花の存在価値

花咲 葉穏

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【鬼灯】

第10話 シロ

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 外からは、上空からスズランを銃殺している音が聞こえる。私たちは、建物の中で一言も喋らずに外の銃撃が終わるまで待機している。シオの傍にはユリがつき、私とオミはミツの傍にいる。メンバーの顔色は良くない。今日一日だけでも、みんなにはあまりにも情報量が多すぎた。スズランとの戦闘はもちろん、内部事情やアルストロメリアからの圧力。私たちの味方は、誰一人としていない。しかし、それが私たちが望んだ選択なのだから文句は言えない。


「ねぇ、メイ。あんた、アルストロメリアと繋がってんでしょ?白状しなさいよ。」


 シオから離れたユリは、こちらへ歩み寄る。そして、私の前までくると、脅すかのように近くの机を思い切り叩いた。その音は、銃声にも負けないほど大きく、メンバーはユリに注目した。


「普通に考えておかしいわよね?全く理解出来ないアルストロメリアの指示に従う理由が分からないわ。いくら、あたし達にこれ以上罪を負わせない為とは言え、そんな義理もない集団でしょう?」


「ユリさん、いい加減鬱陶しいですよ。少なくとも、オミはユリさんなんかよりメイさんの方が信頼できます。そんなメイさんがアルストロメリアの指示に従うには、きっと理由があるに違いません。」


「は?鬱陶しいのはどっちよ。さっきから口挟んできて、何様のつもり?いい子ちゃんは黙って言うこと聞いておけばいいのよ。」


「いい子ちゃんであれば、ナスタチウムに入れられるはずがありません。ユリさんは怖い言葉と大きな音で、人を支配出来ると思っているようですね。でも、一番怖いものが何か知っていますか?」


「意味わかんない!そんなこといまどうでもいいでしょ!」


 オミは、私を庇う。それが何故だか、理由は分からない。懐かれている、という訳でもないのだ。オミは自分をしっかりと持っている人間。自分が正しいと思ったことは貫き、それが間違っていた場合はプライドなど気にせず謝罪をする。そして、たまに天然気味な所があり、ユリのような人間の神経を逆撫でしてしまう。しかし、そんなオミから不思議な質問が問いかけられた。一番怖いもの。それを問いかけるオミは、普段とは違う不気味さを感じる。その雰囲気に圧倒されたユリは、相変わらず吠える。しかし、次の瞬間私の斜め後ろにいたオミが動きを見せる。あまりにも速く、何が起きたのか分からない。だが、後ろにいたはずのオミはユリの首筋にナイフを押し当てていた。


「本当に怖いものは、自分の欲望に忠実な人間です。オミは、たった今ユリさんを殺したいと思いました。そういった人間は、自制心を持ち合わせていません。言葉で、人の心は簡単に壊れます。ですが、その前に殺してしまえば傷つかずに幸せに天国へ行けるでしょう。嫌いなら殺せばいい。好きなら生かせばいい。違いますか?ユリさんのやっていることは、自分を守るためのただの自己防衛に過ぎません。ユリさん、あなたは弱いんです。人を殺せません。言葉で人を壊す、それはそこに転がっているミツさんと変わりませんよ?あなたの最も嫌ったミツさんと同じ。」


 あまりの迫力にユリは、何も言えずに固まってしまった。少しでもユリが動けば、本当にオミはユリを殺してしまうだろう。オミの目は本気だ。ユリもそれは分かっているのか、大人しく黙って動かない。この沈黙は、一時間にも思えるほど長く感じた。しかし、オミはナイフをそっと下ろす。ユリから距離を取ると、そっと私の後ろに隠れた。


「きゃー、こわいー。ユリさんに脅されたのでうっかりナイフを突きつけてしまいましたー。」


 私を盾に、棒読みでそう呟くオミに苦笑いを浮かべた。ユリは未だに恐怖で動けないままだ。シオは、興味が無さそうに外の景色を見ていた。ユリとオミは暫く放っておいても大丈夫だろう。ユリは人に色々言うけれど、心は繊細な部類だ。強く言われることに慣れていない。今はショックを受けていると判断し、私はシオの元へ向かう。


「外の状況はどう?」


「もう終わったみたいです。スズランの生存は、肉眼では現在確認取れません。」


「そう、早く終わったのね。みんなが出動した時間、無駄になっちゃって申し訳ないわ。」


「メイさんのせいじゃないですよ。ミツさんがいけないんですから。」


 オミとシオは、ここから離れた寮に住んでいる。今回の出動がほぼ無駄になってしまったように感じて、私の方からシオに謝罪した。シオは、何も気にしていないという様子で首を横に振る。すると、誰も気付かなかったがエレベーターが到着した音がする。私たちは再び銃を構えた。コツコツとこちらに向かってくる足音。それは、スズランとは違いしっかりと意思のある人間の足音に聞こえる。しかし、油断は出来ないため武器は構えたままだ。


