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第29話『運命を切り開くとき』

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「ファランクス」

 シェリルとかいうジェネレーターが、そう呟いた。
 瞬きした、その瞬間に、視界は赤で埋め尽くされていた。瞬きする前は何も無かったはずなのに、ほんの一瞬目を閉じた瞬間――前にも、後ろにも、右にも、左にも、上にも、俺を全方向から囲むように赤い粒子でできた弾丸が数え切れないほど生成されていた。

「ファランクスって知ってるかしらん? あなたの世界の古代において使われた密集陣形を指す言葉。まるで幾人もの兵士が攻撃するかのような連続攻撃。ぜぇーったいに耐え切って見せてよねっ、堺直志さん!」

 こちらが受け止める準備もままならないってのに、無慈悲に飛んでくる赤い弾丸の群れは、この身を貫こうとしてくる。とてもじゃないが、剣一本で耐え凌げる量じゃない。
 前だけならともかく、右からも、左からも、上からも、後ろからも、無数の粒子の弾丸が飛んでくるなんて、どう対処したらいいんだよ!?

「フェルト!!」

 俺は咄嗟にフェルトの名前を叫ぶ。だが、悠長に二人でコレの対処を考えている暇も、一言二言の相談もしている暇もない。今にも弾丸が俺を貫こうとしているんだ……!!
 どうすることもできない。
 そう諦めかけたその瞬間、俺の周りで緑色の爆発が起きた。
 俺を貫こうとしていた粒子の弾丸は霧散し、赤い星屑となって散る。

『ナオシさん、対処を』

 フェルトのその一言で我に返る。

「……ッ!?」

 その爆発で全ての弾丸を吹き飛ばしたわけではない。すぐにでも赤い弾丸は俺を貫こうとしてくる。
 ここで負けるわけにはいかない……!!
 気が付けば俺は剣を振っていた。生き残るために、生存本能だけで体を動かした。
 全方位から飛んでくる弾丸を剣一本で次々と切り落とす。

『先ほどのエクスプロージョンで、ナオシさんを守るための防壁を張る粒子が残っていません。ですから絶対に当たらないでください』

 本来なら結構無茶な要求だからね、フェルトちゃん?
 でも実際に俺は剣一本で弾丸を切り落とすことに成功している。戦いの神だか何だか知らないけど、正直、誠に遺憾ながら、今ほどプロジェクトアレスとやらに感謝しちまうことはないよまったく。

「だけど、そろそろキッツイぞ……。フェルト、粒子で剣を作ってくれ!」
『了解』

 俺を守る防壁なんて今はいらねぇ。攻撃こそが最大の防御とは誰が言ったかは知らないけど、まったくその通りだぜ。
 右手のジェネレーターと、左手の粒子による剣で、前から来る弾丸と、右から来る弾丸と、左から来る弾丸と、後ろから来る弾丸と、上から来る弾丸、その全てを切り落としていく。

「すごい……すごい、すごいよぉぉぉおおおおお!! フェルトちゃん、あなたの使い手はとんでもない人なのね! あぁ、私も堺直志さんのような強い人の元へ行きたいなぁ。ふふ、ふふふ、ふははははははは!!」

 な、なんだ!?
 シェリルは感情が高ぶったのか、笑い声をあげる。
 この彼女の感情の鼓舞に合わせるかのように彼女を装備したロボットの周りに纏いつく赤い粒子は濃くなり、粒子の弾丸がさらに増えた。

「おい」

 俺が言えたのはこの二文字の言葉だけ。
 ふざけんな、と続けて言いたかったけど、そんな暇など与えてくれない。
 もう少しで耐え凌ぐことができたと思ったら、第二段階があるとか聞いてない。てか、アイツの粒子の生成量はどうなってやがる!? ファランクスとかいうこの攻撃は、おそらく限界まで粒子を放出して弾丸を作る荒業なはず。
 だから、続けてこの攻撃をすることはないと踏んでいたのに!

