黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第1話 黒狐さまと狐憑き

諦めと憧憬

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 深間神社境内にある、見晴らし台からの眺めは壮観だった。目の前を走る田間川の幅は約2キロで、両岸には公園がある。視界左側には、上丸大橋の青いアーチが、昼の日差しを浴びて輝いている。川の流れは穏やかで、中ほどには、数匹の鴨が浮かんでいた。
「黒狐さま……」
 彼女に微笑まれた次の瞬間、ここに立っていた。恐らく、化かされていたのだろう。
 黒狐さまとあんなに長い間やり取りをしていたのに、参拝客と一人も出会わなかった時点で、気づくべきだった。
 他者から見たら、何事もなく特別参拝を終え、この見晴らし台でボーっとしていたように見えたはずだ。
「してやられたな」
 けれど、騙されたことに対する嫌悪感はなかった。
 とあるコピーライティングの本に『一行目は二行目を読ませるためにあり、二行目は三行目を、三行目は四行目を読ませるために書かれる』と書いてあった。その通りだと思った。もっとも、このありがたい言葉が役に立ったためしがない。ほとんどの場合において、そもそも一行目を読まれないからだ。
 小説投稿サイトで、最後に読者コメントをもらったのは一年以上前。不特定多数へ向けて発信するネットですらこの様だ。
 もちろん現実世界に読者はいない。売れない画家として生涯を終えた叔父の話を聞いたあの日、国語の先生から受験時の作文を完膚なきまでに叩き潰されたあの時、クラスメートに創作ノートを笑われたあの瞬間から、見知った人に創作を見せるなどという夢物語は捨て去った。
「あきらめた、はずだったんだけどな……」
 この世界に、自分の小説を読んでくれる人が存在するとは思わなかった。まして、一話読み切り感想をもらえるなんてことは夢にも思わなかった。黒狐さまは文字通り、神様のような存在だった。例えそれが、妖狐が自分をあざ笑うために演出した幻想であってもだ。
「『ド直球な描写の数々も、お主の熱意が伝わってきて、読みごたえがあった』、か」
 頭で反復しすぎたせいで、暗記してしまった。せめて、このあふれんばかりの感謝の気持ちのうち、十分の一でも伝えられたらよかったのに。

 見晴らし台を後にし、鳥居をくぐる。道路へと続く階段を降りながら思う。
 今回、恐怖と緊張と興奮のあまり、まともな会話すらできなかった。自分の言いたいことだけ言って、相手のことなんて考えていなかった。彼女は、口ではああいっていたが、恐らく自分のことを気持ち悪がっていたことだろう。もし、次に小説を読んでくれる人と出会ったら、この経験を活かし、落ち着いて感謝の気持ちを伝えよう。
 階段を下りきったところに、見覚えのある少女がいた。黒いセーラー服を着ており、白いスカーフがアクセントになっている。狐耳も、尻尾も、縦に亀裂の入ったピンクの瞳孔もない。見事に人間に化けた彼女は、首をぐるりと回し、長い髪をなびかせなた。
「遅い。女子をあんまり待たせるでないぞ」
「うわぁぁぁ! でたぁぁぁぁ!?」
 落ち着きとは程遠い反応に対し、黒狐は嗜虐の笑みで答えた。
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