黒狐さまと創作狂の高校生

フゥル

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第7話 妖狐ミュニケーション

黄昏にて

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 田間川河川敷の公園は、平日にも関わらず、ちらほら子供が見られた。ブランコや丸く枝切りされた低木の周りで、子供が元気に駆け回っている。子供の親たちは、ベンチに座って温かく見守っていた。ランニングしている人や、ラッパの練習をしている人や、単に寝っ転がっている人もいる。ツキと同じく、学校帰りの生徒らしき姿もちらほら見られた。
 ツキは、夕日に染め上げられた堤防の芝に腰かけて、ため息をつく。
「なぜこうなってしまったんだろう」
 自分が堪らなく嫌になってきた。田中先生とのやりとりで思い出してしまった。『もし、辛くなったら黒狐さまに相談する』と、言ったのは自分だということに。なのに、辛くなっているのを我慢して、いきなりキレた。黒狐さまも驚き、呆れるに決まってる。
「あれだけ話し合ったのに。自分で約束したのに。対策を立てて、メモも持ち歩いていたのに。同じ間違えを繰り返して、もう三度目だ。何で我慢してしまうんだろう。もしかして、僕は病気なのか?」
 どうすれば乗り越えられるのかわからない。黒狐さまに相談しても、理解されないだろう。
 かといって逃げるわけにもいかない。もうすでに周囲の人に多大な迷惑がかかっている。
 今回、見て見ぬふりをしたとしよう。それでも、いずれ同じようなシチュエーションで爆発する。もしくは、スタディーキャンプの時のように、病んでしまうだろう。受験期や、就職した後に、メンタルダウンしてしまったら、取り返しがつかない。
「ちくしょう……」
 下を向いて歩く。青空を見上げても、灰色にしか見えない。他の人は皆幸せそうに見え、公園で遊んでいる人に対して、普通に生きていてすごいなと思う。今の僕には到底無理だ。こういうとき、自分が宇宙人か何かになったように思えてくる。他人に対して、全く共感できない。
「何なんだよ本当」
 悩みをジャグリングしているせいで、頭が回らない。他人の話が入ってこない。言われたことを言われた通りに実行できず、数秒前に言われたことを忘れてしまう。極端に視野が狭窄し、ほんの数メートル先も見えない。見間違えやケアレスミス、忘れ物が勃発する。失敗を繰り返して、さらに自分が嫌になった。
「そして、原因を辿ると、必ず自分にたどり着く」
 あの時もそうだ。数か月前、住良木さんに弄られて本気でイラっとした時、ツキは耐えていた。
 クラスメイトと一緒に、先生から怒られた時もそうだ。クラスメイトから『何で平気なの?』と聞かれた。その時は、答えられなかったが、今なら答えられる。我慢していたからだ。でも、我慢はその場しのぎに過ぎない。それから日を跨いでずっと、怒られた時の状況を、頭の中でリプレイしては落ち込む。(これは田中先生の指導で、大分マシになったが)
 そして、今のように心の奥底まで真っ暗になるのがお約束だった。
 ここまで思い出して、ツキは思った。日常の裏で事態はひそかに進行していたのだ。そして今、表に出てしまった。とても悪辣な形で。
「最悪……でもないか。まだ田中先生の助けがある」
 今までは、周りが助けてくれたからどうにかなった。でも、受験期や就職後は、都合よく周りに助けてくれる人がいるとは思えない。きっと、クラス替えでもすれば、自分はあっという間に孤立する。そして、今の自分では、新たな環境で交友関係を築くことすらできない。
 我慢して問題を先延ばしにするにも、限界はある。今のまま変わらなければ、近いうちに精神が壊れる。
「どうすれば直せるんだ」
 下を向いて、大きく長いため息をつく。黒い小石が目についた。それが呼び水となり、あのときの光景がフラッシュバックする。黒狐さまに突き刺した言葉の凶器。唖然とする住良木さん。集まってきた生徒の隙間から見えてしまったもの。顔をぐしゃぐしゃにして、涙を流していた黒狐さま。
「まず謝罪だろ! これじゃあ、自分のことしか考えてないクソガキじゃないか」
 黒狐さまに責任転換しようとしたことも忘れて、何を考えているんだ。油断すると、他人の事よりも自分のことを考えてしまう。
 自分で自分に腹が立つ。自分に酔って、都合のいい妄想に浸って、罪逃れしようとする。
「僕は最低だ」
 黒狐さまに多くを求める。そのくせ、返礼はしない。自分が困ったときは頼る。相手が困っても助けない。自分の不祥事は眼を瞑ってもらってるくせに、いざ相手がミスを犯すと、怒涛のごとく攻め立てる。挙げ句の果て、都合か悪くなったらすぐ黙る。
「これだけされたら、攻撃したくもなるか」
 黒狐さまを自分の親か何かと勘違いしているのではないか。いや、自分の親にすらここまで傍若無人には振る舞っていない。
 小さな子供が母親に感謝の念を抱かないのにも似ている。きっと、全能の母神か何かと、黒狐さまを勘違いしていたのだろう。高校生の外見をした五歳児に、現実離れした要求を突きつけられる。黒狐さまの苦しみは想像を絶するものだったに違いない。
「僕は黒狐さまを大切にしてこなかった」
 いや、それだけではない。誰かが何かをしてくれること、自分の面倒を見てくれることを当然と思っていた。意識的には感謝してるつもりでも、心の奥底では違った。世界の中心は自分で、他者は自分を引き立てる道具でしかなかった。
 次から次へと思い出が呼び覚まされた。最初は楽しいと感じていた思い出も、見方を変えると、ただただ自分が幼稚に振る舞っていただけだと思い知らされる。
「僕と一緒にいるとき、黒狐さまは楽しかったのだろうか?『願いをかなえる』と言ってしまった手前、わがままなクソガキの子守りをしていただけだったのでは?」
 世界がひっくり返ったような気分。あまりのショックに、胃の内容物を吐き出してしまいそう。
 もしかして、これまでの問題も全部、自分の我が儘が原因だったのではないか。
「黒狐さまから嫌われたくない一心で、黒狐さまの言うことに黙って従ってきた。反発したい気持ちや、憎い気持ちが浮かんでも、『黒狐さまの言葉は、無条件で従うべき』と圧し殺してきた。でも本音は『黒狐さまに嫌われることで、自分が傷つくのが嫌』なだけだ。黒狐さまのためと言いつつ、結局自分はただの自己中でしかなかった」
 悲しかった。僕は自分を大切にしてくれた人々を、大切にしてこなかった。そして、今までそれに気づくことすらできなかった。自分から相手を信じ、手を差しのべてくれた人々を、裏切り続けていたのだ。
「消えてしまいたい」
 田間川の流れに混じって、白い物体が見えた。魚の腹だった。あの魚と自分の命を交換したほうが、この世界にとって有意義なのではないかと思う。このまま自分が消えた方が、いいのではないか。
 気持ちの整理をしようと、メモ帳を取り出そうとポケットに手を突っ込む。妙な感触を感じた。ポケットの中から、黒いお守りが出てきた。学ランの黒と相まって、見えなかったのだ。
 脳裏に桜通りの景色が浮かんだ。黒狐さまとの初対面。彼女は何の根拠もなく自分を信じてくれた。信頼してくれた。有限の力しか持たない、一介の高校生に過ぎない自分を。
 やっぱり黒狐さまは偉大だった。
 お守りを両手で握り、呟く。
「もう二度と、あなたを後悔させません」
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