『ナオシさん、シェリルさんの粒子生成量が異常です。限界を超えて放出しています』
「やっぱり、限界を、超えてやがる、のかっ!!」
『はやく止めないとシェリルさんが内部から崩壊してしまいます。ナオシさん、対処することは可能ですか』
「フェルトの、その願いを聞いて、やり、やりたいのは、山々なんだが、俺自身を守ることに、精一杯で無理っぽい」
『…………』

 フェルトは押し黙る。
 あぁ、俺だってどうにかしてやりたいさ。フェルトと同じ存在で、話しぶりを見ていると知り合いみたいだし、そんな奴をテストの戦いで命を落とさせてたまるかよ。
 変に興奮しやがって。それで命を落とすとかシャレになんねぇぞ。

「ッ!?」

 その瞬間、粒子で作った剣が砕け散り、霧散する。
 ジェネレーターが生成する粒子は、同じ粒子に弱い。お互いにぶつかり合えば、力が強い方が勝つという単純明快な世界。何発もの粒子の弾丸を切り落としていたせいで、強度が下がっていた。だから、限界が来て壊れてしまったんだ。
 こんなときに最悪だ。
 増えた弾丸の処理が間に合わない――それを刹那の間に悟ってしまった。
 何が「ちゃんと生き残ってね」だよ。生き残らせる気なんてねぇじゃないか。

「う……ッ」

 ほんの一瞬の出来事が何秒にも引き伸ばされる感覚。赤い弾丸は確かに俺を貫こうと飛んできているのが目に映った。見えていても、間に合わないのが分かってしまう。
 終わった。
 諦めかけたその瞬間、それは起こった。

「うぅ……!?」

 白い空間がいきなり砕け散り、爆風と瓦礫によって赤い弾丸が吹き飛ばされた。
 そして、謎の防壁が俺を囲んで弾丸を受け止めた。
 すぐにでも破壊されそうな防壁だが、数秒でも時間が稼げただけでもありがたい。
 俺は再び粒子で剣を作り出し、防壁を貫いた弾丸を切り落とす。

「何が、起こったんだ……?」

 その答えは、すぐに分かった。

「サカイさん! 助太刀します!!」

 艶のある長い黒髪にブレザー、そして魔法の杖を持った女の子。
 その女の子はよく分からない強力な魔法を使って、俺の死角となる位置の弾丸を吹き飛ばしてくれた。
 そして、次に聞こえてきたのは凄まじいスキール音。
 キィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
 見慣れた赤い車が横滑りしながらロボットを突き飛ばした。

「おいナオシ!! 負けたらぶっ殺すぞ!!」

 これも聞きなれた野郎の声。

「まさか、そんなことが……マジかよ」

 あいつらがヘーレジアに来たってのか?

「リリー!! ロディ!! なんでお前らが――」
「詳しい話は後です! ピットマンさんが作ってくれたチャンスを無駄にしないでくださいよ!!」
「…………!?」

 ロディのファルカオに突き飛ばされバランスを崩していた。ロボットは体制を立て直そうとしている。その僅かな隙を突くことができれば……!!

「やっちゃってくださいサカイさん! あの赤い弾は私が何とかしますから!!」
「おう! やっちゃるぜ!!」

 リリーが俺を守ってくれるって? すげー安心できるし、すべてを任せられる。
 だから俺は突っ走るだけ。
 そして点火。粒子の爆発によって吹き飛んだ俺の体はひたすら真っ直ぐに、シェリルを装備したロボットへと向かう。
 ありったけの粒子を左手の粒子で作った剣へと収束。強靭な粒子の剣は、シェリルを守る粒子の防壁を切り裂き――そして突破口を作り出す。

「帰って来いシェリル! お前は、お前だけの使い手を捜すんだろうがッ!!」

 黒いロボットの腹部を確かに貫いた。
 これで……シェリルは女の子の姿に戻る。駆け寄って安否を確認するが、特に傷ついたりということはなく、安らかな眠りについているようだった。

 今回ばかりは俺一人じゃどうしようもなかった。死ぬところだったんだ。プロジェクトアレスが戦いの神を作り出す計画で、その完成品が俺であっても、決して無敵なわけじゃない。キャパシティを超えた攻撃は、どう頑張っても一人じゃ対処しきれない。

 ならば――仲間を頼るしかないじゃないか。

 なんであいつらがここに来たのか、来ることができたのかは分からないが、二人が来てくれた瞬間、心が温かくなった。安心できた。負ける気がしなくなった。
 だから俺は言う。

「ロディ、リリー、二人ともありがとうな。まさか、ここに来てくれるとは思わなかったよ」

 そして、景色は再びコンピューターがずらりと並んだ部屋へと戻る。

「そうかそうか。君たちも登録されたんだねぇ」

 所長がそんなことを言い出した。
 登録されたってことは……ロディも、リリーも、コピーされた存在ってわけか。

「ごめんなナオシ。オリジナルの俺らじゃなくてさ」
「いいや。コピーだろうがオリジナルだろうが関係ない。だってヘーレジアはそっくりそのままコピーするんだろう? だったら、お前も本物のロディとなんら変わりない」
「ふ……やっぱナオシはナオシだな。最高すぎるぜオイ!!」

 ロディの奴が肩を組んできやがった。いやいやいや、野郎同士でひっつくとか気持ち悪いから!

