一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

文字の大きさ
31 / 71
6:呑み込む想い

花はまだ咲かない

しおりを挟む






 肉の買い出しも終えて帰りついた。余ったお金をシェリーに渡し、精神的な疲弊はあったものの午後からの仕事を再開した

 暗くなる前に店舗の片付けを終えると戸締まりの確認をする。閉店作業を終えるとイヴは生活スペースの方へと向かった。今日の売上の計算をしていたシェリーも終えたところのようだ。コインが一ヶ所に纏められている。食事の支度のため棚を見に席を立った。棚から使う物を取り出してテーブルへと置いてゆく。用意を始めているシェリーに声をかける。


「片付け終わりました」
「そうかい。それなら温かい内に体洗ってきな」
「ありがとうございます」


 お風呂を勧められてエプロンのリボンをほどく。外して定位置へと置いた。作業場の方を見る。台所にも店舗にもグレンの姿はない。パン屋の特権は時間が限られている。急ぎ足で向かった。
 一日の疲れと汚れを洗い落として出てくれば香気がし始めていた。火をつけられた鍋に野菜や肉を入れられており、味付けに塩が入れられる


「贅沢に肉を多めに食べないとね」


 忙しいがその分儲かっているためーー他と比べればーー裕福な方である。食事を見るとイヴは時々思うのだ。豪勢だと。頻繁に肉にはありつけなくとも十分であった。それが今日は肉を多めにしてあるのだから、祭日を彷彿とさせた 。そこでふと朝の事が頭を過る


「そういえば朝誰か来ていましたけど……誰だったんですか?」
「農民の子だよ。転んで泥だらけになったらしくて借りに来たんだよ」


 ――あれ……? 違う……?


 心当たりが外れてイヴは小首を傾げる。
 何の日でもなく、ただ単に今日は肉を使っているだけなのかも知れない。そう思い始めると徐々に疑問は消えていった。


「そうだ、思い出した。それで果物もらったんだよ。一番下にあるからとっとくれ」
「はあい」


 しゃがんで棚の一番下を覗き込む。色んな物が並んでいる中に、果物が纏めて置かれていた。この地方でよく取れる名産品だ。もぎたてなのか艶があって瑞々しい。鼻を近付ければ甘い匂いが鼻を擽った


「これ、よく実っていますよね……? 甘いんですか?」
「食べた事ないのかい?」
「はい。見たことがあるだけです……」


 シェリーの元まで持って行き、手近な場所へと置く。置かれた途端にシェリーは片手で一つ持ち上げた。皮を剥き、ナイフを突き刺して切り下ろす。切り分けると一つをイヴに差し出した。イヴが目をパチパチとしばたたかせ一切れにされた果物とシェリーを順に見る。無言で促され、間を置いてから手に取った。小さな種がいくつか入っている。種を避けて果肉部分を口に入れた。
 酸味と甘味があるが酸味の方が強めだ。しかし噛んでいると自然な甘味が出てくる。一口食べ終わる頃には甘味が優っていた。


「……美味しい……」
「そうだろう? 種の部分も食べられるよ」


 果物を回して避けていた種のある箇所を手前にする。先程口に入れた時の味を思い出して二口目は一拍も置かず食んだ。味は同じだが、今度は噛んでいくとプチプチと種が弾けるように潰れてゆく。極めて小粒なため歯触りが悪いということはない。むしろ程よい柔らかさの果肉に対してアクセントになっていた。


「甘くて木になるから貴族に人気でね。ほとんどの住人はこれを収めてるんだよ。外れの方にたくさん出来てるよ」
「そうなんですね」


 緑や畑などが多く、一度農地に入れば畑が広がっていたりとする。そちらの方面にはほとんど足を踏み入れた事がない。ミランダのいる畑に一度訪れただけだ。まだまだ探索不足といえるだろう。

 一切れをぺろりと平らげるとイヴは手を見る。果汁はついていない。噛んでいると果汁は出てきたものの手を汚したりといったことはなかった。ただ手には甘い匂いだけがほのかに残っている。


 ――本当においしかった……。フェリーク様、食べるかな。一緒に食べたいな


「焼きあがったよ」


 作業場からグレンが出てきた。香ばしい匂いと共に横切って、テーブルへとパンの山を置く。焼きたてのパンは白いもので、更にはチーズ棒が中に入れられている。普段食卓に出るパンはほぼ黒いパンだ。それが白い上にチーズまで挟まっている。消えたはずの疑問がイヴの頭の中へと戻ってきた。
 イヴを置いてテーブルにはどんどんと置かれていく。気付けばテーブルの上にあったコインはなくなり、食料で埋まっていった。テーブル全てを埋める程ではないが、十分なものだった。先程の果物を切った物、肉入りのスープ、香草を使い焼かれた肉、焼きたてのチーズパン、ミルク、二つの蜂蜜酒。ここに来てから一番のご馳走だ

 華やかなテーブルに目を丸くしていると、グレンから名を呼ばれた。振り返れば巾着が差し出される。中にはコインが入っていた。


「お疲れ様。イヴ君が来てくれてから助かっているよ」
「……え?」
「何驚いているんだい。アンタは働きに来たんだろう?」


 今日が労働の対価を支払う日だったのだ。
 ゆっくりと両手を伸ばして下からすくい上げるように、イヴは給金を受け取る。胸元まで引き寄せた。


 ――いつの間にかもうそんなに経ったんだ……。
 賃金。お給金。……な、何に使おう?


