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7:重い音はいまは遠く
雨の知らせ2
しおりを挟むつい最近声をかけてきた青年だ。歳は近そうであるが、顔からはあどけなさがほとんど抜けている。イヴより少しばかり歳上なのかもしれない。常連である青年は毎日は来ていないものの、大抵は朝見掛ける。だが今日は朝見かけておらず、今日初めての来店だ。
後からシェリーも来て、青年を見て入店を勧めた。店に入り、イヴが店の扉を閉める。青年はフードをとった。雨粒が動きに合わせて揺れ、床に落ちる。隠れていたクリーム色の髪が露になった。雨を完全に防ぎきれておらず髪は少し濡れてしまっている。
「た、タオル持ってきましょうか?」
「いえ、結構です。すぐに戻りますので」
「一体どうしたんだい、アルベルト」
親しげにシェリーは問いを投げる。アルベルトと呼ばれた青年とイヴは視線が合った。向けられた視線は一瞥程度で、何の反応も返す暇もない。シェリーは親しい仲なのだろうが、常連客という事しか知らぬイヴにはやや居心地が悪い。伏し目がちになって、床を見ては視線をさ迷わせていた。
ーーわたしが聞いていていいお話かな? 戻った方が……
「イヴ」
「は、はい!」
反射的に顔を上げた。シェリーがイヴの方を向いている。アルベルトを瞥見してから改めてイヴを見た。
「知っていると思うけど常連の子だよ。中央からわざわざ通ってくれているんだ」
「え……中央、ですか?」
中央ーー国の中心地、王都を指す。王都からこの田舎街へはーー僻地ではないもののーー駿馬をどれだけ走らせたとしても最低でも一日はかかる。イヴは訪れた事はないが、王都ならば大抵の物が揃う。何人もの商人が集まり、店を構えている。城下にあるため監視や審査も厳しく、他の町と比べ店の品は安心出来るものばかりだ。無論パン屋もある。
生活には便利で恵まれている王都から、わざわざ馬を走らせてまでパンを買う。他人から見れば奇妙な行為だ。
「前は時々だったけど、最近はよく買いに来てくれてねぇ」
「そうだったんですか……」
「アルベルト・ティールです。騎士をしています。アルでもバーティでも好きにお呼びください」
「あ、イヴです。よろしくお願いします」
「それで、どうしたんだい?」
自己紹介を交わし互いを知ったところでシェリーが本題を尋ねる。悪天候の中、閉店している店のノッカーを叩く程の事だ。職業も相まってシェリーも憂色を浮かべている。
「実は騎士団長から何か任が下るようで……拝命すれば長期になるかもしれないんです。それで、ご挨拶にと」
「任って……まさか戦でも起きるんじゃないだろうね? せっかく終わったってのに」
「詳しい事はまだ何も……。閑職に追いやられるような事をした覚えはありませんし……多くの兵が集まるようなのですが」
大戦を終えてから騎士は大体が警備にあたっている。イヴが居留している街は常駐してはいないが。どれほどの人数の兵が集うのかイヴは目にする事も出来ないが、騎士であるアルベルトが多いと言うのだ。少なくともそれなりの数が集まるだろう
――でも……どうしてだろう?
終戦したというのに騎士達が集められる理由。イヴなりに考えてみたがわからなかった。そもそもが遠い話なのだ。通達を耳にするだけの身分。世界が、国が変わり行くのを見るだけの身だ。いち国民であるイヴには身近なものではない。
内政はもちろん、騎士に関する事もてんでわからなかった。そのため、一つも思い浮かばなかったのだ。
「そういえば。魔法を日常に取り入れるって話、進んでいるみたいですよ。こちらにもそろそろ来るかもしれません。その普及のためかもしれませんね」
「そうだといいけどねぇ。火を起こす手間が省けると有難いけど……でも、魔法税とか出来そうな気もするよ」
「どうなるんでしょうね。ともかく、暫くは来られなくなってしまうので……」
言い淀んだアルベルトと、イヴは目が合う。一瞥ではなく、イヴへと体ごと向いた。イヴは目を丸くして数歩身を引く。背丈のある相手に合わせて見上げれば、アルベルトは身を低くして高さを近付けた。イヴは背が低い方であるため同じ高さまでは叶わなかったが。
「来られず残念に思いますが、終わればまた来ます。その時にはまたパンを売ってくださいね」
「は、はい……?」
「それでは、お元気で。神のご加護があらん事を」
「ああ、ちょっと待ちな」
スッと背筋を正してシェリーに別れの挨拶を述べる。フードを頭に被せて扉に手をかけたアルベルトをシェリーが止めた。シェリーは居住側に戻ってゆく。二人だけが残されてしまった
しかし、言葉を交わすまでもなくシェリーは戻ってきた。中身が入って大きく膨らんでいる革袋を片腕に抱えている。アルベルトの前まで駆け寄ると胸に革袋を押し付けた。
「持っていきな。余り物で悪いけど。元気でやって、また来るんだよ」
「……はい。必ず、また」
両手で革袋を持ってアルベルトは目を細めた。シェリーに深く礼をして。いま一度イヴに視線を投げてから店を出ていった
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