「離れろよ気持ちわりぃな」
「なんだと!? 親友だってのに、俺の抱擁を受け取れないってのか!?」
「あぁ、嫌だね。抱擁を受けるなら女の子のリリーにしてもらいたいぞ」
「はぇ!? な、にゃに言ってるんですかサカイさん!!」
「いや、むしろ俺からするね。助けてくれてありがとうなリリー」

 さすがにハグはしないけど、頭を撫でてやることくらいはしてあげる。前も頭撫でて欲しいって言ってたし、嫌なはずはない……よね?

「う、うぅ……サカイさんに褒めて貰えた。それ、ちゃんとオリジナルの私にやってあげてくださいね! 私って、サカイさんに褒めてもらいたくって頑張ってるところありますから」
「そうなのか? わかったよ。良いことしたら褒めてあげるわ」
「はい、お願いします! じゃあ、私たちはこれで。知識は知識らしく、眠ってきます」
「じゃあなナオシ。オリジナルの俺によろしくっ!」

 そう言って、ロディとリリーは砕けた壁から出て行った。眠るってことは、つまりそういうことなんだろう。人物が登録されれば、本来は眠っているような状態で保存されるってわけでだろう。

「不思議なこともあるもんだねぇ。まぁ、君の様な例もあるから一概に不思議なこと、とは言えないか。それにしても、あの二人も登録されているとは……」

 所長だってのに、何が登録されているのか全て把握してないのかよ。
 まぁ、きっとここに登録されている知識は膨大だろうしな。
 それよりも。

「ロディとリリーが登録されるのは当然のことだろうが。ロディは世界一の天才ドライバーだし、リリーはこの世に舞い降りた天才魔法使いだぞ。登録されない方がおかしいじゃねぇか」
「うーむ、それだけのことで登録されるかねぇ。ま、いいだろう。とにかく君は試練を乗り越えた。シェリルのことは任せたまえ。私はきっと使い手を見つけ出す」
「そうしてやれ。アイツ、飢えすぎて暴走しちまうくらいだからな」
「あれは私も想定外の事態だったからね。君がどうにかしてくれることをひたすら願っていたよ。ジェネシスのメンバーが集うという、更なる想定外が起こって私はとにかく興奮してしまった」

 さて、と所長は前置きして背を向けた。

「試練を乗り越えた堺直志君なら、仕事を任せられる。ピットマン君と、マクファーレンさん、そしてフェルトと共に、この世界を守っていただけますかな?」

 今更だな。
 返答は当然――。

「お任せください。私たちは何でも屋のジェネシス。何でもするから何でも屋、なんですからね!!」
「いい答えだ。さぁて、君をジェネシスの事務所の前まで送ってあげよう。疲れただろうし、自宅に直接行けた方がいいだろう?」
「いや」

 俺はここに連れてこられる前に、謝らなくちゃならない人たちが居る。

「カロールタウンに戻してくれ。やり残したことがある」
「そうか。君がそう望むならそうしよう」
「恩に着る」
「なぁに、この世界の守護者として戦ってもらうんだ。できる限りのお願いは聞いてあげるよ」
「じゃあいずれ、とんでもない要求するかもしれないから覚悟しておけ」
「それは末恐ろしいな。じゃあ、また会おう、堺直志君」
「ご依頼、承りましたよ所長」

 また視界が歪み、一瞬視界がブラックアウトする。
 再び光が差し込むと、目の前に広がっていたのは廃れた街――カロールタウンだった。
 とんでもない依頼を請け負ってしまったが、それでも俺は前へと進む。
 世界を守る使命が与えられてしまったが、それは力ある者の勤めなのだろう。
 ジェネレーターという世界を滅ぼしかねない力は、この俺の手の中にある。
 それをどういう風に使うかは、自分次第。
 ならば、俺はその力を善意で使おう。
 誰かに危険が及ぶような事態があれば、喜んでこの力を使おう。
 それが俺の意思だ。
 なぜなら俺は何でも屋『ジェネシス』のナオシ=サカイなんだから。
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