アイデンティティ崩壊フェアリーズ 妖精たちが人間の中学校に留学したら、たいへんなことになりました。

柳なつき

文字の大きさ
6 / 34
第一章 モラトリアム重大フェアリーズ

人間界への留学の意図

しおりを挟む
「……妖精界の平均寿命が下がってきていることは知っているね。そして、あなたがたのように、出生率も。われわれ妖精族は、あらゆる意味で人間という種族に依存している存在だ。人間を助け、人間のために身を粉にして働く。人間ひとりの守護霊となる者もいれば、歴史を影で動かしたり、人間界で沈黙が訪れると天使が通ったと言うところの者になったり、それぞれだ。どういった役目を生涯果たすか、それを、妖精は十五歳になるときに決めねばならないよね」

 入学式や成人式以外では、はじめて聴く長老さまの長いお話。

「あまりにも、シビアすぎる現実だと思わないか。だいたい、人間だって、十五歳のときに自分の生涯を決められる者などほとんどいない。人間のモラトリアムは長いのに、妖精のそれは短いと思わないかい」
「あっ、はいはいオレそれ思いまーすっ。人間ってだって高校はだいたい行けるっぽいしー、その先に大学とか専門もあったりーなんですよね。大学なら二十歳過ぎだし、高校だって十八歳くらいってことですよね? オレらは人間でいう中卒の年齢で一生のこと決めなきゃなんて正直重すぎっすわー」
「そうだろう、レオンハルト。ロザラインは、どう思う」
「ひゃっ、はっ、はいっ、修行中の身である私にもお尋ねくださるとは光栄の至り……で、あのその、えっと」
「つまりな、もっとモラトリアムほしくね? って話だよ」
「あ、えっとモラトリアムですか猶予期間、その、私はルールにはきっちり従うつもりですけど、たしかにもうちょっと考える時間があれば、より適切な選択ができるのかなぁ……と思うことは、なきにしもあらずで……」
「そうだろう、ロザライン。……それでは決定だな」

 長老様は、言う。

「レオンハルト。ロザライン。あなたたちに、人間界への留学を命ずる。妖精学校の最終学年は私の権限によって一年間の留学に置き換わるものとする、人間界をよくよく見てきてほしい」
「……長老さま。ひとつ質問、いっすか」
「なんだ、レオンハルト。なんでも言ってみなさい」
「オレらなんのために人間界留学するんっすか?」
 長老さまはわずか、黙った。
「人間界の現実を見てきてほしい……はたして、多くの妖精たちが言うように、彼らはほんとうにわれわれ妖精が助くことを続けるに値する存在であるのかを。そのうえで、あなたたちにはあなたたちの使命を決めてほしいのだ。……きみたちに対し、重い任であることはすまなく思っている」
「――それって、まさか」

 ローザはさっと顔を青くして、口もとを押さえた。

「なんだよローザ、長老さまが言ってんのどゆこと?」
「だいじょうぶだよ、ロザライン。私からはっきりとレオンハルトに言っておこう」

 長老さまは口もとだけでにっこりと笑った。

「人間界に対してわれわれ妖精が反逆を起こすべきなのかどうか、見定めてほしい。成人の日に懸ける願いは妖精にとって絶対であり、その価値により寿命も決まる。結論はどちらでもよい。人間を助けても、見放してもよい。……ただ一年後にはふたり揃ってどちらかの立場を明確に選択し、その目的のための願いを、熟考のすえで成人のその日に竜神さまに誓って懸けてほしいのだ。人間界のためにも、また、妖精界のためにも」

 ローザはいまにも震えはじめるんじゃないかってくらいに目を見開いて長老さまを見上げていたが、オレはにやっと笑った。――面白いことになりそうじゃないか。

 ためにも、ね。にも。ってことは、つまりだ。

「あざっす、長老さま――オレはオレの寿命を延ばすような選択肢をしやすくなる、ってなことですよね?」
「ははっ、早まるなレオンハルト、それだけが目的ではないぞ。だが、そうだな。選択肢の幅は広がるだろうな」

 選択肢の幅……ね。

「オレは人類にもめちゃくちゃ貢献できてー、なおかつー、このままぐーたら毎日ゲームできるようなミッションを見つけまーすっ!」
「ちょっとレオンッ、長老さまの前でいいかげんに――」
「レオンハルト、それもまた然りだ。ロザライン、あなたの目標はどういったミッションなのだろうか、いま、聴いておきたい」
「あっ、あ、私ですねっ、はいっ、私は……人類全体にとても貢献できるような……」
「ふわっとしてんなー。それだとオレの言ってることと変わらんぞ」
「た、たしかにそうね……それだったら私はレオンとは違って、その、もっと崇高な……」
「然り」

 長老さまの声は優しかった。

「然りだ、ロザライン。それでよい。レオンハルトもだ。人間界に留学したのち、また、妖精界に戻り人間のためにミッションを決めるそのときにも、その心がけを忘れないでほしい。人間に対する答えがどうあれ、私たちは人間に依存し人間のためだけに存在するのだから。レオンハルト、ロザライン。……あなたたちには仲よく正義を果たしてほしい。善良を本質とする妖精として」


 はいっ、と返事したオレとローザの声は、なぜだかこんなときにかぎって、きれいに重なったのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

チート無しっ!?黒髪の少女の異世界冒険記

ノン・タロー
ファンタジー
 ごく普通の女子高生である「武久 佳奈」は、通学途中に突然異世界へと飛ばされてしまう。  これは何の特殊な能力もチートなスキルも持たない、ただごく普通の女子高生が、自力で会得した魔法やスキルを駆使し、元の世界へと帰る方法を探すべく見ず知らずの異世界で様々な人々や、様々な仲間たちとの出会いと別れを繰り返し、成長していく記録である……。 設定 この世界は人間、エルフ、妖怪、獣人、ドワーフ、魔物等が共存する世界となっています。 その為か男性だけでなく、女性も性に対する抵抗がわりと低くなっております。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

潮海璃月
ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...