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第1部-ファフニール王国・自由編-
006_願い
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目が覚めて一瞬、リリアは自分がどこにいるのかわからなかった。
リリアが起きたことに気づいた侍女がさっとそばに寄ってきて、さらに戸惑いを隠せない。眠気が襲ってきたところまでの記憶しかなかった。
「おはようございます、リリア様」
「えっと……」
「オズウェル様からお世話を仰せつかりました。アンと申します」
「リリアです。よろしくお願いします」
「どうか敬語はお使いになりませんよう。叱られてしまいます」
「……わかった」
侍女のお手本のような恰好のアンに渡された紅茶を飲んでいるうちに、記憶が一気に蘇る。屋敷からの脱出、オズウェルとの再会。
自ら望んだとはいえ大きく変わった環境に戸惑い、促されるまま服を着替える。町娘の服装から、着慣れた、けれど今までとは異なったデザインのドレスへと。
世話を焼かれながらぼんやりとしているうちに身支度が終わり、気がつけばオズウェルが待っているという書斎までの道中を歩いていた。
「っ……待って……」
「リリア様、いかがなさいました?」
とぎれとぎれのかすれた声に、慌ててアンが離れてしまった距離を戻ってくる。長旅は無事に乗り切ったものの、体力がないことには変わりない。ただ屋敷内を移動するだけでも、リリアには休憩が必要だった。
心配そうに顔を覗き込むアンに、リリアは申し訳なさそうに眉を下げた。
「気がつかず申し訳ございません。体調がよろしくないようでしたら、お部屋でお休みになりますか?」
「少し休めば大丈夫だから」
「承知いたしました」
その後二度ほど休憩を挟んで何とか書斎までたどり着く。日当たりも良く、ほどよく広いこの部屋は書斎兼オズウェルの執務室だという。
二人が部屋に入ると、奥の重厚な机に座って書類の処理をしていたオズウェルは、そばにいたクロウに後を任せると、資料の山から離れて歩み寄る。
「よく眠れましたか? リリア嬢」
「おかげさまで。あの、アンのことも……」
「礼を言われるほどのことでもありません。さ、一緒に食事にしましょう」
エスコートされたのはバルコニーに設置されたテーブル。向かい合って腰掛けると数名の侍女によって二人分の食事が運ばれてくる。そして一通りセットを終えると、全員退出していった。
それを待っていたようにオズウェルは口を開く。クロウはオズウェルのそばに控えているものの、事情を知らないアンたち侍女はいない。気兼ねなく話せるようにとの配慮だろう。
「あの後、クロウから聞きました。スウィフト家の兵士に追われていたとか」
「はい。軟禁状態だったのを私が逃げだしたものですから、追ってきていたのです」
「なぜ閉じ込められていたのですか?」
「……わかりません」
殺されかけていた、とは言えなかった。こんなに親身になって話を聞いてくれているオズウェルを心配させるわけにはいかない、とリリアは事実を伏せる。
「とにかく、ここに住んでいればひとまず安心でしょう。事情がお知りになりたいのであれば調べさせますし、何かしたいことがあるのならお手伝いさせていただきます」
「ご迷惑になりますから……お礼もできませんし……」
「どこかで倒れていないかと毎日心配させるおつもりですか?」
「それはっでも……」
「僕はやりたいことをするだけです。いいですね?」
言外に含まれた圧力に、反論は許されそうになく、リリアは小さく頷く。するとたちまち圧力は消えた。
クロウはどう思っているのだろうとリリアが視線を送るが、すっと目線を外されてしまい、感情は読み取れなかった。話は終わったと食べるように促され、リリアは久方ぶりのまともな食事を口にした。一度食べ始めるとお腹がすいていたのを、体が思い出したかのように食欲がわいてきて次々と料理を口に含んだ。
