【完結】恋なんてしない、つもりだったのに。

高羽志雨

文字の大きさ
80 / 80

48.葉だけの桜の木の下で

しおりを挟む
 堤防の上は周りにある住宅の2階以上に位置するせいか、太陽の熱が届きやすい気がする。湿気がまとわりつくなか、千紗はまぶしさに目を細めながら歩く。

 春休み、大輝と初めて話したときも、動物園に行った帰りに話したのも、今いるあたりで直接、芝生の上に腰を下ろしたはずだ。さすがに、今日、ここに座ると暑くて仕方ないし、日焼けもしそうだ。

 千紗は、大輝が言っていた桜の木の方へ向かって歩く。

 大輝と初めて会った日、あの桜の木の下で、大輝は彼女の1人と別れ話をしていた。千紗は別れのキスをしているのを目撃したのだ。そのあと、なぜか座って離す羽目になって、どことなく寂しげな大輝の横顔を写真におさめたのを思い出す。

 さっき、部室で画像データを移していて、その写真を残したままだったことに気づいた。

「あれから3か月ほどなんだよね。不思議」

 生ぬるい風が千紗の全身を撫でていった。
 葉しかない桜の木の下で、手を振っている人がいることに気づく。大輝が飛び上がりながら手招きをしていた。少し歩を速めて木へ近づく。

「ごめん、お待たせ」

 制服のスカートのポケットからハンカチを出して噴き出した汗を押さえ、大輝に座るように促されたベンチに腰を下ろした。

 ふっと息をつくと、頬に冷たいものがあたる。大輝が冷えたお茶のペットボトルをあててきていた。千紗はありがたく受け取った。
 大輝がテイクアウトしたトルコライスを渡してくれる。

「暑いけど、日陰だから少しはマシだろ。メシ痛まないうちに食べよ」

 河川敷のグラウンドは平日の日中だからか誰もいない。地域のスポーツ団も子どもたちが学校に行っているので活動時間ではないのだろう。にぎやかなイメージの河川敷は近くを走る自動車やバイクの音が流れるように聞こえてくる程度で、昼間だというのに静かだ。

 食べ終えたらしい大輝が容器の蓋を閉じた。

「初めて話したの、ここだったよな。俺が別れ話しててさ」

「ここに歩いてくるとき、同じこと考えてた」

 千紗は残ったトルコライスを頬張って容器の蓋を閉め、大輝の分と合わせてビニール袋に入れる。それを鞄の横に置き、その鞄からカメラを取り出した。

「一緒に行った動物園で撮った動物の写真や、部の仲間と行った植物園の花の写真を部室のパソコンに入れてきたんだけどさ、そのとき残したままなのに気づいたんだ」

 画面に写る画像をスクロールして、桜の木の下でキスをする大輝と元カノの写真を出して、大輝に見せた。

「消すの忘れてたみたい」

 横目で大輝を見ると、バツの悪そうな顔をしてにらんできていた。千紗は舌を先だけ出してすぐに引っ込め、画像をスクロールする。彼女と別れた直後の大輝の少し寂しそうな横顔が現れる。次々とスクロールしていく。

 動物園では動物の真似をしたり、檻の中の動物に笑いかけたりする楽しそうな大輝の顔が、遊園地では巨大迷路を抜けて疲れたのか呆けた顔、観覧車で何か物思いにふける姿の大輝が保存されていた。

 千紗が大輝の体の前にカメラを出してスクロールする画面を、彼はじっと見つめていた。

「なあ、千紗のカメラに写ってるヤツって俺だけ?」

 画面から顔を上げずに聞いてくる。千紗は大輝の体の前に差し出していたカメラを自分の前に持ってきた。千紗もカメラを見つめている。

「そうだよ。元々、人はほとんど撮ってないんだけど。今、カメラに残ってるのは大輝くんだけ」

 大輝へ目を向ける。真顔で千紗を見つめていた。
 胸が高鳴ってくる。鼓動が激しくなってくるのをごまかすように河川敷のグラウンドへと視線を向けた。

「いろんな大輝くん、写ってるでしょ。どの表情も好きだなって。シャッターチャンスは逃してないなって」

 千紗は肩をすくめて小さく笑いを漏らす。その肩に大輝の手が後ろから回ってきて、抱き寄せられた。
 
 少し汗ばんだ大輝の首元に額がぶつかる。まとわりつく空気の生ぬるさに加え、体の中からも体温を上げてくる。肩に回った大輝の手が千紗の首をとおり、あごに上がってくる。

 もう一つの手は膝の上の千紗の手に重ねられた。

「俺だけって、すっげえ嬉しい」

 あごにかかった手が千紗の顔を上に向かせてくる。そっと唇が重なった。

(了)
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

【完結済】25億で極道に売られた女。姐になります!

