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出会い編
第二話
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噂は伝言ゲーム。
その言葉は僕の後輩である米崎友人の言葉。
いや、と言うより案外誰でも思っているかもしれない。
口には出さないだけで、
そう思っている。
だけど、愚かなことに僕達はいつもそれを信じてしまう。
それが面白いものほど、
それが悪いことほど、
都合が良いことほど、
それを信じてしまう。
それとは対に、
それがくだらないことほど、
それが良いことほど、
都合が悪いことほど、
それを信じようとしない。
否、信じたくない。
それ故に、愚かだと言われるのだろう。
だからこそ、人間は真実を求めるのかもしれない。
愚かであることを許さないために、否定するために。
そう、僕は思う。
1
五月。
僕は部屋の片付けをしていた。
片付け、と言う意味では春なので納得いくだろう。
だが、あいにくとここは僕の部屋ではない。
「助手くん。まだかね」
「ちょっと待ってくださいよ、月詠さん」
そう、僕が今掃除している部屋は月詠探偵事務所 所長ーーー月詠月夜さんの部屋である。
一応、ここは月詠さんの仕事場だが、
「・・・・・・にしても」
笛ラムネのからと、ブドウ糖のチョコの空き箱。
しまいには、針金でできたフィギュアとまるで仕事と関係ないものがわんさかあった。
「なんだ、もう終わってるじゃないか」
「この惨状を見てどこがですか!?」
ちなみに、僕の掃除のスピードが遅いとかそう言うわけではなく、始めた時間がほんの五分前だからだ。
当然、五分で終わる量ではない。
「私の部屋なんて、掃除しなくてもよかろうに」
「いや、オブラートに包んだ僕の気遣いを返してくださいよ!」
「? オブラートも何も、そもそもこの部屋だけは私の自宅だ」
「何ですかその新しい設定!?」
別に気にすることはないじゃないか、とフカフカのソファーに豪快に座る月詠さん。
「大体、こんなんだといつか物失くしますよ」
「安心したまえよ、助手くん。私はこう見えて、全ての物の場所を把握している」
なんか、嘘っぽい気がする。
「なんなら、当てて見せようか」
挑発的に、月詠さんが口角を上げる。
明かな挑発だ。
確かに、月詠さんの頭脳は相当なものだと理解している。
だからこそ、この部屋の物を全て把握しているという言葉を試したくなった。
「わかりました。なら見せてください」
よかろう、と月詠さんは腕を回して、
「それじゃあ、そうだな・・・・・・宝探し、にしようかな」
宝探し?
「簡単だよ。私は部屋を出ているから、その間に君があるものを隠したまえ。私がここの物の場所全てを把握しているのなら、隠した痕跡を見破ることができるだろう?」
確かにそうだ。
それなら、試すことは簡単だし、僕自身もわかりやすい。
「わかりました。となると、お宝は」
「おっと、見せてくれるなよ? それじゃあ意味がないじゃないか」
えっと、なんで見せることに意味がない?
「おいおい、なんで私が見せるなといった意図がわからないのか?」
「? いや、だって見せないとわからないじゃないですか」
「わかってしまったら、そもそもただの宝探しになってしまうだろう?」
「あ」
それはそうだった。
我ながら、頭が悪い。
「さすがは中卒だ。頭の回転も悪い」
「誰のせいですか誰の」
シーラナイ、と適当に肩をすくめて扉から出て行く月詠さん。
『それじゃあ、宝を隠し終わったら教えたまえ』
「わかりました」
・・・・・・さて、どこに隠そうか。
月詠さんの部屋は、床にお菓子のゴミやら何やらがなければ、快適な部屋になるはずだ。
ソファーに隠す、と言う手もなくもないが、
「それだと、バレそうだよな」
あっちはプロ(それも探すと書いて探偵)で、こっちはただの助手(もとい、雑用兼事務係)だ。
普通なら、勝ち目なんてありはしない。
そう、普通なら。
「・・・・・・待てよ?」
この手段なら、逆にいけるんじゃないか?
簡単だ、要は普通のことをしなければいい。
そうすれば、見つけることは相当難しいはずだ。
場合によっては、見つけ出すなんて不可能に近いはずだ。
「よし」
2
「それで? 終わったかい?」
「ええ、無事終わりました」
「・・・・・・にしても、随分とやったな」
流石の月詠さんでも、この惨状はひどかったのだろう。
僕がしたことは一つ。
ひたすらに物をひっくり返しただけ。
月詠さんはこの部屋のものの場所を把握していると言っていた。
それは逆を言えば、全部ひっくり返すことで、宝どころか全てのものをわかりづらくした。
いくらプロでも、そう簡単に、
「はい、見つけた」
「ってはやっ!?」
僕が隠した場所、すなわちソファーの下に隠したキャラクターもののキーホルダーを持っていた。
解説している途中で簡単に見つけるなんて、予想外すぎる。
「おそらく、助手くんは部屋を派手に荒らすことで、心理的に荒らした中にあると思わせたかったんだろうが、あいにく、私にその手は通じないよ」
しかも作戦まで看破されていた。
「でも、良い暇つぶしになった。礼を言わせてもらおう」
「・・・・・・なんか、複雑なんですが」
「あと、部屋はちゃんと片付けてくれるな?」
それはそうだ。
もともと汚かったとはいえ、それをさらに汚くしたのは僕なのだから、僕自身の首を締めただけに終わった。
「・・・・・・まじすか」
「おっ、今時の若者言葉か。興味深いな」
などと、月詠さんはケラケラ笑いながら客間のソファーに座って本を読み出した。
僕も自分で散らかした部屋を片付ける。
流石に元の位置に戻すのは難しいが、せめて整理整頓くらいはしたほうがいいだろう。
「ああ、それと助手くん」
「なんですか、そんなついでみたいなこと言って」
「さっきから君の元同級生が客間にいるから、茶を出してくれ」
「それ早く言って!?」
全然ついでではなかった。
3
「えっと、久しぶり・・・だね」
そう言って、僕に挨拶したのは僕の元同級生でクラスメイトの梓川雫だった。
「あっ・・・・・・どうも・・・久しぶり」
梓川の格好は、ベージュ色のセーターに、デニムジーンズと、かなりおしゃれだった。
ただ、僕が知る梓川は穏やかで愛想がいい、優等生なイメージだったが、今の梓川はどこか暗い。
確か、梓川は札幌の高校に進学していたはずだが、
「えっと・・・何かあった?」
「ううん、ちょっと」
「世間話をしにきたと言うなら、帰ってもらいたいのだが?」
と、何故か月詠さんが冷たくそう言い放った。
「ちょっ、月詠さん」
「私達はこう見えて社会人だ。今も仕事中なのでな。正直、思い出話がしたいだけなら、他所でやってもらうか、助手くんに電話でもしてほしい」
それは暗に『子供が来るところじゃない』と言っているようなものだ。
「・・・・・・いや、さっきまで宝探ししてた人が」
「シャラップ!」
何故か英語で言われた。
いや、図星じゃないか。
「もちろん、承知しております。私は思い出話をしにきたわけじゃありません」
月詠さんに負けじと、そう言って返す梓川。
珍しい、というか誰かに言い返すなんて初めて見た気がする。
「ほう? じゃあ、何をしにきた」
「そんなの、決まってます」
そう言って、梓川がカバンから(何故かサブバッグ)クリアファイルを取り出して、
「仕事の依頼です」
「断る」
そして、早々に月詠さんが断った。
4
「いやちょっと待ってくださいよ!?」
なぜ断る。
そしてなぜ本に目を向ける!?
「なっ、なんでですか!」
「理由なんてシンプルだろう。というか、誰でもわかることだ」
「いや、だって」
「そもそも、君はお金を払えるのか?」
・・・・・・考えてみればそうだ。
何せ、相手は元同級生とはいえ高校生。
収入源なんて、親の小遣いかバイトくらい。
そして探偵に依頼を出すと言うことは、かなりの額を支払わなければならない。
「うちは基本、30万から仕事を請け負っている。あくまで、私が話しているのは最低金額。さらに必要経費、その他もろもろもそっちが持つことになるが、ちゃんと払えるのか?」
払えるわけがない。
ずっと働いていなのならともかく、高校に入ってすぐにバイトしたとしてもまとまったお金は入ってないはずだ。
親が払うと言うのならまだしも、高校生なのだから流石に無理じゃ、
「なんとかします」
だが、それを一番わかっているはずの梓川がそう言い出した。
「・・・・・・金でも借りるつもりか?」
「いっ、いえ違います」
「ならどうするつもりだ? 銀行強盗、窃盗。そう言う汚い金を受け取るつもりはないぞ」
「そっ、そんなことするわけないじゃないですか!」
「ならば、なんだ。具体的にどうするつもりだ」
「それ・・・・・・は・・・」
「月詠さん」
見ていられなかった。
本当は月詠さんも、わかっているはずで、それをわかって尚責めている。
いくらなんでも、月詠さんらしくない。
「僕からもお願いします。お金は僕の給料からでも引いて、少しは工面を」
「ダメだ」
「っ!? 何で」
「これは彼女の問題だ。助手くんが口を出す権利はない」
それはそうだが、流石に見ていられない。
「未咲君。ちょっと静かにしてて」
「えっ?」
「これは私の問題だから」
対して、梓川の目は真剣だった。
それくらい、月詠さんに頼みたい依頼。
一体、どんな依頼なんだ・・・?
「・・・・・・それで?」
月詠さんは口撃の手を緩めることはない。
もう、やめて欲しい。
別に梓川とは親しくなかったが、それでも元クラスメイトだ。
流石に、
「・・・私の、身体で払います」
「よかろう」
そして、何故か月詠さんが依頼を承諾した?
「・・・・・・えっ?」
「えっ? とはなんだ」
いや、なんというか拍子抜けした。
「当たり前だろう? 金がないならその分働いてもらうのは」
「いや、僕はてっきり『お前の体なんて誰が欲しがる』とか言いそうだと」
「何を言うかね、助手くん。人材は貴重な資源だ。国宝だと言っても過言ではない!」
何故か決めポーズを決め出す月詠さん。
「それじゃあ月詠さん・・・いえ、ボス! 私はどうすればいいでしょうか!」
「まずは助手くんの荒らした部屋の片付けを手伝いたまえ! 話はそれからだ」
「分かりました!」
何故か乗り気で、梓川が月詠さんの部屋に入りだした。
「・・・・・・えっと、いいんですか?」
「なんだ、不満か?」
「いやそうじゃなくてですね。確かに僕は受けて欲しかったですが、何も働かせてまで」
「助手くん。これは一種の救済措置なのだよ」
「? 救済措置、ですか?」
どう言う流れで、救済措置という言葉が出たのかまるで想像がつかないのだが、
「正直なところ、私は子供から金を巻き上げるつもりなんて毛頭ない。それに乳臭い、それも同性なんてもっと嫌いだ」
「ぶっちゃけますね」
さっきまで、宝探しをしていた人とは到底思えない。
大人なのか子供なのか、わからなくなってくる。
「だが、あの依頼人の目は真剣だった。それほどまでに、追い詰められていたのだから、何かして気を紛らわせてやったほうが、話しやすいだろう」
そうだっただろうか?
僕にはいまいち理解できないが、
「理解しなくていい。あくまで、私の主観での判断だ。違ったら違ったで別に構わない」
価値観なんて、多種多様で有象無象だよ、と月詠さんは肩をすくめた。
5
梓川からの依頼はこうだった。
「私の通っている高校・・・・・・えっと、札幌の高校なんですけど。そこで、私が援交しているって噂が流れていて、その噂の根源を突き止めて欲しいんです」
噂。
米崎曰く、噂は伝言ゲーム。
一つの事実が、人から人へ伝わっていくうちに、枝分かれした虚実になっていくもの。
「援交・・・・・・ちなみに、その噂はいつ頃に流れたかわかるか?」
「えっと・・・・・・・・・四月の中旬ごろです」
「ふむ・・・となると、入学して一週間二週間くらいのことか」
僕の淹れた緑茶を啜りながら、茶菓子をつまむ月詠さん。
「でも妙だな。入学して半年くらいならまだわかるが、なぜこんな半端な時期に」
? 半端?
「・・・・・・その様子だと、わかっていないようだから説明するが、入学してたった数週間で人の顔を、それも普通の生徒をいちいち覚えていられるかね?」
「えっと、覚えていられないんじゃないですかね」
僕の記憶が確かなら、梓川の通っている高校には梓川以外知り合いは誰も進学していないはずだ。
しかも、かなりの進学校だから尚のことだ。
「一応、聞いておくが援交は真実ではないんだな?」
「当たり前じゃないですか!」
バンっ、と机を叩きつける。
かなり興奮しているのか、顔が赤くなっている。
「落ち着きたまえよ。じゃあ、質問を変えよう。そういう誤解をされるような行動をしたかね?」
「もっとありません」
それはそうだろう。
梓川は確かにモテた。
人形のように愛くるしいその顔立ちと、穏やかな口調、さらには愛想がいいときたのだから、男子生徒からは絶大な人気を誇っていた。
だが、梓川は昔気質で、お付き合いは大人になってからだと、そういう断り文句で男女が二人きりになることを嫌っていた。
だから、積極的に二人きりになろうだなんて思えないだろうし、援交だなんてもってのほかだ。「ふむ・・・そうか。・・・・・・いい機会だ。詳しく説明すると、噂が流れる原因は主に二つ、いや三つか。一つ目はその噂が真実だった場合。まあ、妥当なところだろうな。二つ目は発信した何者かが勘違いをしている場合。これはさっき言ったように、第三者がなんらかの噂を勘違いし、変質してしまったか。三つ目は・・・・・・まあ、考えすぎだろう」
そうもったいぶった。
「えっと三つ目って」
「今話すことじゃない。いずれにせよ、ちゃんと調べなくては始まらないな」
そう言って、月詠さんは立ち上がって、
「それで? 今は停学中なのだろうが、学校の連絡先を教えてくれないかね?」
そう、話を切り出した。
6
そんなわけで、札幌である。
駅の改札口から、たくさんの人が吐き出され、吸い込まれていく。
札幌駅は、もはや迷宮のようなものだ。
いや、そもそも二話の時点でタイトル詐欺も同然だが、その辺はご了承いただこう。
「ところで助手くん」
と、月詠さんが、
「君は札幌に来たことがあるのかね?」
そう、聞かれた。
とはいえ、札幌だなんて中学生が頻繁に通える場所じゃない。
「まあ、数回ほど」
何せ、高校の体験キャンパスだったり、家族で映画館に(現在勘当中)行ったりした。
「そうか・・・・・・実はだね」
月詠さんの顔色は真っ青で、
「私は人混みが極度にダメなんだよ」
そう、カミングアウトしてきた。
と言うか、
「えっ、そうなんですか!?」
てっきり、ヤクザの依頼を受けに札幌に通っていると思い込んでいたから、意外だった。
「普段は、あっちが来てくれるんだがね。今回は致し方あるまい」
そう言って、足取り重く、まるでゾンビのようにのらりくらりと歩いていく。
だが、向かっている先は駅の北口側だ。
「いや、ちょっと待ってください月詠さん。地下鉄使ったほうがいいですよ」
「地下鉄無理絶対お願いしますやめてください」
月詠さんの言わんとしている事はわかる。
何せ、北海道の中でも都会と評されている札幌。
人口は195万人ほどだ。
正直、僕も人混みに強い方ではない。
・・・・・・というか、普段使わない敬語を使うほど嫌なのか!?
「歩いたほうが・・・・・・まだ、ラクダ」
どうやら相当参っているらしい。
何せ、楽だと言いたいのだろうが『ラクダ』になっている。
なぜタクシーというものが思い浮かばないんだろうか?
大分話が脱線したが、僕達が向かうのはあくまで梓川の通う学校であって、間違っても動物園ではない。
「それじゃあ時間に間に合いませんよ」
普通、探偵なら車の免許くらい持っておいた方がいいだろうに。
なにせ、基本移動が仕事のようなものなのだから。
「持ってはいる・・・・・・だが、車はもっとダメだ」
「なぜですか?」
「酔う・・・から・・・・・・」
うぷっ、と今にも吐きそうな感じで僕にもたれかかってくる。
さすがに具合が悪そうだ。
「わかりました、先鋒には遅れますって伝えておきますから。少し休みましょう」
「たっ・・・・・・たすか・・・うぉぇぇぇぇぇぇぇ」
「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」
何があったかは、大体想像通りだと思うので敢えて記述しない。
強いて言うのであれば、めちゃくちゃ注目を集めてしまって、さらに駅員の人達が大慌てで、月詠さんを介抱し、僕の服一式を必要経費で買うことになっただけだ。
7
そんな珍事件に見舞われながらも、ようやく辿り着いた。
ただし、着いたのは予定時間より、2、3時間ほど遅れたが。
「ぅう・・・すまない、助手くん」
珍しく、茶化さずに謝ってくる月詠さん。
多少上から目線は抜けていないが、まあ、本調子に戻りつつあると言うことだと言い聞かせよう。
「大丈夫です。それより、お詫びの品も用意しておいたので、早く行きましょう」
月詠さんの手を引きながら、梓川が通っている高校ーーー名前は言えないが、ビルみたいな校舎とだけ銘打っておこう。
中はビルの中とは思えないくらい、広かった。
生徒玄関なのだろうか、棚がいくつか置かれ、簀も置かれている。
なんというか、つい数ヶ月前まで僕は中学生だったが、すごく懐かしく感じる。
「なんだ、思ったより人がいないじゃあないか」
先程まで青い顔で僕にもたれかかっていた月詠さんが、けろりといつもの姿勢に戻った。
・・・・・・回復が早い。
吸血鬼かよ。
「人がいない、というよりも今は授業中だからじゃないですかね?」
なにせ、時刻は午前十一時。
学生は普通に授業を受けている時間帯だ。
「そうか・・・・・・。まあ、逆に言えば移動するなら今だな」
「? なんでですか」
「授業が終われば、人がゴミのように溢れる。移動教室とか、その他諸々にな」
言われてみれば、それはそうだ。
学校とは言え、かなりの人数がこのビルの中にいる。
そして、月詠さんは病的なまでの(本当に病的な)人酔いをするのを身をもって知っている。
ここであの惨劇を繰り返すわけにはいかない。
具体的には、この学校の体操服とか借りるしかなくなる。
「お待ちしておりました」
そう、声が聞こえた。
目の前には、初老の、スーツを着た男性がいた。
「どうぞ、中へ」
8
実のところを言うと、許可は学校側に問い合わせるとすんなりと中へ入ることに成功した。
なんでも、梓川の噂について学校側も探ってはいたが、なかなか辿り着けていないみたいで、そこに梓川直々に探偵を依頼したとなると、あっちもちょうどよかったらしい。
「この度は、ご依頼を承っていただきありがとうございます」
そう言って、初老の男性(どうやら校長みたいだ)がお茶を淹れてくれた。
「あっ、お構いなく」
「それじゃあいただきます」
えっ? と聞くときには、月詠さんはすぐさまお茶に手をつけ、さらには茶菓子の大福にも手をつけていた。
いや、図々しい!
いくらなんでも、失礼極まりないし、あっちもカンカンに、
「ほほほ、随分元気が良いことで」
謝ろうとしたが、むしろ校長は笑って許してくれた。
・・・・・・本当に申し訳ない。
「それで? 学校側は今、どういう情報を得ているんですか?」
仕事をしにきた、と言わんばかりに図々しく本題を切り出す月詠さん。
・・・・・・本当、何を考えているんだこの人は・・・。
しかも、二つ目の大福にも手をつけてるし。
「ええ、聞いた話だと・・・・・・えすえぬえす? で発信されているみたいでして」
「なるほど、ソーシャルワーキングサービスのことですか」
いや、なんでSNSで略さないんだろう。
その方が言いやすいだろうに。
「恥ずかしながら、私はそう言うものに疎くてですね。正直、何が起きているのかもよくわかっていない次第で」
「ふむ・・・・・・となると、動機面で調べた方が良さそうだな」
「ちょっ、月詠さん!」
さすがに、無礼すぎる。
少しは敬語を使った方がいいし、校長先生もだいぶ怒って、
「まあまあ、気にしてませんので。それに、わざわざ報酬も無しにこうして働いてくれるんですから」
? 報酬はなし?
「ああ、助手くんには言ってなかったな。元々は梓川雫の依頼だ。だから、学校側が報酬を払う理由はない」
「・・・・・・じゃあ、今回は」
「実質、ただ働きだな」
この探偵事務所、潰れそうで心配になってきた・・・。
「さて、それじゃあいくつか生徒に聞き込みをしたいんですが・・・・・・まあ、無理でしょうね」
「ええ、さすがに」
「えっ? それって、なんで」
「キリがないだろう? 仮にこの校舎に犯人がいるとして、それも犯人はソーシャルワーキングサービスを使って、噂をばらまいた。犯人はこの校舎にいない可能性もある」
確かにそうだ。
SNSの最大の特徴は、誰でも見れて誰でも情報を発信できることにある。
つまり、容疑者は、
「容疑者は、ざっと七十億人と言ったところかな」
9
七十億人。
その数字は途方もないもので、犯人を探すこと自体馬鹿馬鹿しくなる数字。
全員の話を聞くだなんて、確かに一生かかってもできはしないだろう。
「まあ、あくまで大袈裟に表現したらそう言う数字になる。一応、他にも手はあるにはあるのだが・・・・・・」
「あるんですか・・・?」
「まあ、あくまでも最終手段だ。それと、梓川と言う生徒について聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「梓川雫は、『本当に』やってないんだな?」
そう、強調するように月詠さんが聞く。
「いや、その話ならもう終わったはずですよね? それは本人の口から」
「あくまで、本人からだろう? 嘘をついている可能性も考慮するのが探偵というものだよ」
そればかりは梓川のことだからありえない。
嘘なんて、つくはずがない。
「本人は否定しています。一応、証拠写真もありますが、本人は頑なに否定しています」
「証拠写真?」
そんなこと、梓川は言っていなかった。
まさか・・・・・・。
「今印刷してきますが・・・」
と、何故か僕の方をチラチラと見てくる校長。
ひょっとして、僕が何か失礼なことをしただろうか?