 じわじわと現実を呑み込むと胸の中で感情が広がってゆく。そわそわと体を揺らす。
 住み込みで働かせてもらっている今は宿に泊まる必要はない。食べ物にも不自由はしていない。使いたいように使えるのだ。頭の中には今は鮮明なイメージは浮かばなかった。


「これからも働いてくれるかい?」
「え。あ。も、もちろんです! お願いします」
「そうかいそうかい。良かった。さあ、席につきなさい」
「初めての給金、すぐになくさないようにしなね」


 にこやかに笑ったグレンに肩を掴まれて席まで案内される。主役が席についてから二人も腰を下ろした。
 受け取った給金を結びつけておき、イヴは改めてテーブルを見る。初給料のイヴへ二人の身分で出来るお祝いだったのだ。疑問が晴れると同時に自然と頬が緩んだ。単なる雇い主と使用人の間柄ではないのだ。


 ――なんだか、二人ってわたしの……


「ほら、たくさん食べるんだよ」
「あ……は、はい!」
「まあまあ、ゆっくりでいいじゃないか」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

妾の子だからといって、公爵家の令嬢を侮辱してただで済むと思っていたんですか?

木山楽斗
恋愛
公爵家の妾の子であるクラリアは、とある舞踏会にて二人の令嬢に詰められていた。 彼女達は、公爵家の汚点ともいえるクラリアのことを蔑み馬鹿にしていたのである。 公爵家の一員を侮辱するなど、本来であれば許されることではない。 しかし彼女達は、妾の子のことでムキになることはないと高を括っていた。 だが公爵家は彼女達に対して厳正なる抗議をしてきた。 二人が公爵家を侮辱したとして、糾弾したのである。 彼女達は何もわかっていなかったのだ。例え妾の子であろうとも、公爵家の一員であるクラリアを侮辱してただで済む訳がないということを。 ※HOTランキング1位、小説、恋愛24hポイントランキング1位(2024/10/04) 皆さまの応援のおかげです。誠にありがとうございます。

まだ20歳の未亡人なので、この後は好きに生きてもいいですか?

せいめ
恋愛
 政略結婚で愛することもなかった旦那様が魔物討伐中の事故で亡くなったのが1年前。  喪が明け、子供がいない私はこの家を出て行くことに決めました。  そんな時でした。高額報酬の良い仕事があると声を掛けて頂いたのです。  その仕事内容とは高貴な身分の方の閨指導のようでした。非常に悩みましたが、家を出るのにお金が必要な私は、その仕事を受けることに決めたのです。  閨指導って、そんなに何度も会う必要ないですよね?しかも、指導が必要には見えませんでしたが…。  でも、高額な報酬なので文句は言いませんわ。  家を出る資金を得た私は、今度こそ自由に好きなことをして生きていきたいと考えて旅立つことに決めました。  その後、新しい生活を楽しんでいる私の所に現れたのは……。    まずは亡くなったはずの旦那様との話から。      ご都合主義です。  設定は緩いです。  誤字脱字申し訳ありません。  主人公の名前を途中から間違えていました。  アメリアです。すみません。    

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

世間知らずな山ごもり薬師は、××な騎士団長の性癖淫愛から逃げ出せない

二位関りをん
恋愛
平民薬師・クララは国境沿いの深い山奥で暮らしながら、魔法薬の研究に没頭している。招集が下れば山を下りて麓にある病院や娼館で診察補助をしたりしているが、世間知らずなのに変わりはない。 ある日、山の中で倒れている男性を発見。彼はなんと騎士団長・レイルドで女嫌いの噂を持つ人物だった。 当然女嫌いの噂なんて知らないクララは良心に従い彼を助け、治療を施す。 だが、レイルドには隠している秘密……性癖があった。 ――君の××××、触らせてもらえないだろうか?

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

英雄の番が名乗るまで

長野 雪
恋愛
突然発生した魔物の大侵攻。西の果てから始まったそれは、いくつもの集落どころか国すら飲みこみ、世界中の国々が人種・宗教を越えて協力し、とうとう終息を迎えた。魔物の駆逐・殲滅に目覚ましい活躍を見せた5人は吟遊詩人によって「五英傑」と謳われ、これから彼らの活躍は英雄譚として広く知られていくのであろう。 大侵攻の終息を祝う宴の最中、己の番《つがい》の気配を感じた五英傑の一人、竜人フィルは見つけ出した途端、気を失ってしまった彼女に対し、番の誓約を行おうとするが失敗に終わる。番と己の寿命を等しくするため、何より番を手元に置き続けるためにフィルにとっては重要な誓約がどうして失敗したのか分からないものの、とにかく庇護したいフィルと、ぐいぐい溺愛モードに入ろうとする彼に一歩距離を置いてしまう番の女性との一進一退のおはなし。 ※小説家になろうにも投稿

愚かな側妃と言われたので、我慢することをやめます

天宮有
恋愛
私アリザは平民から側妃となり、国王ルグドに利用されていた。 王妃のシェムを愛しているルグドは、私を酷使する。 影で城の人達から「愚かな側妃」と蔑まれていることを知り、全てがどうでもよくなっていた。 私は我慢することをやめてルグドを助けず、愚かな側妃として生きます。

処理中です...