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2.出会い-前編-
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橘さんと初めて出会った日のことは今でもよく覚えている。
当時、俺は25歳。
高校を卒業後、進学を選ばず柴に就職したため、かれこれ6年もこの職場に身を置いていることになる。
そろそろ同期の間でも固定バディ成立報告がちらほらと上がり始める頃だが、俺にはどうにもこの固定バディという制度が性に合わなかった。
柴のバディ形態は大きく分けて2種類存在する。
1つは、1人の相手とのみバディを組む永久指名型の『固定バディ』
そしてもう1つは、一定期間ごとに相手を変えていく契約更新型の『臨時バディ』だ。
どちらを選ぶかは個人の性格や仕事内容によるが、“臨時バディで様々な相手と相性を試しながら固定バディにランクアップして長期的な信頼関係を築く”というのが主流だ。
柴においてバディとはただの仕事相手というだけではなく命を預ける存在でもある。
だが、俺は1人の人間と深く関わり合うのが苦手なタイプだし、自分が他人から好かれるような人柄でもないと思っている。
そんな人間に、命を預けられるほどの信頼関係が築けるのだろうか。
幸か不幸か、黒柴では俺のような職員は少なくない。
むしろ、コミュニケーション能力に難のある人間の巣窟とさえ言えるだろう。
前線で事件の解決にあたる赤柴と違い、黒柴は技術開発や情報管理など裏方の仕事がメインとなる。
つまり強い絆や信頼関係が必要な仕事はほとんど回ってこないため、バディ探しが後回しになりがちだ。
何度も固定バディの解消を繰り返す者、定年までフリーを貫く者、そもそもバディを必要とするような任務に駆り出される事がほとんど無い者、などなど……黒柴にはさまざまな事情を抱えた者が多い。
そして、俺もいずれその中の1人になるのだろうと、そう漠然と思っていた。
「初めまして。この度赤柴第3班から黒柴へ異動となりました。犬憑きの橘雪臣です。持病の関係でご迷惑をおかけする事も多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
橘さんが黒柴にやってきたのは、桜のつぼみが膨らみ始めた春先の事だった。
持病の悪化による体力低下に伴い前線から退くことになった事は事前情報で把握はしていたが、いざ目の前にしてみると想像していたよりもずっと活力を感じさせる印象を受けた。
技術開発部のオフィスで深々と頭を下げる彼の第一印象は朗らかな好青年といったところか。
癖のある白髪に、眠たげなたれ目、病的なほど白い肌。
そしてまだ20代とは思えないほど一つ一つの所作がゆったりと落ち着いており、独特の雰囲気を醸し出していた。
橘さんが自己紹介を終えると、オフィスに居た他の職員達がワッと一斉に湧いた。
「王子はもうバディの相手決まってますか!?」
「私、ずっと王子に憧れてて……!サインください!」
「王子、今日ランチご一緒してもいいですか?」
「王子の歓迎会を企画しているのですが」
まるで人気アイドルでも現れたかの勢いで橘さんに群がる同僚たちに、俺は小さく溜息をついた。
“蟲吐き王子の橘”という通り名を持つ彼は、この柴においてちょっとした有名人だった。
難病指定の怪異性疾患『蟲吐き病』を患いながらもその類稀なる犬憑きの才で怪異事件解決の最前線––赤柴でその能力を発揮していた超エリート犬憑き。
甘やかな容姿と温厚な性格、そして死に至る病を背負いながら、なお最前線で戦い続けているというドラマ性も相まって、彼は男女問わす幅広い層から人気を集めていた。
確かに彼は長身で綺麗な顔立ちをしているし、雪のように白い肌とこのキラキラと輝く白髪は『王子』という大層な愛称にぴったりだ。
数日前、同僚から熱いプレゼンを受けたことをぼんやりと思い出しながら目の前の光景をどこか他人事のように眺めていた。
一方橘さんはこういった輩に慣れているのか、困惑した表情ひとつ見せず柔和な笑みを貼り付けたまま丁寧に受け答えをしている。
その佇まいは爽やかで洗練されており、陰気臭い俺とは住む世界が違うことを改めて思い知らされた。
そんなことを考えていると、不意に橘さんと視線がぶつかる。
彼は俺と目が合った瞬間、すぐに人当たりの良い笑みで会釈を寄越してきた。
俺も一拍遅れて頭を軽く下げてからすぐ視線を逸らす。