satomi
恋愛
昼夜問わずに働く18才の主人公南ユキ。 働けども働けどもその収入は両親に搾取されるだけ…。睡眠時間だって2時間程度しかないのに、それでもまだ働き口を増やせと言う両親。 早朝のバイトで頭は朦朧としていたけれど、そんな時にうちにやってきたのは白虎商事CEOの白川大雄さん。ポーンっと25億で私を買っていった。 そんな大雄さん、白虎商事のCEOとは別に白虎組組長の顔を持っていて、私に『姐』になれとのこと。 大丈夫なのかなぁ?

先生

藤谷 郁
恋愛
薫は28歳の会社員。 町の絵画教室で、穏やかで優しい先生と出会い、恋をした。 ひとまわりも年上の島先生。独身で、恋人もいないと噂されている。 だけど薫は恋愛初心者。 どうすればいいのかわからなくて…… ※他サイトに掲載した過去作品を転載(全年齢向けに改稿)

イケメンエリート軍団??何ですかそれ??【イケメンエリートシリーズ第二弾】

便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC” 謎多き噂の飛び交う外資系一流企業 日本内外のイケメンエリートが 集まる男のみの会社 そのイケメンエリート軍団の異色男子 ジャスティン・レスターの意外なお話 矢代木の実(23歳) 借金地獄の元カレから身をひそめるため 友達の家に居候のはずが友達に彼氏ができ 今はネットカフェを放浪中 「もしかして、君って、家出少女??」 ある日、ビルの駐車場をうろついてたら 金髪のイケメンの外人さんに 声をかけられました 「寝るとこないないなら、俺ん家に来る? あ、俺は、ここの27階で働いてる ジャスティンって言うんだ」 「………あ、でも」 「大丈夫、何も心配ないよ。だって俺は… 女の子には興味はないから」

10年引きこもりの私が外に出たら、御曹司の妻になりました

専業プウタ
恋愛
25歳の桜田未来は中学生から10年以上引きこもりだったが、2人暮らしの母親の死により外に出なくてはならなくなる。城ヶ崎冬馬は女遊びの激しい大手アパレルブランドの副社長。彼をストーカーから身を張って助けた事で未来は一時的に記憶喪失に陥る。冬馬はちょっとした興味から、未来は自分の恋人だったと偽る。冬馬は未来の純粋さと直向きさに惹かれていき、嘘が明らかになる日を恐れながらも未来の為に自分を変えていく。そして、未来は恐れもなくし、愛する人の胸に飛び込み夢を叶える扉を自ら開くのだった。

イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。

楠ノ木雫
恋愛
 蒸発した母の借金を擦り付けられた主人公瑠奈は、お見合い代行のアルバイトを受けた。だが、そのお見合い相手、矢野湊に借金の事を見破られ3ヶ月間恋人役を務めるアルバイトを提案された。瑠奈はその報酬に飛びついたが……

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

【完結】育てた後輩を送り出したらハイスペになって戻ってきました

藤浪保
恋愛
大手IT会社に勤める早苗は会社の歓迎会でかつての後輩の桜木と再会した。酔っ払った桜木を家に送った早苗は押し倒され、キスに翻弄されてそのまま関係を持ってしまう。 次の朝目覚めた早苗は前夜の記憶をなくし、関係を持った事しか覚えていなかった。

それは、ホントに不可抗力で。

樹沙都
恋愛
これ以上他人に振り回されるのはまっぴらごめんと一大決意。人生における全ての無駄を排除し、おひとりさまを謳歌する歩夢の前に、ひとりの男が立ちはだかった。 「まさか、夫の顔……を、忘れたとは言わないだろうな? 奥さん」 その婚姻は、天の啓示か、はたまた……ついうっかり、か。 恋に仕事に人間関係にと翻弄されるお人好しオンナ関口歩夢と腹黒大魔王小林尊の攻防戦。 まさにいま、開始のゴングが鳴った。 まあね、所詮、人生は不可抗力でできている。わけよ。とほほっ。

処理中です...