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6:呑み込む想い
芽吹き
しおりを挟む――どうしよう。……どうしよう
「イヴ? どうしたんだい、アンタ」
「え……?」
「顔赤いよ。熱でもあるんじゃないかい?」
翌朝、営業前にダイニングに顔を出すと開口一番に言われた言葉にイヴはそっと手を頬に宛てた。手のひらからは確かに熱が伝わってきていたがイヴには原因がわかっていた。否定しておき、シェリーを見る。深鍋では具材が煮込まれておりシェリーが鍋を見守って時々かき混ぜていた。三人分の朝食にしては量が多いため軽食でも出すつもりなのだろう。とはいっても軽食など仕事に追われてほとんどありつけた事はないが。
ある程度このパン屋で過ごしてきたイヴはここでの食事にも慣れてきた。というのも農民のようであり聖職であるような食事の回数と時間なのだ。朝食はすぐに済ませられる物。忙殺により軽食はあったりなかったり。あとは昼食と夕食だった。家の中にお風呂場があるという時点で特殊だが――おまけにパン屋の特権か暖かい――教会暮らしをしていたイヴにはどちらも珍しく慣れなかったが今では慣れた
用意されているパンを口に運んだ。最近は売れ残りがほとんどない状態のためパンは余分に焼いてくれたものだ。
焼きたてを味わいながら熱の原因を思い出す。昨日の声がすぐ近くから聞こえてくるようだった。
――また来て、訊いてもいいって事、なんだよね?
立ち入るや突風で追い返されたり、とりつく島もなく帰れと一言目に言われなくなった。それだけでもイヴには幸福ものだが、昨日確かに起こった出来事は進展であり幸福でも上位だ。思い出しては体が火照る程に。
一晩置いて夢の出来事のような昨日の事を思い出してしまったのが朝から赤面している原因である。
ーーどうしよう。今日行ければ訊きたい、けど……
手のひらに体温が溶け込んでしまったため、裏返して手の甲を頬にあてる。蒸し風呂にでも入っていたかのように、やはり熱を持っていた。
まだ今日が始まったばかりで、ずっと続く訳でもない。しかしいざその時になれば同じような状態になってしまうのではないかと案じてしまう。可能性が大いにあるためイヴは困っていた
「何ぼーっとしてんだい、さっさと食べないとまた食べられなくなるよ。それともやっぱり熱でもあるんじゃないの?」
「あ、い、いいえ!」
シェリーの声で現実へと返る。慣れていない頃は何度も朝食を逃して起きてすぐに仕事に突入してしまっていた。そんな日は途中で空腹を感じるが、ほとんど軽食にはありつけない。結局落ち着いた頃には昼食なのだ。
教会にいた時は一日二食であったが、十分な食事量だった。しかし今は店内ではあるが動き回るため、以前よりもお腹が空き今の回数分なければ満たされない。食事にありつくまでの間空腹と戦わねばならない午前になるのだ。それを思い返せば自然と手が伸びていた。
時間がないため腰を落ち着けての食事ではなく、用意された物を摘んでの食事だ。煮込み料理をスプーンでさっさと食べてパンを手早く摘んで、鍋を温めていた火を消してシェリーは先に店へと向かった。イヴもすぐに朝食を済ませてエプロンをつけ、追いかけるようにして向かう
店に出ると平時通りに開店支度を進める。仕事に集中していると先程まであった昨日の出来事は今は遠く離れ、体の熱も落ち着いた。念入りに掃除をしてからパンを並べてゆく。
すると、裏口から声がした。ドアを叩く音が聞こえる。作業をしていたシェリーが顔をそちらに向けた。
「ミランダかね。ちょっと見てくるよ。準備しておいておくれ」
「は、はい」
まさかパンを焼いているグレンに応対をしてもらう訳にもいかない。店舗入口ではなく裏口なため二人の知り合いの可能性が高い。開店は少し遅れてしまうだろうがシェリーが出るのが一番妥当だろう。イヴは指示通り開店準備に取り掛かった。
程なくしてシェリーは戻ってきた。戻るやすぐに準備に加わった。イヴが扉を開けて外を見ると既に客が並んでいる。プレートを手にすれば見慣れぬ男女が近付いた。男女とは言ってもイヴよりも幼い子供二人だ
「おはようございます!」
「お、おはようございます」
元気良く挨拶をされて面食らいながらも挨拶を返す。多少客との会話にも慣れてきはしたものの、声をかけられるとは思わなかったーー実際今まで開店前にはなかったーーため店員らしい気の利いた言葉が浮かばなかった。絞り出そうと思案する
「……えっと……今開けるね?」
「エルマとカミルはねー、お母さんの代わりに来たんだよ!」
「そうなんだ」
「この子が弟のカミル!」
「よろしくね」
姉弟らしい。カミルと呼ばれた男の子がこくりと一度頷く。姉弟はおつかいに来たようだ。別段珍しくもない事だ。常連客の中にも子供はいる。そういった子供は大抵は農民で、他の家族が農業をしているために手の空いている子供を遣いに出す事が多い。
イヴが相槌を打つと姉のエルマは話を続けた。しかしイヴは仕事中の身だ。相手をしてもいられない。ただでさえ今日は開店が遅れてしまっている上に今も客を待たせてしまっている。他の客を一瞥して、プレートで開店を示してドアを開けた。入りやすいように限界まで開ければ客たちはすべり込ませるようにして中へと入ってくる。イヴは定位置に戻る
早々に話を切り上げてしまったあの姉弟が気になって見遣ればパンに夢中だ。姉がしっかりと弟の手を握りながらパンを見比べている。パンは見た目が大きく変わるわけではないが、それでも選別するのは楽しそうだ
――前は、わたしも……
二人を見ていると思い出が重なる。
姉のように年下の子の手を引いた事も、頼れる年上のように手を引かれた事もあった。当時は義務のようであり些細なことだったが、フッと思い出した。血が繋がらない同士ながらも絆があって、家族のようであった事も。今となっては最早懐かしい事だったが。
――……あの子達、元気かな。あの二人にも後で話しかけてみよう
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