「カラーでお願いしたい」
「・・・・・・わかりました」
バタン、と校長は小走りに走っていった。
「・・・・・・どういうことですか」
「どうもこうもない。ただ、事実だけがあっただけだよ」
「なんで・・・・・・梓川は嘘を」
嘘をつく理由は、大体一つだけ、
「ついてはいないだろう?」
だが、月詠さんはそう否定した。
「言ってないだけで、偽ってはいない。人それぞれだが、少なくとも、嘘は口から出るものだ」
故に、彼女は嘘をついていないと、月詠さんはそう語る。
「じゃあ、なんで黙っていたんですか?」
「不利になるからだろう。証拠写真なんて、そんな決定的証拠があれば、私達が依頼を引き受けるだなんて思っていたんだろうな」
確かに、僕達は探偵であって弁護士ではない。
少なくとも、僕達は真実を暴く側だ。
依頼人が不利になるものであろうと、
真実を話す側。
「お待たせしました」
扉から、校長が戻ってくる。
その手元には一枚のA4くらいのコピー用紙が、クリアファイルに挟まっていた。
「なにぶん、大きい方が見やすいと思いましたので」
「助かるぞ秀吉さん」
「いや、なんですかその呼び名は!?」
なぜここでボケ出した!?
「はっはっはっ、よく私の名前をご存知で」
しかも本名らしい。
・・・・・・うそーん。
「これが、その証拠写真です」
それを見て、思わず目を剥いた。
というか、これは・・・。
「なん、で・・・・・・」
そこに写っていたのは、裸で喘ぐ梓川の姿だった。
10
「いや、合成だろう。これは」
かなりのショックを受けていたのに、それを躊躇なく看破したのは他ならぬ月詠さんだった。
「・・・・・・えっ?」
「いや、だから明らかに合成だろう」
合成?
いやいや、これのどこが、
「・・・・・・本当だ」
よく見ると、顔の部分も喘いでいると言うよりは、疲弊しているような感じで、肌の質感も明らかに違う。
なにより、胸の大きさが違う。
どうりで、校長がチラチラと見るわけだ。
明らかに18禁指定がつく代物だ。
これをよく、校舎で印刷できたものだ。
親御さんとかがこの光景を見たら、絶対PTAだかに訴えられかねないレベルで。
「おそらくだが、適当な画像を貼りつけている。こんなの、よくよく観察してみれば、それこそ素人から見てもわかる」
「ええ、それは他の先生方も確認してもらいましたが、明らかに合成だとわかっていました」
それは学校も掴んでいたみたいだ。
さすがに、これはすぐにバレる。
「・・・・・・あれ? でも、なんでこの噂が広まってるんですか?」
正直、こんな画像が合成だとわかっているなら、早くその真実を発信してしまえば終わるはずだ。
「助手くん。それができたら、おそらくここまで発展してない」
「ーーーーーーえっ?」
いや、答えになってない。
だって、合成という真実を提示すれば、みんなも、
「・・・・・・・・・やはり、まだまだだな」
「いや、だから何が!」
「学校側が、こんな画像を合成だと広めれば、梓川が浮くだろう」
「・・・・・・あ」
そんな簡単なことに、僕は気づかなかった。
「仰る通りです」
校長は、苦虫を噛み潰したような表情で、
「迂闊にこの画像を見せびらかせば、学校の責任になる。そうなれば、ここで働く先生方が職を失いかねません」
確かに、合成という真実を伝えるためとはいえ、その画像を衆目に晒すのは、梓川の裸ではないとはいえ、明らかに周囲から浮いてしまう。
「まあ、私達の依頼はあくまでも噂の根源を突き止めることであって、事態の解決ではないから、後処理の話はどっちでも構わないが」
かなり、冷たいことを言う。
でも、実際僕達も暇とはいえ、さすがにそこまでする義理はないのも確かだ。
「それに、人はその噂が面白ければ面白いほど、その噂を信じる。たとえ虚構であってもな」
タチの悪いことにな、とケラケラ笑い出す月詠さん。
「・・・・・・あの、それでどこから調べますか?」
「そうだな・・・・・・無難に、事情聴取でも・・・はできないか」
「ええ、流石にそれは・・・」
校長も苦々しい口調でそう言った。
捜査は足で稼ぐ、と刑事ドラマとかで言うが、それは探偵の間でも通じる・・・・・・んだと思う。
「となると・・・・・・まずは、この写真の合成した元の写真を洗ってみよう」
「そうなりますと、アルバム用に撮ってある写真を用意してきます」
そう言って、校長が出ていこうとする。
「助手くんも手伝いに行きたまえ」
「えっ?」
「おいおい、今は仕事中だろう? なら働きたまえよ」
「あっ」
そういえばそうだ。
校内の雰囲気でうっかり学生気分に流されていたが、僕は探偵助手なのだ。
人生の学徒ではあるが、もう一つの肩書きが探偵助手。
「わかりました。月詠さんは」
「私は茶菓子をまんき」
「一緒に行きましょう!」
月詠さんの手を引いて、校長室を後にした。
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「多いな・・・・・・」
薄暗い資料室の中で、月詠さんは顔を顰めながら、百枚ほどの写真を見ている。
「先生の中に、写真家の先生がいまして撮りすぎたみたいです」
さっき校長から(仕事があるようなので、退席した)聞いた話を月詠さんに伝える。
なんだか、ようやく探偵助手らしい仕事をしているような気がした。
「ふむ・・・こればかりは手分けしよう。梓川が映っている写真をピックアップして、そこから合成元の写真を割り出す」
「わかりました」
写真と睨めっこしながら、梓川の顔が映っている写真を探す。
時計の長身が人回転したころ、
「・・・・・・五十枚・・・ですか・・・」
探した結果、なんとか半分まで漕ぎ着けることには成功したが、それでも多いことに変わりはない。
「助手くん、合成された写真は持ってきているか?」
「えっと、ありますが・・・・・・それでも多いですよ、これ」
「問題ない。少し気がついたことがあってね」
そう言って、梓川のエロ写真(本人ではない)を見て、
「・・・やはり、か」
「? 何がですか?」
「梓川の写真だが、画素数が荒くなっている」
確かに、よく見てみると梓川の顔だけ妙に荒い。
「おそらくだが、これは小さい画像を無理矢理拡大したためだ。となると」
そうして、梓川メインの構図の写真が取り除かれ、
「・・・・・・・・・これだ」
一枚の写真、体育祭の駅伝写真の奥の方に梓川がいる写真だった。
「助手くんは、いますぐこの写真のデータを持っている人について聞いてこい!」
「わかりました!」
資料室を出る。
梓川の合成写真の元さえ特定できれば、自然と犯人を割り出せる。
これで、依頼は遂行できる。
ようやく、月詠さんの介護をする必要がなくなるわけだ!
「ああ、幸せだぁっ!」
「いや、何がだよ」
ふと、声をかけられた。
茶髪に染められた短い髪に、紺色のブレザーの男子生徒。
特徴的、というべきかは迷うところだが、目つきが悪い。
かなり悪い。
「お前、何者だ? 不審者・・・・・・ってわけじゃあねえだろうが」
「えっと・・・怪しいものじゃない・・・ぜ?」
「なんで疑問符つけんだよ。そして怪しい者じゃないっていうやつは大抵怪しい」
ベタなボケにも対応してくれた。
案外、優しい人なのかもしれない。
「えっと、訳あって入学式に事故に遭って以来不登校だったんだけど、怪我が治ったから登校しようと思ったんだけど、制服を着るのを忘れて保健室に借りに行こうとしたんだけど、保健室の先生がいなくて、それで職員室に行こうとしたんだけど迷子になっちゃって」
我ながら、言い訳がましい嘘だ。
100%バレる自信がある。
「・・・・・・職員室は、そこの角を曲がって左にある」
予想外にも、不良さんは教えてくれた。
「あっ、ありがとう」
「気にすんな、同じ学校のよしみだ」
そう言って、不良さんはその場を去った。
去り際まで、不良っぽい。
「・・・・・・まあ、僕の嘘を信じている時点で、めちゃくちゃお人好しだって露見しているけれど」
12
「・・・・・・最悪だ」
僕の報告を聞いて、月詠さんは頭を抱えていた。
結論から言って、あの写真は校内のホームページに載せられていた。
つまり、ネットに流出している時点で、あの画像は加工も余裕なわけだ。
「・・・・・・・振り出しに戻りましたね」
「いや、そうでもないさ。何せ、あの画像に関しては誰でも加工できることに変わりはないわけだ」
容疑者の数はあまり変動しないがね、と月詠さんは毒づく。
とはいえ、だ。
「じゃあ、他にできることって、あとは聞き込みとか・・・・・・」
いや、それは無理だ。
何せ、学校側から拒まれている。
「手はある。まあ、手と言うよりも足と言うべきだが」
「? 足ですか」
足、と言われてピンと来たのは、刑事ドラマとかで言う『足で稼ぐ』捜査かと思った。
だが、
「削除されているとはいえ、大まかな情報の根源は探ることができるはずだ」
なるほど、確かに現代でいう『足を稼ぐ』捜査だ。
いや、足というよりは波乗りというやつかもしれないが。
「でも、それってかなり拡散されているんですよね? そんな簡単に見つかるものなんですか?」
「あくまでも、大まかなものだ。まあ、ダークウェブとかそういうものに乗っている可能性や、コンピューターウイルスに侵される覚悟で、怪しいサイトに潜るか・・・・・・まあ、情報漏洩のリスクも考慮するとなると、無難にソーシャルワーキングサービスを使うしかなさそうだな」
相変わらず、SNSを正式名称で言いたいらしい月詠さんにため息をつきながら、
「・・・・・・となると、パソコンとかの方がいいですかね」
スマホだと、複数を同時に調べるのにあまり向いているとは思えないし、それだったらパソコンの方がいくらでもウィンドウを開けるので、向いているはずだ。
「となると・・・・・・助手くんには、パソコンの調達を頼む」
「わかりまし・・・・・・えっ?」
いや、パソコンくらい学校のを借りればいいんじゃないか?
「足がつくだろう、そうなったら。そうだな・・・・・・予算は2万円から3万円ほどのを頼む。理想はノートパソコンだ」
「いや、2万円から3万円からってそんなんで買えませんよ」
中古で買ったとしても、それくらいの安さだと使えない可能性がある。
「仕方ないだろう。うちは今ただ働きのようなものだ。予算もそれくらいしか出せない」
確かに、必要経費もこっちが支払うことになるのだからこれだけでも十分赤字なのだ。
案外、妥当と言えるだろう。
「・・・・・・わかりました。なんとか、調達してみます」
「ああ、頼む。まあ、札幌なのだから激安PCくらい、売っているだろう」
それじゃあ、頼むぞと月詠さんはそう言って戻って、
「・・・・・・って、月詠さんは何をするんですか?」
「? 私は昼寝だ」
・・・・・・ちょっと、真剣にパワハラとかで訴えてやろうか考えてしまった。
13
意外にも、PCは手に入った。
僕もパソコン事情に関してよく知らないが、最近のパソコンはかなり安く手に入るらしい。
ただし、手に入ったのはノートパソコンではなくタブレットPCだ。
「ほう・・・・・・時代の進歩も目覚ましいな」
などと、月詠さんはつぶやいている。
どうやら、タブレットPCを知らなかったらしい。
「まあ、それでもいいだろう」
そうして、高速でタイピング(流石にキーボードは手に入らなかった)ならぬタッチパネルを高速で操作していく。
とはいえ、すごいスピードだ。
タブレットのタッチパネルは意外と打ちにくそうだけど、月詠さんはうち漏らしもなく、かと言って誤字もなく正確にタイピングしていた。
「まあ、本来なら助手くんの役割なんだが・・・・・・まあ、まだ見習いみたいなものだ。よく見ておきたまえ」
そして、液晶にはいくつかのウィンドウが表示されていた。
「・・・・・・なるほど」
「なにか、わかったんですか?」
「いや、なにも」
思わず腰が抜けた。
「噂の根源を辿ることができれば、良かったんだが、流石に厳しかったな」
「・・・・・・えっと、ならネット経由というわけじゃないんですか?」
となると、必然的に犯人はこの学校内ということに絞られる。
あながち、苦労して入手したPCも無駄じゃ、
「いや、ネット経由なのは確かだ。現にソーシャルワーキング」
「もう長いのでSN」
「ソーシャルワーキングサービス」
スタンスは変えないらしい。
でも、
「というか、間違ってますよ? その読み方」
と、月詠さんの目が見開かれる。
どうやら、知らなかったらしい。
「・・・・・・SNSに載っていた。まあ、画像は添付されていなかったがそれはそうだろうな」
言われてみればそうだ。
なにせ、卑猥な画像をSNSに添付すれば削除されるのは当然ながら、先生方が見つけ次第削除を依頼するだろう。
「とはいえ、これだと噂の発生源は特定できませんね」
またしても、振り出しに戻ることになる。
「いや、そうでもないぞ?」
でも、月詠さんはキョトンとそう言った。
「・・・・・・えっ?」
いや、意味がわからない。
噂の根源を探そうにも、他に手がかりは・・・・・・。
「・・・・・・ありますね、そういえば」
「だろう? 君の鈍さも、さすがにそこまで鈍くはなかったか」
ある、手がかりは目の前にある。
「この投稿をしたユーザーに、直接話を聞けばいいのだから、わかりやすい筈だ」
14
そんなわけで、ここから先は地味な作業だった。
地味過ぎて、何杯もコーヒーを飲んだのか数えきれない。
昼頃に作業を始めてから、あっという間に夜が更けていた。
「・・・・・・そろそろ帰ろうか。助手くん」
現在午後八時で、かなり暗い。
「わかりました。それじゃあ、鍵を返してきますね」
「ああ、頼む・・・・・・ふわぁぁ・・・」
大きい欠伸をたてながら(途中で、昼寝をしていたのに)眠そうに会議室を後にした。
「それと、今夜だがホテルの予約はとってあるから、荷物をまとめておきたまえ」
「はーい」
会議室の鍵を閉めて、それを職員室に返す。
「お待たせしました。それじゃあいきましょうか」
「ああ、そうだな。今夜は激しくなりそうだ」
「ですね」
さて、これから先はリラックスタイム・・・・・・。
「というかホテル!?」
「ん? そう言ったはずだが?」
いやいやいや、ちょっと待て!
「いくらなんでもおかしいでしょう? 電車一本で帰れるんですよ? 恵み野庭まで」
「おいおい、助手くん。またあの電車の中へ入れと言うのかね?」
確かに吐かれるくらいなら、泊まったほうがいいのかも知れない。
だが、これは経費の無駄遣いである。
「もう少し節約しましょうよ。ただでさえ、収入がないのにこれじゃあ潰れますよ?」
「大丈夫大丈夫。職を失うくらいなんともない」
「大アリだわ!」
意地でも帰るつもりがないのは、月詠さんの目で分かった。
だが、僕の収入源がこの職場しかない以上潰れられても困る。
「帰りますよ!」
「嫌だ」
「駄々をこねないでください」
「こねてない」
最早大きい子供である。
・・・・・・本当にどうしようか?
「・・・・・・・・・なら、最悪あの方法しかありませんね」
電車も嫌、車も嫌。
正直、ただの揚げ足取りでしかないが、ホテル代よりかはマシだ。
「それじゃあ、行きますよ」
「いーやーだーっ!! 私都会っ子になるーっ!」
「頼むから、もう少し年上らしく振る舞ってくれませんか!?」
これじゃあ、どっちが子供かまるでわからない。
「お巡りさん! こいつ痴漢です!」
「そしてさらりと助手を痴漢に仕立てないでください!」
15
そんなわけで、バスの中である。
船という選択肢もあったが、そもそも札幌は海沿いの街ではないため、船はない。
というか、船の方が酷い目に遭いそうなので、頭にすら浮かばなかった。
かくいう、月詠さんはと言うと、
「zzzzzzzzzzzzzz」
寝ていた。
しかも白目で、僕の肩に寄りかかっていた。
いや、僕も男ではあるのでドキドキしないと言ったら嘘になる。
だが改めて月詠さんの寝顔を見ると、ドキドキするというより、ちょっとホラーチックになっている。
「・・・・・・でも、これって使い道あるのか?」
低予算で買ったとはいえ、オフィスで使うにしてはいささか機能不足だ。
とはいえ、せっかく買ったのだから(それも、経費で買った)せめて仕事で使うしかないだろう。
「・・・・・・よし」
試しに、タブレットパソコンを起動して、色々触ってみる。
入っているアプリはせいぜい、計算機とかその辺だ。
色々アプリとかを入れて行くしかないだろう。
キャンパスに絵の具を塗って、一枚の絵を完成させるみたいに。
「・・・でも、よくわからないな」
中にはわからないものもあった。
Eのつく、グラフみたいな奴があったり、
かと思えば、ワールド? とかいうアプリがあったりとよくわからなかった。
かといって、隣にいる月詠さんを起こして聞くのもありかもしれないが、また吐かれるのは困る。
他に、パソコンとかそういうのに詳しい人物なんて、
「ーーーーーーあっ、いたわ」
一人だけ、友人が少ない僕でも気軽に話せて、尚且つパソコン関係に詳しい後輩が一人いた。
「・・・・・・ちょっと、拝借します」
月詠さんの携帯を借りて(ついでにロックも外して)電話のダイヤルをかける。
とある人物に、
僕が知る限り、一番迷惑をかけられた後輩に。
『もしもし、とある人物と略されている気がする米崎友人です』
「いやメタいわ!」
16
そんなわけで翌日。
事務所に帰ってきた月詠さんは、またすぐに寝た。
僕は徹夜して、米崎に教えられたアプリの使い方で(僕は英語が苦手だ)情報を整理した。
これまでわかったことを整理すると、以下の通りだ。
1、梓川は昔気質
2、梓川が援交しているという証拠は偽装だった
3、合成元の写真はネット上に公開されていた
4、容疑者はネット上の人達
「・・・・・・なんか、1の方はまるで関係ないような」
「いや、そうでもないぞ?」
目が覚めたのか、月詠さんがタブレットPCを見て、
「依頼人の人格も、重要な情報だ。依頼の中には、裏を取る必要がある依頼人もいる」
だから、覚えておきたまえ、と月詠さんはいつの間に淹れたのか、コーヒーを啜る。
「しかし・・・・・・情報が如何せん足りなさすぎる」
「やっぱり、推理するのに情報が足りないですかね」
「それはそうだろう」
まあ、それもそうか。
「情報が少ないほど、推理の正確さは弱くなる。この程度の情報だけじゃ、プロの仕事はできないな」
「となると、やっぱり今日も学校の方に」
「行きたくない本当に勘弁してください」
「・・・・・・えっと、情報を集めなきゃいけないんですよね?」
「それなら、助手くんだけで行きたまえよ。情報収集くらい、できるだろ?」
「いや、僕は探偵じゃありませんから」
一応、この道へ踏み込んだとはいえ、僕にできることなんてたかが知れている。
情報収集なんて、僕にできるとは思えない。
「・・・・・・と言うか、やっぱり生徒に聞いた方が一番なんじゃないですかね?」
でも、それは学校側が拒否しているはずだ。
探偵を雇っていて(依頼料は発生しない)さらに言うなら、得体が知れない連中を子供に会わせたいとは思わないはずで、
だから、なんとなく口にしてみただけだったが、
「・・・・・・それだ・・・それだよ助手くん!」
僕の思いつきだけの発言で、何か閃いたのか、マグカップを振り回して、
「ーーーーーーーーーあちっ!?」
思っきし、熱々のコーヒーがズボンにかかった。
「あつっ、ちょっ月詠さん!」
「聞き取りがダメなんだろう? なら、『話をする、雑談をする』方法があるじゃないか!」
どうやら、頭が回転しているらしい。
よほど、いい案でも思い付いたのだろうか?
