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39.くすぶる気持ちの名前
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自室で宿題をしながら、大輝からの電話を待つ。
バイト帰りなら21時過ぎにかかってくるはずだ。その時間を過ぎたということは、リオを自宅まで送って行っているのだろう。それなら電話がかかるのは22時を回る。時間が気になって携帯電話の画面ばかり見てしまい、ノートの上を走らせるシャーペンの手が一向に進まない。
机の上で千紗の勉強を見守っているらしいトラのぬいぐるみへ目を向ける。
「なかなか進まないから、今日はやーめた」
ノートを閉じて、ぬいぐるみをつかまえ、別の手で携帯電話を持ち、ベッドへとダイブした。
うつぶせで顔を横に向け、反応がない携帯電話を見つめる。寝返りをうって仰向けになった瞬間、手の中の携帯電話が震えた。慌てて起き上がってベッドの上に座る。
「もしもし、大輝くん?早かったね」
電話の向こうから幹線道路の騒音が聞こえてくる。
『ああ、今日の千紗、なんか変だったから気になって……』
先ほどまで隠れていた黒いものが千紗の胸に広がり、根を生やそうとしてくる。
「え、私、変だった? どこが?」
『うーんと、心ここにあらず、って感じ。思ったことはハッキリ言うタイプだと思ってるんだけど。なんか今日は言葉を選んでるなって』
千紗が何て言おうか迷っていると、大輝が話し出した。
『あのさ、言いたいこと言えよ。リオのことだって思うことあるんだろ。そりゃ、俺が決めたことだし、千紗、学校以外で会えないこととかは不満言ってたけど、リオの送り迎えするなって言わなかっただろ。ヤキモチとか焼かないのかよ』
賑やかだった大輝のほうのBGMは音が遠ざかっていく。住宅街の道にでも入ったのだろう。
千紗は、逆にヤキモチを焼かせたかったのか、とため息がこみ上げる。
「あ、そうか。ヤキモチか」
口をついて出た途端、根を生やし始めていた黒いくすぶりが縮こまった気がした。
トラックのクラクションが鳴り響く。
『はっ、何言ってんだよ』
「喫茶店でリオさんの話聞いた時から、ううん、大輝くんの携帯の画面にリオさんの名前が表示されてるのを見たときから、気分悪いなって、イライラするなって。あー、これヤキモチなんだー。なんかわかって少しスッキリしたわ」
ブハッという大きい音が耳元で聞こえて、千紗は思わず携帯電話を耳から離す。その話した電話から大輝の笑い声が聞こえて、もう一度、電話を耳に当てる。
『なんだよ、それ。ヤキモチ妬いてるのに自分でわかってないとかあんのかよ』
「そんなこと言われても。でもヤキモチなんて焼きたくなかった」
大輝が短く息を吐いた。
『妬こうと思って妬くもんじゃないし、妬きたくないからって妬かないものでもないだろ。自然な気持ちの流れなんだから』
抱えている気持ちに名前が付くと、どうやら高ぶる感情は少し落ち着くらしい。
大輝が咳払いをする。
『ヤキモチは俺に向けろよ。怒れよ。文句言えよ。どっちかっていうと、言ってほしい』
千紗は手に持っているトラのぬいぐるみを胸に押し付けた。
「うん、わかった。じゃ言うね」
『あ、ああ。お手やわらかに』
自分で言いだしておいて、大輝は戸惑っているようだ。
階下のリビングから母と弟の笑い声が響いてきた。お笑い番組でも見ているのだろう。呼吸をするのも大変そうな笑いだ。
「なんで、朝、手をつないでくれないの? なんで、髪に触れてこないの? 頭も撫でてくれないし。リオさんと過ごして、私とは離れたくなった?」
受話部分からは大輝が歩く通りにあるらしい木々のざわめきが聞こえる。
『そんなことない。好きなのは千紗だけだよ』
黒いものが灰色に変わっていた胸の奥が、よりいっそう色を薄めていく。同時に顔の筋肉も緩んでいく。大輝の声がすんなりと心に染みわたっていくようだ。
『触れないのは、うしろめたいから。今、好きなのは千紗だけど、リオのボディーガード的なことしてる俺が千紗に触れたらダメな気がしてさ。だから、リオのストーカー問題が落ち着くまで、千紗に触れるのは我慢するつもりだよ』
「なんか私の気持ちを無視されてる気がする」
ぬいぐるみの頭を指で撫でる。
「あと、なんでリオさんの連絡先が携帯に残ったままだったの?なんで今さらかかってきた電話に出たの」
『それは……最初は消せなかったから。そのうち残したままなのを忘れてた。と、あー?えーっと、かかってきた電話はとるっていう条件反射、みたいな感じだと思う。なんか何にも考えてなかった』
千紗は電話を耳に当てたまま、脱力する。
「な、なにそれ。ホント、もう。あー」
行き場のない怒りが宙をさまよう。文句の言い方も思いつかなくて、トラをひたすらパンチする。
「あ、リオさんのストーカーのことで気になることなんだけどさ」
