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8:良い竜悪い竜
世のための竜2
しおりを挟む「ラベンダーさん、はいつからフェリーク様と知り合いなんですか?」
「そういえば、先程も口にしていましたがフェリークというのは?」
「あ……えっと」
視線を向けた相手に尋ねて返ってきたのは回答ではなかった。疑問を口にしたラベンダーにイヴは答えあぐねる。出てくるのはただ言葉を発しただけのものだ。フェリークを瞥見すれば堂々たる振る舞いで座っていた
「この娘が勝手につけた」
問い掛けに答えたのはフェリークだった。ほう、と呟いてイヴを見る。イヴは頬を赤らめて肩を縮こめて俯いていた
「なるほど。いいではありませんか。良い名です」
「こ、黒竜様にぴったりで……。ラベンダーさんも、良い名前」
瞼を少し落として目を細める。名付けた名を他の竜とはいえ認めてもらえた事にイヴは顔を上げた。その顔には喜びが滲んでいた。
「ありがとうございます。これはね、街の人々がつけてくれたんです」
「……街の、人?」
「ラベンダー」
咎めるように黒竜が名を呼んだ。ラベンダーと名付けられた竜は天を仰ぎ、遠くを見つめる。ここではないどこか遠いところを見つめては優しげな目をした。初見からイヴが感じ取っていた穏やかさが一番強まっているようだ。
目を瞬かせて見つめていれば、ラベンダーは瞼を下ろして視界を閉ざした。
「昔の話ですが。勇者も魔王もいない時代の話ですよ。黒き竜……いえ、フェリークと出会ったのはそれより先の話です。すみません、細かい数字は覚えていなくて」
「……い、いえ。いいの」
「イヴ。今は邪竜や聖竜と区別される時代です。魔王や勇者の戦いで見方が変わって竜はほとんど邪なる竜という扱いになってしまいましたが、元々は違ったのですよ」
「……ラベンダーに関しては特殊だがな」
止めたのを無視して徐に話し始めたラベンダーにフェリークは大きく息を吐いたものの怒りはしなかった。そんなフェリークをイヴはまじまじと見つめる。人々を畏怖させる瞳孔の開いた目がイヴを視界の端で捉えると、イヴは慌てて顔ごと背けた。そんな二人に構わずにラベンダーは口の端を吊り上げる。懐かしみながらも嬉しそうに。
「そうですねぇ。争いは好みませんし、花や人々が好きで……彼らの幸福を願っています。行き場のなかった子達に村を作った事もありました。昔は子供達がよく私のところに来てくれましたが……今はもう行き場すらなくなっていまいました。それでも今も、願っていますよ」
「……すごい人なのね、ラベンダーさん」
「竜ですけどね」
「え? あ……そうだった」
クツクツと喉の奥でラベンダーは愉快げに笑う。イヴが恥じ入っていると、フェリークは「果物をとってくる」と客人への食物提供に動いた。地面を鳴らし尾を引きずりながら向かっていくフェリークに、イヴは数歩あとに続いたが、先日の一件を思い出す。周囲は木々ばかりでイヴの背丈では枝に手を届かせるだけでも精一杯だ。
地響きを起こしながら果物をとりに行くフェリークの後ろ姿を見送ると名を呼ばれる。顔を上げればラベンダーと目が合った。金の目は濁りがあり透き通ってはいないが、宝石のような輝きがあるような印象を与える
「フェリークもね、昔はそうだったんですよ」
「……えっ……?」
内緒話のようにラベンダーは呟く。耳朶を打った言葉の意味合いがどういったものなのか読みきれずに困惑がちにイヴは視線を向けた。
ラベンダーはイヴの反応を見てから、やや離れた場所から聞こえる音の方角に目を向ける。木の枝が何かの力によって切り離されている音が耳に届いていた。
「前はフェリークも竜として人々から崇められていたんです」
「フェリーク様も……?」
「そう。もう人々からすれば随分昔ですけどね。だから……だからどうか、イヴ。いつまでも慕ってあげてくださいね」
「はい。もちろん」
ラベンダーの言う慕うの意味が少々異なる気がしたが意味は構わずに首を縦に振った。若い者を見守る慈愛の眼差しが自然とそうさせたのだ。それ以上の事を訊いたりという事もしなかった。
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