黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第5話 妖狐

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「わらわは欲しかったんじゃ。何も考えず、くだらないことを話せるような人間の友が。そこで、深間神社じゃ」
 口元を隠したまま黒狐さまは言った。
「古くより、純粋に狐娘と友達になりたい人や、人と仲良くしたい狐も存在した。マッチングアプリがなく、しかも今とは比べ物にならないくらい差別がすごかった時代に彼らが出会いを求めるには、特定の場所にひっそり集まるよりなかった」
「深間神社の御利益は確か、恋愛祈願!」
「そうじゃ。もともとは、稲が実る時期と狐の出没する時期がかぶっていたことから、『狐は豊穣の神様説』を唱えた者たちが建てたんじゃがな。わらわの時代には既に、人と狐の出会いの場になっておった。そして現代に至るまで、安全に人狐が交流できる社交場として機能している。しかも、善狐らの手伝いをすれば、彼らの権能の一部を借用できる特典もつく!」
 ふと、黒狐さまの過去の言葉を思い出した。
「あれ? そういえば黒狐さまは、『わらわはこの社にまつられている』とかのたまっていましたがあれは──」
「狐全体を祭ってるから、わらわも祭られておる」
「屁理屈!」
「細かい設定は気にする出ない!」
「願いを叶える力は?」
「稲荷大神さまへの直談判!」
「まさかの神頼み!? それが妖狐のする事ですか!?」
「真面目にバイトしとったからいいんじゃよ~」
「バイト神使!?」
 黒狐さまはフフフと笑いながら、扇子を仕舞った。
 深間神社は出会いのネタまで提供してくれるのか。黒狐さまが抵抗なく能力を発揮していたことから、ある程度の化かしも容認されているのだろう。神社の由来を知っている人だったら、人に化けた狐の存在も受け入れやすいはずだ。ネットが発達した現代において、黒狐さまがわざわざあの場所で出会いを探していたのも、うなずける。
「友を欲してから、一年以上かかった。人間社会で生きる傍ら、バイト神使をしつつ、何十人も面接した。そうやってようやくお主を見出したわけじゃ。本当に大変だったのじゃ。嬉しさも段違いだったがのぉ! それでまぁ、ハッピーの度が過ぎてはっちゃけた結果……今朝事故った」
「すいません。僕がしっかりしていればこんなことには……」
「それはもうよい。どっちにしろ近々バレていたじゃろうしな」
 学校裏で手をつなぎながらの言い争い。あれでは、恋愛関係にあると取られてしまっても仕方ない。
 住良木さんには弄られまくるし、田中先生には応援されるし、原田には心配されたし、わっちゃんには『何かあったら頼れ』と言われた。自分がいくら何を言っても、皆の認識は変わらないようだった。
「ですが、この認識が広まると、黒狐さまの格を下げてしまいます」
 黒狐さまはソファから立ち上がると、ツキの目の前に立った。
「おぬしが相応のレベルに達するまで、わらわが調教すればいいだけのこと」
「さらりと怖いこと言わないでください」
「早速じゃが」
「えっ本当にやるんですか?」
「お主、わらわの手を握ったじゃろう」
 黒狐さまは、左手を突き出すと、長そでをまくる。
 ツキは、顔から血の気が引いていくのを感じた。
 白い手首に、うっすらと青い痣がついていたのだ。
「申し訳ありません」
「別に怒っとらん。お主の勇気の証じゃし、むしろ見せつけたいくらいじゃ」
 いとおしげに痣を撫でながら、小さく笑った。
「ただ、女子の扱いというものを、教えてやらねばなのぉ~」
 頭を下げたツキの視界に、黒狐さまの手がぬっと伸びてきた。
「まずは、次は手の掴み方じゃな。手は四本指をそろえて、根元の関節だけ曲げるようにする。そうすれば、指先に余計な力が集中せずに済む。手のひら全体で触れるから、圧が分散される」

 ツキは言われた通り、右手の指をそろえた。
「手首を下からすくいあげるように持つのじゃ。もう一度言うぞ。下からすくいあげるように持つのじゃ。人の体を持つときは必ず下からじゃ。力は、五歳児程度に抑えよ。それ以上は無駄じゃし、危険じゃ」
 上からつかむと、手をひねってしまったり、骨折の恐れがあるらしい。逆に下から支えるように掴めば、無理な力がかかっても、手が自然とすり抜けるので危険が少ない。
 ツキは恐る恐る黒狐さまの手を取った。どうしても痣に目が行ってしまう。美術館の彫刻にぶつかって欠けさせてしまったような罪悪感と自己嫌悪が去来した。自分への怒りで吐きそうになる。
「あ……すまん。反対の方の手にすればよかったのぉ」
「いえ、いいんです。僕が勝手にッ……」
 言葉に詰まった。何かに当たり散らしたかったが、床から天井まで全て黒狐さまの物だったので、耐えるしかなかった。奥歯を噛みしめ、空いている左手を握り締め、全身に力をみなぎらせ、ただただ衝動を耐えた。あの時、手を握らなければ、黒狐さまを傷つけることはなかったし、ここまで大事にはならなかったはずだ。自分が嫌で嫌でたまらない。
「ごめんなさい! 黒狐さま!」
「あの時点のおぬしは、あの場で出来る、最大限のことをやったんじゃ。手抜きせず、全力でな」
「クゥゥ……ッ」
 喉から、甲高く情けない声が漏れてしまった。目じりに熱いものを感じ、左腕で覆う。
 暗闇の中、柔らかい声が聞えてくる。
「過去の自分を認めぬのも、自己否定。過去の自分を認められぬ、今の自分を何とかしたいと思うのも、自己否定。自分の怒りに、油を注ぐだけじゃ」
「理屈ではわかっています。でも、心が荒れて、どうにもならない」
「目、耳、鼻、口、肌。その一つ一つの感覚に、これまで以上に集中するのじゃ」
 田中先生の教えと同じだった。妄想と現実を区別し、身体の感覚に集中する。自己嫌悪は妄想で、腕で隠した暗闇こそが現実。
「五感に集中……」
 スゥースゥーという小さな小さな息遣い。セーラー服の生地や、髪の毛同士が擦れる音。「んっ……」と、わずかに聞こえた艶やかな声。聞いた途端、全身がゾクッとした。
 シャボンを極限まで上質にしたような、さわやかで清潔感のある香り。わずかに甘く、うっとりする。香水に封じ込め、永遠に嗅いでも飽きはしないだろう。
 体の前面には、わずかな暖かみを感じた。春の太陽のように、意識しなければ気づかないが、穏やかな暖かさ。
 右手のひらには、柔らかい物が乗っている。やや細めで扱いやすい。滑らかで、ぷにぷに。それでいて弾力がある。ぬるま湯程度の、心地よい温度。わずかに湿り気を帯びてきていた。適度な重さで、いつまでも握っていたくなる。
 ツキは目を開いた。
 赤面した黒狐さまの顔で、全てが吹っ飛んだ。
「おぬし! 心の声が! 漏れ漏れじゃあ!」
 黒狐さまの声は、金切声に近かった。
「っていうかお主の五感なんなの!? もっと空調の音とか、スリッパの感触とか、アロマの匂いとか、色々あるじゃろ! 語彙も微妙に豊富だし。ってか何でわらわ限定なのじゃ!?」
「自分が好むものに集中してしまうのは、当然ではないですか!」
 ツキは自滅した。
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