生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑

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第1部-ファフニール王国・自由編-

005_再会

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 少しするとガタンという衝撃があり、すぐに船の揺れが収まる。木箱のそばを行き来する足音が増え、浮いたと思ったら物陰のほうへと運ばれていくようだ。
 外をのぞくと見慣れない服装の人々が多く行きかっていた。眩い日が、今が昼過ぎだと示していた。
 緊張した面持ちでどこに運ばれていくのかと行き先を不安そうに見ているリリアの様子がわかるはずがないのだが、近くを一緒に歩いていたらしい女性たちが小声で声をかける。
 
「大丈夫。人影がないところまでは連れていくように、旦那様に言われてるから」
「隅っこのほうまで連れて行ってあげる!」
 
 どうやら老人は一緒でないらしく、聞き覚えのある声が遠ざかっていく。スウィフト家の兵士が勝手に港に着いた人々を検査しているため、港を守る兵士ともめているらしい。言い争う声がそこら中に響いており、穏やかなはずの空気は物々しさで染まっていた。
 リリアの入っている木箱は港の倉庫の陰まで運ばれた。手を引かれて外に出ると、騒がしい港からは一転、涼やかな風が流れる。辺りを確認していた女性たちが大丈夫そうだと集まってくる。

「お嬢ちゃん、事情は分からないけど、頑張って逃げるんだよ」
「元気でね! お姉ちゃん」
「これ入国手続きが終わった書類! 旦那様からの餞別だって」
「ありがとうございました。ミイさん、これを旦那様にお渡しいただけますか?」
「任せておくれ。それじゃあね」
 
 約束の報酬をミイに預け、代わりに入国証を受け取る。女性たちが立ち去るのを見送ると、リリアは物陰に隠れた。そして日暮れを待つ。ときおり見回りの兵士の足音が近くに来ては遠ざかる。
 誰も気づきませんようにと祈りながら、ずっと待ち続けて真っ赤な太陽が沈むのを見届ける。いつもならこの時間になるまでに眠っているのに、今日は昼過ぎから眠っていないリリア。だが、眠気を感じないほど気持ちは高ぶっていた。ここを乗り切れば自由の身だと。さらにしばらく待つと、遠くで見張りたちが撤収していく声が聞こえた。この様子ではスウィフト家の兵たちもいないだろう。人がまばらになった港から離れるため、リリアはそっと立ち上がった。眩暈を倉庫にもたれることで堪えて、顔をしかめる。
 港の出入口に向かって歩き出したところで、ふと人の気配を感じた。同時に重い殺気が襲い、背中に剣が突きつけられた。

「密航者だな。何をしている」
「……きちんと手続きは踏みました。追われていたので隠れていただけです」
 
 もらったばかりの入国証を差し出すと、一瞥したのち返される。
 
「昼間の騒ぎはお前のせいだな。何をした」
「何も。訳も分からず殺されかけたので逃げてきたのが、そんなに問題ですか?」
「それでわざわざ敵国の港まで追いかけてきたわけか。よっぽどのことをしたんだろう」
「してないと言っているでしょう。問題がないなら解放していただけますか」
「こっちを向け」
 
 感情を押し殺した声に、興奮気味のリリアも落ち着きを取り戻す。
 言われた通り振り向くと、短い黒髪、背はリリアと同じくらいでたれ目、まだ幼さを残した顔が印象的な青年がそこにはいた。青年はリリアの顔を吟味してから、すっと切っ先を外して、顎で少し先にある馬車を示した。

「ついてこい。主に一晩泊めてくれるよう交渉してやる」
「……何が目的ですか?」
「これ以上騒ぎを起こさないこと、だ。朝になったらとっとと行きたいところに行ってくれ」
「――ありがとうございます。お返しは何を」
「いらん。ほら、さっさと歩け」
 
 青年は思いのほか歩くのが早く、リリアは駆け足でついていくのがやっと。息を切らしてへたり込みそうになったころ、ようやく馬車にたどり着く。
 国家都市の一部を治めるスウィフト家の馬車と同程度の立派な装飾が施されている。従者が使う馬車でこの見た目ならば、主の格はいかほどか。
 
「オレはクロウ。お前は?」
「リリアと申します」
「んじゃ、しばらくそこで大人しくしてな」
 
 リリアを馬車の中に座らせると、クロウ自身は御者台に乗る。移り変わる風景を見ているとあっという間にどこかの敷地に入り、森を背にした屋敷の前で馬車は止まった。
 馬車を降りてすぐ、見慣れない屋敷の外観にリリアがじっと見上げていると、クロウは楽しそうに笑う。
 
