俺と両想いにならないと出られない部屋

小熊井つん

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4.相手を寝かしつけないと出られない部屋

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華の金曜日。
残業を終えた俺は終電間近の電車に揺られていた。
社内では飲み会帰りらしきサラリーマン達の姿がちらほらと見受けられる。
「……ふぅ」
座席の端に座って窓の外を流れる景色を眺めていると段々瞼が重くなってきた。
ここ数日、仕事が忙しくて寝不足気味だったせいだろう。
睡魔に抗おうと必死に瞬きを繰り返してみたが、その抵抗も虚しく心地よい揺れに誘われるようにして俺の意識はゆっくりと微睡みの中へと沈んでいった。

それからどのくらいの時間が経っただろうか。
俺は肩を軽く揺さぶられる感触で目が覚めた。
「山吹、おい。おーきーろー」
聞き慣れた声に目を開けると、パジャマ姿の桜庭が至近距離で俺の顔を見下ろしていた。
状況が掴めずに目をぱちくりとさせる。
ここはどこだ。
先ほどまで電車に乗っていたはずなのに、今は何故かふかふかのベッドの上にいる。

「え、桜庭……?」
「まだ寝ぼけてんのか」
「えっと、」
俺は混乱した頭で周囲を見渡すとようやく状況を理解した。

「あ、ここ……」
真っ白な壁に囲まれた部屋の中には扉がひとつと大きなホワイトボード、そして今俺が横たわっている天蓋付きベッドがあるだけだ。
「またあの夢か」
「ああ」

俺はベッドから身体を起こしながら周囲を見渡した。
3度目の『出られない部屋』。
ヤレヤレと言わんばかりにため息をつく桜庭とは対照的に俺の心は高揚していた。

今回は一体どんな条件が課されるのか。
前回は『ハグをしないと出られない部屋』、前々回が『手を繋がないと出られない部屋』……。
という事はそろそろ『キスをしないと出られない部屋』なんて出てきてもおかしくないのではなかろうか。

俺は期待を込めてホワイトボードに浮き出た文字を見た。

【相手を寝かしつけないと出られない部屋】

「……ん?」
一瞬見間違いかと思ったが、何度読み返してもそこに書かれた文章は変わらない。
「なんだこりゃ」
桜庭が不思議そうな顔で呟いた。
今までとは違う変化球すぎる指令に俺も戸惑ってしまう。
寝かしつけるって具体的にはどうすればいいんだ?
子守唄?羊を数える?それともおとぎ話でも聞かせればいいのか?

「『寝かしつける』ってなんか子供みたいだな~」
「でもまぁ、やるしかないよな。こんな部屋に長居したくねーし」
桜庭はそのままベッドに潜り込むと、適当な枕を手繰り寄せ、掛け布団を捲ってポンポンとシーツを叩いた。
これはまさか……。
「ほれ。早く来い」

相変わらず合理的な性格というか、無駄を嫌う男である。
「……えっと、あの、はい」
ここで変に照れて躊躇する方が恥ずかしいかと思い直した俺は言われるがままに桜庭の隣に収まった。
そのまま仰向けに転がる。
こんなフリルでいっぱいのベッドに大の男2人が並んで眠るというのは中々シュールな光景だ。

「お前、今日は残業で疲れてるだろ。さっさと寝ろ」
「お、おお?」
「あと明日は休みだしゆっくり休んどけ」
「うん、ありがとう……」

そう言って俺の胸あたりを掛け布団の上からトン、トン、と一定のリズムで優しく叩く桜庭の手つきはとても丁寧で優しいものだった。
「……ん?ちょっと待って。俺が寝かしつけられる方なの!?」
「別に指定はなかったろ」
「それはそうだけど」
「いいから黙って目閉じて深呼吸しろ」
「こわ」
せっかくなら俺が桜庭を寝かしつけたかったなーなんて思っていたが、有無を言わせない口調に気圧された俺は大人しく目を閉じることにした。