「撃たないで~。ごめんね~、オペナビでこっちに向かうこと言おうとしたんだけど…。ミツさん殺されてないか心配でそのまま来ちゃった!」


 両手を上げながら、こちらに近づく人物。それは、私以外はその姿を見たことが無いであろう、シロだった。ボーイッシュな雰囲気の髪型は宝石のラベンダー翡翠のようだ。髪色と同じ色の瞳は、ぱっちりとした猫目でどこか中性的な整った顔立ち。にこにこと愛らしい笑みを浮かべる彼女は、愛想があって打ち解けやすそうに見える。私は、アルストロメリアに初めて行った際にシロと会ったことがある。そのため、シロは私を見つけるととことこと小走りでこちらに駆け寄ってきた。そのままこちらに抱きついてくると、たった一瞬でこちらに耳打ちをしてくる。


「お勤めご苦労様。ここからは私と一緒にミツさんをアルストロメリアに送ってあげようね。」


 驚いた表情を浮かべつつ、彼女を見つめるといつも通りの明るいシロだった。


「やっと会えたね~、メイ!覚えてる?メイが初めてアルストロメリアに来た時、メイの前で思いっきり転けて血をだらだら流したことがあったよね。その時くれたハンカチ、ずーっと返したかったの!」


「あ…、あぁ、そういえばそんなことあったっけ…。」


 彼女はありもしないことをペラペラと喋る。しかし、これは先程の耳打ちが不自然にならないように、彼女が自然な流れに持っていったのだろう。彼女から、黒いレースのハンカチを受け取る。その時、くしゃり、とした感覚が手に伝わる。きっと、彼女たちからの伝言が紙に書かれているのだろう。こちらをじっと見つめるラベンダー翡翠の瞳は、会えて嬉しいよ、という気持ちが伝わってくるほどだった。演技だとしても、こんなに慈しむような瞳が出来るのだろうか。私を隠すように前に出たシロ。その隙にハンカチの中の紙を見た。


『五分後、ガス投入。バレないようにハンカチで口を覆うように。』


 そう記載された紙に戸惑うが、シロの言うことを一旦聞くことにした。


「メイさん、その人は本当に信頼出来る相手ですか。」


「そ、そうよ…。アルストロメリアの人間なんて、私たちを駒としか思っていないのよ?」


「それに関しては、オミも同感です。」


 私とシロの様子を見ていたメンバーは、みんなそれぞれ殺気を放っている。誰しも、得体の知れない相手には警戒すると思うが、あからさま過ぎる。シロもその様子を見て、自分がいかに歓迎されていないのか感じているらしい。だが、そんな時でも彼女は笑顔だった。


「いやぁ~、ごめんごめん。やっぱりそうだよね、信頼出来ないことは仕方ないと思う。でも、駒とは誰も思っていないよ?そうじゃなきゃ、わざわざ君たちを建物に避難なんてさせないって~。」


「今死なれたら、自分たちが困るから殺さないだけなのでは?」


 シオがすかさずそう告げた。彼はシロとは相性が合わないタイプだろう。シロも同じく、シオのことをあまりよく思っていないのか一瞬だけ笑顔が消えた。すかさず元通りの笑顔を向けなおしたようだが。


「まあまあ~。そう怖い顔しないでよ、ね?僕、ナスタチウムのみんなに伝えないといけないことがあるからさあ。一緒にアルストロメリアに来てくれるよね?あ、そうそう、先に君たちのオペレーターのハルにはアルストロメリアに行ってもらったよ。まあ、厳密に言うと僕の上司がハルを連れ去ったようなものだけど。」


 シロがにこにこと話していると、とんでもないことを告げられる。ハルを連れ去った。彼女は確かにそう言った。それを聞き、ユリはすかさずナイフを後ろ手に隠しながらシロへ近づく。


「今、なんて言った?ハルちゃんを連れ去った?やっぱりアルストロメリアの人間は、信用出来ないわね。」


「まあまあ、落ち着いてよ。先に言っておくけど、ハルは怪我をしたから、アルストロメリアで治療が必要だったの~。」


「怪我?あんた達がハルを傷付けたの間違いじゃなくて?」


「ちがうちがう~、まあとりあえずさ…。うるさいから一旦みんな黙ってついてこよっか?」


 シロはこちらにアイコンタクトを一瞬送ってきた。そして、彼女たちの手には何かのスイッチ。彼女はそれを戸惑いもなく押すと、プシューというガスの漏れるような音が聞こえ始める。それを聞き、私はもらった黒いレースのハンカチを取り出して鼻と口を塞ぐ。様子がおかしいことに気付いたほかのメンバーは、シロを攻撃しようとするがガスが体を巡ってしまい次々と倒れていく。どうやら、眠っているだけの様子だが。同じようにハンカチで口元を覆うシロは、少し困った笑みを浮かべていた。任務完了と言わんばかりに、拳を握り親指を立て、ぐっ、というポーズをとった。
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