俺と両想いにならないと出られない部屋

小熊井つん

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9.頭を撫でないと出られない部屋

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「あー今日も疲れた」

俺は大きく伸びをしてからベッドへ仰向けに倒れた。
桜庭と協力関係を結んでから早10日。
5度目の「出られない部屋」はまだ出現していない。

桜庭も相変わらずで、あれ以来特に変わった様子はなかった。
冷静というか、無関心というか、まあそういうタイプなのだ。
しかし、俺の方はというと……。

先日、資料室で桜庭に頭を撫で……埃を払われた時のことが脳裏に焼き付いて離れない。
もう一度、触れて欲しい。
いい歳をして中学生みたいだと自分でも思うが、思い出す度にひどく幸せな気持ちになるのだ。
こんな純粋な恋愛感情を抱いたのはいつぶりだろうか。

もし俺が女性に生まれていたら、今頃普通の幸せを手に入れることができていたのかな。
そんな益体も無い事を考えながら、俺はそっと目を閉じるとすぐ睡魔に飲み込まれていった。

***

「山吹、起きろ」
「んー……」
「山吹」
桜庭の声が聞こえてきた気がしたが、まだ眠かったので返事をする代わりに寝返りを打った。
「おい、起きろって。時間無いぞ」
肩を強く揺すられて目を開けてみると、目の前に桜庭の顔があった。
「うおぉっ!!」
驚きのあまり勢いよく飛び起きた俺はベッドから転げ落ちてしまった。
「痛てぇ」
床に尻餅をつくような形で座り込む俺を見て、桜庭は呆れ顔だ。
「あれ、ここ……」
周りを見渡すと、そこは例の部屋だった。
相変わらず何も無く殺風景な空間が広がっているだけだ。
「また夢か」
「みたいだな」

協力関係になってから初めての“出られない部屋”。
「今目の前にいる山吹は本物、なんだよな」
「あ、ああ」
「なんか変な感じだな」
夢について打ち明けた後だとなんだか妙に気恥ずかしい。

俺は尻を手で払いながら床から立ち上がろうとしたが、桜庭に肩を押さつけられ再び腰を落とすことになった。
「え、なに?」

困惑しながら彼を見上げると、桜庭は顎で俺の背後を指し示した。
正確には扉の上に設置されたホワイトボードを。
「……頭を撫でないと出られない部屋…?」
そこには前回と同じ筆跡でそう書かれていた。

俺の願望がばっちり反映されてしまっている。
もう一度桜庭に頭を撫でてもらいたい。
そう願っていた事が、この夢によって叶えられようとしている。

「まぁ、そういう事だから」

桜庭はそれだけ言って俺の頭に手を置いた。
その動作の意味を理解するよりも早く、俺の頭はわしわしと乱暴にかき混ぜられる。
「うおっ!えっちょっと待っ…」
俺の抵抗も虚しく、彼の手の動きに合わせて髪の毛が四方八方へと跳ねていく。
ようやく手が止まった頃には俺の髪は鳥の巣のようにボサボサになっていた。

この前の優しさはどこへやら。
まるで犬の毛を撫で回すような荒々しい撫でっぷりだった。

「桜庭…お前なぁ……」
頭を撫でられて喜んでいる事を悟られぬよう、なるべく平静を保ちながら抗議する。
「悪い。でもこれで条件クリアだろ」
まるでタスクを消化するかのように淡々と行われた一連の行動にどこか寂しさを感じたが、そんな事言えるはずもなく俺は乱された髪を手櫛で整えながら立ち上がった。

しかしいつまで経っても鍵の開く音はしない。
俺たちは顔を見合わせて首を傾げる。
やはり先ほどのように乱暴なやり方ではクリア判定には至らなかったようだ。
それは桜庭も察したらしく、心底めんどくさそうな顔をしている。
「やっぱもっと優しく撫でないとクリアにならないんじゃね?ほら、犬とか猫を可愛がる時みたいな感じの」
俺は愛玩動物を愛でるジェスチャーを交えつつ笑った。

もし仮にこの部屋が俺の願望によって作られたものだとたら、クリアの基準は「俺の欲求を満たせるかどうか」ということになるんじゃないのか?
そんな考えがふと浮かんだが、絶対口に出さないようにしようと思った。

「はぁ、めんどくせー」
「あはは。んじゃ今度は俺が撫でていい?」
「は?なんでだよ」
「だってお前下手なんだもん」
俺だって桜庭の頭撫でたいし、とは言わずに適当に誤魔化す。
「……むかつく」
彼は不機嫌さを隠そうともせず盛大なため息をついたが、やがて渋々といった様子でベッドに腰掛けた。
それをOKのサインと受け取った俺は、床から立ち上がり、彼の頭の上へ手をかざす。

そのままゆっくり撫でると、サラリとした感触が伝わってきた。
懐かない野良猫をやっと手懐けたかのような達成感に包まれる。
指先で髪を掬ってみたり、毛の流れにそって手のひらを滑らせてみたりと色々な方法で弄っているうちに楽しくなってきた。
「随分楽しそうだな」
俺の視線に気づいたのか、桜庭が顔を上げて問いかけてきた。

「いや~。あの凶暴な桜庭をこんな風に撫で回せる日が来るなんて思わなかったからさ」
「誰が凶暴だ。クソ、いい歳して頭撫でられるとか屈辱的すぎる」
「あはは。よしよし、桜庭はいつも頑張ってて偉いなー」
調子に乗って子供扱いすると、桜庭はさらに眉間の皺を濃くした。

「おい山吹、まじふざけんなよ」
「ごめんごめん。面白くてつい」
互いが夢の中の住人ではないという事が判明した今。
もうあの素直で可愛い桜庭はどこにもいない。
けれど、こんなやりとりすら今の俺には心地よかった。

しかしそんな幸せな時間の終わりを告げる音が部屋に響く。
開錠の音だ。
「おい、いつまで撫でてるつもりだよ」
「あ、悪い」
「行くぞ」
桜庭は前髪を整えながら立ち上がると、俺を置いてさっさと扉の方へ向かっていってしまった。

毎度のように意識が浮上していく感覚に襲われながら、俺はぼんやりと思考を巡らせる。
この夢にもいつかは終わりが来るんだろうな。
それが今日なのか一年後なのかは分からないけれど。
桜庭にとってこの夢は迷惑以外の何者でもないだろうけど、彼との特別な繋がりを持てた気がしては密かに喜びを感じていた。
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