……眠れない。
桜庭の体温と香りに包まれているからだろう。
身体は疲れているはずなのに、一向に眠気が訪れる気配はなかった。
むしろ隣に好きな男がいるという事実を意識するほどに心拍数は上がっていく一方である。
このままではいけない。
何か会話をして緊張を紛らわせなければ。
「……桜庭、」
「寝ろ」
「いやー……なんか目が冴えちゃって。眠気が来るまでなんか話そうぜ」
「はあ」
桜庭が少し呆れたようなため息をついた。
俺はこのため息が結構好きだったりする。
だってこの男は面倒くさがりながらも結局は最後まで付き合ってくれるのだ。

「じゃあなんか話題提供しろ」
「えー?うーん……最近どう?」
俺の間抜け極まりない問いかけに対して、桜庭は小さく笑った。
「どうって……別に普通。普通に働いて普通に寝るだけ」
「休みの日とか何やってんの」
「家でゴロゴロしてる事が多いな。あ、でも健康のためにランニングはしてる。あとは……1人で飲みに行ったりとか」

イメージ通りの返答に思わず口元が緩んだ。
まぁ、目の前の桜庭は俺の記憶と想像力から生まれた存在なのだから当然と言えば当然の答えだ。
「じゃあさ、今度2人で飯行かない?なんなら仕事終わりとかでも……」
「まぁ、気が向いたらな」

これは絶対誘われないやつだ。
夢の中とはいえ桜庭の塩対応は相変わらすのようで逆に安心する。
「……一応、気になってる店はあるんだけど」
ぽつり、と桜庭が呟いた。
「え、どこどこ?」
「駅前にオープンしたばっかの『スコビル』ってとこ。でも激辛料理専門店だから好み分かれそうなんだよなー」
桜庭は独り言のように呟く。

「へぇ。桜庭、辛いもの好きなのか」
「すげー好き。ストレス解消になるからおすすめだぞ」
「ストレス解消……」
現実の桜庭も辛い料理が好物なのだろうか。
それとも、これは単に俺の記憶がランダムに混ざり合って出来た架空の設定なのか。

「でも、俺も辛いのなら結構好きだよ。激辛ラーメンとか、麻婆豆腐とかたまに食べたくなるよな~」
「ふーん。本物の山吹も好きかなぁ」
「へ?」
「いや、なんでもない」

奇妙な会話を繰り広げているうちに俺の緊張もいつの間にか解けていた。
桜庭の落ち着いた声が心地いいのも眠りを誘う要因のひとつかもしれない。
ふわあ、と大きな欠伸をする桜庭に釣られるようにして俺も口元に手を当てる。

「あはは、欠伸うつった」
そう笑うと、俺が寝付くまでの最後の仕上げと言わんばかりに、桜庭がぽん、と軽く布団を叩いた。
穏やかな振動に誘われるようにしてゆっくりと瞼が落ちていく。

「おやすみ」
最後に聞こえたのはそんな言葉だった。

「……さん、お客さん!終点ですよ」
意識が覚醒していくにつれ、遠くの方から誰かの声が聞こえる。
何度も身体を揺さぶられ、俺は重い瞼を開いた。
最初に視界に飛び込んできたのは迷惑そうな表情でこちらを覗き込んでいる駅員の顔だった。

「ん……?」
ここはどこだっけ。
まだぼんやりとした頭で記憶を辿るうちに段々と状況を思い出してきた。
そうだ、確か終電に乗っていて、それで……。

「回送なんで降りてもらえますか?」
「あ、はい。すみません……」
寝起き特有の掠れた声で返事をしながら車内を見渡すと乗客は俺1人になっていた。
俺は慌てて荷物をまとめてホームに降り立った。
ずいぶんと長い間眠り込んでいたようだ。
駅名を確認すると、自宅の最寄り駅からかなり離れたところまで運ばれてしまっている事が分かった。
「うわ、まじかぁ…」

いつもならどんなに疲れていても目的の駅が近づいたら自然と目が覚めるはずなのに。
よほど熟睡していたらしい。
「はぁ…どうしよ」

家までのタクシー代は痛い出費だったが、久しぶりにあの夢を見る事ができたのは嬉しかった。
それだけでも良しとするべきなのかもしれない。
今度はもう少し長い時間あの世界に滞在できるといいなと思いながら俺は家路についた。
 
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