【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

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28.ロシア料理店でランチ

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 商店街に並ぶ店の外観は、たいてい同じでコンクリート打ちの壁だ。ここ数年にできた店がいくつか他の店とは異なる外観をしている。
 
 悠里が見つけたロシア料理の店は、壁が淡いブルーに塗られた木の板で覆われていた。扉は同じく木でできているが、こちらは白に見間違うほど薄いピンク色だった。
 間口が小さく、狭そうな店だ。
 
 扉を開けると、中はこげ茶色の木が壁全面に張られている。落ち着く色合いの間に小さめの窓があり、5月の日差しが申し訳程度に差し込んでいる。入り口で想像していたよりも奥行きがあり、4人掛けのテーブルが4つ、2人掛けのテーブルが5つあった。やはり、どれも木でできている。
 
 千紗と悠里は店の中央よりも少し奥にある2人掛けの席に座った。
 ロシア人らしき年配の店員が水と紙のおしぼり、メニュー表を置いていく。悠里がそれを広げて、ランチメニューを探し出す。

「千紗、何にする?私はピロシキセットかな」

 千紗はテーブルに肘をついて身を乗り出す。

「私、ボルシチセット」

「OK」

 悠里が店員を呼び、2人分の注文を済ませる。

「さっき、千紗が聞いてきたことだけど」

 カラカラと音が鳴る。そちらへ顔を向けると、大きな柱が邪魔になって何も見えなかった。しばらくすると、主婦らしき3人組が4人掛けの席に座るのが見えた。

 悠里は水を飲んだ。喉が渇いていたのか、半分の量が減っている。

「考えてたんだけど、蓮が私のことを好きなのは疑ってないんだよ、たぶん」

 視線を宙に浮かせ、言葉通り考えているような表情だ。

「蓮が、女の子が言い寄ってきやすい雰囲気を出してるのがイヤなんだと思う。優しく対応してるとことか。彼女たちが蓮に気があるから妬くって言うんじゃない。なんで私がいるのに、自分に気がありそうな女の子にも親しそうに話すのって、蓮に怒ってるんだと思う」

 千紗は袋を破って、おしぼりを出した。

「妬く気持ちって複雑だね。私、妬かれるのも嫌だけど、妬くのも嫌だな。自分の中にドロドロした黒い部分があるって思うのが嫌かも」

「ふふっ。千紗はドロドロした部分なさそうに見える。あってもすぐ顔に出るから、どす黒くなさそう」

「それ、褒めてんの。けなしてんの。どっちよ」

「どっちもかな」

 2人でケラケラと笑いあう。
 ロシア人の店員がランチを持ってテーブルの横に立っていることに気づいた。

「ピロシキセットと、ボルシチセットです。どうぞごゆっくり」

 長い間、日本に住んでいるのか、店員は流ちょうな日本語を話す。
 早めのランチとはいえ、お腹が空き始めていた千紗はボルシチに勢いよくスプーンを入れた。悠里も同じだったようで、すでにピロシキにかぶりついていた。

 この後、何を買いたいか。
 どんな店をみたいか。
 デザートは何を食べるか。

 そんな話をしながら、ランチを食べ終えた。
 セットについていたオレンジジュースを店員に持ってきてもらう。

 カラカラと扉の音が鳴り、そちらに向かって悠里が笑って手をあげた。千紗の位置からだと柱が邪魔で誰に向かって挨拶をしているのかわからない。

 体を動かして、悠里が笑いかけた相手が見える位置を探す。思いっきりテーブルに前のめりになると、扉が半分見えて、その扉の横にある2人掛けのテーブルに座ろうとする人影も目に入った。

 大輝だった。
 千紗も手を振ろうとすると、表情を曇らせて座る席を一緒にいた人と代わり、千紗に背を向けてしまった。

 悠里は前のめりの姿勢のままいる千紗の肩を両手で推して、椅子に座らせた。

「南くん、私には手を振ったのに。まだ状況は変わらないんだ」

 千紗は少し体を動かして、大輝と一緒に座る女性の姿を確認する。

「この間、電話で話したんだ。で、これからは前みたいに普通に話せそうだなって思ってたとこなんだけど」

 ストローを吸い、オレンジジュースを一口だけ口に含んだ。

「あれ、3股してるうちの彼女の1人かな。年上っぽいよね。南くんに似合う大人っぽい美人さん」

 いつもよりも低く響く自分の声に驚き、手元から顔をあげて悠里を見た。頬杖をついて、意地悪を思いついたような顔をしていた。
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