「助手くん」
「・・・・・・なんですか」
なんだか、嫌な予感がしてきた。
依頼を解決するのに必要なことなのかもしれないが、それでも、僕の身に何が起こるのか想像できない以上、嫌な予感しかしない。
「あそこの生徒になりたまえ」
17
「えー、急ではありますが、転校生を紹介します」
次の日、僕はめでたく高校生になった。
間違っても、年を越したわけではない。
と言うか、校長先生が許可してくれた時点で、この学校相当ゆるいところなのだと思い知らされる。
「・・・・・・未咲咲です。・・・頭は悪いですが、これからよろしくお願いします」
無難に挨拶をする。
いや、無難ではなかった。
頭が悪いと、ただ言い訳しているだけだった。
急な転校で、戸惑っているのか、それでも一応拍手はしてくれた。
正直気まずい。
「それじゃあ、梓川の隣についてもらおうか」
言われた通り、梓川の隣の席に着くと軽くざわついている。
あまり、歓迎されていないようだ。
「転校生だったのかよ」
左隣の席を見ると、いつかの不良くんだった。
「あっ、どうも」
「訳あって入学式に事故に遭って以来不登校だったんだけど、怪我が治ったから登校しようと思ったんだけど、制服を着るのを忘れて保健室に借りに行こうとしたんだけど、保健室の先生がいなくて、それで職員室に行こうとしたんだけど迷子になっちゃって、とか言うもんだから、同じ学校なのかと思っちまったじゃねえか」
「あっ、あはは・・・・・・その節はごめんね。不審者だと思われそうだったからつい」
というか、あの嘘を覚えていたらしい。
記憶力が相当良い方なのだろう。
「・・・・・・・まあいい。これからよろしくな」
手が差し出される。
その手は少しゴツくて、鍛えられている手だった。
「ああ、よろしく」
差し出された手を握る。
無難な挨拶で、友好の証。
「・・・・・・一応、言っておくが、梓川に関わらない方がいいぞ?」
「えっ、なんで?」
「後で話す」
18
午前中の授業が終わって、昼休み。
「それで、未咲咲くんって女の子みたいな名前だね」
そう話すのは、上山真由美さん。
クラスの中心的な人物で、委員長的な存在(実際、彼女は委員長じゃない)。
実際のこのクラスの委員長は梓川で、
「ところで、未咲くんってなんでこんな時期に転校したの?」
不意に、そう話された。
とはいえ、理由なんて考えていない。
急な話だったため、考える時間もなかった。
「まあ、あまり聞いてくれるなよ。色々あるだろ? 痴情のもつれとか、子供できたとか」
「あんたは表現がセンシティブなのよ!」
・・・・・・まあ、かえってその方が自然な気がするので、適当に茶かそう。
「そういえば、携帯持ってる? よかったら連絡先交換しようよ!」
上山さんは、そう言って携帯を差し出すが、
「えっと・・・・・・ごめん。僕携帯を持ってなくて」
「えっ!? 携帯持ってないの!? ウケるー」
女子高生の『ウケる』は大抵受けてない。
「というよりも・・・・・・」
主な原因は、僕の後輩(第一話を参照されたし)が携帯を壊してしまったと言ってもあまり信じてもらえそうにない。
「親が携帯を買ってくれなくて」
「えっ、なにそれウケる」
同じことを言うが、女子高生の『ウケる』は大抵受けてない。
というか、笑ってすらいない。
「えー、それじゃあ何して過ごしてんの? 普段」
「えっと、読書? とか」
「読書って、文学少年的な!?」
そして、なぜかびっくりマークとか、はてなマークを使いたがる。
・・・・・・まあ、僕の偏見だけど。
「残念だなーっ! せっかく私のSNSフォローしてもらおうと思ってたのに」
「へえ、SNSやってるんだ」
「うん、フォロワーもすごい数いるから」
そう言って、僕にSNSのアイコンを見せてくる。
もし、携帯を買う日が来たら、その時は謹んでフォローしておこう。
「ところで、学食とかある?」
「えっ、ないよ?」
「えっ?」
どうやら、ないらしい。
「じゃあ、購買は?」
「購買もねえな」
・・・・・・じゃあ、この渡された五百円はどうすればいいんだ?
「・・・・・・ひょっとして、昼ごはんは購買とか学食とかで済ませようとした感じ?」
「・・・・・・そんなところ」
本当に失敗した。
19
クラスメイトから同情を買い、なんとか弁当のおかずとかを分けてもらい腹を満たした。
なんでも、その分けてもらったのは主に城島静江さんからで、
「その・・・・・・わたしって、友達が少なかったから・・・友達になってくれると、嬉しいな?」
「ああ、ありがとう。僕で良ければ、友達になるよ」
「いいの!」
すごく食い気味に、僕に迫ってくる。
なんというか、柑橘系の優しい匂いが僕の鼻腔をくすぐる。
城島さんの印象は、小動物みたいな、そう例えるならモルモットみたいな、そんな愛らしさがあり、同時に少女のあどけなさを感じる。
「おーい、城島。距離感すごいことになってるぞー」
「・・・・・・ごめんなさい」
「えっと、大丈夫」
危ない、危うく恋人になってくださいというところだった。
とはいえ、
「・・・・・・そういえば、不良くん」
「あん? なんで俺が不良なんだよ」
「いや、なんとなく」
はあ~、と不良くんはため息をついて、
「鬼浜餓鬼。不良というよりは、鬼だな」
「なるほど、だから不良なのか」
「いや、不良じゃねえよ」
軽く肘で小突かれるが、どつかれはしない。
なんということだろう、全然不良っぽくない。
「それより、聞きたいことがあるんだけど」
「あん? なんだよ」
「なんで、梓川には関わらない方がいいって言ったんだ?」
「・・・・・・・・・」
さっきまでの親しみやすい雰囲気から、急に無表情というか、妙な緊張感が漂う。
「・・・・・・ちょっと来い」
鬼浜くんは、何やら体育館裏を指し示す。
とはいえ、僕もただ学校に来て授業を受けにきたわけじゃない(というか、そもそも転入すらしていない)。
目的は情報収集。
いわゆる、潜入調査だ。
足で稼ぐというよりも、潜って稼ぐようなものだ。
とはいえ、学校側も最初は困った様子だったが、最終的に(月詠さんが強引に)決定させた。
歩いて行くうちに、体育館裏に着く。
「・・・・・・まず、ちょっと仁王立ちしろ」
「えっ?」
「いいから」
言われた通り、仁王立ちして、
そして、鳩尾に衝撃が走った。
それが、殴られたということに崩れ落ちてから気がついた。
「・・・・・・悪く思うなよ。一応、ケジメをつけてもらっただけだ」
「けじ・・・め・・・・・・?」
「一応、殴った俺も悪いが、お前も悪い」
「いや、なん・・・で・・・・・・」
「・・・梓川には、援交の噂が流れてんだよ」
それは思わず、目を見張った・・・・・・ように見せた。
その情報じゃない、僕が知りたいのは、
「援交って・・・・・・いや、そもそも梓川って一体」
「お前の左隣の席のやつだ。クラスの委員長で、成績は優秀の」
知っている。
「その援交の証拠が、ネット上に流れてんだけど・・・・・・ほら、これ」
そう言われて、目の前に掲げられた画像も知っている。
「・・・・・・本当、なんでこんなことになってんだろうな」
スマートフォンを仕舞い、鬼浜くんは、
「そういうことだから、事情が事情なんだよ。委員長も、そのことでまだ完全に落ち着いてねえんだ。だからほじくり返すなよ」
確かに、そうかもしれない。
本人の心に傷がつけられ、そして僕達のしていることは傷を抉っているだけ。
それで犯人が必ず見つかる保証なんてあるはずもないのに、それでも被害者の心を傷つける。
それが場合によっては、再起不能にまでする。
だから、一番この問題を解決するのは時間。
それで、傷は薄れていく。
完治はしないが、傷を優しく癒してくれる。
「ーーーーーーざけんな」
確かに、時間は被害者の心を癒すかもしれない。
一番の解決方法かも知れない。
でも、それじゃあ梓川を傷つけた犯人はどうなる?
のうのうとここで見逃せば、また梓川みたいな被害者が生まれるかもしれない。
青い、と言われるかもしれない。
ダサいと、面倒臭いと言われるかもしれない。
「あ?」
「確かに、放っておくほうが一番の正解かも知れない。正しいのかも知れない・・・・・・でも」
「でも、なんだよ」
「梓川は、それで幸せになるのか?」
鬼浜くんを睨みつける。
喧嘩慣れしているであろう、鬼浜くんにとって僕の睨みはそよ風が靡くくらいかも知れない。
それでも、
「梓川は・・・・・・優しいんだよ・・・」
「・・・・・・知ってるよ。だから」
「だからこそ! 犯人を捕まえるべきなんじゃないのか? ふざけた証拠で、梓川を傷つけた犯人を捕まえるべきなんじゃないのか!!」
鬼浜くんの胸ぐらを掴み、
「少なくとも、僕はここで逃げない。・・・・・・ここで逃げたら、きっと梓川はずっと傷を引き摺るから」
「・・・・・・梓川のこと、知ってたんだな」
「あっ」
思っきし、バレてしまった。
というか、僕には情報収集なんて向いてなかった。
「・・・・・・でも、それには賛成だ。なあ!」
そう、鬼浜くんが僕の背後に呼びかける。
振り返ると、そこには細身の生徒がいた。
その背格好は、長身で鬼浜のガタイより大きい。
ただし、細身のせいか、貧弱そうなイメージがある。
「・・・・・・えっと、どういう」
「俺達も梓川の身の潔白を晴らそうと動いてたんだよ」
「えっ?」
状況が読めない。
というか、えっ?
「・・・・・・君、あずたんのなんなの」
「えっ? えっと・・・・・・」
「おいおい鬱野、圧かけんなよ」
「・・・・・・わかったよ」
そう言って、鬱野くんは僕から少し離れていく。
・・・・・・えっと、
「こいつは鬱野。鬱野内釜。まあ、ストーカーだ」
「えっ、ストーカー!?」
「失礼な、・・・・・・護衛と言って欲しい」
モゴモゴと、口に物を入れているような話し方をする男ーーー鬱野内釜さんは、なにやら携帯を取り出して、
「未咲咲でいいんだね?」
「えっ? ああ、そうだけど」
「梓川たんとはどんな関係なの・・・・・・?」
「えっと・・・・・・まあ、元クラスメイ」
「元クラスメイト!?」
薄い吊り目が裂けそうなくらい見開かれ、
「なんともうらやますぃぃぃぃぃっ!! 君はいま万死に値する!! というか、鬼浜に今すぐ殺されろ! リア充!!」
・・・・・・えっと、
「気にすんな。こいつはこういうやつだ」
苦笑しながら、鬼浜くんは、
「ところで、未咲。お前の目的はなんだ? 梓川をどうしたい」
僕の目的。
この場合、話してもいいのだろうか?
梓川は依頼人で、一応守秘義務がある。
かといって、その情報を話すわけにはいかない。
「・・・・・・詳しいことは話せない。でも、大体の目的は鬼浜くん達と同じだ」
「・・・そうか。それなら問題ない」
「なあ、よかったら情報を」
「共有できない」
「えっ?」
それって、どういう。
「そう簡単に信用することはできない。特に、得体の知れない相手は尚更だ」
確かに、鬼浜くんのいう通りだ。
彼らはただ、ただ梓川のためにやっているんだ。
理由はわからないけど、少なくとも敵じゃない。
かと言って、味方というわけでもないのはわかっている。
「・・・・・・なら、こうしよう」
と、鬱野くんはもごもごと口を開き、
「お互い、情報交換はなし。ただし、干渉は一切しない。それで・・・・・・どう?」
「干渉、しない・・・・・・」
僕はそもそも、鬼浜くん達に信用されていない。
正直、情報交換した方がいいのかもしれないが、かと言って僕も彼らを完全に信用することはできない。
この学校の全員が容疑者である以上、その通りだ。
「・・・・・・わかった。でも、もし情報を共有したいと思ったら、連絡してくれると助かる」
「・・・・・・・・・お前が信用できると判断した場合は、考えとくよ」
そう言って、鬼浜くん達は体育館裏を後にする。
まさか、僕達の他にもこの件を探っている人がいるなんて、思わなかった。
「とりあえず、月詠さんに報告を」
「さすがは、学級委員長なだけはある」
「うわぁっ!?」
背後から突然、月詠さんの声がした。
・・・・・・というか、来ていたらしい。
「よく、一人で来れましたね」
「知り合いの刑事に送ってもらっただけだ」
「・・・・・・ずっと気になってたんですが、その知り合いの刑事って」
「栗崎雉。まあ、腐れ縁の刑事だ」
腐れ縁って、
「いや、刑事ってどうやったら知り合いに」
「それより、まずはやることがあるだろう?」
やること?
って、そろそろ昼休みが終わる時間のはずだ。
「わかりました。それじゃあ勉学に」
「アホか」
チョップされた。
直属の上司に、
「そうじゃない。あの、鬼浜とかいうグループの信頼を得るんだ」
「信頼って、そんな簡単にとれるものなんですか?」
「簡単にとれる」
即答だった。
こういう風に即答するということは、何か策があるのだろうか?
「そもそも、人間は脳に支配されている生き物だ。なら、あいつらが喜ぶことを言えばいい」
「喜ぶことって・・・・・・そんな簡単に」
「あいつらが今欲しいもの。それは情報のはずだ」
言われてみればそうだ。
鬼浜くん達は、今梓川を救うために動いている。
なら、梓川の情報が喉から手が出るほど欲しいはずだ。
「・・・・・・でも、それで信頼は」
「信頼関係は、別に無理に構築しなくていい。というか、人間の信頼関係なんて、気が合うのと打算があって成り立つものだ」
打算は、確かにこの場においてはもっとも重要なものだ。
・・・・・・ってあれ?
「でも、僕も鬼浜くん達に情報を」
「共有するわけにはいかないだろう。ノーギャラとはいえ、仕事は仕事だ。いくら相手が依頼人を救おうとしているからって、そう簡単に教えては依頼人の秘密を厳守することはできない」
確かにそうだろう。
あの写真は加工とは言え、本当に梓川が援交を否定できるとは言い切れない。
「おいおい助手くん。今回の肝はそこじゃないだろう」
「えっ?」
今回の依頼は梓川が援交をしているか否かのはずだ。
「・・・・・・やっぱり勘違いしていたか」
「いや、勘違いじゃ」
「私達の依頼はあくまでも『噂の根源を知る』ことだ。そして食い止める。正直、援交していようがしていまいが、私には預かり知らぬことだ」
確かにそうだ。
僕達は別に、梓川が援交をしているか否かなんてわからない。
四六時中付き纏っているのならいざ知らず・・・・・・。
「あっ」
閃いた。
というか、
「います。おそらく、四六時中梓川に付き纏っている人物が」
20
「そっ・・・・・・そへで・・・なんのようだ!」
そんなわけで、またしても舞台は体育館裏である。
それでを『そへで』に言い間違えるあたり、僕よりもコミュニケーション能力は乏しい(上から目線な気がするが)らしい。
現に、さっきの話し方も興奮したように唾を飛び散らせながら、話している。
ただし、時刻は放課後の午後五時。
「いやさ、情報を交換しようと思って」
「そんなの、さっきも言わせてもらった・・・」
「もちろん、ただでとは言わない」
僕がするのはあくまでも、情報交換。
一方的に聞き出すのは、多分本人も納得しないし、それに、
「そうじゃない・・・・・・僕、は・・・あんたを・・・」
「僕が提供する情報は、この件とは別件だ」
おそらく、僕よりもこの件に関しては鬱野くん達の方が詳しい。
僕の持っている情報なんて、鬱野くん達からしたら端金にもならないはずだ。
だから、
「僕が提供する情報は」
だから、これは賭けだ。
彼がストーカーだからこそ、食いつき、
なおかつ、梓川のファンであるなら、絶対に食いつくであろう情報。
「梓川の中学時代の卒アルを見せてあげることが条件だ」
・・・・・・我ながら、しょうもない上、梓川に知られたら軽蔑されかねない方法だが。
21
結論から言って、情報交換は成立した。
驚いたというか、呆れるというか。
「しかし、これは後で反省文を書かせなければならないな」
事務所のタイルの床で正座させられ、先程までお説教を小一時間ほど言われた身としては、まあそうだろうなと反省していた。
「まあ、当の梓川が納得したのなら、これ以上怒るに怒れないが・・・・・・もう少し、情報には厳しくなれよ、助手くん」
そうは言っても、他に方法がなかった。
鬱野くん達から情報を得るには、これが一番の策のはずで、
「そうじゃない。もっと広い視点でものを見たまえよ」
「? 広い視点って」
「盗聴、盗撮、他にも色々ある」
「いや、もっと危ないやつじゃないですか!?」
確かに、効率的ではあるが、法律とかに色々触れかねない。
「元より、探偵なんてそんなものだ。グレーなゾーンから情報を入手し、いかにして金を巻き上げるかが勝負なのだから」
「嫌な勝負ですね、それ」
だからこそ、探偵は恨まれやすいというがな、と冗談なのか本当なのかよくわからないことを言いながら、
「それで? その情報というのは」
「はい、それですが」
それから、僕はあなた鬱野くんの話す梓川のスケジュール情報(ついでに写真付き)の資料を貰い、これで援交が実際には行われていないことがわかった。
「・・・・・・しかし、なんだ。細かすぎて、依頼人に引かれそうだな」
「あと、梓川の交友関係の情報も聞きました」
そのリストを見ると、梓川は友達が多かった。
もちろん、見覚えのある名前もちらほらと見かける。
まあ、僕もこれを見た時正直引いたくらいだ。
よくここまで、情報を集めて、保管していたのだから、もう呆れてくる。
あと、卒業アルバムは元々持っていたので(勘当される前には、すでに持ってきていた)のを見せて、成立したわけで。
「・・・とまあ、これで本格的に方針を援交の疑惑を晴らすことができたな」
「そうですね。それじゃあ、早速本格的に犯人を見つけるだけですね」
「そうなると、本格的に助手くんの潜入調査が必要不可欠になってくるな」
確かにそうだ。
先生方が知らないことでも、生徒は情報の最前線にいると言ってもいい。
校内で起きた事件の目撃、恋愛ごとの有無。
先生方の情報量は、生徒のそれに及ぶものではない。
「でも、油断するなよ。噂の中にだってデマはある。先生方の情報量は少ないが、その分正確なんだよ」
「そうですね。もちろん、裏はとります」
「当然だな。それじゃあ、景気づけに何か奢ってやろう」
「えっ、いいんですか!?」
「ああ、たまにはいいだろう。・・・それで? 何が食べたい」
「それじゃあ、すき焼きが食べたいです!」
「ほう・・・・・・ずいぶん、財布に優しくない料理を頼むな」
まあ、どうせなら、豪華な料理の方がやる気がでると思ってのチョイスだ。
「しかし、よかろう! それじゃあ、行」
行くぞと、月詠さんが言いかけたところで、黒電話が事務所内に木霊する。
「・・・・・・もしもし」
月詠さんが電話に出て、なにやら青い顔で、
「・・・わかりました」
珍しく敬語で、応対した。
「なんの電話だったんですか?」
「・・・・・・これ以上、この件を掘り下げるな、とな」
「ーーーーーーそんな、なんで!!」
あと少しで真実に届くのだ。
「そもそも、誰から」
「学校だよ」
22
結局、すき焼きはなかった。
「そう、気を落とすな。学校での調査は元々ダメ元だったんだ」
「・・・・・・けど、やっぱりへこみますよ」
生徒側にバレたのは、シンプルだった。
「まあ、盲点と言えば盲点だった。まさか、私達の探偵事務所のホームページを見ていたとは」
そうである。
僕が米崎に電話した後、ついでに教えてもらいながら作った、月詠探偵事務所のホームページ。
それをたまたま他の生徒が見ていて、なおかつ活動報告の写真にたまたま僕が映り込んでいたのだから。
「しかし、君の手際の良さは・・・・・・今回は裏目に出たわけだ」
「すいません・・・ホームページなんて勝手に」
「いや、いいさ。見てみろ、この依頼の数を」
「えっ?」
依頼を受け付ける場所を見ると、そこには、
「・・・・・・二件、ありますね」
「その通りだよ助手くん! 今まで月一くらいの依頼ペースの中で、今月で三件なのだよ!」
目が怖いというか充血してて尚更怖い!
「・・・・・・ひょっとして、すき焼きにしてもいいって言うのは、この依頼のことも」
「当然、入っている。・・・・・・まあ、最終的には駅前の定食屋の味噌カツ定食に落ち着いたわけだが」
それでも、こうしてご飯を両親や祖父母以外には初めて奢ってもらった。
その経験だけでもよしてしたい。
・・・・・・若干上から目線の物言いかもしれないが。
「とはいえ、依頼は失敗という形になるのは致し方ない。・・・・・・実のところを言えば、あと一歩だったのだが」
「えっ!? そうだったんですか!?」
「まあ、大方予想がつくと言うか、なんというか」
「ーーーーーーなんでそれ、言ってくれなかったんですか!」
「あくまでも、推測なのだよ。先入観を持ってしまっては、正しい調査は出来ないからな」
確かに、先入観に捉われると、間違った結論を導きかねないわけだが、
「・・・・・・まあ、唯一の情報源の鬼浜? とか言う男児を訪ねると言う選択肢もなくもないが、そう簡単に口を割るとは思えない」
「・・・・・・文字通り、詰んだってことですね」
「そうなるな・・・」
ため息を吐きながら、ご飯をおかわりすると、
「あれ? 未咲先輩じゃないですか」
定食屋の扉から、小柄な少女にして、僕の後輩の米崎友人がいた。
「あれ、米崎じゃないか」
「まあ、先輩がいるってわかっててここに来たんですが」
どうやら、知っててここに来たらしい。
・・・・・・というか、どういう情報でわかったのかは、深く聞かないことにした。
「おお、米崎さんじゃないか」
そして、なぜか月詠さんはこの十は離れてる女の子をさん付けなんだ!?
・・・・・・いや、多分ホームページの作り方を教えてもらったから、あえてさん付けなんだろう。
「えっと、月詠さん? でしたっけ」
「ええ、初めまして。月詠月夜です」
「・・・・・・なんでこう、仕事以外の時にはビジネスライクなんですか?」
キッと月詠さんが充血した目で睨んでくる。
その視線はなんというか、鬼気迫るものだったため、ちょっとびっくりした。
「・・・それで、なんのようですか?」
「用というほどの用ではないんですがね。ちょっと未咲先輩にお願いがあって」
ビクンッ、と肩が震えた。
こんな展開、いつものあれだ。
「それじゃあ未咲先輩」
「断る!」
こういうのは、先手必勝だ。
話を聞く前に断ることで、話を長引かせずなおかつ話などないとあからさまに拒否の意思を示して、
「断ったら、クビにするぞ?」
そして、月詠さんに躊躇なくクビ宣告寸前の発言を引き出してしまった。
前回で僕は米崎に酷い目に遭わされている。きっとこれは断らなければ命の危険に苛まれる案件だ。
かと言って、断れば唯一の収入源である探偵助手の職を失う。
つまりは、命の危機に遭うか、クビになって職を失い死ぬかの二択である。
「・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ、米崎」
葛藤の末、生命の危機にあうことを選択した。
・・・・・・というか、本当にやめてほしい。
僕が何をしたって言うんだよ!
