一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
32 / 71
7:重い音はいまは遠く

雨の知らせ

しおりを挟む





「……おはようございます……」


 いつも通りに顔を出せばシェリーがいた。欠伸を噛み殺そうとして、抑えきれずに欠伸を洩らしてしまいイヴは口に手をあてる。欠伸が収まってから挨拶をした

 昨晩の豪勢な食事は時間を要した。満腹になるまで食べてしまい、疲れもあって泥のように眠ってしまった。黒竜には会えずじまいで一日を終え悔恨の朝だ。


 ──今日は絶対にフェリーク様に好きな食べ物訊かなきゃ……!


「眠そうだねえ。開店までにはちゃんとしとくれよ?」
「……はい」
「……ん? イヴ、ちょっと外見てくれないかい?」
「外、ですか?」


 シェリーはオートミールをミルクで煮始めたところだ。何かに気付いたようで外が気になるようだが、火から目を離すわけにはいかない。
 イヴは代わりに扉を開けて外の様子を窺った。顔を左右に振って辺りを窺う。今日は光が弱い。何かが頭や体に当たる感触を受けて見上げた。空は鉛色をして重く垂れ下がっている。雲は見える限り遠くまで同じ色をしていた。慌てて中へと戻り扉を閉める


「雨が降っているみたいです」
「ああ……まいったね。減らして早めに閉めた方がいいかね。雨の日はほとんど来ないんだよ。あの人気付いていないだろうから言ってきてくれないかい?」
「わかりました」


 竈の前で作業に集中するグレンには外の様子はわからないだろう。首肯したイヴは作業場へと入り声をかける。天気を伝えればシェリーと同じ意見を返された。今日は出す量は控えて早めの閉店にするらしい。
 朝焼き上げた分は既に用意されている。焼き上がっている物だけでも数が多い。普段ならばすぐになくなる量だが客足が遠退く雨の日には余ってしまうだろう。

 ──開店してみれば二人の予想通りだった。普段ならば並んでいる客もおらず、ほとんど常連が訪れるくらいだった。パンの減りは悪く、人気の物でさえ今日は余っていた。昼の一時閉店時間に閉めた段階で半分程残ってしまっている。
 店を閉めたイヴは外を眺める。昼間だというのに薄暗く、雨量は増していた


 ──明るい内に早く止んでくれたらいいなぁ……。今日こそはフェリーク様にも会ってお話ししたい


 彼の黒竜に会うには森を突っ切らなくてはならない。雨の中森を抜けるのは危険な行為だ。小雨ならまだしも大雨になれば断念する他ない。止んだところで長雨になれば土がぬかるんでしまい、泥濘を通るとなればまた危険で諦める他なくなってしまう。早い内に雨晴れを願うのみだった。

 朝の分のミルク粥が残っているため、温めた物が人数分出される。果物とチーズもテーブルに並べられた。食事の支度を終えたシェリーはすぐには席につかずに店側の扉を開けて在庫を見ている


「うーん。あともう少し減ったら閉めて配りに行こうかね」
「本当に全然お客さん来ませんね」
「雨だからね。小雨ならまだしも普通に降っているからね。これじゃあ、なかなか来ないよ」
「うぅ……」
「なーんであんたが落ち込んでんのさ」


 先程見たばかりの外をもう一度見る。雨が上がる事を願うが地上に降り注ぐ雨は降り止む気配がない。項垂れて椅子を手前に引く。椅子に腰を落ち着かせた。食事のため出てきたグレンが様相を見てシェリーに視線を投げる。シェリーは肩を竦めて応えるだけであった。

 雨は昼食を終えて開店してからも降っていた。むしろ勢いは増しており、最早選択肢はなくなったも同然となる。明日までに地面が乾かねば明日も訪問出来ないだろう事は想像に難くない。
 土砂降りに変わってしまい、これ以上営業を続けたところで客は来ないと判断して店を閉めた。パンは半分まで減ったがかなりの数だ。下げたパンはシェリーが分けている。そのうち食事にと分けられた数は多かった。暫くは残ったパンが食卓に並びそうだ。


「グレンさん、まだ作業場ですか?」
「ああ、全粒のものを二度焼きにして、それ以外のものはまた焼いているよ」


 二度焼きビスキュイのものとパンを大量に焼いているようだ。発酵まで済ませてしまっている以上焼くしかないらしい。


「配って、酒場にも持っていって……どうしても残ったら屑を餌にして……何とか使いきれるかねぇ」


 今までの経験から余ったパンのルートはもう決まっているようだった。今イヴ達の目の前にあるパンの山だけでも多いが、まだ追加がある。それら全てがなくなるのかイヴには想像出来なかった。
 エプロンを外して本日の業務を終えた時だった。店の扉を叩く音がした。店には閉店のプレートが下げられている。外は大粒の雨が降り続けている中、掻き消えそうなノック音。恐る恐る店舗側の扉を開け、店の扉に近付いた。鍵を開けてゆっくりと扉を開ける。


「あの、今日はもう閉店です……」


 そこには、雨よけのフードをつけた常連客の青年が一人立っていた




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

幽閉王女と指輪の精霊~嫁いだら幽閉された!餓死する前に脱出したい!~

二階堂吉乃
恋愛
 同盟国へ嫁いだヴァイオレット姫。夫である王太子は初夜に現れなかった。たった1人幽閉される姫。やがて貧しい食事すら届かなくなる。長い幽閉の末、死にかけた彼女を救ったのは、家宝の指輪だった。  1年後。同盟国を訪れたヴァイオレットの従兄が彼女を発見する。忘れられた牢獄には姫のミイラがあった。激怒した従兄は同盟を破棄してしまう。  一方、下町に代書業で身を立てる美少女がいた。ヴィーと名を偽ったヴァイオレットは指輪の精霊と助けあいながら暮らしていた。そこへ元夫?である王太子が視察に来る。彼は下町を案内してくれたヴィーに恋をしてしまう…。

処理中です...