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第2話 前編 高校にて
不本意なあだ名
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昼休み、案の定、黒狐さまの机の周りには人だかりができていた。隣にある自分の席も、集まった生徒によって占領されてしまっている。しぶしぶ読書中の住良木さんの席まで退避した。
それにしても芸がない。出会った翌日に転校してくるなんて、王道にも程がある。あまりにも平々凡々の展開で、驚きも何もあったもんじゃない。
「18年以上前に流行った、学園もののテンプレを自分が体感することになるとは」
「あんた、まだ生まれてないじゃん」
「春休みで『熱宮ナツキの爽快』のアニメ観たから、僕にとっては今なんだよ」
「あんた、本ッッ当にあんた流行りに乗らないね。だから取り残されんのよ」
住良木さんの呼んでいる本の裏表紙をチラ見し、言った。
「それ言ったらお前は今、60年以上前の本読んでるんだろうが」
肩をはたかれた。痛い。
「うちは取り残されてんじゃないの。我が道を行ってるだけなんだから」
黒狐さまは、少なくとも六人以上ものクラスメイトを同時に相手取っていた。それでも本人の表情には余裕すら見え、底が知れない。何人かは、黒狐さまのカリスマ性に充てられて、興奮している様子だった。
それを見て、皮肉交じりに呟いた。
「でもまあ、1200年遅れの九条さんよりはマシか」
瞬間、黒狐さまが席を立った。周りの人を押しとどめて、こちらへ向かってくる。
「しまった」
狐の三角形の耳は、パラボラアンテナの収音マイクのように音を効率的にとらえる。その上、根元の筋肉を使ってバラバラの方向も収音できる。その精度はすさまじく、2.5メートル先のネズミを誤差5センチ以内で把握できる。可聴域は哺乳類の中で最も広い。人はおろか犬とも比較にならないくらい耳がいい。ましてや黒狐さまは、ただの狐ではなく妖狐である。
黒狐さまは笑顔だったが、その眉間には皺が寄っていた。しかも、瞳は桃色で縦に割れている。
「おい、ツキ!」
狐憑きだったはずが、早速省略されてしまった。
「カチカチ山と、猿かに合戦どっちがいい」
「申し訳ありませんでした、黒狐さま!」
両手を合わせながら、何度も頭を下げ命乞いする。化かしの応用で拷問なんてされたら、廃人一直線だ。
「まあ、よし。なんぢの必死さに免じて許さむ。我がゆるなりに報謝すべし」
「もう少し、わかりやすい言葉でお願いします」
黒狐さまはコホンと咳払いした。同時に、狐火は消え、瞳孔も元の黒色に戻っていく。
「まあよい。お主の必死さに免じて許すのじゃ。わらわの寛大さに感謝せよ」
「あの……黒狐さま?」
「なんじゃぁ? ツキよ」
顎で住良木さんの方を指し示す。
黒狐さまは口に手を当てると、しまったといった様子で顔を逸らすした。
「え? 九条さん? 許す……のじゃ?」
「いや、これは……」
言葉に詰まった黒狐さまにかわって、自分が答えた。
「初対面の時、僕が冗談交じりにお願いたんだよ。『古風な雰囲気が似合うので、のじゃ口調お願いします』って。それ以降、僕と話すときは、ずっとこの口調でからかってくるようになっちまったんだ」
「ちょっ、あんたまじで!? キッッモ! そんな趣味があったの!?」
「悪かったな」
あんまりな言われように、机へ突っ伏したくなった。
「そういうことです。ツキの反応が面白くってつい……」
申し訳なさそうに同調する黒狐さまを見て、住良木さんの眼つきが変わった。
「ちなみに、ツキっていうあだ名はどうやってついたの?」
「この私、黒狐についてくるから、狐憑き。略してツキ」
「マジで! アハハッ! ストーカーとかマジ笑えるんだけど! こんどからうちもあんたのことツッキーって呼ぶわ」
黒狐さまは、みんなを待たせているから、と速足で自席へ帰っていった。
何とか黒狐さまの面目は保つことができた。しかし、
「アハハハハハ! ちょ、マジ笑い止まらない。いやぁ、九条さんとはいい酒飲めそうだわ。まだ未成年だけど」