「それじゃあ、依頼しますね。実は私ちょっと札幌の高校で、空調整備の手伝いをしていてですね」
つまり、その空調整備の手伝いをしろと言うこと、
「・・・・・・ちょっと待て、米崎! その高校の名前って、なんなんだ?」
23
夕食を食べ終え、事務所に戻ってきた夜、月詠さんは唸っていた。
「・・・・・・えっと、月詠さん?」
「助手くん、そこにあるバケツに水を汲んでくれ」
水を汲む?
バケツで?
「今から、掃除するんですか?」
「いいから、早くしたまえ」
「? わかりました」
一体、何をするんだろう。
僕も、探偵の助手なので、推理くらいはしよう。
月詠さんは、机の上にタブレット端末の画面を眺めている。
何が映っているのかはここからでは見えないが、多分この事件に関係する資料だということは想像できる。
「月詠さん、どうぞ」
でも、バケツに水を汲むのと、この事件になんの関係が、
「ふんっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然、前触れもなく月詠さんは頭を突っ込んだ。
水を張ったバケツにだ。
「ちょっ、月詠さ」
名前を呼ぼうとしたところで、
言葉の雨が、事務所内に降り注いだ。
「援交梓川噂合成写真」
言葉が無造作に、誰にも理解できない数列のように規則正しく並べられていく。
「ストーカー行動履歴ソーシャルネットワーキングサービス情報拡散」
そして、
「・・・・・・そういう、ことか」
月詠さんは達観したように、口角を上げた。
「・・・・・・というか、水浸しですよ? 事務所内」
「・・・・・・片付けたまえ」
24
そんなわけで、
「・・・・・・それで、なんのよう?」
集めたのは、五人だった。
鬼浜くんと、鬱野くん。
それと、
「・・・えっと、何の用? 未咲くん」
上山さんと城島さん、そして梓川だった。
「・・・・・・どうしたの?」
「集まってもらったのは・・・その・・・・・・」
ここは教室。
そう、教室である。
補足で答えておくと、別に僕の母校という(ある意味では母校と言ってもいいのかもしれない)わけではない。
ここは、梓川の通う高校である。
そして、
「集まってもらったのは他でもない」
「・・・・・・というか未咲、この人誰?」
鬼浜くんが嫌そうに、僕の上司であり所長の月詠さんを指さす。
・・・・・・というか、本当どうしてこの人まで入ってきたんだろう。
「初めまして? 私は恵み野庭市で探偵業を営んでいる、月詠月夜という者だ」
「月詠・・・・・・月夜・・・?」
何やら、鬱野くんは僕を見て、
「じゃあ、君は」
「助手だよ。・・・・・・本当は、僕一人で話す予定だったんだけど・・・」
「私の出番がなければ、面白くない!」
「・・・・・・えっと、未咲。この人、なんかヤってる?」
「・・・・・・これがデフォルトだから、気にしないで」
「それはともかく、今日若き少年少女を集めたのには、理由がある」
「ーーーーーー理由? というか、あなたたち部外者ですよね? なんで部外者がここに」
「何をいう、我々は依頼を受けてここにきた。立派な大義名分があるではないか!」
いや、大義名分言っちゃダメでしょ月詠さん!?
「・・・・・・それって、校長先生は」
「承知している。なんなら、ついでに調べてもいいと許可も得ている」
「・・・・・・それ、嘘ですよね?」
「試してみるかね?」
挑発的に、月詠さんは笑う。
まあ、月詠さんの言っていることはほとんどデタラメだ。
まず、空調整備の依頼は本当で、ついでに調査をしていいというのは嘘。
じゃあ、空調整備の方はどうなるかというと、
「・・・・・・それと、未咲くんは何で空調をいじってるの?」
「仕方ないだろ? これが仕事なんだから」
「・・・・・・締まらねー」
25
そんなことはさておき、
「それで? 集めた理由は結局なんなんだよ」
「犯人を探す、それだけだよ」
「ーーーーーーそれって、犯人って、一体なんの」
「梓川を貶めた、文字通り犯人をだよ」
「「「「ーーーーーーーーー」」」」
全員が固まる。
・・・一応、先に言っておくと、僕達のしていることはまだ調査だ。
それに、犯人に関してはこの中にいることはすでにわかっていた(らしい。月詠さんがどういう情報を持って断定したのかはわからないが)。
「犯人って、おいおいてめえまさか」
「僕はしゃべってないよ鬼浜」
「・・・・・・しゃべったんだな、鬱野」
「ぎくっ!?」
そして情報源があっさりとバレた。
「だっ、だって・・・・・・その・・・」
正直、梓川をストーキングしていることを盾に脅そうかとも考えたが、さすがに仕返しが怖かったため、情報交換という形でとどめた。
「まあ、掛けたまえよ。わざわざこのために助手くんが作ったクッキーがある」
「・・・・・・ああ、くそ!」
鬼浜くんはそう言って席につく。
鬼浜くんもなんだかんだで、犯人を突き止めたいらしい。
「・・・馬鹿馬鹿しいよ、こんなの」
そう言って、上山さんが教室から出ようとするが、
「そういえば、気になることがあった」
わざとらしく、月詠さんは大きな声を出す。
「あんな加工写真、素人目から見ても合成だとわかる作り。出来が良いとはお世辞にもいえないあれは、正直いくら情報の塊のSNSでもそう簡単に拡散されるとは思えない」
そうだ、あれは正直話題を呼ぶほどのものでもない。
梓川は、別にSNSもやっていないし、別にネット界隈で有名と言うほどでもない。
あくまでも、この学校の優等生というだけで。
「・・・・・・それが?」
「つまりだね、私の考えはこうなんだよ。・・・・・・君、SNSをやっているね?」
鋭く、鈍色の刃が上山さんを貫く。
「ーーーーーーどう言う、意味ですか?」
「確かに、あの画像はネットに出回っている。でも、拡散のされ方がみょうに不自然なんだよ。SNSの機能には・・・・・・えっと、助手くん」
「リツウィーと・・・・・・? で」
「リツイート、な? つまりあれだろ? リツイートの数が多かったとか」
「ただ、数が多いだけじゃない。もっと根本的な話だよ」
「あ? 根本的だぁ?」
「そう、根本的だ」
そう言って、月詠さんは、
「情報は、この学校内でしか留まっていないのだよ」
26
「ーーーーーー何が言いたい」
「情報の拡散、それは本来、不特定多数の人間に、無秩序にばらまかれるものだ。だが、この情報は、些か流れが不自然すぎる」
そう、不自然なのだ。
別に、この学校は炎上していないし、そもそも援交の噂も梓川の周りでしか広まってない。
つまりは、
「鍵、アカウント?」
「その通りだよ、助手くん」
そう言って月詠さんは、指を鳴らした。
「作為的で、流れが統一されている。かと言って、鍵アカウントでフォロワーを増やすのは至難の業」
鍵アカウントは、その投稿をリツイート、つまり拡散させることができない。
だからこそ、情報の流れをある程度コントロールすることができる。
「つまり、情報を拡散させた犯人は余程人望に厚く、そしてこの学校の・・・・・・ひいては、梓川の周りへの影響力が高い人物」
そんなの、一人しかいない。
この中で、一番仲が良くて、
この中で、人気者で、
そして、情報の渦に紛れ込みやすい人物。
「犯人は君だよ、上山真由美」
27
「ーーーーーーまゆ、み?」
「違う! 私じゃない!」
「惚けなくていい。君しかいないんだから」
「だから、私じゃ」
「君のSNS、失礼ながら見させてもらったよ」
「えっ?」
そう、月詠さんはあの夜見ていたのは、
「画像の加工、まあ些か精巧さに欠けるが、自分を美しく見せる、もしくは『映させる』ことに関しては、面白いものだった」
「ーーーーーーなんで、あんたが私のアカウントを」
「その辺はまあ・・・・・・色々、だ」
まあ、言えるわけがない。
米崎に頼んで、上山さんのアカウントをこっそり閲覧できるように、他の人のアカウントになりすまして、フォローしてもらうなんて。
さらに言うなら、そのアカウントが僕のアカウントなんて。
「ーーー未咲、くん?」
そして、その可能性に至ったらしい上山さんが僕を見てくる。
我ながら、結構エグいことをしたものだ。
「ともかく、情報を拡散した犯人は君しかいないのだよ」
「いや待って! あたし、何もしてない」
「あり得るだろう? なあ、鬼浜」
そこで、月詠さんは鬼浜くんに話を振る。
予想外みたいで、鬼浜くんも困惑していた。
でも、だ。
「ちょっ、月詠さん。鬼浜くんは確かに情報を持ってるかもしれませんが、上山さんが犯人だと言う根拠の情報なんて」
「ある」
そう、言葉を遮ったのは、当の鬼浜くんだった。
「・・・・・・なあ、上山。お前、成績は梓川より悪かったよな?」
「ーーーーーーそれがどうしたって言うのよ」
「最初、先生方はお前が一番になることを期待してた。・・・・・・お前の中学時代って、結構優等生で、その上クラスの人気者だったよな?」
鬼浜くんは淡々と語る。
上山さんの過去を、
でもその過去はまるで、
「梓川も、同じだった。勉強ができてスポーツ万能、さらにクラスの人気者だった」
「ーーーそうか」
鬼浜くんの言いたいことはすぐにわかった。
そう、つまり。
「お前、梓川に嫉妬してたんじゃないのか?」
28
「ーーーーーーなんで、そんなの違う!」
ヒステリックな、上山さんの声が夕暮れの日差しに照らされる教室に響き渡る。
でもその強い否定は、肯定しているのと同じだった。
「たとえばな話だ。一人の人気者がいたとする。その上、自分より能力が高く、完璧な上位互換である人物が目の前に現れる。人間がその人への対応は大体三つ。一つは無関心、一つは取り入ろうとし・・・・・・そして、一つは粗を探す」
そう、当たり前のことなのだ。
コツコツ積み重ねてきた人の前に、突然現れる上位互換。
嫉妬して当然だ。
なにせ、相手は自分より上で、邪魔な存在のはずで、
「だから、強制的に排除しようとした。それだけだろう?」
「ーーーーーーそんなの、違う! 確かに梓川さんはすごかった。あたしより人気者で・・・そして勉強も、運動もあたしよりすごくて・・・・・・だから、あたしはそんなこと絶対しない!」
「ああ、確かにそうだな」
と、月詠さんは自分の弁をひっくり返した!?
「ちょっ、月詠さ」
「援交の噂をでっちあげることなんて、まずしないだろう」
「ーーーーーーえっ?」
この場の誰もが凍りついた。
そう、それじゃあまるで、
「拡散したのは、あくまでも上山真由美だ」
だが、と月詠さんは、
「援交の噂をでっち上げたのは、城島静江、お前だ」
30
「ーーーーーーどういう事ですか」
思わず、疑問を口にしていた。
でっち上げたのは、城島さん?
あの、大人しそうで、人畜無害のような人が?
「画像加工に関して言えば、それは上山真由美の功績だがな」
「ーーーーーーそうじゃなくて、なんで城島さんがそんなことするんですか!?」
いくらなんでも、動機が無さすぎる。
上山さんが梓川を貶める理由もわかるが、それになぜ城島さんが関わってくるのかまるで理解できない。
「理由、という理由は本人に聞かなければわからない」
「ーーーーーーなら、なんで城島さんをでっち上げの犯人だって」
「助手くんは、気づかなかったのかい?」
「ーーーーーーえっ?」
気づかなかった?
何か、僕は見落としてないのか?
城島さんの印象はモルモット。
モルモットは臆病。
いや、違う。
城島さんは友達が少なかった。
「ーーーーーーあっ」
わかった。
確かに、あるかもしれない。
ちゃんとした、ありふれた動機が。
「城島さんは、梓川に嫉妬していたんだ」
月詠さんはそう、言葉を入れる。
嫉妬。
妬む。
七つの大罪の一つであり、誰にでも芽生える感情。
「故に、クラスで人気者になって行く梓川を」
「違う!」
そう言ったのは城島さんではない。
「そんな、醜い感情で静江はこんなことしてない!」
上山さんだった。
それはまるで、知っているかのような。
いや、知っているのだろう。
「知っている。カマをかけただけだ」
「「ーーーーーーえっ!?」」
と、素っ頓狂な声をあげたのは、鬼浜くんと僕だった。
「不自然なのだよ、この噂自体が」
「どう言う意味だよそれ!」
「嫉妬も、なくもないがそれだけで動きはしない。合成写真も不自然だし、どうせ証拠を捏造するのであれば、ホテルの前を通った梓川を撮ればいい」
「ーーーーーー言われてみりゃそうだ」
鬼浜くんは納得する。
確かに、あの合成写真だけじゃなんの証拠にもならないし、噂の流れが不自然なのも結局は有象無象のネットの民には看破されてしまうからで、
「・・・・・・少しは、言葉を発したらどうだ? 城島静江」
その視線は責めるように、城島さんに向けられる。
その視線に怯えながらも、城島さんは、
「・・・・・・友達に、なりたかった」
ただ、その一言を口にした。
31
「わたしは友達が少なくて、
「その理由は、結局わたしの臆病な性格が原因で、
「だから、どうしたら友達になれるのかわからなかった。
「上山さんは、確かにわたしのこと友達として見てくれて、
「でも、わたしが本当に友達になりたかったのは、梓川さんで、
「でも・・・・・・梓川さんの周りは、沢山の友達がいて、
「話しかけられなかった・・・・・・。
「わたしの根本はやっぱり臆病で・・・・・・人見知りで・・・。
「だから、思いついた。
「いっそのこと、梓川さんが一人になればいいんだって」
32
「・・・・・・それからは、大体想像通りです。・・・・・・わたしが、上山さんに頼んで、嘘の写真をでっち上げて、『梓川さんは実は援交してたんだー』・・・なんて」
「静江は悪くない! あたしがそうしただけで」
「いいよ、上山さん・・・・・・もう、わたしのせいでいいから」
そう言って、城島さんは、
「わたしが全ての噂の根源です」
そう、自白した。
「・・・・・・城島さん」
「ごめんなさい、梓川さん」
「それで済むと思うか?」
それを言ったのは、
「そんな、ごめんなさいで済むと思うのか?」
月詠さんだった。
「貴様は・・・・・貴様達は何をしたかわかってないみたいだな」
「ーーーーーーえっ?」
「傷付けたんだよ、梓川に一生消えることのない傷痕を」
確かに、ネットに一度出た情報は完全に消すことはできない。
「ーーーーーーでも、噂がデマだってわかれば噂は収束」
「するわけないだろ」
一度出回った噂は、特にネットに出回った噂は、
「噂がデマだと、そう公言したとしよう。だが、それを信じるのは結局他人だ。間違った情報を愚直にも信じ続け、それが拡散されてみろ。ウイルスみたいに変異し、新たに梓川を傷つける姿を想像してみろ」
「ーーーーーーそんなの、わたしたちは」
「関係ないで済ますなよ!!」
月詠さんの怒鳴り声が、教室を越えて、廊下まで響き渡る。
「いいか、お前達は許されないことをしたんだ。刑法や民法でも処罰の対象になる。もし、梓川が幸せな家庭を築こうとしても、その噂を知れば、たちまち周りは引け目を感じる」
消えることのない傷痕を残した。
人生を台無しにしてしまうくらいの、そんな傷痕を。
「それは一生、続くだろう。それを『ごめんなさい』の一言で許されるわけないだろうが!!」
言葉は重く、鈍器のように二人を殴り続ける。
「忘れるな、そして一生後悔しろ」
それだけ言って、月詠さんは少し後ずさった。
「・・・・・・真由美、それと城島さん」
静かに、梓川は歩み寄る。
表情は夕陽が窓ガラスに反射して読み取れない。
「・・・・・・許せないよ。私」
「・・・雫」
「でも・・・・・・私自身も・・・許すことが出来ないよ・・・・・・!!」
抱きしめた。
梓川は、二人を抱きしめて泣いている。
「「ーーーーーーごめんなさい・・・・・・ごめんなざい・・・・・・!!」」
その光景は、お互いの傷を舐め合う猫みたいで、
少し、哀れで、
そして許さないと罵っているような、そんな地獄絵図。
「・・・・・・これで、良かったんですかね」
「良いわけないだろう、助手くん」
月詠さんは苦い表情で、
「今回の事件、私はひどく怒りを感じたよ」
「まあ、確かに月詠さんらしくありませんでしたからね」
諭す事はあっても、あんな風に本気で怒ったりはしなかった。
責める事はあっても、口撃する事はなかった。
「・・・・・・修理は終わったか?」
「はい・・・まあ、実のところ、だいぶ前に終わってました」
「ふん、そういうのは言わなくて良い」
月詠さんは僕の頭を撫でて、
「今回の事件は、助手くんにとっても良い経験になったはずだ」
「・・・・・・はい」
いや、それは随分前に学んだ。
噂は伝言ゲーム。
大切な後輩から、すでに学んでいたのだから、これは復習みたいなもの。
「・・・そろそろ、私達も帰るか」
「ですね」
ここに居ても、僕達にできる事はもうない。
だから、あとは当事者が解決するしかない。
「さて、それじゃあホテルの予約を」
「いや、だからダメですって!!」
追伸
あの事件から、数週間が経った。
真由美と城島さんは停学になり、私の状況はあまり変わってない。
「ちっ、あいつら」
鬼浜くんは舌打ちして、クラスメイトを睨みつける。
「鬼浜くん、舌打ちはしないでね」
「全く、委員長はかてえなー。さすがは昔気質」
うるさいなー、とムッとすると鬼浜くんはそそくさと肩をすくめて自分の席に戻る。
訂正する、多少の変化はあった。
今まで一人だった私は、鬼浜くんや隣のクラスの鬱野くん? が話しかけてくれて、一人の時間が少し減った。
「そういや、なんで上山さんと城島は停学になったんだ?」
「さあ、・・・一説だと二人は肉体関係があって、それが学校に知られたとか」
「えっ、あいつら付き合ってたのか!?」
「さあな、俺の想像だよ」
「なんだよ、つまんねえな」
「・・・・・・」
今教室でホットな話題は、真由美と城島さんの停学についてだった。
一部では、かなりひどいデマや仮説が浮上しているみたいで(ちなみに、鬱野くん情報)結局それは、全部真実とは程遠いものだった。
真実を知っているのは、あの場にいた五人だけ・・・・・・いや、七人だけだった。
教室の扉が開かれると、そこには真由美と城島さんが入ってきた。
「・・・・・・」
クラスの賑やかな空気が凍りつく。
「おい、来たぞカップル二人が」
「えっ、まさかの当たり!?」
「だって、二人一緒の登校だぜ? あり得るだろ」
二人のクラスメイトがこそこそと話し合う。
その話は普段は雑踏に隠れるが、この静けさの中では、むしろ際立って聞こえる。
それを、
「んなわけねえだろクソが」
そう、遮ったのは鬼浜くんだった。
「ーーーなっ、なんだよ! だって、みんなデマとか流してるじゃんか! 俺達がそれをしてなにが」
「悪いんだよ、幼稚園児かてめえらは、あっ!?」
鬼浜くんの怒声が、教室の空気を一変させる。
「次にそんなくだらないデマ言ってみろ・・・・・・そん時は覚悟しとけよ?」
そう言って、乱暴に自分の席に腰掛ける。
なんだか、その態度はぶっきらぼうに
『俺が守ってやる』
そう言っているような、いや多分実際は少し違うのかもしれないけど、
「・・・ありがと、鬼浜」
「俺はお前らを許さねえ」
けど、と鬼浜くんは、
「くだらない噂話を聞くのは、うんざりなんだよ」
「・・・・・・そうだね」
「梓川さん!」
教室の空気を壊すように、入ってきたのは鬱野くんだった。
「おおおおおおおはようござざざざいます!」
「えっと・・・・・・おはよう、鬱野くん」
それで教室はざわついたりはしない。
なにせ、あの日以来毎日来るのだ。
なんでかは、正直わかっていないし、
『まっ、毎日挨拶してもよろしいでしょうか!!』
と、あの日になぜかことわってきたので、とりあえずいいよと、答えて以来、毎日来るようになった。
「それと、城島さん!」
「ーーーーーーえっ?」
普段なら、挨拶で終わるはずなのに、今日は城島さんにも話しかけた。
「今日から、君も『アズサー』にならないかい?」
「「「はっ?」」」
思わず、クラス中がそう言った。
でも、鬱野くんは動じないしと言うかその『アズサー』って一体全体なんなのか!?