きっと今後も彼とはさほど接点がないまま日々を過ごす事になるのだろう。
そう、思っていた。
橘さんとの出会いが俺の人生を大きく変える事になるなんて、この時は想像すらしていなかったのだ。
当時、俺は25歳。
高校を卒業後、進学を選ばず柴に就職したため、かれこれ6年もこの職場に身を置いていることになる。
そろそろ同期の間でも固定バディ成立報告がちらほらと上がり始める頃だが、俺にはどうにもこの固定バディという制度が性に合わなかった。
柴のバディ形態は大きく分けて2種類存在する。
1つは、1人の相手とのみバディを組む永久指名型の『固定バディ』
そしてもう1つは、一定期間ごとに相手を変えていく契約更新型の『臨時バディ』だ。
どちらを選ぶかは個人の性格や仕事内容によるが、“臨時バディで様々な相手と相性を試しながら固定バディにランクアップして長期的な信頼関係を築く”というのが主流だ。
柴においてバディとはただの仕事相手というだけではなく命を預ける存在でもある。
だが、俺は1人の人間と深く関わり合うのが苦手なタイプだし、自分が他人から好かれるような人柄でもないと思っている。
そんな人間に、命を預けられるほどの信頼関係が築けるのだろうか。
幸か不幸か、黒柴では俺のような職員は少なくない。
むしろ、コミュニケーション能力に難のある人間の巣窟とさえ言えるだろう。
前線で事件の解決にあたる赤柴と違い、黒柴は技術開発や情報管理など裏方の仕事がメインとなる。
つまり強い絆や信頼関係が必要な仕事はほとんど回ってこないため、バディ探しが後回しになりがちだ。
何度も固定バディの解消を繰り返す者、定年までフリーを貫く者、そもそもバディを必要とするような任務に駆り出される事がほとんど無い者、などなど……黒柴にはさまざまな事情を抱えた者が多い。
そして、俺もいずれその中の1人になるのだろうと、そう漠然と思っていた。
「初めまして。この度赤柴第3班から黒柴へ異動となりました。犬憑きの橘雪臣です。持病の関係でご迷惑をおかけする事も多々あるかと思いますが、どうぞ宜しくお願い致します」
橘さんが黒柴にやってきたのは、桜のつぼみが膨らみ始めた春先の事だった。
持病の悪化による体力低下に伴い前線から退くことになった事は事前情報で把握はしていたが、いざ目の前にしてみると想像していたよりもずっと活力を感じさせる印象を受けた。
技術開発部のオフィスで深々と頭を下げる彼の第一印象は朗らかな好青年といったところか。
癖のある白髪に、眠たげなたれ目、病的なほど白い肌。
そしてまだ20代とは思えないほど一つ一つの所作がゆったりと落ち着いており、独特の雰囲気を醸し出していた。
橘さんが自己紹介を終えると、オフィスに居た他の職員達がワッと一斉に湧いた。
「王子はもうバディの相手決まってますか!?」
「私、ずっと王子に憧れてて……!サインください!」
「王子、今日ランチご一緒してもいいですか?」
「王子の歓迎会を企画しているのですが」
まるで人気アイドルでも現れたかの勢いで橘さんに群がる同僚たちに、俺は小さく溜息をついた。
“蟲吐き王子の橘”という通り名を持つ彼は、この柴においてちょっとした有名人だった。
難病指定の怪異性疾患『蟲吐き病』を患いながらもその類稀なる犬憑きの才で怪異事件解決の最前線––赤柴でその能力を発揮していた超エリート犬憑き。
甘やかな容姿と温厚な性格、そして死に至る病を背負いながら、なお最前線で戦い続けているというドラマ性も相まって、彼は男女問わす幅広い層から人気を集めていた。
確かに彼は長身で綺麗な顔立ちをしているし、雪のように白い肌とこのキラキラと輝く白髪は『王子』という大層な愛称にぴったりだ。
数日前、同僚から熱いプレゼンを受けたことをぼんやりと思い出しながら目の前の光景をどこか他人事のように眺めていた。
一方橘さんはこういった輩に慣れているのか、困惑した表情ひとつ見せず柔和な笑みを貼り付けたまま丁寧に受け答えをしている。
その佇まいは爽やかで洗練されており、陰気臭い俺とは住む世界が違うことを改めて思い知らされた。
そんなことを考えていると、不意に橘さんと視線がぶつかる。
彼は俺と目が合った瞬間、すぐに人当たりの良い笑みで会釈を寄越してきた。
俺も一拍遅れて頭を軽く下げてからすぐ視線を逸らす。
きっと今後も彼とはさほど接点がないまま日々を過ごす事になるのだろう。
そう、思っていた。
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