「そんなに珍しいか?」
「ええ。あまり外に出ないものですから……」
「大事にされすぎて逃げ出してきたか」
「ええまぁ……」

 言葉を濁したリリアを気にすることなくクロウは屋敷の扉を開いた。
 中は天井の高い立派な空間が広がっており、暗闇などないほど明るく照らされた玄関口、廊下の隅々まで綺麗に掃除されているのが見て取れる。玄関や大広間といった扉付近には護衛の兵士がいるようで、場違いな恰好のリリアに注目が集まるが、誰も声をかける者はいなかった。
 クロウに続いて階段を上り廊下を歩き始めたところで、向かいから人が来るのが見えた。すぐにクロウが居住まいを正し、廊下を譲る形。リリアもそれに倣い顔を伏せた。男は目の前までくると立ち止まる。
 
「その子はどうした?」
「追われていたようでしたので、一晩匿ってやろうかと。よろしいでしょうか?」
「問題ない。良くしてやれ」
 
 低音の落ち着いた声音から感情は読み取れない。
 
「名は何という?」
「リリア、と申します」
「リリア……? 顔をあげて」
 
 リリアの名乗りに対して男は息を飲むと、距離を詰めた。リリアが緊張を隠さずおそるおそる顔をあげると、男は背の高い、白を基調としたかっちりとした服装をしている。その顔には、リリアの知る人物の面影が残っていた。無表情のはずの表情が驚きに染まっていて、リリアの考えが間違いではないと雄弁に語っていた。

「オズウェル、様?」

 呼び声に答えるように抱きしめられたリリアは、感情がないまぜになった表情でオズウェルを見上げた。会いたかったはずの友人の一人とこんな形で再会するとは露とも思っていなかったのだろう。どう反応していいかわからないでいた。

「……リリア嬢、またお会いできるとは光栄です」
「申し訳ございません……」
「何を謝るというのです。ご無事で何よりでした。さ、クロウに案内させますから、しばらくはこちらにご滞在ください」
 
 驚きから無表情に戻っても、オズウェルが喜んでいるのは十分リリアに伝わっていた。そして何年たっても変わらないその仏頂面に、安堵する。
 一方、感動の再会、といった様子にクロウは首をかしげていたが、名前が出たことで恐る恐るといった風に口を挟む。
 
「お知り合いですか、オズウェル様」
「ああ。居住区に部屋を。それから生活するのに必要なものはすべて揃えるよう手配してくれ」
「承知いたしました」
 
 頷いたクロウが階段をおりていってから、オズウェルはようやくリリアから離れる。
 改めてオズウェルを見ると、がっしりとした体格に白のかちっとした服装、左腰にはどこか小さく見える剣を下げている。背丈こそ変わったものの昔とあまり変わらない姿に、リリアは安堵した。それはオズウェルも一緒のようで、表情は変わらないものの柔らかい雰囲気が漂っている。オズウェルはリリアを促し、部屋へと歩き出した。

「リリア嬢、大きくなられましたね」
「お会いしたのはもう……何年も前のことですから」
「なにはともあれ、お元気そうでよかった」
「はい……」
 
 オズウェルにはそんなつもりはなかっただろう。だが、結果的に突然姿を消すことになってしまったリリアは責められているような気持になり、俯く。
  
「申し訳ございませんでした。家の都合で……」
「お気になさらず。追われているとのことでしたが、なにかもめ事でも?」
「いえ……すぐに出ていきますから」

 小さく首を振り、答えたくないと示す。
 よくよく考えれば、ここファフニール王国とアネクシロア共和国は仲が悪い。敵対していると言っても過言ではない。スウィフト家に追われているからこそ、リリアはクロウに助けてもらえたのだ。それがスウィフト家の者だと知られれば、どうなるか。とはいえ、隠し事をしたまま世話になり続けるのも気が引けた。

「僕がお守りします。これでもここの次期当主。お任せください」
「でも!」
「僕を信じていただけないのですか?」
「……申し訳ございません」
「謝らないでください。それより、さ、こちらの部屋をどうぞ。事情はまた明日以降、お伺いいたしましょう」
「はい……ありがとうございます」
「では僕はこれで失礼いたします。何かございましたらそこのベルを」
「はい」

 案内された部屋は、白を基調としたシンプルなもの。最低限のものが綺麗に整えられている。
 合理的で堅実なオズウェルらしい。リリアは昔と変わらないと笑みがこぼし、そのままかろうじてベッドに転がり込む。抗いがたい睡魔がリリアを襲い、そのまま眠りについた。
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