昼休みに言いかけて、そのままになった話を思い出す。
この1週間、考えていたことだった。
バイト帰りなら21時過ぎにかかってくるはずだ。その時間を過ぎたということは、リオを自宅まで送って行っているのだろう。それなら電話がかかるのは22時を回る。時間が気になって携帯電話の画面ばかり見てしまい、ノートの上を走らせるシャーペンの手が一向に進まない。
机の上で千紗の勉強を見守っているらしいトラのぬいぐるみへ目を向ける。
「なかなか進まないから、今日はやーめた」
ノートを閉じて、ぬいぐるみをつかまえ、別の手で携帯電話を持ち、ベッドへとダイブした。
うつぶせで顔を横に向け、反応がない携帯電話を見つめる。寝返りをうって仰向けになった瞬間、手の中の携帯電話が震えた。慌てて起き上がってベッドの上に座る。
「もしもし、大輝くん?早かったね」
電話の向こうから幹線道路の騒音が聞こえてくる。
『ああ、今日の千紗、なんか変だったから気になって……』
先ほどまで隠れていた黒いものが千紗の胸に広がり、根を生やそうとしてくる。
「え、私、変だった? どこが?」
『うーんと、心ここにあらず、って感じ。思ったことはハッキリ言うタイプだと思ってるんだけど。なんか今日は言葉を選んでるなって』
千紗が何て言おうか迷っていると、大輝が話し出した。
『あのさ、言いたいこと言えよ。リオのことだって思うことあるんだろ。そりゃ、俺が決めたことだし、千紗、学校以外で会えないこととかは不満言ってたけど、リオの送り迎えするなって言わなかっただろ。ヤキモチとか焼かないのかよ』
賑やかだった大輝のほうのBGMは音が遠ざかっていく。住宅街の道にでも入ったのだろう。
千紗は、逆にヤキモチを焼かせたかったのか、とため息がこみ上げる。
「あ、そうか。ヤキモチか」
口をついて出た途端、根を生やし始めていた黒いくすぶりが縮こまった気がした。
トラックのクラクションが鳴り響く。
『はっ、何言ってんだよ』
「喫茶店でリオさんの話聞いた時から、ううん、大輝くんの携帯の画面にリオさんの名前が表示されてるのを見たときから、気分悪いなって、イライラするなって。あー、これヤキモチなんだー。なんかわかって少しスッキリしたわ」
ブハッという大きい音が耳元で聞こえて、千紗は思わず携帯電話を耳から離す。その話した電話から大輝の笑い声が聞こえて、もう一度、電話を耳に当てる。
『なんだよ、それ。ヤキモチ妬いてるのに自分でわかってないとかあんのかよ』
「そんなこと言われても。でもヤキモチなんて焼きたくなかった」
大輝が短く息を吐いた。
『妬こうと思って妬くもんじゃないし、妬きたくないからって妬かないものでもないだろ。自然な気持ちの流れなんだから』
抱えている気持ちに名前が付くと、どうやら高ぶる感情は少し落ち着くらしい。
大輝が咳払いをする。
『ヤキモチは俺に向けろよ。怒れよ。文句言えよ。どっちかっていうと、言ってほしい』
千紗は手に持っているトラのぬいぐるみを胸に押し付けた。
「うん、わかった。じゃ言うね」
『あ、ああ。お手やわらかに』
自分で言いだしておいて、大輝は戸惑っているようだ。
階下のリビングから母と弟の笑い声が響いてきた。お笑い番組でも見ているのだろう。呼吸をするのも大変そうな笑いだ。
「なんで、朝、手をつないでくれないの? なんで、髪に触れてこないの? 頭も撫でてくれないし。リオさんと過ごして、私とは離れたくなった?」
受話部分からは大輝が歩く通りにあるらしい木々のざわめきが聞こえる。
『そんなことない。好きなのは千紗だけだよ』
黒いものが灰色に変わっていた胸の奥が、よりいっそう色を薄めていく。同時に顔の筋肉も緩んでいく。大輝の声がすんなりと心に染みわたっていくようだ。
『触れないのは、うしろめたいから。今、好きなのは千紗だけど、リオのボディーガード的なことしてる俺が千紗に触れたらダメな気がしてさ。だから、リオのストーカー問題が落ち着くまで、千紗に触れるのは我慢するつもりだよ』
「なんか私の気持ちを無視されてる気がする」
ぬいぐるみの頭を指で撫でる。
「あと、なんでリオさんの連絡先が携帯に残ったままだったの?なんで今さらかかってきた電話に出たの」
『それは……最初は消せなかったから。そのうち残したままなのを忘れてた。と、あー?えーっと、かかってきた電話はとるっていう条件反射、みたいな感じだと思う。なんか何にも考えてなかった』
千紗は電話を耳に当てたまま、脱力する。
「な、なにそれ。ホント、もう。あー」
行き場のない怒りが宙をさまよう。文句の言い方も思いつかなくて、トラをひたすらパンチする。
「あ、リオさんのストーカーのことで気になることなんだけどさ」
昼休みに言いかけて、そのままになった話を思い出す。
この1週間、考えていたことだった。
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