生きるために逃げだした。幸せになりたい。

白水緑

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第1部-ファフニール王国・自由編-

019_噂話

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 それから数日は何事もなく日常が過ぎ、リリアももやもやとした気持ちを抱えながらも、表面上は少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった。
 ある朝、身支度を整えていたアンが、リリアの顔を覗き込み、わくわくとした口調で問いかけた。
 
「お嬢様、つかぬことをお伺いいたしますが、オズウェル様とご結婚されるのですか?」
「……え?」
 
 寝耳に水といった様子のリリアを見て勘違いだったかとアンは残念そうに続けた。 
 
「その反応ですとただの噂話でしょうか」
 
 その言葉に無言で何度も頷く。養子にという話題はあがったものの、それもまだ二人だけの話。それなのに結婚だなんて。
 
「誰がそんなこと言っていたの?」
「直接聞いた者がいるわけではないようです。ただ、お嬢様の新しい服を仕立てるようオズウェル様がお命じになったのですので、そこからかと」
「新しい服? どうして?」
 
 話の繋がりがわからずリリアは首を傾げるばかり。アンは、失言だったかと口を抑えた。
 
「ご存じでないお話でしたか。申し訳ございません。聞かなかったことにしていただけると」
「それはもちろん構わないけれど。私、何も知らない」
「わたくしは、お嬢様が奥方様になられても大歓迎ですよ。オズウェル様の大切な方には変わりはありませんから。もちろん、誰でもいいってわけじゃないですよ。お嬢様だからこそです」
「違うってばアン。そんな予定ないから」
「そうですか……。もしお話が決まりましたらすぐに教えてくださいね」
 
 残念そうなアンの表情に、顔をそらしたリリア。一体何がどうなってそんな結論に達するのか。無暗に否定しても誤解を生むだけだと黙り込んだリリアとは対照的に、アンは何を想像したのかいつもにもまして機嫌よくリリアの世話を続けたのだった。
 
 しばらくするとクロウがやってきて、入れ替わるようにアンが食事の用意のため立ち去った。アンが呼びに来るまで少しの暇ができたリリアは、扉のそばで控えていたクロウに話しかけてみる。
 
「ねぇ、クロウ」 
「なんですか?」
「私、このままでいいのかな」
 
 主語のない問いに、クロウはじっとリリアを見つめるだけ。
 
「私、このままオズウェルに守ってもらっているだけでいいのかな」
 
 具体的に言い直した内容に、迷うことなくクロウは頷きを返した。
 
「まだご自分のしたいことがお決まりでないでしょう。その間は存分に甘えればよろしいかと」
「したいこと……?」
「生きるのに精一杯だったのでしょう。これからどうしたいのか、ゆっくりと考えればよいのです。自立されるのはそれからで十分です」
「クロウは迷惑じゃない? オズウェルのお手伝いが仕事なのに」
「今はリリア様を守ることがオレの仕事なのでお気になさらず。それに、邪魔なら暗殺騒ぎの時にでもうっかり見捨てています」
 
 冗談にならないことをさらっと言ってのけたクロウの表情は悪戯っぽく笑っている。オズウェルのことも心配しているようだが、それよりも今はリリアを守るのを優先で異論はないらしい。
 それから、とクロウは続けた。
 
「侍女たちの噂話など気になさらないことです」
「クロウも知ってたの?」
「まぁ、オズウェル様も勘違いされるような態度をとっていらっしゃるので仕方ありません。それはそうと、リリア様はどう思われているのですか?」
「どう、とは?」
「ハミルトン家の養子になれば貴族の一員。結婚相手はお相手はより取り見取りですよ。もちろん、オズウェル様も」
 
 探るようなクロウの言葉に、困惑した様子のリリアは眉根を寄せた。
 クロウの態度は曖昧で、冗談なのか本気なのか判別がつかない。リリアは質問を汲みかねる。
 
「私がオズウェルと……? ううん、オズウェルはそんなつもりないと思うよ。それに私も……」
 
 ノックの音が響き、リリアは口を噤む。何かを話していたことは廊下にも漏れ聞こえていたらしく、ぴたりと止まった会話に首を傾げながら、アンは食事の用意ができたことを告げた。
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