オズウェルはそんなリリアを懐かしそうに見守っている。無言のまま食べ終わると、ようやく自分が夢中で食べていたことに気付いたのか、リリアは恥ずかしそうに頬を染めた。
「気に入っていただけたようで、料理人も喜ぶでしょう」
「はい。とてもおいしかったです」
「それは良かった。それより」
オズウェルは仏頂面のまま、悪戯っぽく笑いをこらえるように言葉を続ける。
「いつまでそんな他人行儀のおつもりですか? 昔のようにお話しください」
「いえ……あの時は私も幼かったのです。無礼を働きました」
「頭をあげてください。僕は謝罪を望んでいません」
幼いころの話を持ち出され、リリアは困ったように顔を伏せる。まだ身分の上下も、立場の違いもわからなかったころ。だからこそ友人関係を築けたわけだが、リリアももう大人。自らの立場は理解していた。
「ではどうすれば……」
「僕からリリア嬢にお願いするのはこれだけです。前と同じように接して、甘えてください」
「そんな……」
無茶ぶりともいえる願いに、戸惑いを隠せないリリア。だが、オズウェルもこの条件は譲る気はないらしく、言葉を重ねる。
「それだけが僕からの条件です。いいですね?」
「……うん」
「良かった。さ、少し休んだらアンと買い物に行ってくると良いでしょう。なにせ、女性用のドレスなどそう用意していないものですから」
「そんなお手を煩わせるなんて……」
「ほら、そういうのもなしです。僕のためだと思ってぜひ」
「……ありがとう」
リリアの小さな声に、オズウェルは手を伸ばすと頭を撫でた。なすがままになるリリア。困ったようにオズウェルは言い足す。
「そんなに気に病まないでください。ああ、それからアンはあなたの世話をするための侍女です。僕かクロウがいなければ彼女を頼ると良いでしょう」
結局、なし崩しに屋敷に滞在することになった。完全に子ども扱い、保護すべき対象として見られているのは十二分に伝わってきている。だが、その触れ方一つ言葉一つに優しさを感じていた。リリアはオズウェルに撫でられた頭に触れ、自らの跳ねる心を抑え込んだ。
リリアが起きたことに気づいた侍女がさっとそばに寄ってきて、さらに戸惑いを隠せない。眠気が襲ってきたところまでの記憶しかなかった。
「おはようございます、リリア様」
「えっと……」
「オズウェル様からお世話を仰せつかりました。アンと申します」
「リリアです。よろしくお願いします」
「どうか敬語はお使いになりませんよう。叱られてしまいます」
「……わかった」
侍女のお手本のような恰好のアンに渡された紅茶を飲んでいるうちに、記憶が一気に蘇る。屋敷からの脱出、オズウェルとの再会。
自ら望んだとはいえ大きく変わった環境に戸惑い、促されるまま服を着替える。町娘の服装から、着慣れた、けれど今までとは異なったデザインのドレスへと。
世話を焼かれながらぼんやりとしているうちに身支度が終わり、気がつけばオズウェルが待っているという書斎までの道中を歩いていた。
「っ……待って……」
「リリア様、いかがなさいました?」
とぎれとぎれのかすれた声に、慌ててアンが離れてしまった距離を戻ってくる。長旅は無事に乗り切ったものの、体力がないことには変わりない。ただ屋敷内を移動するだけでも、リリアには休憩が必要だった。
心配そうに顔を覗き込むアンに、リリアは申し訳なさそうに眉を下げた。
「気がつかず申し訳ございません。体調がよろしくないようでしたら、お部屋でお休みになりますか?」
「少し休めば大丈夫だから」
「承知いたしました」
その後二度ほど休憩を挟んで何とか書斎までたどり着く。日当たりも良く、ほどよく広いこの部屋は書斎兼オズウェルの執務室だという。
二人が部屋に入ると、奥の重厚な机に座って書類の処理をしていたオズウェルは、そばにいたクロウに後を任せると、資料の山から離れて歩み寄る。
「よく眠れましたか? リリア嬢」
「おかげさまで。あの、アンのことも……」
