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第二節 「美術室の午後」
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午後の授業が終わると、僕と紬はいつものように美術室へと向かった。放課後の廊下は、部活動に向かう生徒たちの声で賑やかだ。僕たちはその喧騒を抜け、静かな美術室の扉を開ける。窓から差し込む西日が、部屋の中に柔らかな光を落としていた。
美術部の部員は全部で五人。だけど、今日集まっているのは僕と紬、それに二年生の部長だけだった。部長はキャンバスに向かい、黙々と油絵を描いている。僕と紬は窓際の机に並んで座り、それぞれスケッチブックを広げた。
「今日は何を描くの?」と紬が僕に尋ねる。
「うーん、今日は静物画かな。あの花瓶、きれいだし」と僕は窓辺に置かれたガラスの花瓶を指さす。
「じゃあ、私も同じの描こうかな」と紬が微笑む。
僕たちは並んで鉛筆を走らせる。紬の描く線は、僕よりもずっと力強くて、迷いがない。彼女はいつも自分の好きなものを、まっすぐな気持ちで描く。そんな紬の姿を見るたび、僕は少し羨ましく思う。僕は、どこか自分を隠しながら絵を描いているような気がしていた。
「柊って、やっぱり女の子の服が似合うよね」と、紬がふいに言った。
「え、そうかな」と僕は照れくさくなって、つい手元のスケッチブックを見つめる。
「うん。最初はびっくりしたけど、今は自然だなって思う。柊がスカート履いてると、なんだか安心するんだよね」
「安心って……どういう意味?」
「んー、うまく言えないけど、柊が自分らしくしてるのを見ると、私も自分でいられる気がするんだ」
紬の言葉が、胸の奥にじんわりと広がる。僕は自分が誰かの勇気になれているのかもしれない、と思った。
しばらくして、部長がふとこちらに目を向けた。「柊は、どうして女子の制服を着ることにしたの?」と、穏やかな声で尋ねる。
僕は少し考えてから答える。「なんとなく、こっちの方が自分らしい気がするんです。男の子の服だと、どうしても落ち着かなくて……」
部長は「そっか」とだけ言って、また絵に向き直った。そのあっさりとした反応が、僕にはありがたかった。
紬は僕の手元を覗き込み、「柊の描く花瓶、すごく優しい感じがする」と褒めてくれる。
「紬の絵は、力強くて好きだよ」と僕も返す。
「ありがとう。……ねえ、柊。今度、一緒に美術館行かない?」
「美術館?」
「うん。新しい展覧会があるんだって。柊と一緒に見に行きたいな」
「いいよ。楽しみだね」
僕たちは顔を見合わせて、自然と笑い合った。窓の外では、夕焼けが校舎を赤く染めている。静かな美術室で、紬と二人、穏やかな時間が流れる。
この時間が、ずっと続けばいいのに――そんなことを、ふと思った。
その後、部活が終わるまでの間、僕たちは言葉少なに、それぞれの絵に集中した。だけど、時折目が合うと、どちらともなく微笑み合う。そんなささやかなやり取りが、僕の心を少しずつ温めていった。
帰り道、紬と並んで歩く。部活の話、美術館の話、他愛もない話をしながら、僕たちは家路についた。
「また明日ね」と手を振る紬の笑顔が、夕暮れの光の中でひときわ輝いて見えた。
美術部の部員は全部で五人。だけど、今日集まっているのは僕と紬、それに二年生の部長だけだった。部長はキャンバスに向かい、黙々と油絵を描いている。僕と紬は窓際の机に並んで座り、それぞれスケッチブックを広げた。
「今日は何を描くの?」と紬が僕に尋ねる。
「うーん、今日は静物画かな。あの花瓶、きれいだし」と僕は窓辺に置かれたガラスの花瓶を指さす。
「じゃあ、私も同じの描こうかな」と紬が微笑む。
僕たちは並んで鉛筆を走らせる。紬の描く線は、僕よりもずっと力強くて、迷いがない。彼女はいつも自分の好きなものを、まっすぐな気持ちで描く。そんな紬の姿を見るたび、僕は少し羨ましく思う。僕は、どこか自分を隠しながら絵を描いているような気がしていた。
「柊って、やっぱり女の子の服が似合うよね」と、紬がふいに言った。
「え、そうかな」と僕は照れくさくなって、つい手元のスケッチブックを見つめる。
「うん。最初はびっくりしたけど、今は自然だなって思う。柊がスカート履いてると、なんだか安心するんだよね」
「安心って……どういう意味?」
「んー、うまく言えないけど、柊が自分らしくしてるのを見ると、私も自分でいられる気がするんだ」
紬の言葉が、胸の奥にじんわりと広がる。僕は自分が誰かの勇気になれているのかもしれない、と思った。
しばらくして、部長がふとこちらに目を向けた。「柊は、どうして女子の制服を着ることにしたの?」と、穏やかな声で尋ねる。
僕は少し考えてから答える。「なんとなく、こっちの方が自分らしい気がするんです。男の子の服だと、どうしても落ち着かなくて……」
部長は「そっか」とだけ言って、また絵に向き直った。そのあっさりとした反応が、僕にはありがたかった。
紬は僕の手元を覗き込み、「柊の描く花瓶、すごく優しい感じがする」と褒めてくれる。
「紬の絵は、力強くて好きだよ」と僕も返す。
「ありがとう。……ねえ、柊。今度、一緒に美術館行かない?」
「美術館?」
「うん。新しい展覧会があるんだって。柊と一緒に見に行きたいな」
「いいよ。楽しみだね」
僕たちは顔を見合わせて、自然と笑い合った。窓の外では、夕焼けが校舎を赤く染めている。静かな美術室で、紬と二人、穏やかな時間が流れる。
この時間が、ずっと続けばいいのに――そんなことを、ふと思った。
その後、部活が終わるまでの間、僕たちは言葉少なに、それぞれの絵に集中した。だけど、時折目が合うと、どちらともなく微笑み合う。そんなささやかなやり取りが、僕の心を少しずつ温めていった。
帰り道、紬と並んで歩く。部活の話、美術館の話、他愛もない話をしながら、僕たちは家路についた。
「また明日ね」と手を振る紬の笑顔が、夕暮れの光の中でひときわ輝いて見えた。
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