「・・・・・・よろしく、お願いします師匠」
そして、なぜか二人は共感し握手をした。
・・・・・・本当に、よくわからないまま、でも私の新しい日常が、改めて始まった。
追伸2
「・・・・・・予想はしてたが、赤字だな」
「・・・・・・ですね」
僕と月詠さんは、タブレットのEのつく計算アプリの結果を見て、愕然としていた。
大赤字で、さらに言うなら前に計算した年内の利益もかなりの量食い潰していた。
「仕事、しますか」
「・・・・・・そうだな。しばらくは忙しくなりそうだ」
あっ、ちなみに米崎の仕事の依頼料も、込みでの赤字なので、もはや笑うしかなかった。
噂は伝言ゲーム。
その言葉は僕の後輩である米崎友人の言葉。
いや、と言うより案外誰でも思っているかもしれない。
口には出さないだけで、
そう思っている。
だけど、愚かなことに僕達はいつもそれを信じてしまう。
それが面白いものほど、
それが悪いことほど、
都合が良いことほど、
それを信じてしまう。
それとは対に、
それがくだらないことほど、
それが良いことほど、
都合が悪いことほど、
それを信じようとしない。
否、信じたくない。
それ故に、愚かだと言われるのだろう。
だからこそ、人間は真実を求めるのかもしれない。
愚かであることを許さないために、否定するために。
そう、僕は思う。
1
五月。
僕は部屋の片付けをしていた。
片付け、と言う意味では春なので納得いくだろう。
だが、あいにくとここは僕の部屋ではない。
「助手くん。まだかね」
「ちょっと待ってくださいよ、月詠さん」
そう、僕が今掃除している部屋は月詠探偵事務所 所長ーーー月詠月夜さんの部屋である。
一応、ここは月詠さんの仕事場だが、
「・・・・・・にしても」
笛ラムネのからと、ブドウ糖のチョコの空き箱。
しまいには、針金でできたフィギュアとまるで仕事と関係ないものがわんさかあった。
「なんだ、もう終わってるじゃないか」
「この惨状を見てどこがですか!?」
ちなみに、僕の掃除のスピードが遅いとかそう言うわけではなく、始めた時間がほんの五分前だからだ。
当然、五分で終わる量ではない。
「私の部屋なんて、掃除しなくてもよかろうに」
「いや、オブラートに包んだ僕の気遣いを返してくださいよ!」
「? オブラートも何も、そもそもこの部屋だけは私の自宅だ」
「何ですかその新しい設定!?」
別に気にすることはないじゃないか、とフカフカのソファーに豪快に座る月詠さん。
「大体、こんなんだといつか物失くしますよ」
「安心したまえよ、助手くん。私はこう見えて、全ての物の場所を把握している」
なんか、嘘っぽい気がする。
「なんなら、当てて見せようか」
挑発的に、月詠さんが口角を上げる。
明かな挑発だ。
確かに、月詠さんの頭脳は相当なものだと理解している。
だからこそ、この部屋の物を全て把握しているという言葉を試したくなった。
「わかりました。なら見せてください」
よかろう、と月詠さんは腕を回して、
「それじゃあ、そうだな・・・・・・宝探し、にしようかな」
宝探し?
「簡単だよ。私は部屋を出ているから、その間に君があるものを隠したまえ。私がここの物の場所全てを把握しているのなら、隠した痕跡を見破ることができるだろう?」
確かにそうだ。
それなら、試すことは簡単だし、僕自身もわかりやすい。
「わかりました。となると、お宝は」
「おっと、見せてくれるなよ? それじゃあ意味がないじゃないか」
えっと、なんで見せることに意味がない?
「おいおい、なんで私が見せるなといった意図がわからないのか?」
「? いや、だって見せないとわからないじゃないですか」
「わかってしまったら、そもそもただの宝探しになってしまうだろう?」
「あ」
それはそうだった。
我ながら、頭が悪い。
「さすがは中卒だ。頭の回転も悪い」
「誰のせいですか誰の」
シーラナイ、と適当に肩をすくめて扉から出て行く月詠さん。
『それじゃあ、宝を隠し終わったら教えたまえ』
「わかりました」
・・・・・・さて、どこに隠そうか。
月詠さんの部屋は、床にお菓子のゴミやら何やらがなければ、快適な部屋になるはずだ。
ソファーに隠す、と言う手もなくもないが、
「それだと、バレそうだよな」
あっちはプロ(それも探すと書いて探偵)で、こっちはただの助手(もとい、雑用兼事務係)だ。
普通なら、勝ち目なんてありはしない。
そう、普通なら。
「・・・・・・待てよ?」
この手段なら、逆にいけるんじゃないか?
簡単だ、要は普通のことをしなければいい。
そうすれば、見つけることは相当難しいはずだ。
場合によっては、見つけ出すなんて不可能に近いはずだ。
「よし」
2
「それで? 終わったかい?」
「ええ、無事終わりました」
「・・・・・・にしても、随分とやったな」
流石の月詠さんでも、この惨状はひどかったのだろう。
僕がしたことは一つ。
ひたすらに物をひっくり返しただけ。
月詠さんはこの部屋のものの場所を把握していると言っていた。
それは逆を言えば、全部ひっくり返すことで、宝どころか全てのものをわかりづらくした。
いくらプロでも、そう簡単に、
「はい、見つけた」
「ってはやっ!?」
僕が隠した場所、すなわちソファーの下に隠したキャラクターもののキーホルダーを持っていた。
解説している途中で簡単に見つけるなんて、予想外すぎる。
「おそらく、助手くんは部屋を派手に荒らすことで、心理的に荒らした中にあると思わせたかったんだろうが、あいにく、私にその手は通じないよ」
しかも作戦まで看破されていた。
「でも、良い暇つぶしになった。礼を言わせてもらおう」
「・・・・・・なんか、複雑なんですが」
「あと、部屋はちゃんと片付けてくれるな?」
それはそうだ。
もともと汚かったとはいえ、それをさらに汚くしたのは僕なのだから、僕自身の首を締めただけに終わった。
「・・・・・・まじすか」
「おっ、今時の若者言葉か。興味深いな」
などと、月詠さんはケラケラ笑いながら客間のソファーに座って本を読み出した。
僕も自分で散らかした部屋を片付ける。
流石に元の位置に戻すのは難しいが、せめて整理整頓くらいはしたほうがいいだろう。
「ああ、それと助手くん」
「なんですか、そんなついでみたいなこと言って」
「さっきから君の元同級生が客間にいるから、茶を出してくれ」
「それ早く言って!?」
全然ついでではなかった。
3
「えっと、久しぶり・・・だね」
そう言って、僕に挨拶したのは僕の元同級生でクラスメイトの梓川雫だった。
「あっ・・・・・・どうも・・・久しぶり」
梓川の格好は、ベージュ色のセーターに、デニムジーンズと、かなりおしゃれだった。
ただ、僕が知る梓川は穏やかで愛想がいい、優等生なイメージだったが、今の梓川はどこか暗い。
確か、梓川は札幌の高校に進学していたはずだが、
「えっと・・・何かあった?」
「ううん、ちょっと」
「世間話をしにきたと言うなら、帰ってもらいたいのだが?」
と、何故か月詠さんが冷たくそう言い放った。
「ちょっ、月詠さん」
「私達はこう見えて社会人だ。今も仕事中なのでな。正直、思い出話がしたいだけなら、他所でやってもらうか、助手くんに電話でもしてほしい」
それは暗に『子供が来るところじゃない』と言っているようなものだ。
「・・・・・・いや、さっきまで宝探ししてた人が」
「シャラップ!」
何故か英語で言われた。
いや、図星じゃないか。
「もちろん、承知しております。私は思い出話をしにきたわけじゃありません」
月詠さんに負けじと、そう言って返す梓川。
珍しい、というか誰かに言い返すなんて初めて見た気がする。
「ほう? じゃあ、何をしにきた」
「そんなの、決まってます」
そう言って、梓川がカバンから(何故かサブバッグ)クリアファイルを取り出して、
「仕事の依頼です」
「断る」
そして、早々に月詠さんが断った。
4
「いやちょっと待ってくださいよ!?」
なぜ断る。
そしてなぜ本に目を向ける!?
「なっ、なんでですか!」
「理由なんてシンプルだろう。というか、誰でもわかることだ」
「いや、だって」
「そもそも、君はお金を払えるのか?」
・・・・・・考えてみればそうだ。
何せ、相手は元同級生とはいえ高校生。
収入源なんて、親の小遣いかバイトくらい。
そして探偵に依頼を出すと言うことは、かなりの額を支払わなければならない。
「うちは基本、30万から仕事を請け負っている。あくまで、私が話しているのは最低金額。さらに必要経費、その他もろもろもそっちが持つことになるが、ちゃんと払えるのか?」
払えるわけがない。
ずっと働いていなのならともかく、高校に入ってすぐにバイトしたとしてもまとまったお金は入ってないはずだ。
親が払うと言うのならまだしも、高校生なのだから流石に無理じゃ、
「なんとかします」
だが、それを一番わかっているはずの梓川がそう言い出した。
「・・・・・・金でも借りるつもりか?」
「いっ、いえ違います」
「ならどうするつもりだ? 銀行強盗、窃盗。そう言う汚い金を受け取るつもりはないぞ」
「そっ、そんなことするわけないじゃないですか!」
「ならば、なんだ。具体的にどうするつもりだ」
「それ・・・・・・は・・・」
「月詠さん」
見ていられなかった。
本当は月詠さんも、わかっているはずで、それをわかって尚責めている。
いくらなんでも、月詠さんらしくない。
「僕からもお願いします。お金は僕の給料からでも引いて、少しは工面を」
「ダメだ」
「っ!? 何で」
「これは彼女の問題だ。助手くんが口を出す権利はない」
それはそうだが、流石に見ていられない。
「未咲君。ちょっと静かにしてて」
「えっ?」
「これは私の問題だから」
対して、梓川の目は真剣だった。
それくらい、月詠さんに頼みたい依頼。
一体、どんな依頼なんだ・・・?
「・・・・・・それで?」
月詠さんは口撃の手を緩めることはない。
もう、やめて欲しい。
別に梓川とは親しくなかったが、それでも元クラスメイトだ。
流石に、
「・・・私の、身体で払います」
「よかろう」
そして、何故か月詠さんが依頼を承諾した?
「・・・・・・えっ?」
「えっ? とはなんだ」
いや、なんというか拍子抜けした。
「当たり前だろう? 金がないならその分働いてもらうのは」
「いや、僕はてっきり『お前の体なんて誰が欲しがる』とか言いそうだと」
「何を言うかね、助手くん。人材は貴重な資源だ。国宝だと言っても過言ではない!」
何故か決めポーズを決め出す月詠さん。
「それじゃあ月詠さん・・・いえ、ボス! 私はどうすればいいでしょうか!」
「まずは助手くんの荒らした部屋の片付けを手伝いたまえ! 話はそれからだ」
「分かりました!」
何故か乗り気で、梓川が月詠さんの部屋に入りだした。
「・・・・・・えっと、いいんですか?」
「なんだ、不満か?」
「いやそうじゃなくてですね。確かに僕は受けて欲しかったですが、何も働かせてまで」
「助手くん。これは一種の救済措置なのだよ」
「? 救済措置、ですか?」
どう言う流れで、救済措置という言葉が出たのかまるで想像がつかないのだが、
「正直なところ、私は子供から金を巻き上げるつもりなんて毛頭ない。それに乳臭い、それも同性なんてもっと嫌いだ」
「ぶっちゃけますね」
さっきまで、宝探しをしていた人とは到底思えない。
大人なのか子供なのか、わからなくなってくる。
「だが、あの依頼人の目は真剣だった。それほどまでに、追い詰められていたのだから、何かして気を紛らわせてやったほうが、話しやすいだろう」
そうだっただろうか?
僕にはいまいち理解できないが、
「理解しなくていい。あくまで、私の主観での判断だ。違ったら違ったで別に構わない」
価値観なんて、多種多様で有象無象だよ、と月詠さんは肩をすくめた。
5
梓川からの依頼はこうだった。
「私の通っている高校・・・・・・えっと、札幌の高校なんですけど。そこで、私が援交しているって噂が流れていて、その噂の根源を突き止めて欲しいんです」
噂。
米崎曰く、噂は伝言ゲーム。
一つの事実が、人から人へ伝わっていくうちに、枝分かれした虚実になっていくもの。
「援交・・・・・・ちなみに、その噂はいつ頃に流れたかわかるか?」
「えっと・・・・・・・・・四月の中旬ごろです」
「ふむ・・・となると、入学して一週間二週間くらいのことか」
僕の淹れた緑茶を啜りながら、茶菓子をつまむ月詠さん。
「でも妙だな。入学して半年くらいならまだわかるが、なぜこんな半端な時期に」
? 半端?
「・・・・・・その様子だと、わかっていないようだから説明するが、入学してたった数週間で人の顔を、それも普通の生徒をいちいち覚えていられるかね?」
「えっと、覚えていられないんじゃないですかね」
僕の記憶が確かなら、梓川の通っている高校には梓川以外知り合いは誰も進学していないはずだ。
しかも、かなりの進学校だから尚のことだ。
「一応、聞いておくが援交は真実ではないんだな?」
「当たり前じゃないですか!」
バンっ、と机を叩きつける。
かなり興奮しているのか、顔が赤くなっている。
「落ち着きたまえよ。じゃあ、質問を変えよう。そういう誤解をされるような行動をしたかね?」
「もっとありません」
それはそうだろう。
梓川は確かにモテた。
人形のように愛くるしいその顔立ちと、穏やかな口調、さらには愛想がいいときたのだから、男子生徒からは絶大な人気を誇っていた。
だが、梓川は昔気質で、お付き合いは大人になってからだと、そういう断り文句で男女が二人きりになることを嫌っていた。
だから、積極的に二人きりになろうだなんて思えないだろうし、援交だなんてもってのほかだ。「ふむ・・・そうか。・・・・・・いい機会だ。詳しく説明すると、噂が流れる原因は主に二つ、いや三つか。一つ目はその噂が真実だった場合。まあ、妥当なところだろうな。二つ目は発信した何者かが勘違いをしている場合。これはさっき言ったように、第三者がなんらかの噂を勘違いし、変質してしまったか。三つ目は・・・・・・まあ、考えすぎだろう」
そうもったいぶった。
「えっと三つ目って」
「今話すことじゃない。いずれにせよ、ちゃんと調べなくては始まらないな」
そう言って、月詠さんは立ち上がって、
「それで? 今は停学中なのだろうが、学校の連絡先を教えてくれないかね?」
そう、話を切り出した。
6
そんなわけで、札幌である。
駅の改札口から、たくさんの人が吐き出され、吸い込まれていく。
札幌駅は、もはや迷宮のようなものだ。
いや、そもそも二話の時点でタイトル詐欺も同然だが、その辺はご了承いただこう。
「ところで助手くん」
と、月詠さんが、
「君は札幌に来たことがあるのかね?」
そう、聞かれた。
とはいえ、札幌だなんて中学生が頻繁に通える場所じゃない。
「まあ、数回ほど」
何せ、高校の体験キャンパスだったり、家族で映画館に(現在勘当中)行ったりした。
「そうか・・・・・・実はだね」
月詠さんの顔色は真っ青で、
「私は人混みが極度にダメなんだよ」
そう、カミングアウトしてきた。
と言うか、
「えっ、そうなんですか!?」
てっきり、ヤクザの依頼を受けに札幌に通っていると思い込んでいたから、意外だった。
「普段は、あっちが来てくれるんだがね。今回は致し方あるまい」
そう言って、足取り重く、まるでゾンビのようにのらりくらりと歩いていく。
だが、向かっている先は駅の北口側だ。
「いや、ちょっと待ってください月詠さん。地下鉄使ったほうがいいですよ」
「地下鉄無理絶対お願いしますやめてください」
月詠さんの言わんとしている事はわかる。
何せ、北海道の中でも都会と評されている札幌。
人口は195万人ほどだ。
正直、僕も人混みに強い方ではない。
・・・・・・というか、普段使わない敬語を使うほど嫌なのか!?
「歩いたほうが・・・・・・まだ、ラクダ」
どうやら相当参っているらしい。
何せ、楽だと言いたいのだろうが『ラクダ』になっている。
なぜタクシーというものが思い浮かばないんだろうか?
大分話が脱線したが、僕達が向かうのはあくまで梓川の通う学校であって、間違っても動物園ではない。
「それじゃあ時間に間に合いませんよ」
普通、探偵なら車の免許くらい持っておいた方がいいだろうに。
なにせ、基本移動が仕事のようなものなのだから。
「持ってはいる・・・・・・だが、車はもっとダメだ」
「なぜですか?」
「酔う・・・から・・・・・・」
うぷっ、と今にも吐きそうな感じで僕にもたれかかってくる。
さすがに具合が悪そうだ。
「わかりました、先鋒には遅れますって伝えておきますから。少し休みましょう」
「たっ・・・・・・たすか・・・うぉぇぇぇぇぇぇぇ」
「ぎゃあああああああああああああああああっ!?」
何があったかは、大体想像通りだと思うので敢えて記述しない。
強いて言うのであれば、めちゃくちゃ注目を集めてしまって、さらに駅員の人達が大慌てで、月詠さんを介抱し、僕の服一式を必要経費で買うことになっただけだ。
7
そんな珍事件に見舞われながらも、ようやく辿り着いた。
ただし、着いたのは予定時間より、2、3時間ほど遅れたが。
「ぅう・・・すまない、助手くん」
珍しく、茶化さずに謝ってくる月詠さん。
多少上から目線は抜けていないが、まあ、本調子に戻りつつあると言うことだと言い聞かせよう。
「大丈夫です。それより、お詫びの品も用意しておいたので、早く行きましょう」
月詠さんの手を引きながら、梓川が通っている高校ーーー名前は言えないが、ビルみたいな校舎とだけ銘打っておこう。
中はビルの中とは思えないくらい、広かった。
生徒玄関なのだろうか、棚がいくつか置かれ、簀も置かれている。
なんというか、つい数ヶ月前まで僕は中学生だったが、すごく懐かしく感じる。
「なんだ、思ったより人がいないじゃあないか」
先程まで青い顔で僕にもたれかかっていた月詠さんが、けろりといつもの姿勢に戻った。
・・・・・・回復が早い。
吸血鬼かよ。
「人がいない、というよりも今は授業中だからじゃないですかね?」
なにせ、時刻は午前十一時。
学生は普通に授業を受けている時間帯だ。
「そうか・・・・・・。まあ、逆に言えば移動するなら今だな」
「? なんでですか」
「授業が終われば、人がゴミのように溢れる。移動教室とか、その他諸々にな」
言われてみれば、それはそうだ。
学校とは言え、かなりの人数がこのビルの中にいる。
そして、月詠さんは病的なまでの(本当に病的な)人酔いをするのを身をもって知っている。
ここであの惨劇を繰り返すわけにはいかない。
具体的には、この学校の体操服とか借りるしかなくなる。
「お待ちしておりました」
そう、声が聞こえた。
目の前には、初老の、スーツを着た男性がいた。
「どうぞ、中へ」
8
実のところを言うと、許可は学校側に問い合わせるとすんなりと中へ入ることに成功した。
なんでも、梓川の噂について学校側も探ってはいたが、なかなか辿り着けていないみたいで、そこに梓川直々に探偵を依頼したとなると、あっちもちょうどよかったらしい。
「この度は、ご依頼を承っていただきありがとうございます」
そう言って、初老の男性(どうやら校長みたいだ)がお茶を淹れてくれた。
「あっ、お構いなく」
「それじゃあいただきます」
えっ? と聞くときには、月詠さんはすぐさまお茶に手をつけ、さらには茶菓子の大福にも手をつけていた。
いや、図々しい!
いくらなんでも、失礼極まりないし、あっちもカンカンに、
「ほほほ、随分元気が良いことで」
謝ろうとしたが、むしろ校長は笑って許してくれた。
・・・・・・本当に申し訳ない。
「それで? 学校側は今、どういう情報を得ているんですか?」
仕事をしにきた、と言わんばかりに図々しく本題を切り出す月詠さん。
・・・・・・本当、何を考えているんだこの人は・・・。
しかも、二つ目の大福にも手をつけてるし。
「ええ、聞いた話だと・・・・・・えすえぬえす? で発信されているみたいでして」
「なるほど、ソーシャルワーキングサービスのことですか」
いや、なんでSNSで略さないんだろう。
その方が言いやすいだろうに。
「恥ずかしながら、私はそう言うものに疎くてですね。正直、何が起きているのかもよくわかっていない次第で」
「ふむ・・・・・・となると、動機面で調べた方が良さそうだな」
「ちょっ、月詠さん!」
さすがに、無礼すぎる。
少しは敬語を使った方がいいし、校長先生もだいぶ怒って、
「まあまあ、気にしてませんので。それに、わざわざ報酬も無しにこうして働いてくれるんですから」
? 報酬はなし?
「ああ、助手くんには言ってなかったな。元々は梓川雫の依頼だ。だから、学校側が報酬を払う理由はない」
「・・・・・・じゃあ、今回は」
「実質、ただ働きだな」
この探偵事務所、潰れそうで心配になってきた・・・。
「さて、それじゃあいくつか生徒に聞き込みをしたいんですが・・・・・・まあ、無理でしょうね」
「ええ、さすがに」
「えっ? それって、なんで」
「キリがないだろう? 仮にこの校舎に犯人がいるとして、それも犯人はソーシャルワーキングサービスを使って、噂をばらまいた。犯人はこの校舎にいない可能性もある」
確かにそうだ。
SNSの最大の特徴は、誰でも見れて誰でも情報を発信できることにある。
つまり、容疑者は、
「容疑者は、ざっと七十億人と言ったところかな」
9
七十億人。
その数字は途方もないもので、犯人を探すこと自体馬鹿馬鹿しくなる数字。
全員の話を聞くだなんて、確かに一生かかってもできはしないだろう。
「まあ、あくまで大袈裟に表現したらそう言う数字になる。一応、他にも手はあるにはあるのだが・・・・・・」
「あるんですか・・・?」
「まあ、あくまでも最終手段だ。それと、梓川と言う生徒について聞きたいことがある」
「なんでしょう」
「梓川雫は、『本当に』やってないんだな?」
そう、強調するように月詠さんが聞く。
「いや、その話ならもう終わったはずですよね? それは本人の口から」
「あくまで、本人からだろう? 嘘をついている可能性も考慮するのが探偵というものだよ」
そればかりは梓川のことだからありえない。
嘘なんて、つくはずがない。
「本人は否定しています。一応、証拠写真もありますが、本人は頑なに否定しています」
「証拠写真?」
そんなこと、梓川は言っていなかった。
まさか・・・・・・。
「今印刷してきますが・・・」
と、何故か僕の方をチラチラと見てくる校長。
ひょっとして、僕が何か失礼なことをしただろうか?
