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6.現実
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「なぁ。よかったら今日、飯でも行かね」
それは本日の業務を丁度終え、デスクの上を片付けていた時の事。
声のする方に視線をやると、同僚の桜庭が俺を見下ろすように立っていた。
俺はあたりをキョロキョロ見渡したあと、自分の顔を指差す。
「他に誰がいるんだよ」
桜庭は呆れたように笑いを漏らした。
「いや、お前が飯誘ってくれるなんて珍しいから……」
「まぁ、たまにはいいだろ。奢ってやるから付き合えよ」
「まじで!?行く行く!」
食い気味に頷く俺を見て桜庭は「現金なヤツ」と苦笑した。
決して奢ってもらえるから喜んでいるわけでは無く、桜庭から食事に誘われた事が嬉しいのだ。
なんて事は言えないので黙っておくが。
「……ちなみに店の候補2つあるんだけどどっちがいい?」
桜庭がスマホの画面をこちらに向ける。
「肉料理が美味いっていう居酒屋とー……激辛料理専門店。俺はどっちでもいいからお前に任せる」
桜庭はスマホの画面をスライドさせて料理の写真を次々に見せてきた。
居酒屋の方は厚切りステーキや唐揚げの写真が、激辛料理専門店の方は真っ赤な鍋の中で野菜や肉がグツグツと煮立っている様子が表示されている。
「うわぁ。どっちも美味そ……」
そこまで言いかけたところでふと、俺はある事に気づいた。
“スコビル”
先日、夢の中で桜庭が話していた『激辛料理専門店』と店名が一致していることに。
一応、駅前は俺の通勤ルートにも含まれているため無意識のうちに記憶に刷り込まれていただけだとは思うが。
しかし、これは何かの巡り合わせに違いない。
「うーん……どっちも捨てがたいけど、激辛料理の方にしようかな」
すると、桜庭は驚いたように目を見開いてこちらを凝視する。
「え、まじ?山吹なら肉の方選ぶと思ってたわ」
「今は辛いもん食べたい気分だなーって」
夢の話なんて伝えたら気持ち悪がられるに違いないので俺は適当に誤魔化した。
「そっか。俺もこの店気になってたから丁度良かったよ。この店、2人以上じゃないと注文できないメニューも多いらしくてさ」
どうやら正解を引き当てたようだ。
桜庭は予約しておく、と言って再び自分のデスクへと戻っていった。
心なしか機嫌が良さそうにスマホを弄る後ろ姿を眺めながら、俺は胸を躍らせた。
***
仕事を終えた俺たちは、予定通り例の激辛料理専門店『スコビル』を訪れた。
運良く個室が空いていたおかげで2人きりの空間を満喫しながら食事することができたのは良かったが、運ばれてきた料理を見た瞬間俺は自分の胃腸に自信がなくなった。
「うお……」
運ばれてきた鍋は真っ赤なスープで満たされており、見るからに辛そうな見た目をしていた。
湯気を吸い込むだけでもむせ返りそうになる。
「じゃあ、とりあえず乾杯」
お互いグラスを持ち上げ、軽く当てる。
桜庭はビール、俺はハイボールだ。
「さて、さっそく食べるか。いただきまーす」
桜庭はいそいそと取り皿に具材を盛り付けると、早速一口頬張った。
俺はその様子を固唾を飲んで見守っていたが、桜庭は平気そうな顔で咀しゃくしている。
「んー、んまい!ほら、山吹も早く食えよ」
「お、おお」
見た目の割に意外と辛さは控えめなのか……?そんな淡い期待を抱きつつ、俺も続いて取り皿を手にした。
「いただきまーす……」
意を決して赤い液体を口に含むと、途端に舌先から鼻腔にかけて刺激的な香りが広がり、反射的にむせそうになった。
だがなんとか堪えて飲み下すと、喉の奥が熱くなり胃袋がカッと燃え上がる感覚に襲われる。
「おー、うま……かっら…けほっ」
確かに美味いが、後からじわじわとくる辛さが凄まじい。
俺は水をごくごくと流し込むようにして何とか口の中をリセットさせると、改めて具に手を付けた。
