【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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3.千紗の過去

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 怒鳴り声で目が覚めた。自分の声だったようだ。

「夢か」

 ここ最近、毎日のように同じ夢を見る。3股男に出会ったせいだ。

 高校1年の秋にあったことだ。でも、現実は夢と違う。
 当時付き合っていたのは、同じバイトの大学生だった。
 従業員室のドアの前に立った時、彼氏の声が聞こえてきた。
 彼女がいたなんて知らなかった。

 気づいたら回れ右をして、店長に「体調が悪いから休む」と伝えていた。店の裏口から出て、視点が定まらないまま、自転車をふらふらと押していたような気がする。人気が少なくなったあたりで、腕を誰かにつかまれた。体を強張らせながら、視線はつかんでいる手をたどる。
 千紗より大学生らしい女性が立っていた。

「松村千紗って、あんたよね」

 うなづくと、腕を引っ張られる。その力が強すぎて抵抗する気が失せて自転車から手を離した千紗は近くの公園へ連れていかれた。そこで、その女性が、さっきまで彼氏だと思っていた男の彼女だと知る。
 相対した彼女は鬼のような形相で、千紗の頬を叩いた。

「子どものくせに、人の彼氏を取るんじゃないよ」

 どすの効いた声を響かせた後、一転して穏やかな表情で千紗の髪に触れてきた。

「彼には私から告白したの。それから好きになってもらえるように一生懸命頑張ってる。私、すっごく頑張ってるのよ。どうして、あなたは簡単に彼に好きだって言われるの」

 穏やかな話し方だけれど、声が震えているようだ。
 豹変ぶりに気味の悪さを感じる。髪の裾の方を握られた気がした。

「もう彼に近づかないでね」

 軽やかな言い方に千紗は呆然とする。
 言いたいことは言いきったのだろう、あっさりと彼女は立ち去っていく。千紗は、その後ろ姿を見つめる。

「あー嫉妬深い彼女なんだっけ」

 嵐そのものの時間だった。心ここにあらず、といった状態が続いている。
 千紗は頭を撫でた。

 ネバっとしたものが指に絡む。

「え、何。ガム、なの」

 肩に近い部分の髪に絡みついているのはガムのような粘っこいものだった。
 よくは見えないけれど、洗って何とかなるものとは思えなかった。千紗は唇を強くかんだ。

 彼女にしたら、私が悪いのかもしれない。
 頭ではわかる。でも、心がついていかない。この憤りをぶつける先は、彼氏だと思っていた男なのだろうが、関わりたくはなかった。

 大きくため息をついて、気持ちを整えようと努め、高校で親しくなった田中悠里に電話をかける。
 かいつまんで事情を話し、美容師をしているという悠里の姉に、今すぐ髪を切ってもらえるよう連絡をしてもらった。
 自転車で行ける距離に彼女が勤めるサロンがあるそうだ。千紗は唇を噛みしめながら、全速力で漕いだ。

 あれから1年半が経つ。
 あの後、バイト先もすぐに辞めた。当然、二股をかけられていた元彼氏とも連絡を絶った。
 千紗は誰とも付き合っていない。彼氏が欲しいと思えない。何よりも二度と女の嫉妬に巻き込まれたくはない。
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