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6:呑み込む想い
水となれ
しおりを挟む「――こ、こんばんはフェリーク様」
依然黒竜は森の奥地にいた。以前のことがあり躊躇いがちながら数日ぶりに黒竜の前に姿を見せるとギロリとその大きな目に睨まれる。何が気に食わないのかイヴにはわからなったが追い出される様子はない。そのため最早定位置である場所に腰を下ろした。黒竜は何も言わないでいる。挨拶以降イヴもなかなか口を開けないでいた
あの日戻ってきた後も引きずった深い感情。それが浮かんでくるが、大きく深呼吸をした。
今まで何度も話をして、何度も拒絶されて、言葉は届かなかった。だからといって諦めるわけにはいかないのだ。何度目かの深呼吸で、意を決して黒竜の方を向く。目があった。見ていたのかもしれない。突き刺さるような視線だったが伝えるために口を開いた。
「わたし……わたしは、あの戦いで戦ったわけじゃないから詳しい事とかはわからない。どれだけ大変だったのかとか。仕組みとか。……魔王と戦って、大戦でも戦って。どちらも敗れたっていうのはわかる、けど
――でも、わたしは初めてあなたを見た時純粋に、綺麗だって思ったの。希望だった。それだって、事実です」
「それは、過去の私だろう」
「フェリーク様は今も、綺麗です」
「……尚も、私をフェリークと呼ぶのか」
「私にとって、フェリーク様は夢の世界のような美しさだから」
声が、体が震えていた。
意見することによる報復を考え恐れているわけではない。年上が年下の言動を静視しているようだった。試すかのようでいて、視線は冷ややかだ。空気がピンと張られた糸のように張り詰めている。自分は今フェリークの内面や過去に不躾に踏み込んでいるのだとイヴに分からせるのは十分だった
それでも、想いを言葉で必死に紡いだ。
「それに……また、飛ぶことだって、出来ると思う」
「……敗者の私が堂々と、か?」
「いいと思う。魔王と勇者の戦いはもう終わったんだから」
長くも短い戦は既に終わりを告げている。戦火の残り火は燻ってはいるものの、それでも終戦しているのだ。魔族は肩身の狭い思いをしているものもいるだろうが、危害さえ加えなければ自由に暮らして行くことも出来る。そう思わぬ者もいるが、多くの被害を出したあの戦いを多少なりとも知っているイヴはそう考えていた。
黒竜が黙ってイヴを見下ろす。鋭い目つきで見据えていたがその目を閉じた。翼を広げて軽く動かす。風が起こり枝葉が揺れて幾枚かの葉が落ちてゆく。それと同時に何かがイヴの頭に落ち前に垂れて視界が塞がれた
「わ……っな、なに……?」
「人間達みな同じように考えているわけではない。それは稀有な考えであること、心得よ」
頭に乗って前方を覆い隠している何かを剥がす。それは横幅のある袋のようだった。撫でれば革の質感を感じる。強靭な肉体を持って人々を傷つける竜がいるという噂があるにも関わらずわざわざここまで足を踏み入れて捨てる輩がいるとは思えない。それだけではなく、どこにでもあるようなこの革袋をイヴは覚えがあるような気がした。
――あ……もしかしてあの時の……
パンを食べてもらおうと持って行ったものの行方がわからなくなってしまったものの可能性が高い。しかし、中を覗き込んでみるが何もなかった。気にはなったが膝の上に置いて黒竜を見上げた。イヴが革袋を見ている間に翼をしまって腰を据えて体を小さくしている。
「フェリーク、様?」
「用向きはそれだけか」
「え……言いたかった事は、それだけだけど……」
「ならば疾くに去るがいい」
「でっでも……」
用事はなくとも共にいたい。咄嗟に言葉が飛び出そうになって両手で口を覆う。言葉を喉へと戻して、革袋を手に立ち上がった。片手で服をはたいて落ち葉を払う
「じゃあ、また……」
気落ちした声を隠せず表に出ながらも別れの言葉を口にする。帰路へと足を進めて、ふと思い付いて頭を巡らせた。
「フェリーク様は、どんな食べ物が好き? お肉……とか?」
「……肉は好かぬ」
「そうなんだ。じゃあ何が好きなの?」
「……去れと言ったはずだが」
睨み据えられてはっとする。二度言われては訊けるはずがなかった。これ以上話を続けては不興を買いかねないため口を閉ざした。肉を好んで食べない事を知れただけでも収穫だ。しかしまた少し知れた事で新たな疑問がイヴの中で浮かんできてしまいそうだった。口を開けばそれが出てきてしまうそうで口を開かないようにして森の出口へと向かうため見遣る。陽は沈みにかかっていたが今から帰れば沈みきる前に帰れそうだった
「じゃあ、帰ります」
「理解したならば良い。他日にせよ」
「うん……また」
両手で革袋を抱えて町の方へと駆け出した。
森を抜けてパン屋が見えてくる。既に閉店しているため裏口に回る。戸を開けようとしてイヴは足を止めた。何かが違う。フェリークとの会話を思い出して森の方を見た
「他日……?」
――また、訊いてもいいの?
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