桜庭の味覚が心配になり視線を向けると、彼は涼しい顔をして鍋を食べ進めていた。
「あはは。大丈夫か」
「桜庭、お前すげーな。平気なの?」
「これくらい全然余裕だろ」
テーブルには激辛鍋の他にも唐揚げやシーザーサラダなどの定番メニューが置かれているものの、どれもこれも唐辛子まみれだ。
そんな料理を食べ進めるうちに桜庭の頬もほんのり赤く色づいていることに気付く。
額にも汗の雫がうっすらと浮かんでいた。
「あー、あっちー」
それが妙に色っぽくて俺はごまかすように料理を口に運ぶ。
「げほっ辛ぁ」
「あはは。お前ほんとは辛いの苦手なんじゃねーのー?」
「いやいや!桜庭が強すぎるだけだって!」
俺たちはその後も仕事の話や最近ハマっている音楽や芸能人など他愛のない会話をしながら、気づけば2時間近く滞在していた。
「あー、美味かった。満足」
店の暖簾をくぐって外へ出ると、桜庭は大きく伸びをした。
俺はまだひりつくす唇を押さえて大きく息を吐く。
桜庭も俺ほどではないものの、ほんのりと額に滲んでいるようだ。
シャツの襟をパタつかせて空気を入れる様子はどこか子供っぽくて可愛らしい。
「ご馳走様!めちゃくちゃ美味かったなぁ」
「付き合ってくれて助かった。ほんと山吹を誘って正解だったわ」
ふわりと微笑んでそんなことを言われてしまえば、たとえこれが社交辞令であろうと嬉しくならないはずがない。
俺は上擦りかけた声を抑えようと必死になって言葉を紡いだ。
「あはは。こちらこそ誘ってくれてありがと」
駅へと続くわずかな道程を2人並んで歩く。
隣を歩く桜庭の顔を横目で見ながら、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
夢で会えるのも悪くはないけれど、やはり現実世界で桜庭と過ごす方が何倍も幸せだ。
ここ最近、寝坊で遅刻しかけたり、電車の中で居眠りをして終点まで運ばれたりと散々だったが、今日の出来事で帳消しどころかお釣りがくるくらい満たされた気持ちだ。
俺はそんなことを考えながら、桜庭の横顔を見つめていた。
それは本日の業務を丁度終え、デスクの上を片付けていた時の事。
声のする方に視線をやると、同僚の桜庭が俺を見下ろすように立っていた。
俺はあたりをキョロキョロ見渡したあと、自分の顔を指差す。
「他に誰がいるんだよ」
桜庭は呆れたように笑いを漏らした。
「いや、お前が飯誘ってくれるなんて珍しいから……」
「まぁ、たまにはいいだろ。奢ってやるから付き合えよ」
「まじで!?行く行く!」
食い気味に頷く俺を見て桜庭は「現金なヤツ」と苦笑した。
決して奢ってもらえるから喜んでいるわけでは無く、桜庭から食事に誘われた事が嬉しいのだ。
なんて事は言えないので黙っておくが。
「……ちなみに店の候補2つあるんだけどどっちがいい?」
桜庭がスマホの画面をこちらに向ける。
「肉料理が美味いっていう居酒屋とー……激辛料理専門店。俺はどっちでもいいからお前に任せる」
桜庭はスマホの画面をスライドさせて料理の写真を次々に見せてきた。
居酒屋の方は厚切りステーキや唐揚げの写真が、激辛料理専門店の方は真っ赤な鍋の中で野菜や肉がグツグツと煮立っている様子が表示されている。
「うわぁ。どっちも美味そ……」
そこまで言いかけたところでふと、俺はある事に気づいた。
“スコビル”
先日、夢の中で桜庭が話していた『激辛料理専門店』と店名が一致していることに。
一応、駅前は俺の通勤ルートにも含まれているため無意識のうちに記憶に刷り込まれていただけだとは思うが。
しかし、これは何かの巡り合わせに違いない。
「うーん……どっちも捨てがたいけど、激辛料理の方にしようかな」
すると、桜庭は驚いたように目を見開いてこちらを凝視する。
「え、まじ?山吹なら肉の方選ぶと思ってたわ」
「今は辛いもん食べたい気分だなーって」
夢の話なんて伝えたら気持ち悪がられるに違いないので俺は適当に誤魔化した。