「カラーでお願いしたい」
「・・・・・・わかりました」
バタン、と校長は小走りに走っていった。
「・・・・・・どういうことですか」
「どうもこうもない。ただ、事実だけがあっただけだよ」
「なんで・・・・・・梓川は嘘を」
嘘をつく理由は、大体一つだけ、
「ついてはいないだろう?」
だが、月詠さんはそう否定した。
「言ってないだけで、偽ってはいない。人それぞれだが、少なくとも、嘘は口から出るものだ」
故に、彼女は嘘をついていないと、月詠さんはそう語る。
「じゃあ、なんで黙っていたんですか?」
「不利になるからだろう。証拠写真なんて、そんな決定的証拠があれば、私達が依頼を引き受けるだなんて思っていたんだろうな」
確かに、僕達は探偵であって弁護士ではない。
少なくとも、僕達は真実を暴く側だ。
依頼人が不利になるものであろうと、
真実を話す側。
「お待たせしました」
扉から、校長が戻ってくる。
その手元には一枚のA4くらいのコピー用紙が、クリアファイルに挟まっていた。
「なにぶん、大きい方が見やすいと思いましたので」
「助かるぞ秀吉さん」
「いや、なんですかその呼び名は!?」
なぜここでボケ出した!?
「はっはっはっ、よく私の名前をご存知で」
しかも本名らしい。
・・・・・・うそーん。
「これが、その証拠写真です」
それを見て、思わず目を剥いた。
というか、これは・・・。
「なん、で・・・・・・」
そこに写っていたのは、裸で喘ぐ梓川の姿だった。
10
「いや、合成だろう。これは」
かなりのショックを受けていたのに、それを躊躇なく看破したのは他ならぬ月詠さんだった。
「・・・・・・えっ?」
「いや、だから明らかに合成だろう」
合成?
いやいや、これのどこが、
「・・・・・・本当だ」
よく見ると、顔の部分も喘いでいると言うよりは、疲弊しているような感じで、肌の質感も明らかに違う。
なにより、胸の大きさが違う。
どうりで、校長がチラチラと見るわけだ。
明らかに18禁指定がつく代物だ。
これをよく、校舎で印刷できたものだ。
親御さんとかがこの光景を見たら、絶対PTAだかに訴えられかねないレベルで。
「おそらくだが、適当な画像を貼りつけている。こんなの、よくよく観察してみれば、それこそ素人から見てもわかる」
「ええ、それは他の先生方も確認してもらいましたが、明らかに合成だとわかっていました」
それは学校も掴んでいたみたいだ。
さすがに、これはすぐにバレる。
「・・・・・・あれ? でも、なんでこの噂が広まってるんですか?」
正直、こんな画像が合成だとわかっているなら、早くその真実を発信してしまえば終わるはずだ。
「助手くん。それができたら、おそらくここまで発展してない」
「ーーーーーーえっ?」
いや、答えになってない。
だって、合成という真実を提示すれば、みんなも、
「・・・・・・・・・やはり、まだまだだな」
「いや、だから何が!」
「学校側が、こんな画像を合成だと広めれば、梓川が浮くだろう」
「・・・・・・あ」
そんな簡単なことに、僕は気づかなかった。
「仰る通りです」
校長は、苦虫を噛み潰したような表情で、
「迂闊にこの画像を見せびらかせば、学校の責任になる。そうなれば、ここで働く先生方が職を失いかねません」
確かに、合成という真実を伝えるためとはいえ、その画像を衆目に晒すのは、梓川の裸ではないとはいえ、明らかに周囲から浮いてしまう。
「まあ、私達の依頼はあくまでも噂の根源を突き止めることであって、事態の解決ではないから、後処理の話はどっちでも構わないが」
かなり、冷たいことを言う。
でも、実際僕達も暇とはいえ、さすがにそこまでする義理はないのも確かだ。
「それに、人はその噂が面白ければ面白いほど、その噂を信じる。たとえ虚構であってもな」
タチの悪いことにな、とケラケラ笑い出す月詠さん。
「・・・・・・あの、それでどこから調べますか?」
「そうだな・・・・・・無難に、事情聴取でも・・・はできないか」
「ええ、流石にそれは・・・」
校長も苦々しい口調でそう言った。
捜査は足で稼ぐ、と刑事ドラマとかで言うが、それは探偵の間でも通じる・・・・・・んだと思う。
「となると・・・・・・まずは、この写真の合成した元の写真を洗ってみよう」
「そうなりますと、アルバム用に撮ってある写真を用意してきます」
そう言って、校長が出ていこうとする。
「助手くんも手伝いに行きたまえ」
「えっ?」
「おいおい、今は仕事中だろう? なら働きたまえよ」
「あっ」
そういえばそうだ。
校内の雰囲気でうっかり学生気分に流されていたが、僕は探偵助手なのだ。
人生の学徒ではあるが、もう一つの肩書きが探偵助手。
「わかりました。月詠さんは」
「私は茶菓子をまんき」
「一緒に行きましょう!」
月詠さんの手を引いて、校長室を後にした。
11
「多いな・・・・・・」
薄暗い資料室の中で、月詠さんは顔を顰めながら、百枚ほどの写真を見ている。
「先生の中に、写真家の先生がいまして撮りすぎたみたいです」
さっき校長から(仕事があるようなので、退席した)聞いた話を月詠さんに伝える。
なんだか、ようやく探偵助手らしい仕事をしているような気がした。
「ふむ・・・こればかりは手分けしよう。梓川が映っている写真をピックアップして、そこから合成元の写真を割り出す」
「わかりました」
写真と睨めっこしながら、梓川の顔が映っている写真を探す。
時計の長身が人回転したころ、
「・・・・・・五十枚・・・ですか・・・」
探した結果、なんとか半分まで漕ぎ着けることには成功したが、それでも多いことに変わりはない。
「助手くん、合成された写真は持ってきているか?」
「えっと、ありますが・・・・・・それでも多いですよ、これ」
「問題ない。少し気がついたことがあってね」
そう言って、梓川のエロ写真(本人ではない)を見て、
「・・・やはり、か」
「? 何がですか?」
「梓川の写真だが、画素数が荒くなっている」
確かに、よく見てみると梓川の顔だけ妙に荒い。
「おそらくだが、これは小さい画像を無理矢理拡大したためだ。となると」
そうして、梓川メインの構図の写真が取り除かれ、
「・・・・・・・・・これだ」
一枚の写真、体育祭の駅伝写真の奥の方に梓川がいる写真だった。
「助手くんは、いますぐこの写真のデータを持っている人について聞いてこい!」
「わかりました!」
資料室を出る。
梓川の合成写真の元さえ特定できれば、自然と犯人を割り出せる。
これで、依頼は遂行できる。
ようやく、月詠さんの介護をする必要がなくなるわけだ!
「ああ、幸せだぁっ!」
「いや、何がだよ」
ふと、声をかけられた。
茶髪に染められた短い髪に、紺色のブレザーの男子生徒。
特徴的、というべきかは迷うところだが、目つきが悪い。
かなり悪い。
「お前、何者だ? 不審者・・・・・・ってわけじゃあねえだろうが」
「えっと・・・怪しいものじゃない・・・ぜ?」
「なんで疑問符つけんだよ。そして怪しい者じゃないっていうやつは大抵怪しい」
ベタなボケにも対応してくれた。
案外、優しい人なのかもしれない。
「えっと、訳あって入学式に事故に遭って以来不登校だったんだけど、怪我が治ったから登校しようと思ったんだけど、制服を着るのを忘れて保健室に借りに行こうとしたんだけど、保健室の先生がいなくて、それで職員室に行こうとしたんだけど迷子になっちゃって」
我ながら、言い訳がましい嘘だ。
100%バレる自信がある。
「・・・・・・職員室は、そこの角を曲がって左にある」
予想外にも、不良さんは教えてくれた。
「あっ、ありがとう」
「気にすんな、同じ学校のよしみだ」
そう言って、不良さんはその場を去った。
去り際まで、不良っぽい。
「・・・・・・まあ、僕の嘘を信じている時点で、めちゃくちゃお人好しだって露見しているけれど」
12
「・・・・・・最悪だ」
僕の報告を聞いて、月詠さんは頭を抱えていた。
結論から言って、あの写真は校内のホームページに載せられていた。
つまり、ネットに流出している時点で、あの画像は加工も余裕なわけだ。
「・・・・・・・振り出しに戻りましたね」
「いや、そうでもないさ。何せ、あの画像に関しては誰でも加工できることに変わりはないわけだ」
容疑者の数はあまり変動しないがね、と月詠さんは毒づく。
とはいえ、だ。
「じゃあ、他にできることって、あとは聞き込みとか・・・・・・」
いや、それは無理だ。
何せ、学校側から拒まれている。
「手はある。まあ、手と言うよりも足と言うべきだが」
「? 足ですか」
足、と言われてピンと来たのは、刑事ドラマとかで言う『足で稼ぐ』捜査かと思った。
だが、
「削除されているとはいえ、大まかな情報の根源は探ることができるはずだ」
なるほど、確かに現代でいう『足を稼ぐ』捜査だ。
いや、足というよりは波乗りというやつかもしれないが。
「でも、それってかなり拡散されているんですよね? そんな簡単に見つかるものなんですか?」
「あくまでも、大まかなものだ。まあ、ダークウェブとかそういうものに乗っている可能性や、コンピューターウイルスに侵される覚悟で、怪しいサイトに潜るか・・・・・・まあ、情報漏洩のリスクも考慮するとなると、無難にソーシャルワーキングサービスを使うしかなさそうだな」
相変わらず、SNSを正式名称で言いたいらしい月詠さんにため息をつきながら、
「・・・・・・となると、パソコンとかの方がいいですかね」
スマホだと、複数を同時に調べるのにあまり向いているとは思えないし、それだったらパソコンの方がいくらでもウィンドウを開けるので、向いているはずだ。
「となると・・・・・・助手くんには、パソコンの調達を頼む」
「わかりまし・・・・・・えっ?」
いや、パソコンくらい学校のを借りればいいんじゃないか?
「足がつくだろう、そうなったら。そうだな・・・・・・予算は2万円から3万円ほどのを頼む。理想はノートパソコンだ」
「いや、2万円から3万円からってそんなんで買えませんよ」
中古で買ったとしても、それくらいの安さだと使えない可能性がある。
「仕方ないだろう。うちは今ただ働きのようなものだ。予算もそれくらいしか出せない」
確かに、必要経費もこっちが支払うことになるのだからこれだけでも十分赤字なのだ。
案外、妥当と言えるだろう。
「・・・・・・わかりました。なんとか、調達してみます」
「ああ、頼む。まあ、札幌なのだから激安PCくらい、売っているだろう」
それじゃあ、頼むぞと月詠さんはそう言って戻って、
「・・・・・・って、月詠さんは何をするんですか?」
「? 私は昼寝だ」
・・・・・・ちょっと、真剣にパワハラとかで訴えてやろうか考えてしまった。
13
意外にも、PCは手に入った。
僕もパソコン事情に関してよく知らないが、最近のパソコンはかなり安く手に入るらしい。
ただし、手に入ったのはノートパソコンではなくタブレットPCだ。
「ほう・・・・・・時代の進歩も目覚ましいな」
などと、月詠さんはつぶやいている。
どうやら、タブレットPCを知らなかったらしい。
「まあ、それでもいいだろう」
そうして、高速でタイピング(流石にキーボードは手に入らなかった)ならぬタッチパネルを高速で操作していく。
とはいえ、すごいスピードだ。
タブレットのタッチパネルは意外と打ちにくそうだけど、月詠さんはうち漏らしもなく、かと言って誤字もなく正確にタイピングしていた。
「まあ、本来なら助手くんの役割なんだが・・・・・・まあ、まだ見習いみたいなものだ。よく見ておきたまえ」
そして、液晶にはいくつかのウィンドウが表示されていた。
「・・・・・・なるほど」
「なにか、わかったんですか?」
「いや、なにも」
思わず腰が抜けた。
「噂の根源を辿ることができれば、良かったんだが、流石に厳しかったな」
「・・・・・・えっと、ならネット経由というわけじゃないんですか?」
となると、必然的に犯人はこの学校内ということに絞られる。
あながち、苦労して入手したPCも無駄じゃ、
「いや、ネット経由なのは確かだ。現にソーシャルワーキング」
「もう長いのでSN」
「ソーシャルワーキングサービス」
スタンスは変えないらしい。
でも、
「というか、間違ってますよ? その読み方」
と、月詠さんの目が見開かれる。
どうやら、知らなかったらしい。
「・・・・・・SNSに載っていた。まあ、画像は添付されていなかったがそれはそうだろうな」
言われてみればそうだ。
なにせ、卑猥な画像をSNSに添付すれば削除されるのは当然ながら、先生方が見つけ次第削除を依頼するだろう。
「とはいえ、これだと噂の発生源は特定できませんね」
またしても、振り出しに戻ることになる。
「いや、そうでもないぞ?」
でも、月詠さんはキョトンとそう言った。
「・・・・・・えっ?」
いや、意味がわからない。
噂の根源を探そうにも、他に手がかりは・・・・・・。
「・・・・・・ありますね、そういえば」
「だろう? 君の鈍さも、さすがにそこまで鈍くはなかったか」
ある、手がかりは目の前にある。
「この投稿をしたユーザーに、直接話を聞けばいいのだから、わかりやすい筈だ」
14
そんなわけで、ここから先は地味な作業だった。
地味過ぎて、何杯もコーヒーを飲んだのか数えきれない。
昼頃に作業を始めてから、あっという間に夜が更けていた。
「・・・・・・そろそろ帰ろうか。助手くん」
現在午後八時で、かなり暗い。
「わかりました。それじゃあ、鍵を返してきますね」
「ああ、頼む・・・・・・ふわぁぁ・・・」
大きい欠伸をたてながら(途中で、昼寝をしていたのに)眠そうに会議室を後にした。
「それと、今夜だがホテルの予約はとってあるから、荷物をまとめておきたまえ」
「はーい」
会議室の鍵を閉めて、それを職員室に返す。
「お待たせしました。それじゃあいきましょうか」
「ああ、そうだな。今夜は激しくなりそうだ」
「ですね」
さて、これから先はリラックスタイム・・・・・・。
「というかホテル!?」
「ん? そう言ったはずだが?」
いやいやいや、ちょっと待て!
「いくらなんでもおかしいでしょう? 電車一本で帰れるんですよ? 恵み野庭まで」
「おいおい、助手くん。またあの電車の中へ入れと言うのかね?」
確かに吐かれるくらいなら、泊まったほうがいいのかも知れない。
だが、これは経費の無駄遣いである。
「もう少し節約しましょうよ。ただでさえ、収入がないのにこれじゃあ潰れますよ?」
「大丈夫大丈夫。職を失うくらいなんともない」
「大アリだわ!」
意地でも帰るつもりがないのは、月詠さんの目で分かった。
だが、僕の収入源がこの職場しかない以上潰れられても困る。
「帰りますよ!」
「嫌だ」
「駄々をこねないでください」
「こねてない」
最早大きい子供である。
・・・・・・本当にどうしようか?
「・・・・・・・・・なら、最悪あの方法しかありませんね」
電車も嫌、車も嫌。
正直、ただの揚げ足取りでしかないが、ホテル代よりかはマシだ。
「それじゃあ、行きますよ」
「いーやーだーっ!! 私都会っ子になるーっ!」
「頼むから、もう少し年上らしく振る舞ってくれませんか!?」
これじゃあ、どっちが子供かまるでわからない。
「お巡りさん! こいつ痴漢です!」
「そしてさらりと助手を痴漢に仕立てないでください!」
15
そんなわけで、バスの中である。
船という選択肢もあったが、そもそも札幌は海沿いの街ではないため、船はない。
というか、船の方が酷い目に遭いそうなので、頭にすら浮かばなかった。
かくいう、月詠さんはと言うと、
「zzzzzzzzzzzzzz」
寝ていた。
しかも白目で、僕の肩に寄りかかっていた。
いや、僕も男ではあるのでドキドキしないと言ったら嘘になる。
だが改めて月詠さんの寝顔を見ると、ドキドキするというより、ちょっとホラーチックになっている。
「・・・・・・でも、これって使い道あるのか?」
低予算で買ったとはいえ、オフィスで使うにしてはいささか機能不足だ。
とはいえ、せっかく買ったのだから(それも、経費で買った)せめて仕事で使うしかないだろう。
「・・・・・・よし」
試しに、タブレットパソコンを起動して、色々触ってみる。
入っているアプリはせいぜい、計算機とかその辺だ。
色々アプリとかを入れて行くしかないだろう。
キャンパスに絵の具を塗って、一枚の絵を完成させるみたいに。
「・・・でも、よくわからないな」
中にはわからないものもあった。
Eのつく、グラフみたいな奴があったり、
かと思えば、ワールド? とかいうアプリがあったりとよくわからなかった。
かといって、隣にいる月詠さんを起こして聞くのもありかもしれないが、また吐かれるのは困る。
他に、パソコンとかそういうのに詳しい人物なんて、
「ーーーーーーあっ、いたわ」
一人だけ、友人が少ない僕でも気軽に話せて、尚且つパソコン関係に詳しい後輩が一人いた。
「・・・・・・ちょっと、拝借します」
月詠さんの携帯を借りて(ついでにロックも外して)電話のダイヤルをかける。
とある人物に、
僕が知る限り、一番迷惑をかけられた後輩に。
『もしもし、とある人物と略されている気がする米崎友人です』
「いやメタいわ!」
16
そんなわけで翌日。
事務所に帰ってきた月詠さんは、またすぐに寝た。
僕は徹夜して、米崎に教えられたアプリの使い方で(僕は英語が苦手だ)情報を整理した。
これまでわかったことを整理すると、以下の通りだ。
1、梓川は昔気質
2、梓川が援交しているという証拠は偽装だった
3、合成元の写真はネット上に公開されていた
4、容疑者はネット上の人達
「・・・・・・なんか、1の方はまるで関係ないような」
「いや、そうでもないぞ?」
目が覚めたのか、月詠さんがタブレットPCを見て、
「依頼人の人格も、重要な情報だ。依頼の中には、裏を取る必要がある依頼人もいる」
だから、覚えておきたまえ、と月詠さんはいつの間に淹れたのか、コーヒーを啜る。
「しかし・・・・・・情報が如何せん足りなさすぎる」
「やっぱり、推理するのに情報が足りないですかね」
「それはそうだろう」
まあ、それもそうか。
「情報が少ないほど、推理の正確さは弱くなる。この程度の情報だけじゃ、プロの仕事はできないな」
「となると、やっぱり今日も学校の方に」
「行きたくない本当に勘弁してください」
「・・・・・・えっと、情報を集めなきゃいけないんですよね?」
「それなら、助手くんだけで行きたまえよ。情報収集くらい、できるだろ?」
「いや、僕は探偵じゃありませんから」
一応、この道へ踏み込んだとはいえ、僕にできることなんてたかが知れている。
情報収集なんて、僕にできるとは思えない。
「・・・・・・と言うか、やっぱり生徒に聞いた方が一番なんじゃないですかね?」
でも、それは学校側が拒否しているはずだ。
探偵を雇っていて(依頼料は発生しない)さらに言うなら、得体が知れない連中を子供に会わせたいとは思わないはずで、
だから、なんとなく口にしてみただけだったが、
「・・・・・・それだ・・・それだよ助手くん!」
僕の思いつきだけの発言で、何か閃いたのか、マグカップを振り回して、
「ーーーーーーーーーあちっ!?」
思っきし、熱々のコーヒーがズボンにかかった。
「あつっ、ちょっ月詠さん!」
「聞き取りがダメなんだろう? なら、『話をする、雑談をする』方法があるじゃないか!」
どうやら、頭が回転しているらしい。
よほど、いい案でも思い付いたのだろうか?
