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8:良い竜悪い竜
世のための竜
しおりを挟む髪にリボンを通す。一度結んでから再び一回しして長さを調節し二つが垂れるように形を作った。買ったばかりの服に袖を通す。少し緩く、敢えて余裕を持たせて腰の部分を固定した。腰も締めすぎない程度にし、体の線を僅かにぼやけさせている。最後に引っ張ったり叩いたりとして全体的に整えた。
準備を終えると二人に夜までに帰る事を約束して家を飛び出した。森へと進んでいく足取りは足早ながらも慎重だ。
──汚さないように、汚さないように……
爪先に重心を傾け地面につけば地を蹴って進む。普段よりも森の様子をしっかりと見る事が出来た。今日は静かだ。風もなく、動物たちの鳴き声もしない。軽やかな足音だけが鳴っていた。
普段黒竜のいる奥地まで趣いてもそれは同じだった。森が穏やかすぎる。黒竜の姿はなく、空間がとても広い。周囲は木々で囲まれてはいるものの、開放感があった。それだけ黒竜が占めていたのだ。
「――イヴ。もっと奥だ」
低い声が届く。響くような声に導かれて更に奥地へと足を踏み入れた。
先程と打ってかわって、一歩ずつ、地面を踏みしめて進んでゆく。誘われるがままに足を進めて行った。
目を閉じて、うっすらと開く。緑と黒以外のものが視界に入っていた。射し込んだ太陽の光が反射している。キラキラと空色に光輝く鱗だった。目が慣れてきた頃に下がっていた瞼を上げる。見慣れた黒い体躯のすぐ近くに光を浴びて空を映したように青白く光る体躯があった。
長く細い髭が揺れ、瞳は不思議と穏やかな印象を受ける。黒竜よりも少しだけ小さかった
「……あ。フェリーク様のお友達ですか?」
「友ではないが……。ラベンダーだ」
「君がイヴ? よろしくお願いしますね」
ラベンダーと呼ばれた蒼い竜は頭を低くして地面に顎をつけた。うなじや首が痛くなりそうなくらいに顔を上げていたが、下げる。黒竜は普段通りの姿勢で堂々としたままだが。
柔和な口調で挨拶をする蒼竜にたじろぎ気味にイヴは挨拶を返して礼をした。互い見知ったところでラベンダーは頭を起こして元の位置へと戻る。高さを取り戻したラベンダーはイヴをまじまじと見つめた
「ふぅむ……確かに怖がらないのですね」
「え……?」
ひとりごちるように漏らしたラベンダーの言葉にイヴは首を傾げた。
蒼龍は黒竜よりは小さいとはいえ人間の身であるイヴにとっては巨躯である。しかし竜特有の鋭い角も鋭い爪も剥き出してきたりはしない。容易に風を起こせる翼も畳まれている。何より麗らかな日を思わせる態度が危機感を呼ばなかった。予想外の者がいた驚きはあれど、イヴの肩は終始下がっている。
イヴを観察するラベンダーをフェリークはちらりと見て大きくブレスを出した。
「見ての通りだ。戯言ばかりを口にする故見せた」
「何百年ぶりの再会が珍しい人間を見つけたから、とは初めてですね」
「お前は人間好きだからな」
「あの……?」
――フェリーク様が今日呼んだのはラベンダーさんに会わせるため……?
二頭の竜の会話の内容からして今日の呼び出しは蒼竜に会わせるためであると汲み取った。フェリークにはラベンダーという知り合いがいる。それを教えてくれたのだと思えば自然とイヴは高揚してくる。
以前は魔王軍にいて。肉は好まず穀物や果物を主食にしていて。知り合いの竜がいる。この街に来てから知ることが出来た情報は日に増えている。フェリークと呼んでいるこの黒竜が自身を受け入れて来てくれているとイヴは思わずにはいられない。或いは願わずにはいられない。
普段話をする時と同じだけ空けている距離を少しだけ、縮める。ちらりと盗み見れば黒竜は睨んでいる様子もなく嫌がっている素振りはしていない。目が合わないようにラベンダーに目を向けた。
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