「そっか。俺もこの店気になってたから丁度良かったよ。この店、2人以上じゃないと注文できないメニューも多いらしくてさ」
どうやら正解を引き当てたようだ。
桜庭は予約しておく、と言って再び自分のデスクへと戻っていった。
心なしか機嫌が良さそうにスマホを弄る後ろ姿を眺めながら、俺は胸を躍らせた。
***
仕事を終えた俺たちは、予定通り例の激辛料理専門店『スコビル』を訪れた。
運良く個室が空いていたおかげで2人きりの空間を満喫しながら食事することができたのは良かったが、運ばれてきた料理を見た瞬間俺は自分の胃腸に自信がなくなった。
「うお……」
運ばれてきた鍋は真っ赤なスープで満たされており、見るからに辛そうな見た目をしていた。
湯気を吸い込むだけでもむせ返りそうになる。
「じゃあ、とりあえず乾杯」
お互いグラスを持ち上げ、軽く当てる。
桜庭はビール、俺はハイボールだ。
「さて、さっそく食べるか。いただきまーす」
桜庭はいそいそと取り皿に具材を盛り付けると、早速一口頬張った。
俺はその様子を固唾を飲んで見守っていたが、桜庭は平気そうな顔で咀しゃくしている。
「んー、んまい!ほら、山吹も早く食えよ」
「お、おお」
見た目の割に意外と辛さは控えめなのか……?そんな淡い期待を抱きつつ、俺も続いて取り皿を手にした。
「いただきまーす……」
意を決して赤い液体を口に含むと、途端に舌先から鼻腔にかけて刺激的な香りが広がり、反射的にむせそうになった。
だがなんとか堪えて飲み下すと、喉の奥が熱くなり胃袋がカッと燃え上がる感覚に襲われる。
「おー、うま……かっら…けほっ」
確かに美味いが、後からじわじわとくる辛さが凄まじい。
俺は水をごくごくと流し込むようにして何とか口の中をリセットさせると、改めて具に手を付けた。
桜庭の味覚が心配になり視線を向けると、彼は涼しい顔をして鍋を食べ進めていた。
「あはは。大丈夫か」
「桜庭、お前すげーな。平気なの?」
「これくらい全然余裕だろ」
テーブルには激辛鍋の他にも唐揚げやシーザーサラダなどの定番メニューが置かれているものの、どれもこれも唐辛子まみれだ。
そんな料理を食べ進めるうちに桜庭の頬もほんのり赤く色づいていることに気付く。
額にも汗の雫がうっすらと浮かんでいた。
「あー、あっちー」
それが妙に色っぽくて俺はごまかすように料理を口に運ぶ。
「げほっ辛ぁ」
「あはは。お前ほんとは辛いの苦手なんじゃねーのー?」
「いやいや!桜庭が強すぎるだけだって!」
俺たちはその後も仕事の話や最近ハマっている音楽や芸能人など他愛のない会話をしながら、気づけば2時間近く滞在していた。
「あー、美味かった。満足」
店の暖簾をくぐって外へ出ると、桜庭は大きく伸びをした。
俺はまだひりつくす唇を押さえて大きく息を吐く。
桜庭も俺ほどではないものの、ほんのりと額に滲んでいるようだ。
シャツの襟をパタつかせて空気を入れる様子はどこか子供っぽくて可愛らしい。
「ご馳走様!めちゃくちゃ美味かったなぁ」
「付き合ってくれて助かった。ほんと山吹を誘って正解だったわ」
ふわりと微笑んでそんなことを言われてしまえば、たとえこれが社交辞令であろうと嬉しくならないはずがない。
俺は上擦りかけた声を抑えようと必死になって言葉を紡いだ。
「あはは。こちらこそ誘ってくれてありがと」
駅へと続くわずかな道程を2人並んで歩く。
隣を歩く桜庭の顔を横目で見ながら、俺は心の中でガッツポーズを決めた。
夢で会えるのも悪くはないけれど、やはり現実世界で桜庭と過ごす方が何倍も幸せだ。
ここ最近、寝坊で遅刻しかけたり、電車の中で居眠りをして終点まで運ばれたりと散々だったが、今日の出来事で帳消しどころかお釣りがくるくらい満たされた気持ちだ。
俺はそんなことを考えながら、桜庭の横顔を見つめていた。
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