「助手くん」
「・・・・・・なんですか」
なんだか、嫌な予感がしてきた。
依頼を解決するのに必要なことなのかもしれないが、それでも、僕の身に何が起こるのか想像できない以上、嫌な予感しかしない。
「あそこの生徒になりたまえ」
17
「えー、急ではありますが、転校生を紹介します」
次の日、僕はめでたく高校生になった。
間違っても、年を越したわけではない。
と言うか、校長先生が許可してくれた時点で、この学校相当ゆるいところなのだと思い知らされる。
「・・・・・・未咲咲です。・・・頭は悪いですが、これからよろしくお願いします」
無難に挨拶をする。
いや、無難ではなかった。
頭が悪いと、ただ言い訳しているだけだった。
急な転校で、戸惑っているのか、それでも一応拍手はしてくれた。
正直気まずい。
「それじゃあ、梓川の隣についてもらおうか」
言われた通り、梓川の隣の席に着くと軽くざわついている。
あまり、歓迎されていないようだ。
「転校生だったのかよ」
左隣の席を見ると、いつかの不良くんだった。
「あっ、どうも」
「訳あって入学式に事故に遭って以来不登校だったんだけど、怪我が治ったから登校しようと思ったんだけど、制服を着るのを忘れて保健室に借りに行こうとしたんだけど、保健室の先生がいなくて、それで職員室に行こうとしたんだけど迷子になっちゃって、とか言うもんだから、同じ学校なのかと思っちまったじゃねえか」
「あっ、あはは・・・・・・その節はごめんね。不審者だと思われそうだったからつい」
というか、あの嘘を覚えていたらしい。
記憶力が相当良い方なのだろう。
「・・・・・・・まあいい。これからよろしくな」
手が差し出される。
その手は少しゴツくて、鍛えられている手だった。
「ああ、よろしく」
差し出された手を握る。
無難な挨拶で、友好の証。
「・・・・・・一応、言っておくが、梓川に関わらない方がいいぞ?」
「えっ、なんで?」
「後で話す」
18
午前中の授業が終わって、昼休み。
「それで、未咲咲くんって女の子みたいな名前だね」
そう話すのは、上山真由美さん。
クラスの中心的な人物で、委員長的な存在(実際、彼女は委員長じゃない)。
実際のこのクラスの委員長は梓川で、
「ところで、未咲くんってなんでこんな時期に転校したの?」
不意に、そう話された。
とはいえ、理由なんて考えていない。
急な話だったため、考える時間もなかった。
「まあ、あまり聞いてくれるなよ。色々あるだろ? 痴情のもつれとか、子供できたとか」
「あんたは表現がセンシティブなのよ!」
・・・・・・まあ、かえってその方が自然な気がするので、適当に茶かそう。
「そういえば、携帯持ってる? よかったら連絡先交換しようよ!」
上山さんは、そう言って携帯を差し出すが、
「えっと・・・・・・ごめん。僕携帯を持ってなくて」
「えっ!? 携帯持ってないの!? ウケるー」
女子高生の『ウケる』は大抵受けてない。
「というよりも・・・・・・」
主な原因は、僕の後輩(第一話を参照されたし)が携帯を壊してしまったと言ってもあまり信じてもらえそうにない。
「親が携帯を買ってくれなくて」
「えっ、なにそれウケる」
同じことを言うが、女子高生の『ウケる』は大抵受けてない。
というか、笑ってすらいない。
「えー、それじゃあ何して過ごしてんの? 普段」
「えっと、読書? とか」
「読書って、文学少年的な!?」
そして、なぜかびっくりマークとか、はてなマークを使いたがる。
・・・・・・まあ、僕の偏見だけど。
「残念だなーっ! せっかく私のSNSフォローしてもらおうと思ってたのに」
「へえ、SNSやってるんだ」
「うん、フォロワーもすごい数いるから」
そう言って、僕にSNSのアイコンを見せてくる。
もし、携帯を買う日が来たら、その時は謹んでフォローしておこう。
「ところで、学食とかある?」
「えっ、ないよ?」
「えっ?」
どうやら、ないらしい。
「じゃあ、購買は?」
「購買もねえな」
・・・・・・じゃあ、この渡された五百円はどうすればいいんだ?
「・・・・・・ひょっとして、昼ごはんは購買とか学食とかで済ませようとした感じ?」
「・・・・・・そんなところ」
本当に失敗した。
19
クラスメイトから同情を買い、なんとか弁当のおかずとかを分けてもらい腹を満たした。
なんでも、その分けてもらったのは主に城島静江さんからで、
「その・・・・・・わたしって、友達が少なかったから・・・友達になってくれると、嬉しいな?」
「ああ、ありがとう。僕で良ければ、友達になるよ」
「いいの!」
すごく食い気味に、僕に迫ってくる。
なんというか、柑橘系の優しい匂いが僕の鼻腔をくすぐる。
城島さんの印象は、小動物みたいな、そう例えるならモルモットみたいな、そんな愛らしさがあり、同時に少女のあどけなさを感じる。
「おーい、城島。距離感すごいことになってるぞー」
「・・・・・・ごめんなさい」
「えっと、大丈夫」
危ない、危うく恋人になってくださいというところだった。
とはいえ、
「・・・・・・そういえば、不良くん」
「あん? なんで俺が不良なんだよ」
「いや、なんとなく」
はあ~、と不良くんはため息をついて、
「鬼浜餓鬼。不良というよりは、鬼だな」
「なるほど、だから不良なのか」
「いや、不良じゃねえよ」
軽く肘で小突かれるが、どつかれはしない。
なんということだろう、全然不良っぽくない。
「それより、聞きたいことがあるんだけど」
「あん? なんだよ」
「なんで、梓川には関わらない方がいいって言ったんだ?」
「・・・・・・・・・」
さっきまでの親しみやすい雰囲気から、急に無表情というか、妙な緊張感が漂う。
「・・・・・・ちょっと来い」
鬼浜くんは、何やら体育館裏を指し示す。
とはいえ、僕もただ学校に来て授業を受けにきたわけじゃない(というか、そもそも転入すらしていない)。
目的は情報収集。
いわゆる、潜入調査だ。
足で稼ぐというよりも、潜って稼ぐようなものだ。
とはいえ、学校側も最初は困った様子だったが、最終的に(月詠さんが強引に)決定させた。
歩いて行くうちに、体育館裏に着く。
「・・・・・・まず、ちょっと仁王立ちしろ」
「えっ?」
「いいから」
言われた通り、仁王立ちして、
そして、鳩尾に衝撃が走った。
それが、殴られたということに崩れ落ちてから気がついた。
「・・・・・・悪く思うなよ。一応、ケジメをつけてもらっただけだ」
「けじ・・・め・・・・・・?」
「一応、殴った俺も悪いが、お前も悪い」
「いや、なん・・・で・・・・・・」
「・・・梓川には、援交の噂が流れてんだよ」
それは思わず、目を見張った・・・・・・ように見せた。
その情報じゃない、僕が知りたいのは、
「援交って・・・・・・いや、そもそも梓川って一体」
「お前の左隣の席のやつだ。クラスの委員長で、成績は優秀の」
知っている。
「その援交の証拠が、ネット上に流れてんだけど・・・・・・ほら、これ」
そう言われて、目の前に掲げられた画像も知っている。
「・・・・・・本当、なんでこんなことになってんだろうな」
スマートフォンを仕舞い、鬼浜くんは、
「そういうことだから、事情が事情なんだよ。委員長も、そのことでまだ完全に落ち着いてねえんだ。だからほじくり返すなよ」
確かに、そうかもしれない。
本人の心に傷がつけられ、そして僕達のしていることは傷を抉っているだけ。
それで犯人が必ず見つかる保証なんてあるはずもないのに、それでも被害者の心を傷つける。
それが場合によっては、再起不能にまでする。
だから、一番この問題を解決するのは時間。
それで、傷は薄れていく。
完治はしないが、傷を優しく癒してくれる。
「ーーーーーーざけんな」
確かに、時間は被害者の心を癒すかもしれない。
一番の解決方法かも知れない。
でも、それじゃあ梓川を傷つけた犯人はどうなる?
のうのうとここで見逃せば、また梓川みたいな被害者が生まれるかもしれない。
青い、と言われるかもしれない。
ダサいと、面倒臭いと言われるかもしれない。
「あ?」
「確かに、放っておくほうが一番の正解かも知れない。正しいのかも知れない・・・・・・でも」
「でも、なんだよ」
「梓川は、それで幸せになるのか?」
鬼浜くんを睨みつける。
喧嘩慣れしているであろう、鬼浜くんにとって僕の睨みはそよ風が靡くくらいかも知れない。
それでも、
「梓川は・・・・・・優しいんだよ・・・」
「・・・・・・知ってるよ。だから」
「だからこそ! 犯人を捕まえるべきなんじゃないのか? ふざけた証拠で、梓川を傷つけた犯人を捕まえるべきなんじゃないのか!!」
鬼浜くんの胸ぐらを掴み、
「少なくとも、僕はここで逃げない。・・・・・・ここで逃げたら、きっと梓川はずっと傷を引き摺るから」
「・・・・・・梓川のこと、知ってたんだな」
「あっ」
思っきし、バレてしまった。
というか、僕には情報収集なんて向いてなかった。
「・・・・・・でも、それには賛成だ。なあ!」
そう、鬼浜くんが僕の背後に呼びかける。
振り返ると、そこには細身の生徒がいた。
その背格好は、長身で鬼浜のガタイより大きい。
ただし、細身のせいか、貧弱そうなイメージがある。
「・・・・・・えっと、どういう」
「俺達も梓川の身の潔白を晴らそうと動いてたんだよ」
「えっ?」
状況が読めない。
というか、えっ?
「・・・・・・君、あずたんのなんなの」
「えっ? えっと・・・・・・」
「おいおい鬱野、圧かけんなよ」
「・・・・・・わかったよ」
そう言って、鬱野くんは僕から少し離れていく。
・・・・・・えっと、
「こいつは鬱野。鬱野内釜。まあ、ストーカーだ」
「えっ、ストーカー!?」
「失礼な、・・・・・・護衛と言って欲しい」
モゴモゴと、口に物を入れているような話し方をする男ーーー鬱野内釜さんは、なにやら携帯を取り出して、
「未咲咲でいいんだね?」
「えっ? ああ、そうだけど」
「梓川たんとはどんな関係なの・・・・・・?」
「えっと・・・・・・まあ、元クラスメイ」
「元クラスメイト!?」
薄い吊り目が裂けそうなくらい見開かれ、
「なんともうらやますぃぃぃぃぃっ!! 君はいま万死に値する!! というか、鬼浜に今すぐ殺されろ! リア充!!」
・・・・・・えっと、
「気にすんな。こいつはこういうやつだ」
苦笑しながら、鬼浜くんは、
「ところで、未咲。お前の目的はなんだ? 梓川をどうしたい」
僕の目的。
この場合、話してもいいのだろうか?
梓川は依頼人で、一応守秘義務がある。
かといって、その情報を話すわけにはいかない。
「・・・・・・詳しいことは話せない。でも、大体の目的は鬼浜くん達と同じだ」
「・・・そうか。それなら問題ない」
「なあ、よかったら情報を」
「共有できない」
「えっ?」
それって、どういう。
「そう簡単に信用することはできない。特に、得体の知れない相手は尚更だ」
確かに、鬼浜くんのいう通りだ。
彼らはただ、ただ梓川のためにやっているんだ。
理由はわからないけど、少なくとも敵じゃない。
かと言って、味方というわけでもないのはわかっている。
「・・・・・・なら、こうしよう」
と、鬱野くんはもごもごと口を開き、
「お互い、情報交換はなし。ただし、干渉は一切しない。それで・・・・・・どう?」
「干渉、しない・・・・・・」
僕はそもそも、鬼浜くん達に信用されていない。
正直、情報交換した方がいいのかもしれないが、かと言って僕も彼らを完全に信用することはできない。
この学校の全員が容疑者である以上、その通りだ。
「・・・・・・わかった。でも、もし情報を共有したいと思ったら、連絡してくれると助かる」
「・・・・・・・・・お前が信用できると判断した場合は、考えとくよ」
そう言って、鬼浜くん達は体育館裏を後にする。
まさか、僕達の他にもこの件を探っている人がいるなんて、思わなかった。
「とりあえず、月詠さんに報告を」
「さすがは、学級委員長なだけはある」
「うわぁっ!?」
背後から突然、月詠さんの声がした。
・・・・・・というか、来ていたらしい。
「よく、一人で来れましたね」
「知り合いの刑事に送ってもらっただけだ」
「・・・・・・ずっと気になってたんですが、その知り合いの刑事って」
「栗崎雉。まあ、腐れ縁の刑事だ」
腐れ縁って、
「いや、刑事ってどうやったら知り合いに」
「それより、まずはやることがあるだろう?」
やること?
って、そろそろ昼休みが終わる時間のはずだ。
「わかりました。それじゃあ勉学に」
「アホか」
チョップされた。
直属の上司に、
「そうじゃない。あの、鬼浜とかいうグループの信頼を得るんだ」
「信頼って、そんな簡単にとれるものなんですか?」
「簡単にとれる」
即答だった。
こういう風に即答するということは、何か策があるのだろうか?
「そもそも、人間は脳に支配されている生き物だ。なら、あいつらが喜ぶことを言えばいい」
「喜ぶことって・・・・・・そんな簡単に」
「あいつらが今欲しいもの。それは情報のはずだ」
言われてみればそうだ。
鬼浜くん達は、今梓川を救うために動いている。
なら、梓川の情報が喉から手が出るほど欲しいはずだ。
「・・・・・・でも、それで信頼は」
「信頼関係は、別に無理に構築しなくていい。というか、人間の信頼関係なんて、気が合うのと打算があって成り立つものだ」
打算は、確かにこの場においてはもっとも重要なものだ。
・・・・・・ってあれ?
「でも、僕も鬼浜くん達に情報を」
「共有するわけにはいかないだろう。ノーギャラとはいえ、仕事は仕事だ。いくら相手が依頼人を救おうとしているからって、そう簡単に教えては依頼人の秘密を厳守することはできない」
確かにそうだろう。
あの写真は加工とは言え、本当に梓川が援交を否定できるとは言い切れない。
「おいおい助手くん。今回の肝はそこじゃないだろう」
「えっ?」
今回の依頼は梓川が援交をしているか否かのはずだ。
「・・・・・・やっぱり勘違いしていたか」
「いや、勘違いじゃ」
「私達の依頼はあくまでも『噂の根源を知る』ことだ。そして食い止める。正直、援交していようがしていまいが、私には預かり知らぬことだ」
確かにそうだ。
僕達は別に、梓川が援交をしているか否かなんてわからない。
四六時中付き纏っているのならいざ知らず・・・・・・。
「あっ」
閃いた。
というか、
「います。おそらく、四六時中梓川に付き纏っている人物が」
20
「そっ・・・・・・そへで・・・なんのようだ!」
そんなわけで、またしても舞台は体育館裏である。
それでを『そへで』に言い間違えるあたり、僕よりもコミュニケーション能力は乏しい(上から目線な気がするが)らしい。
現に、さっきの話し方も興奮したように唾を飛び散らせながら、話している。
ただし、時刻は放課後の午後五時。
「いやさ、情報を交換しようと思って」
「そんなの、さっきも言わせてもらった・・・」
「もちろん、ただでとは言わない」
僕がするのはあくまでも、情報交換。
一方的に聞き出すのは、多分本人も納得しないし、それに、
「そうじゃない・・・・・・僕、は・・・あんたを・・・」
「僕が提供する情報は、この件とは別件だ」
おそらく、僕よりもこの件に関しては鬱野くん達の方が詳しい。
僕の持っている情報なんて、鬱野くん達からしたら端金にもならないはずだ。
だから、
「僕が提供する情報は」
だから、これは賭けだ。
彼がストーカーだからこそ、食いつき、
なおかつ、梓川のファンであるなら、絶対に食いつくであろう情報。
「梓川の中学時代の卒アルを見せてあげることが条件だ」
・・・・・・我ながら、しょうもない上、梓川に知られたら軽蔑されかねない方法だが。
21
結論から言って、情報交換は成立した。
驚いたというか、呆れるというか。
「しかし、これは後で反省文を書かせなければならないな」
事務所のタイルの床で正座させられ、先程までお説教を小一時間ほど言われた身としては、まあそうだろうなと反省していた。
「まあ、当の梓川が納得したのなら、これ以上怒るに怒れないが・・・・・・もう少し、情報には厳しくなれよ、助手くん」
そうは言っても、他に方法がなかった。
鬱野くん達から情報を得るには、これが一番の策のはずで、
「そうじゃない。もっと広い視点でものを見たまえよ」
「? 広い視点って」
「盗聴、盗撮、他にも色々ある」
「いや、もっと危ないやつじゃないですか!?」
確かに、効率的ではあるが、法律とかに色々触れかねない。
「元より、探偵なんてそんなものだ。グレーなゾーンから情報を入手し、いかにして金を巻き上げるかが勝負なのだから」
「嫌な勝負ですね、それ」
だからこそ、探偵は恨まれやすいというがな、と冗談なのか本当なのかよくわからないことを言いながら、
「それで? その情報というのは」
「はい、それですが」
それから、僕はあなた鬱野くんの話す梓川のスケジュール情報(ついでに写真付き)の資料を貰い、これで援交が実際には行われていないことがわかった。
「・・・・・・しかし、なんだ。細かすぎて、依頼人に引かれそうだな」
「あと、梓川の交友関係の情報も聞きました」
そのリストを見ると、梓川は友達が多かった。
もちろん、見覚えのある名前もちらほらと見かける。
まあ、僕もこれを見た時正直引いたくらいだ。
よくここまで、情報を集めて、保管していたのだから、もう呆れてくる。
あと、卒業アルバムは元々持っていたので(勘当される前には、すでに持ってきていた)のを見せて、成立したわけで。
「・・・とまあ、これで本格的に方針を援交の疑惑を晴らすことができたな」
「そうですね。それじゃあ、早速本格的に犯人を見つけるだけですね」
「そうなると、本格的に助手くんの潜入調査が必要不可欠になってくるな」
確かにそうだ。
先生方が知らないことでも、生徒は情報の最前線にいると言ってもいい。
校内で起きた事件の目撃、恋愛ごとの有無。
先生方の情報量は、生徒のそれに及ぶものではない。
「でも、油断するなよ。噂の中にだってデマはある。先生方の情報量は少ないが、その分正確なんだよ」
「そうですね。もちろん、裏はとります」
「当然だな。それじゃあ、景気づけに何か奢ってやろう」
「えっ、いいんですか!?」
「ああ、たまにはいいだろう。・・・それで? 何が食べたい」
「それじゃあ、すき焼きが食べたいです!」
「ほう・・・・・・ずいぶん、財布に優しくない料理を頼むな」
まあ、どうせなら、豪華な料理の方がやる気がでると思ってのチョイスだ。
「しかし、よかろう! それじゃあ、行」
行くぞと、月詠さんが言いかけたところで、黒電話が事務所内に木霊する。
「・・・・・・もしもし」
月詠さんが電話に出て、なにやら青い顔で、
「・・・わかりました」
珍しく敬語で、応対した。
「なんの電話だったんですか?」
「・・・・・・これ以上、この件を掘り下げるな、とな」
「ーーーーーーそんな、なんで!!」
あと少しで真実に届くのだ。
「そもそも、誰から」
「学校だよ」
22
結局、すき焼きはなかった。
「そう、気を落とすな。学校での調査は元々ダメ元だったんだ」
「・・・・・・けど、やっぱりへこみますよ」
生徒側にバレたのは、シンプルだった。
「まあ、盲点と言えば盲点だった。まさか、私達の探偵事務所のホームページを見ていたとは」
そうである。
僕が米崎に電話した後、ついでに教えてもらいながら作った、月詠探偵事務所のホームページ。
それをたまたま他の生徒が見ていて、なおかつ活動報告の写真にたまたま僕が映り込んでいたのだから。
「しかし、君の手際の良さは・・・・・・今回は裏目に出たわけだ」
「すいません・・・ホームページなんて勝手に」
「いや、いいさ。見てみろ、この依頼の数を」
「えっ?」
依頼を受け付ける場所を見ると、そこには、
「・・・・・・二件、ありますね」
「その通りだよ助手くん! 今まで月一くらいの依頼ペースの中で、今月で三件なのだよ!」
目が怖いというか充血してて尚更怖い!
「・・・・・・ひょっとして、すき焼きにしてもいいって言うのは、この依頼のことも」
「当然、入っている。・・・・・・まあ、最終的には駅前の定食屋の味噌カツ定食に落ち着いたわけだが」
それでも、こうしてご飯を両親や祖父母以外には初めて奢ってもらった。
その経験だけでもよしてしたい。
・・・・・・若干上から目線の物言いかもしれないが。
「とはいえ、依頼は失敗という形になるのは致し方ない。・・・・・・実のところを言えば、あと一歩だったのだが」
「えっ!? そうだったんですか!?」
「まあ、大方予想がつくと言うか、なんというか」
「ーーーーーーなんでそれ、言ってくれなかったんですか!」
「あくまでも、推測なのだよ。先入観を持ってしまっては、正しい調査は出来ないからな」
確かに、先入観に捉われると、間違った結論を導きかねないわけだが、
「・・・・・・まあ、唯一の情報源の鬼浜? とか言う男児を訪ねると言う選択肢もなくもないが、そう簡単に口を割るとは思えない」
「・・・・・・文字通り、詰んだってことですね」
「そうなるな・・・」
ため息を吐きながら、ご飯をおかわりすると、
「あれ? 未咲先輩じゃないですか」
定食屋の扉から、小柄な少女にして、僕の後輩の米崎友人がいた。
「あれ、米崎じゃないか」
「まあ、先輩がいるってわかっててここに来たんですが」
どうやら、知っててここに来たらしい。
・・・・・・というか、どういう情報でわかったのかは、深く聞かないことにした。
「おお、米崎さんじゃないか」
そして、なぜか月詠さんはこの十は離れてる女の子をさん付けなんだ!?
・・・・・・いや、多分ホームページの作り方を教えてもらったから、あえてさん付けなんだろう。
「えっと、月詠さん? でしたっけ」
「ええ、初めまして。月詠月夜です」
「・・・・・・なんでこう、仕事以外の時にはビジネスライクなんですか?」
キッと月詠さんが充血した目で睨んでくる。
その視線はなんというか、鬼気迫るものだったため、ちょっとびっくりした。
「・・・それで、なんのようですか?」
「用というほどの用ではないんですがね。ちょっと未咲先輩にお願いがあって」
ビクンッ、と肩が震えた。
こんな展開、いつものあれだ。
「それじゃあ未咲先輩」
「断る!」
こういうのは、先手必勝だ。
話を聞く前に断ることで、話を長引かせずなおかつ話などないとあからさまに拒否の意思を示して、
「断ったら、クビにするぞ?」
そして、月詠さんに躊躇なくクビ宣告寸前の発言を引き出してしまった。
前回で僕は米崎に酷い目に遭わされている。きっとこれは断らなければ命の危険に苛まれる案件だ。
かと言って、断れば唯一の収入源である探偵助手の職を失う。
つまりは、命の危機に遭うか、クビになって職を失い死ぬかの二択である。
「・・・・・・・・・・・・・・・なんだよ、米崎」
葛藤の末、生命の危機にあうことを選択した。
・・・・・・というか、本当にやめてほしい。
僕が何をしたって言うんだよ!