住良木さんは本を手放し、腹を抱え、悶絶していた。
ツキは、明日にはこの残念なあだ名がクラス中に広がっているんだろうな……と、絶望的な気分で、住良木さんを眺めていた。
それにしても芸がない。出会った翌日に転校してくるなんて、王道にも程がある。あまりにも平々凡々の展開で、驚きも何もあったもんじゃない。
「18年以上前に流行った、学園もののテンプレを自分が体感することになるとは」
「あんた、まだ生まれてないじゃん」
「春休みで『熱宮ナツキの爽快』のアニメ観たから、僕にとっては今なんだよ」
「あんた、本ッッ当にあんた流行りに乗らないね。だから取り残されんのよ」
住良木さんの呼んでいる本の裏表紙をチラ見し、言った。
「それ言ったらお前は今、60年以上前の本読んでるんだろうが」
肩をはたかれた。痛い。
「うちは取り残されてんじゃないの。我が道を行ってるだけなんだから」
黒狐さまは、少なくとも六人以上ものクラスメイトを同時に相手取っていた。それでも本人の表情には余裕すら見え、底が知れない。何人かは、黒狐さまのカリスマ性に充てられて、興奮している様子だった。
それを見て、皮肉交じりに呟いた。
「でもまあ、1200年遅れの九条さんよりはマシか」
瞬間、黒狐さまが席を立った。周りの人を押しとどめて、こちらへ向かってくる。
「しまった」
狐の三角形の耳は、パラボラアンテナの収音マイクのように音を効率的にとらえる。その上、根元の筋肉を使ってバラバラの方向も収音できる。その精度はすさまじく、2.5メートル先のネズミを誤差5センチ以内で把握できる。可聴域は哺乳類の中で最も広い。人はおろか犬とも比較にならないくらい耳がいい。ましてや黒狐さまは、ただの狐ではなく妖狐である。
黒狐さまは笑顔だったが、その眉間には皺が寄っていた。しかも、瞳は桃色で縦に割れている。
「おい、ツキ!」
狐憑きだったはずが、早速省略されてしまった。
「カチカチ山と、猿かに合戦どっちがいい」
「申し訳ありませんでした、黒狐さま!」
両手を合わせながら、何度も頭を下げ命乞いする。化かしの応用で拷問なんてされたら、廃人一直線だ。
「まあ、よし。なんぢの必死さに免じて許さむ。我がゆるなりに報謝すべし」
「もう少し、わかりやすい言葉でお願いします」
黒狐さまはコホンと咳払いした。同時に、狐火は消え、瞳孔も元の黒色に戻っていく。
「まあよい。お主の必死さに免じて許すのじゃ。わらわの寛大さに感謝せよ」
「あの……黒狐さま?」
「なんじゃぁ? ツキよ」
顎で住良木さんの方を指し示す。
黒狐さまは口に手を当てると、しまったといった様子で顔を逸らすした。
「え? 九条さん? 許す……のじゃ?」
「いや、これは……」
言葉に詰まった黒狐さまにかわって、自分が答えた。
「初対面の時、僕が冗談交じりにお願いたんだよ。『古風な雰囲気が似合うので、のじゃ口調お願いします』って。それ以降、僕と話すときは、ずっとこの口調でからかってくるようになっちまったんだ」
「ちょっ、あんたまじで!? キッッモ! そんな趣味があったの!?」
「悪かったな」
あんまりな言われように、机へ突っ伏したくなった。
「そういうことです。ツキの反応が面白くってつい……」
申し訳なさそうに同調する黒狐さまを見て、住良木さんの眼つきが変わった。
「ちなみに、ツキっていうあだ名はどうやってついたの?」
「この私、黒狐についてくるから、狐憑き。略してツキ」
「マジで! アハハッ! ストーカーとかマジ笑えるんだけど! こんどからうちもあんたのことツッキーって呼ぶわ」
黒狐さまは、みんなを待たせているから、と速足で自席へ帰っていった。
何とか黒狐さまの面目は保つことができた。しかし、
「アハハハハハ! ちょ、マジ笑い止まらない。いやぁ、九条さんとはいい酒飲めそうだわ。まだ未成年だけど」
住良木さんは本を手放し、腹を抱え、悶絶していた。
ツキは、明日にはこの残念なあだ名がクラス中に広がっているんだろうな……と、絶望的な気分で、住良木さんを眺めていた。
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