「礼を言われるほどのことでもありません。さ、一緒に食事にしましょう」
エスコートされたのはバルコニーに設置されたテーブル。向かい合って腰掛けると数名の侍女によって二人分の食事が運ばれてくる。そして一通りセットを終えると、全員退出していった。
それを待っていたようにオズウェルは口を開く。クロウはオズウェルのそばに控えているものの、事情を知らないアンたち侍女はいない。気兼ねなく話せるようにとの配慮だろう。
「あの後、クロウから聞きました。スウィフト家の兵士に追われていたとか」
「はい。軟禁状態だったのを私が逃げだしたものですから、追ってきていたのです」
「なぜ閉じ込められていたのですか?」
「……わかりません」
殺されかけていた、とは言えなかった。こんなに親身になって話を聞いてくれているオズウェルを心配させるわけにはいかない、とリリアは事実を伏せる。
「とにかく、ここに住んでいればひとまず安心でしょう。事情がお知りになりたいのであれば調べさせますし、何かしたいことがあるのならお手伝いさせていただきます」
「ご迷惑になりますから……お礼もできませんし……」
「どこかで倒れていないかと毎日心配させるおつもりですか?」
「それはっでも……」
「僕はやりたいことをするだけです。いいですね?」
言外に含まれた圧力に、反論は許されそうになく、リリアは小さく頷く。するとたちまち圧力は消えた。
クロウはどう思っているのだろうとリリアが視線を送るが、すっと目線を外されてしまい、感情は読み取れなかった。話は終わったと食べるように促され、リリアは久方ぶりのまともな食事を口にした。一度食べ始めるとお腹がすいていたのを、体が思い出したかのように食欲がわいてきて次々と料理を口に含んだ。
オズウェルはそんなリリアを懐かしそうに見守っている。無言のまま食べ終わると、ようやく自分が夢中で食べていたことに気付いたのか、リリアは恥ずかしそうに頬を染めた。
「気に入っていただけたようで、料理人も喜ぶでしょう」
「はい。とてもおいしかったです」
「それは良かった。それより」
オズウェルは仏頂面のまま、悪戯っぽく笑いをこらえるように言葉を続ける。
「いつまでそんな他人行儀のおつもりですか? 昔のようにお話しください」
「いえ……あの時は私も幼かったのです。無礼を働きました」
「頭をあげてください。僕は謝罪を望んでいません」
幼いころの話を持ち出され、リリアは困ったように顔を伏せる。まだ身分の上下も、立場の違いもわからなかったころ。だからこそ友人関係を築けたわけだが、リリアももう大人。自らの立場は理解していた。
「ではどうすれば……」
「僕からリリア嬢にお願いするのはこれだけです。前と同じように接して、甘えてください」
「そんな……」
無茶ぶりともいえる願いに、戸惑いを隠せないリリア。だが、オズウェルもこの条件は譲る気はないらしく、言葉を重ねる。
「それだけが僕からの条件です。いいですね?」
「……うん」
「良かった。さ、少し休んだらアンと買い物に行ってくると良いでしょう。なにせ、女性用のドレスなどそう用意していないものですから」
「そんなお手を煩わせるなんて……」
「ほら、そういうのもなしです。僕のためだと思ってぜひ」
「……ありがとう」
リリアの小さな声に、オズウェルは手を伸ばすと頭を撫でた。なすがままになるリリア。困ったようにオズウェルは言い足す。
「そんなに気に病まないでください。ああ、それからアンはあなたの世話をするための侍女です。僕かクロウがいなければ彼女を頼ると良いでしょう」
結局、なし崩しに屋敷に滞在することになった。完全に子ども扱い、保護すべき対象として見られているのは十二分に伝わってきている。だが、その触れ方一つ言葉一つに優しさを感じていた。リリアはオズウェルに撫でられた頭に触れ、自らの跳ねる心を抑え込んだ。
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