「それじゃあ、依頼しますね。実は私ちょっと札幌の高校で、空調整備の手伝いをしていてですね」
つまり、その空調整備の手伝いをしろと言うこと、
「・・・・・・ちょっと待て、米崎! その高校の名前って、なんなんだ?」
23
夕食を食べ終え、事務所に戻ってきた夜、月詠さんは唸っていた。
「・・・・・・えっと、月詠さん?」
「助手くん、そこにあるバケツに水を汲んでくれ」
水を汲む?
バケツで?
「今から、掃除するんですか?」
「いいから、早くしたまえ」
「? わかりました」
一体、何をするんだろう。
僕も、探偵の助手なので、推理くらいはしよう。
月詠さんは、机の上にタブレット端末の画面を眺めている。
何が映っているのかはここからでは見えないが、多分この事件に関係する資料だということは想像できる。
「月詠さん、どうぞ」
でも、バケツに水を汲むのと、この事件になんの関係が、
「ふんっ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
突然、前触れもなく月詠さんは頭を突っ込んだ。
水を張ったバケツにだ。
「ちょっ、月詠さ」
名前を呼ぼうとしたところで、
言葉の雨が、事務所内に降り注いだ。
「援交梓川噂合成写真」
言葉が無造作に、誰にも理解できない数列のように規則正しく並べられていく。
「ストーカー行動履歴ソーシャルネットワーキングサービス情報拡散」
そして、
「・・・・・・そういう、ことか」
月詠さんは達観したように、口角を上げた。
「・・・・・・というか、水浸しですよ? 事務所内」
「・・・・・・片付けたまえ」
24
そんなわけで、
「・・・・・・それで、なんのよう?」
集めたのは、五人だった。
鬼浜くんと、鬱野くん。
それと、
「・・・えっと、何の用? 未咲くん」
上山さんと城島さん、そして梓川だった。
「・・・・・・どうしたの?」
「集まってもらったのは・・・その・・・・・・」
ここは教室。
そう、教室である。
補足で答えておくと、別に僕の母校という(ある意味では母校と言ってもいいのかもしれない)わけではない。
ここは、梓川の通う高校である。
そして、
「集まってもらったのは他でもない」
「・・・・・・というか未咲、この人誰?」
鬼浜くんが嫌そうに、僕の上司であり所長の月詠さんを指さす。
・・・・・・というか、本当どうしてこの人まで入ってきたんだろう。
「初めまして? 私は恵み野庭市で探偵業を営んでいる、月詠月夜という者だ」
「月詠・・・・・・月夜・・・?」
何やら、鬱野くんは僕を見て、
「じゃあ、君は」
「助手だよ。・・・・・・本当は、僕一人で話す予定だったんだけど・・・」
「私の出番がなければ、面白くない!」
「・・・・・・えっと、未咲。この人、なんかヤってる?」
「・・・・・・これがデフォルトだから、気にしないで」
「それはともかく、今日若き少年少女を集めたのには、理由がある」
「ーーーーーー理由? というか、あなたたち部外者ですよね? なんで部外者がここに」
「何をいう、我々は依頼を受けてここにきた。立派な大義名分があるではないか!」
いや、大義名分言っちゃダメでしょ月詠さん!?
「・・・・・・それって、校長先生は」
「承知している。なんなら、ついでに調べてもいいと許可も得ている」
「・・・・・・それ、嘘ですよね?」
「試してみるかね?」
挑発的に、月詠さんは笑う。
まあ、月詠さんの言っていることはほとんどデタラメだ。
まず、空調整備の依頼は本当で、ついでに調査をしていいというのは嘘。
じゃあ、空調整備の方はどうなるかというと、
「・・・・・・それと、未咲くんは何で空調をいじってるの?」
「仕方ないだろ? これが仕事なんだから」
「・・・・・・締まらねー」
25
そんなことはさておき、
「それで? 集めた理由は結局なんなんだよ」
「犯人を探す、それだけだよ」
「ーーーーーーそれって、犯人って、一体なんの」
「梓川を貶めた、文字通り犯人をだよ」
「「「「ーーーーーーーーー」」」」
全員が固まる。
・・・一応、先に言っておくと、僕達のしていることはまだ調査だ。
それに、犯人に関してはこの中にいることはすでにわかっていた(らしい。月詠さんがどういう情報を持って断定したのかはわからないが)。
「犯人って、おいおいてめえまさか」
「僕はしゃべってないよ鬼浜」
「・・・・・・しゃべったんだな、鬱野」
「ぎくっ!?」
そして情報源があっさりとバレた。
「だっ、だって・・・・・・その・・・」
正直、梓川をストーキングしていることを盾に脅そうかとも考えたが、さすがに仕返しが怖かったため、情報交換という形でとどめた。
「まあ、掛けたまえよ。わざわざこのために助手くんが作ったクッキーがある」
「・・・・・・ああ、くそ!」
鬼浜くんはそう言って席につく。
鬼浜くんもなんだかんだで、犯人を突き止めたいらしい。
「・・・馬鹿馬鹿しいよ、こんなの」
そう言って、上山さんが教室から出ようとするが、
「そういえば、気になることがあった」
わざとらしく、月詠さんは大きな声を出す。
「あんな加工写真、素人目から見ても合成だとわかる作り。出来が良いとはお世辞にもいえないあれは、正直いくら情報の塊のSNSでもそう簡単に拡散されるとは思えない」
そうだ、あれは正直話題を呼ぶほどのものでもない。
梓川は、別にSNSもやっていないし、別にネット界隈で有名と言うほどでもない。
あくまでも、この学校の優等生というだけで。
「・・・・・・それが?」
「つまりだね、私の考えはこうなんだよ。・・・・・・君、SNSをやっているね?」
鋭く、鈍色の刃が上山さんを貫く。
「ーーーーーーどう言う、意味ですか?」
「確かに、あの画像はネットに出回っている。でも、拡散のされ方がみょうに不自然なんだよ。SNSの機能には・・・・・・えっと、助手くん」
「リツウィーと・・・・・・? で」
「リツイート、な? つまりあれだろ? リツイートの数が多かったとか」
「ただ、数が多いだけじゃない。もっと根本的な話だよ」
「あ? 根本的だぁ?」
「そう、根本的だ」
そう言って、月詠さんは、
「情報は、この学校内でしか留まっていないのだよ」
26
「ーーーーーー何が言いたい」
「情報の拡散、それは本来、不特定多数の人間に、無秩序にばらまかれるものだ。だが、この情報は、些か流れが不自然すぎる」
そう、不自然なのだ。
別に、この学校は炎上していないし、そもそも援交の噂も梓川の周りでしか広まってない。
つまりは、
「鍵、アカウント?」
「その通りだよ、助手くん」
そう言って月詠さんは、指を鳴らした。
「作為的で、流れが統一されている。かと言って、鍵アカウントでフォロワーを増やすのは至難の業」
鍵アカウントは、その投稿をリツイート、つまり拡散させることができない。
だからこそ、情報の流れをある程度コントロールすることができる。
「つまり、情報を拡散させた犯人は余程人望に厚く、そしてこの学校の・・・・・・ひいては、梓川の周りへの影響力が高い人物」
そんなの、一人しかいない。
この中で、一番仲が良くて、
この中で、人気者で、
そして、情報の渦に紛れ込みやすい人物。
「犯人は君だよ、上山真由美」
27
「ーーーーーーまゆ、み?」
「違う! 私じゃない!」
「惚けなくていい。君しかいないんだから」
「だから、私じゃ」
「君のSNS、失礼ながら見させてもらったよ」
「えっ?」
そう、月詠さんはあの夜見ていたのは、
「画像の加工、まあ些か精巧さに欠けるが、自分を美しく見せる、もしくは『映させる』ことに関しては、面白いものだった」
「ーーーーーーなんで、あんたが私のアカウントを」
「その辺はまあ・・・・・・色々、だ」
まあ、言えるわけがない。
米崎に頼んで、上山さんのアカウントをこっそり閲覧できるように、他の人のアカウントになりすまして、フォローしてもらうなんて。
さらに言うなら、そのアカウントが僕のアカウントなんて。
「ーーー未咲、くん?」
そして、その可能性に至ったらしい上山さんが僕を見てくる。
我ながら、結構エグいことをしたものだ。
「ともかく、情報を拡散した犯人は君しかいないのだよ」
「いや待って! あたし、何もしてない」
「あり得るだろう? なあ、鬼浜」
そこで、月詠さんは鬼浜くんに話を振る。
予想外みたいで、鬼浜くんも困惑していた。
でも、だ。
「ちょっ、月詠さん。鬼浜くんは確かに情報を持ってるかもしれませんが、上山さんが犯人だと言う根拠の情報なんて」
「ある」
そう、言葉を遮ったのは、当の鬼浜くんだった。
「・・・・・・なあ、上山。お前、成績は梓川より悪かったよな?」
「ーーーーーーそれがどうしたって言うのよ」
「最初、先生方はお前が一番になることを期待してた。・・・・・・お前の中学時代って、結構優等生で、その上クラスの人気者だったよな?」
鬼浜くんは淡々と語る。
上山さんの過去を、
でもその過去はまるで、
「梓川も、同じだった。勉強ができてスポーツ万能、さらにクラスの人気者だった」
「ーーーそうか」
鬼浜くんの言いたいことはすぐにわかった。
そう、つまり。
「お前、梓川に嫉妬してたんじゃないのか?」
28
「ーーーーーーなんで、そんなの違う!」
ヒステリックな、上山さんの声が夕暮れの日差しに照らされる教室に響き渡る。
でもその強い否定は、肯定しているのと同じだった。
「たとえばな話だ。一人の人気者がいたとする。その上、自分より能力が高く、完璧な上位互換である人物が目の前に現れる。人間がその人への対応は大体三つ。一つは無関心、一つは取り入ろうとし・・・・・・そして、一つは粗を探す」
そう、当たり前のことなのだ。
コツコツ積み重ねてきた人の前に、突然現れる上位互換。
嫉妬して当然だ。
なにせ、相手は自分より上で、邪魔な存在のはずで、
「だから、強制的に排除しようとした。それだけだろう?」
「ーーーーーーそんなの、違う! 確かに梓川さんはすごかった。あたしより人気者で・・・そして勉強も、運動もあたしよりすごくて・・・・・・だから、あたしはそんなこと絶対しない!」
「ああ、確かにそうだな」
と、月詠さんは自分の弁をひっくり返した!?
「ちょっ、月詠さ」
「援交の噂をでっちあげることなんて、まずしないだろう」
「ーーーーーーえっ?」
この場の誰もが凍りついた。
そう、それじゃあまるで、
「拡散したのは、あくまでも上山真由美だ」
だが、と月詠さんは、
「援交の噂をでっち上げたのは、城島静江、お前だ」
30
「ーーーーーーどういう事ですか」
思わず、疑問を口にしていた。
でっち上げたのは、城島さん?
あの、大人しそうで、人畜無害のような人が?
「画像加工に関して言えば、それは上山真由美の功績だがな」
「ーーーーーーそうじゃなくて、なんで城島さんがそんなことするんですか!?」
いくらなんでも、動機が無さすぎる。
上山さんが梓川を貶める理由もわかるが、それになぜ城島さんが関わってくるのかまるで理解できない。
「理由、という理由は本人に聞かなければわからない」
「ーーーーーーなら、なんで城島さんをでっち上げの犯人だって」
「助手くんは、気づかなかったのかい?」
「ーーーーーーえっ?」
気づかなかった?
何か、僕は見落としてないのか?
城島さんの印象はモルモット。
モルモットは臆病。
いや、違う。
城島さんは友達が少なかった。
「ーーーーーーあっ」
わかった。
確かに、あるかもしれない。
ちゃんとした、ありふれた動機が。
「城島さんは、梓川に嫉妬していたんだ」
月詠さんはそう、言葉を入れる。
嫉妬。
妬む。
七つの大罪の一つであり、誰にでも芽生える感情。
「故に、クラスで人気者になって行く梓川を」
「違う!」
そう言ったのは城島さんではない。
「そんな、醜い感情で静江はこんなことしてない!」
上山さんだった。
それはまるで、知っているかのような。
いや、知っているのだろう。
「知っている。カマをかけただけだ」
「「ーーーーーーえっ!?」」
と、素っ頓狂な声をあげたのは、鬼浜くんと僕だった。
「不自然なのだよ、この噂自体が」
「どう言う意味だよそれ!」
「嫉妬も、なくもないがそれだけで動きはしない。合成写真も不自然だし、どうせ証拠を捏造するのであれば、ホテルの前を通った梓川を撮ればいい」
「ーーーーーー言われてみりゃそうだ」
鬼浜くんは納得する。
確かに、あの合成写真だけじゃなんの証拠にもならないし、噂の流れが不自然なのも結局は有象無象のネットの民には看破されてしまうからで、
「・・・・・・少しは、言葉を発したらどうだ? 城島静江」
その視線は責めるように、城島さんに向けられる。
その視線に怯えながらも、城島さんは、
「・・・・・・友達に、なりたかった」
ただ、その一言を口にした。
31
「わたしは友達が少なくて、
「その理由は、結局わたしの臆病な性格が原因で、
「だから、どうしたら友達になれるのかわからなかった。
「上山さんは、確かにわたしのこと友達として見てくれて、
「でも、わたしが本当に友達になりたかったのは、梓川さんで、
「でも・・・・・・梓川さんの周りは、沢山の友達がいて、
「話しかけられなかった・・・・・・。
「わたしの根本はやっぱり臆病で・・・・・・人見知りで・・・。
「だから、思いついた。
「いっそのこと、梓川さんが一人になればいいんだって」
32
「・・・・・・それからは、大体想像通りです。・・・・・・わたしが、上山さんに頼んで、嘘の写真をでっち上げて、『梓川さんは実は援交してたんだー』・・・なんて」
「静江は悪くない! あたしがそうしただけで」
「いいよ、上山さん・・・・・・もう、わたしのせいでいいから」
そう言って、城島さんは、
「わたしが全ての噂の根源です」
そう、自白した。
「・・・・・・城島さん」
「ごめんなさい、梓川さん」
「それで済むと思うか?」
それを言ったのは、
「そんな、ごめんなさいで済むと思うのか?」
月詠さんだった。
「貴様は・・・・・貴様達は何をしたかわかってないみたいだな」
「ーーーーーーえっ?」
「傷付けたんだよ、梓川に一生消えることのない傷痕を」
確かに、ネットに一度出た情報は完全に消すことはできない。
「ーーーーーーでも、噂がデマだってわかれば噂は収束」
「するわけないだろ」
一度出回った噂は、特にネットに出回った噂は、
「噂がデマだと、そう公言したとしよう。だが、それを信じるのは結局他人だ。間違った情報を愚直にも信じ続け、それが拡散されてみろ。ウイルスみたいに変異し、新たに梓川を傷つける姿を想像してみろ」
「ーーーーーーそんなの、わたしたちは」
「関係ないで済ますなよ!!」
月詠さんの怒鳴り声が、教室を越えて、廊下まで響き渡る。
「いいか、お前達は許されないことをしたんだ。刑法や民法でも処罰の対象になる。もし、梓川が幸せな家庭を築こうとしても、その噂を知れば、たちまち周りは引け目を感じる」
消えることのない傷痕を残した。
人生を台無しにしてしまうくらいの、そんな傷痕を。
「それは一生、続くだろう。それを『ごめんなさい』の一言で許されるわけないだろうが!!」
言葉は重く、鈍器のように二人を殴り続ける。
「忘れるな、そして一生後悔しろ」
それだけ言って、月詠さんは少し後ずさった。
「・・・・・・真由美、それと城島さん」
静かに、梓川は歩み寄る。
表情は夕陽が窓ガラスに反射して読み取れない。
「・・・・・・許せないよ。私」
「・・・雫」
「でも・・・・・・私自身も・・・許すことが出来ないよ・・・・・・!!」
抱きしめた。
梓川は、二人を抱きしめて泣いている。
「「ーーーーーーごめんなさい・・・・・・ごめんなざい・・・・・・!!」」
その光景は、お互いの傷を舐め合う猫みたいで、
少し、哀れで、
そして許さないと罵っているような、そんな地獄絵図。
「・・・・・・これで、良かったんですかね」
「良いわけないだろう、助手くん」
月詠さんは苦い表情で、
「今回の事件、私はひどく怒りを感じたよ」
「まあ、確かに月詠さんらしくありませんでしたからね」
諭す事はあっても、あんな風に本気で怒ったりはしなかった。
責める事はあっても、口撃する事はなかった。
「・・・・・・修理は終わったか?」
「はい・・・まあ、実のところ、だいぶ前に終わってました」
「ふん、そういうのは言わなくて良い」
月詠さんは僕の頭を撫でて、
「今回の事件は、助手くんにとっても良い経験になったはずだ」
「・・・・・・はい」
いや、それは随分前に学んだ。
噂は伝言ゲーム。
大切な後輩から、すでに学んでいたのだから、これは復習みたいなもの。
「・・・そろそろ、私達も帰るか」
「ですね」
ここに居ても、僕達にできる事はもうない。
だから、あとは当事者が解決するしかない。
「さて、それじゃあホテルの予約を」
「いや、だからダメですって!!」
追伸
あの事件から、数週間が経った。
真由美と城島さんは停学になり、私の状況はあまり変わってない。
「ちっ、あいつら」
鬼浜くんは舌打ちして、クラスメイトを睨みつける。
「鬼浜くん、舌打ちはしないでね」
「全く、委員長はかてえなー。さすがは昔気質」
うるさいなー、とムッとすると鬼浜くんはそそくさと肩をすくめて自分の席に戻る。
訂正する、多少の変化はあった。
今まで一人だった私は、鬼浜くんや隣のクラスの鬱野くん? が話しかけてくれて、一人の時間が少し減った。
「そういや、なんで上山さんと城島は停学になったんだ?」
「さあ、・・・一説だと二人は肉体関係があって、それが学校に知られたとか」
「えっ、あいつら付き合ってたのか!?」
「さあな、俺の想像だよ」
「なんだよ、つまんねえな」
「・・・・・・」
今教室でホットな話題は、真由美と城島さんの停学についてだった。
一部では、かなりひどいデマや仮説が浮上しているみたいで(ちなみに、鬱野くん情報)結局それは、全部真実とは程遠いものだった。
真実を知っているのは、あの場にいた五人だけ・・・・・・いや、七人だけだった。
教室の扉が開かれると、そこには真由美と城島さんが入ってきた。
「・・・・・・」
クラスの賑やかな空気が凍りつく。
「おい、来たぞカップル二人が」
「えっ、まさかの当たり!?」
「だって、二人一緒の登校だぜ? あり得るだろ」
二人のクラスメイトがこそこそと話し合う。
その話は普段は雑踏に隠れるが、この静けさの中では、むしろ際立って聞こえる。
それを、
「んなわけねえだろクソが」
そう、遮ったのは鬼浜くんだった。
「ーーーなっ、なんだよ! だって、みんなデマとか流してるじゃんか! 俺達がそれをしてなにが」
「悪いんだよ、幼稚園児かてめえらは、あっ!?」
鬼浜くんの怒声が、教室の空気を一変させる。
「次にそんなくだらないデマ言ってみろ・・・・・・そん時は覚悟しとけよ?」
そう言って、乱暴に自分の席に腰掛ける。
なんだか、その態度はぶっきらぼうに
『俺が守ってやる』
そう言っているような、いや多分実際は少し違うのかもしれないけど、
「・・・ありがと、鬼浜」
「俺はお前らを許さねえ」
けど、と鬼浜くんは、
「くだらない噂話を聞くのは、うんざりなんだよ」
「・・・・・・そうだね」
「梓川さん!」
教室の空気を壊すように、入ってきたのは鬱野くんだった。
「おおおおおおおはようござざざざいます!」
「えっと・・・・・・おはよう、鬱野くん」
それで教室はざわついたりはしない。
なにせ、あの日以来毎日来るのだ。
なんでかは、正直わかっていないし、
『まっ、毎日挨拶してもよろしいでしょうか!!』
と、あの日になぜかことわってきたので、とりあえずいいよと、答えて以来、毎日来るようになった。
「それと、城島さん!」
「ーーーーーーえっ?」
普段なら、挨拶で終わるはずなのに、今日は城島さんにも話しかけた。
「今日から、君も『アズサー』にならないかい?」
「「「はっ?」」」
思わず、クラス中がそう言った。
でも、鬱野くんは動じないしと言うかその『アズサー』って一体全体なんなのか!?
「・・・・・・よろしく、お願いします師匠」
そして、なぜか二人は共感し握手をした。
・・・・・・本当に、よくわからないまま、でも私の新しい日常が、改めて始まった。
追伸2
「・・・・・・予想はしてたが、赤字だな」
「・・・・・・ですね」
僕と月詠さんは、タブレットのEのつく計算アプリの結果を見て、愕然としていた。
大赤字で、さらに言うなら前に計算した年内の利益もかなりの量食い潰していた。
「仕事、しますか」
「・・・・・・そうだな。しばらくは忙しくなりそうだ」
あっ、ちなみに米崎の仕事の依頼料も、込みでの赤字なので、もはや笑うしかなかった。
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