一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
27 / 71
6:呑み込む想い

芽吹き

しおりを挟む













 ――どうしよう。……どうしよう


「イヴ? どうしたんだい、アンタ」
「え……?」
「顔赤いよ。熱でもあるんじゃないかい?」


 翌朝、営業前にダイニングに顔を出すと開口一番に言われた言葉にイヴはそっと手を頬に宛てた。手のひらからは確かに熱が伝わってきていたがイヴには原因がわかっていた。否定しておき、シェリーを見る。深鍋では具材が煮込まれておりシェリーが鍋を見守って時々かき混ぜていた。三人分の朝食にしては量が多いため軽食でも出すつもりなのだろう。とはいっても軽食など仕事に追われてほとんどありつけた事はないが。
 ある程度このパン屋で過ごしてきたイヴはここでの食事にも慣れてきた。というのも農民のようであり聖職であるような食事の回数と時間なのだ。朝食はすぐに済ませられる物。忙殺により軽食はあったりなかったり。あとは昼食と夕食だった。家の中にお風呂場があるという時点で特殊だが――おまけにパン屋の特権か暖かい――教会暮らしをしていたイヴにはどちらも珍しく慣れなかったが今では慣れた

 用意されているパンを口に運んだ。最近は売れ残りがほとんどない状態のためパンは余分に焼いてくれたものだ。
 焼きたてを味わいながら熱の原因を思い出す。昨日の声がすぐ近くから聞こえてくるようだった。


 ――また来て、訊いてもいいって事、なんだよね?


 立ち入るや突風で追い返されたり、とりつく島もなく帰れと一言目に言われなくなった。それだけでもイヴには幸福ものだが、昨日確かに起こった出来事は進展であり幸福でも上位だ。思い出しては体が火照る程に。
 一晩置いて夢の出来事のような昨日の事を思い出してしまったのが朝から赤面している原因である。


 ーーどうしよう。今日行ければ訊きたい、けど……


 手のひらに体温が溶け込んでしまったため、裏返して手の甲を頬にあてる。蒸し風呂にでも入っていたかのように、やはり熱を持っていた。
 まだ今日が始まったばかりで、ずっと続く訳でもない。しかしいざその時になれば同じような状態になってしまうのではないかと案じてしまう。可能性が大いにあるためイヴは困っていた


「何ぼーっとしてんだい、さっさと食べないとまた食べられなくなるよ。それともやっぱり熱でもあるんじゃないの?」
「あ、い、いいえ!」


 シェリーの声で現実へと返る。慣れていない頃は何度も朝食を逃して起きてすぐに仕事に突入してしまっていた。そんな日は途中で空腹を感じるが、ほとんど軽食にはありつけない。結局落ち着いた頃には昼食なのだ。
 教会にいた時は一日二食であったが、十分な食事量だった。しかし今は店内ではあるが動き回るため、以前よりもお腹が空き今の回数分なければ満たされない。食事にありつくまでの間空腹と戦わねばならない午前になるのだ。それを思い返せば自然と手が伸びていた。
 時間がないため腰を落ち着けての食事ではなく、用意された物を摘んでの食事だ。煮込み料理をスプーンでさっさと食べてパンを手早く摘んで、鍋を温めていた火を消してシェリーは先に店へと向かった。イヴもすぐに朝食を済ませてエプロンをつけ、追いかけるようにして向かう

 店に出ると平時通りに開店支度を進める。仕事に集中していると先程まであった昨日の出来事は今は遠く離れ、体の熱も落ち着いた。念入りに掃除をしてからパンを並べてゆく。
 すると、裏口から声がした。ドアを叩く音が聞こえる。作業をしていたシェリーが顔をそちらに向けた。


「ミランダかね。ちょっと見てくるよ。準備しておいておくれ」
「は、はい」


 まさかパンを焼いているグレンに応対をしてもらう訳にもいかない。店舗入口ではなく裏口なため二人の知り合いの可能性が高い。開店は少し遅れてしまうだろうがシェリーが出るのが一番妥当だろう。イヴは指示通り開店準備に取り掛かった。
 程なくしてシェリーは戻ってきた。戻るやすぐに準備に加わった。イヴが扉を開けて外を見ると既に客が並んでいる。プレートを手にすれば見慣れぬ男女が近付いた。男女とは言ってもイヴよりも幼い子供二人だ


「おはようございます!」
「お、おはようございます」


 元気良く挨拶をされて面食らいながらも挨拶を返す。多少客との会話にも慣れてきはしたものの、声をかけられるとは思わなかったーー実際今まで開店前にはなかったーーため店員らしい気の利いた言葉が浮かばなかった。絞り出そうと思案する


「……えっと……今開けるね?」
「エルマとカミルはねー、お母さんの代わりに来たんだよ!」
「そうなんだ」
「この子が弟のカミル!」
「よろしくね」


 姉弟らしい。カミルと呼ばれた男の子がこくりと一度頷く。姉弟はおつかいに来たようだ。別段珍しくもない事だ。常連客の中にも子供はいる。そういった子供は大抵は農民で、他の家族が農業をしているために手の空いている子供を遣いに出す事が多い。
 イヴが相槌を打つと姉のエルマは話を続けた。しかしイヴは仕事中の身だ。相手をしてもいられない。ただでさえ今日は開店が遅れてしまっている上に今も客を待たせてしまっている。他の客を一瞥して、プレートで開店を示してドアを開けた。入りやすいように限界まで開ければ客たちはすべり込ませるようにして中へと入ってくる。イヴは定位置に戻る
 早々に話を切り上げてしまったあの姉弟が気になって見遣ればパンに夢中だ。姉がしっかりと弟の手を握りながらパンを見比べている。パンは見た目が大きく変わるわけではないが、それでも選別するのは楽しそうだ


 ――前は、わたしも……


 二人を見ていると思い出が重なる。
 姉のように年下の子の手を引いた事も、頼れる年上のように手を引かれた事もあった。当時は義務のようであり些細なことだったが、フッと思い出した。血が繋がらない同士ながらも絆があって、家族のようであった事も。今となっては最早懐かしい事だったが。


 ――……あの子達、元気かな。あの二人にも後で話しかけてみよう


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...