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8:良い竜悪い竜
知ること
しおりを挟む傷の少ない翼を広げる。伸ばしきってから畳み、上体を伏せる。そよ風で木の葉が揺れて音を奏でる。自然の音を聞きながら瞼を下ろした。
森へ誰かが踏み込んだ感覚に身を起こした。森には固有の領域があり、街からの出入口付近まで伸びていて感知する事が出来る。
気配は奥を目指している。軽やかな足音が近付いてきた。木々の間隙を抜けて、いつもの少女が姿を現した。姿を認めれば顔を合わせて花笑んだ。近すぎず、やや遠いくらいの距離に膝をつく。臆面なく訪れ続ける彼女に、最早風を起こす事もない。
「フェリーク様、やっと会えた。なかなか来られなくて」
「たった数日でやっと、か」
数日空いたところで黒竜は思うところはない。約一〇〇〇年程生き、討伐でもされぬ限りこれからも長い時間を過ごす竜族にとっては数日などすぐ過ぎ行くものだ。体も脆く、病にもかかりやすい。竜族と比べて人間の刻限はあまりにも近い。緘黙してイヴを見るがイヴは莞爾としている。
「うん。だって、会いたかったから。一日でも早く会いたくて、待ち遠しくて」
「そうか。どのような用向きだ」
「もう一度、訊かせてください。フェリーク様はお肉はあんまり好きじゃないんだよね?」
「そう告げたはずだが」
「じゃあ……好きなものは?」
「好きという程のものはないが」
一度話を区切って黒竜は周囲を探る。動物はあまり寄り付かないが緑はある。木の実や花、自然に成った果物などがあった。
「穀物や果物を食す事が多い」
「果物!」
果物と聞いたイヴに満面の笑顔が浮かぶ。訝しんで見れば顔と両手を素早く何度も横に振って誤魔化して近くの木を見上げた。手近に実っているのは木の高所にある果物だ。小さな橙色が見えはするものの、枝が細く人では届きそうにない。
緩慢な動きでフェリークは木に近付く。鋭い牙で枝を折り、イヴの近くの落ち葉の上に置いた。人間のような器用な手ではないため、枝の切り口が悪く尖っており余分なものは多い。それでもイヴは目を丸くして彼と枝ごととられた果実を交互に見た。
「好かぬか」
「うっうううううん、果物は好きだから。じゃあ、もらいます」
果物をもぎ取ってかぶりつく。果皮は薄く容易に果肉にたどり着く事が出来た。歯ごたえのある食感で、噛むと酸味が口内を刺激する。強めの酸味に口をきゅっと締めて目を閉じる。それでも口内のものがなくなれば二口目に移る。何度か食していくと酸味にも口を歪める事もなくなった
大きな種を一粒だけ残して果肉も果皮も綺麗に食べ終える。残った種は地面を軽く手で掘って押し込み、上から土を被せて埋めた。ふと顔を上げればフェリークが様子を窺っている。両手を叩いて土を払い姿勢を正した
「ありがとう、ございます。最初は酸っぱかったけど……美味しかった」
「そうか」
「フェリーク様がよく食べているのはこの果物?」
「まだ他にもある」
「そうなんだ……」
これ以上奥に進んだ事もなければ周囲を探索した事もないイヴには他の見当がつかない。周囲をゆっくりと二渡り眺めてみるが同じような景色であるため判別が出来ない。辺りを探すイヴをフェリークは射抜くような目で見ていた。
イヴ、とはっきりと落ち着いた声で名を呼んだ。見えぬ果物を目で探していたイヴだったが、呼ばれて視線を返す。上擦った声で返事をして。
「明日も来るつもりか」
「え? 雨や何かなければ」
「――ならば明日、この更に奥地へと来るといい」
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