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4:あなたに贈る
夢の世界のような美しさ
しおりを挟む「……言ってた?」
「幾度とな」
イヴが度々口にしていた単語。イヴは無意識だったらしく、本人も驚いていた
「フェリークとは……よもや私のことを指す訳ではあるまいな?」
黒竜の指摘でイヴの顔色はサッと青くなる
黒竜は怒っているというよりは信じがたいという言葉が合っていた。イヴはいっぱいいっぱいになっていて頭の中では驚きと焦りと悲しみが混ざり合って悲鳴を上げていた
「……な、名前があった方が……いいかと思って……ほ、本で調べて黒竜様に合いそうなもの、を」
黒竜との対話で名前の話になった後に入った本屋。そこでイヴが調べていたのは名前になりそうな単語だったのだ。一つ決めて心の中で何度も復唱して覚えた
しかし決めた呼び名はあらかじめ決めていたように黒竜には言うつもりなどはないもの。うっかり露呈してしまったとはいえそう決めていたことだ。だが本竜にバレてしまい言及されてしまった。気が進まない上に勇気のいる決断ではあるが正直に白状した
言葉が上手く出てこず、何度もつまりかけ、声も小さくなってしまったが話した。
イヴは言った後は落ち着かず頻りに手を動かしている。服を握ったり自分の指と指を絡めたりという事を繰り返していた。黒竜からの言葉を待っていはするが聞きたいようで聞きたくないようで――といった具合なようで黒竜を気にする素振りをするが時々耳に手を当てたりということもした
――フェ……黒竜様、怒った、かな。なんで言っちゃったんだろう。今はあの人たちいなさそうだし、姿が見られて安心したから? あの日はちゃんといつも通りに言えていた……はず。あれ、もしかしてフェリーク様って呼んでしまっていたりするのかな
……自信がなくなってきちゃった……。慌てていたしあの時から呼んでしまっていたかも……?
考えれば考える程疑わしく思えてきてしまい、わからなくなる。
ぐるぐると考えが巡って悩むイヴだが唐突に鼻に痒みを感じて咄嗟に両手で押さえるとくしゃみが出てしまう。長い間入っていたため冷えてきたようだ
「う……さむい」
「癒えたならば出ればいいだろう」
「それは……」
――上がったら思いっきり見られちゃう……
全てではないとは言え濡れてしまっている。服の下の肌の色がぼんやりとだが透けている。普段の格好がそもそも良くはない。町娘というには華やかさが足りない。村娘といった格好だ
それが濡れている上に一部切り裂かれているとなれば黒竜を前にしているイヴにとっての評価は〝みっともない〟だ
「も、もう少ししてから出ます! い、今はちょっと」
「……人間の考える事はよくわからんな。好きにするがいい」
「はい……」
黒竜様に見られなくて済む状態になったら出よう。
そう決めたイヴはもう少し冷えを我慢することにした
「生きる者。人間の事も往々にしてわからんが、貴様はよりわからぬ
――何故、フェリークにした?」
「何故って……だから、黒竜様に合うから」
イヴの返答に黒竜が沈黙する。しかしそう時間も経たずに風が起こった。吹き付ける風で冷たさが増し、イヴはすぐに我が身を掻き抱いた
直後のことだった
水面が激しく波打ち、やがて水飛沫が立った
思い切り全身に水を浴びる事になり何がなんだかわからないまま上から下までぐっしょりだ。髪から水が滴り落ちながらもイヴは呆然としている。何が起こったのかわからず呆けていると影がかかった。影はすぐに離れ、イヴは漸く振り返って見る
少し離れた場所にいたはずの黒竜が近くまで来ていた。それを目視した途端にイヴは後ろに向けていた頭を戻し膝を抱える。膝を抱える腕には余剰な力が入っていた
「……私はかつては自由に過ごしていた」
しかし、黒竜が静かに語りだし腕の力は緩まった
「一つの場所には留まらず
好きな時に空を飛び
好きな時に眠り
好きな時に食事をした。それを阻む者はいなかった」
空を覆い隠そうとするかのように伸びる森の枝葉。それでも隠す事が出来ていない空を黒竜は見上げていた。その様が見えているかのようにイヴも仰ぐ。心を晴れ晴れとさせる気持ちの良い青空だった
「魔王が配下になれと押しかけて来るまでは気ままに暮らしていた」
「……押しかけて、来た?」
「手勢の増強だと言った。断ったが何度も奴らは来た。そのうちに勝負を仕掛けられた。勝負となれば受けぬ訳にはいかぬ。負ければ加わるといったものだったが構わず受けた。……私は負けた。ヤツは魔族の王という肩書きに違わぬ実力だった」
イヴは黒竜と戦った事がない。あしらわれるばかりだった。それでも重さを伴った威圧感は戦いに無縁なイヴにさえ黒竜は強いと思わせた
そんな黒竜が魔王に負けただなんて信じられない話だった
「敗者は強者に従う。それは当然の事だ。敗者らしく魔王軍に入った
……しかし……。魔王軍としての日々はただ、心身疲れ果てるだけのものだった」
戦いに明け暮れる日々。肉体も精神も傷付けられてすり減らされていく日々。
蔑み。遠い平穏。イヴには想像することしか出来ず、訊くことも出来なかった
「仕方なきことであったとはいえ二度とやる気は起きん」
「……王様が来て、無理やり勝負させたんでしょう?」
「しかし負けだ。魔王との一対一、小細工もなかった。純粋に力で負けたのだ。……故に、致し方ない事だ」
「でも、やりたくなかったんでしょう? だからただ疲れてしまうばかりだったんだと思う」
「それは私に限った話ではない。平穏を好む者もいた。中立を望む者もいた。だが、強者に敗者が従うのは我々の摂理だ」
一〇〇〇年以上自然で生きてきたからなのか。自然に身についているそれにイヴは言葉が見付からず黙り込んだ
強き者に振り回される。それは人間ともさして変わらない。イヴは勝負をしたわけではないが敗者――弱者の身だ。権力や戦う力などあらゆる力に振り回される立場だ
しかし、違和感は拭えなかった。胸の奥にしこりが残った気分だ。モヤが晴れずすっきりしない
「突然やってきて、挑まれて。それで負けたから従う……ってなんだか納得いかない。全部相手が決めたのに」
「……。受けたのは私だ。意思無くしたわけではない。別段魔王軍としてやっていたことを悔いている訳ではない。ただあの大戦で世を見て世界、人間、魔族に嫌気が差しただけだ」
自分もまだ若輩者であるから余計にそう思うのだと、息を吐きながら黒竜は言う
自由にやってきた黒竜が見た世界は傷付け合う世界だった。あらゆる物が壊され、あらゆる者が消えてなくなった世界
――体感しながらもイヴが目を逸らした世界だ
「……自然にして平凡。しかし今思えばあの日々こそ夢の世界のような美しさと呼ぶに相応しい」
黒竜として名を馳せてしまった以上、どれだけ望んで実現しようとしてももう出来なくなってしまった。事実誰にも関わらないようにひっそりと森の奥地に暮らしても人々はやってきて傷付けていく
「生きる者よ。いま一度言う
お前の思い違いだ。私は敗者でしかない。フェリークなどと……私には合わぬモノだ」
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