めて、受け入れられる。だてに数百年生きてはおらんよ。だから──」
一呼吸おいて、黒狐さまはか細い声で言った。
「──これからもよろしくお願いしたい」
「何で、僕に拘るんですか?」
率直な疑問だった。稲荷とは関係ない平凡な血筋。頭がいいわけでもない。運動神経もぼちぼち。単に文章を書くのが好きで、特殊な性癖を持つだけの学生。何より、コミュニケーション能力がずさんすぎる。
その程度の存在に、なぜ、黒狐さまは執着するのだろうか。
「『過程を無視して結果だけを求めると、全てが台無しになる』。おぬしなら、わらわの能力を知っていようと、わらわを願いを叶える道具扱いしないじゃろう? だからじゃ」
一瞬、黒狐さまの桃色の瞳が、ひどく濁って見えた。
そうだ。恐らく彼女はその力と美貌ゆえに、恐れられたり、利用されたり、捨てられたりしてきたのだろう。彼女を題材に悲劇を書こうとすれば、いくらでも書ける気がした。しかし、彼女の場合は小説の世界の話ではなく、現実世界でそういうことを体験してきたのだろう。
頭を撫でる手に、右手を重ねる。黒狐さまのきめ細やかな肌は、ほのかに弾力があり、とても触り心地がよかった。
「僕なんかでよければ、喜んで」
「バッドエンドは勘弁しておくれよ」
自然と、のどから笑いがこみ上げてきた。安堵の笑いだ。黒狐さまも「ふふふっ!」と艶やかな声を響かせた。
互いの体から緊張感が抜け、心の距離が縮んだような気がした。
完全に不意打ちだった。何より相手が可愛すぎる。外見も、性格も。
「ほぉ、タイトルに狐の文字がついているものがあるのぉ。どれどれ」
黒狐さまは意外にも、真剣な表情で読み始めた。
高校入試の時並みの緊張感。期待と不安と羞恥心が入り混じり、今にも叫びだしたいほどだ。
どうにか心を鎮めようと、これまで書いてきた作品を順に思い出していく。読まれずに闇に葬られた作品ばかりだ。特に、最近の作品は、気鬱も相まって酷いものが多い。この間、深夜帯に衝動書きした小説もひどかった。あれは狐っ娘が……っは!?
「いや、待ってください! その作品は! やめて! お願いですから!」
だめだ。完全に世界に入り込んでる。声が届かない。
黒狐さまは、ぽっかり口を開けていた。瞳孔が小さくなり、頬が赤くなっていく。黒い尻尾と耳がせわしなく動く。目元に涙が見えるのは、気のせいだろうか。
しばらくして、黒狐さまは無言でこちらを向いた。頬っぺは赤く、口はへの字。眉間には皺が寄っていた。
「あの、読んだんですか?」
「ああ」
「アレを? 本当に」
「……ああ。コメントすると、約束したからのぉ……」
黒狐さまは両手で頭を抱え、首を何度も横に振った。
「じゃがのぉ……まさか、まさか! 年端もいかぬ狐娘が、好きな男児の前で、触手に寝取られる話とは! 娘の外見『乳離れして間もない子ぎつねが二足でたったかのような』って何じゃあ! しかも丸のみって何? 狐は卵生だったのか!? もう業が深すぎて、一体何が何なんじゃああああああ!!!」
黒狐さまはひきつった顔で、こちらを見てきた。目を白黒させており、鳥肌も立っている様子。
終わった。色んな意味で、自分の人生終わった。知られたくない性癖全部知られた。
体が熱い。汗が止まらない。泣きたい。両手足が震えて、口から声が出ない。
「いっ、い、い、いや、本当すいません。ふふふ不快なものを見せてしまって!!」
「わらわを漫画キャラと同列に扱うような輩じゃ。ろくなものでないことは、覚悟していたわ」
思ったよりもダメージを受けていないようで安心したけれど、別の意味で心が抉られた気がする。
「何より気になったのは、登場人物じゃ」
「はい?」
「心理描写が薄っぺらい」
とどめの一撃。
思わず地面を見た。足の力が抜けそうになったが、何とか耐える。自分がとてもちっぽけで、気持ちの悪い何かに感じられ、目頭の奥がムズムズしてきた。奥歯を噛みしめて、嗚咽を飲み込む。こんな作品、書くんじゃなかった。っていうか、もうそもそも文章を書く気力すらなくなってきた。頑張っても頑張っても読者がつかず、どうしようもなくなって神頼みした挙句、その神に見捨てられた。もはや、みじめすぎて笑えてくる。人間失格よろしく『物書失格』とか言いたい気分だ。
暗闇に落ちかけた時、不意に、後頭の辺りが温かくなった。柔らかい。
「でも、ド直球な描写の数々は、お主の熱意が伝わってきて、読みごたえがあったぞ」
顔を上げて、黒狐さまと目を合わせた。黒狐さまは、こちらの頭を撫でながら、ちょっぴり照れくさそうに笑っていた。
「同世代の女子は引くかもしれん。じゃが、わらわは違う。わらわは、おぬしのそういう所も含めて、受け入れられる。だてに数百年生きてはおらんよ。だから──」
一呼吸おいて、黒狐さまはか細い声で言った。
「──これからもよろしくお願いしたい」
「何で、僕に拘るんですか?」
率直な疑問だった。稲荷とは関係ない平凡な血筋。頭がいいわけでもない。運動神経もぼちぼち。単に文章を書くのが好きで、特殊な性癖を持つだけの学生。何より、コミュニケーション能力がずさんすぎる。
その程度の存在に、なぜ、黒狐さまは執着するのだろうか。
「『過程を無視して結果だけを求めると、全てが台無しになる』。おぬしなら、わらわの能力を知っていようと、わらわを願いを叶える道具扱いしないじゃろう? だからじゃ」
一瞬、黒狐さまの桃色の瞳が、ひどく濁って見えた。
そうだ。恐らく彼女はその力と美貌ゆえに、恐れられたり、利用されたり、捨てられたりしてきたのだろう。彼女を題材に悲劇を書こうとすれば、いくらでも書ける気がした。しかし、彼女の場合は小説の世界の話ではなく、現実世界でそういうことを体験してきたのだろう。
頭を撫でる手に、右手を重ねる。黒狐さまのきめ細やかな肌は、ほのかに弾力があり、とても触り心地がよかった。
「僕なんかでよければ、喜んで」
「バッドエンドは勘弁しておくれよ」
自然と、のどから笑いがこみ上げてきた。安堵の笑いだ。黒狐さまも「ふふふっ!」と艶やかな声を響かせた。
互いの体から緊張感が抜け、心の距離が縮んだような気がした。
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