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8:良い竜悪い竜
世のための竜3
しおりを挟む地面が揺れ動く程の震動と共にフェリークは戻ってきた。艶のある黒い体躯に混じって自然な色合いの果実を小枝ごと運んできている。
話題の中心だった相手が帰ってきた事で自然と話は終わりを迎えた。フェリークはラベンダーの前に枝を置いていく。その中の一本がイヴの前に置かれた。一度もらったものと同じものだ。目を丸くして見上げるがイヴの方を向いておらず、残りの物を持って離れていった。
ラベンダーが器用に爪で摘まんで最小限の力で果実だけをとる。対してフェリークは小枝を噛んで一定の場所で切り離してから、蔓ごと口に入れて食していた。
個性の出ている食事風景を眺めていたイヴもやおらに食べ始める。小枝を足で押さえて果実を手にして引っ張った。蔓ごと引き剥がされ、枝には蔓が残り手には果実が収まっている。以前味わった時と同じ味を想像しながら口をつけた。
量は違えど彼らと同じ物を食べ、全て胃に収めると息を吐いた。腹部を軽く撫でさする。視線を上げればラベンダーはまだちまちまと食べ進めていたがフェリークはとうに食べ終えて体を横たえている。
ラベンダーが最後の一つを飲み込んで空を見上げる。大空に舞い上がるための翼を広げた
「……さて、イヴともお話出来ましたし帰りましょうかね」
「え……もう、行っちゃうんですか?」
「そう竜が二頭もいては森の動物達が怖がってしまいますから。気配を敏感に感じ取ってしまう人もいるでしょうし」
「確かに……そうかも」
自分達よりも遥かに強大な個体が二体も身近に存在する。森にいる生物は特に本能的に避けたいだろうと言われてから理解を示した。街で暮らす人々は一頭でさえ森の奥地の竜の存在に恐怖しているくらいだ。二頭もいては何か感じる人がいて騒ぎ立てる可能性も否定できない。
長居は出来ない事に彼女なりに理解した事を口にすれば目を細めて笑った。イヴはラベンダーの笑顔を凝視して目を瞬かせる。
蒼竜の翼が広がる。木々やイヴやフェリークに当たらない程度に広げられた。
風を起こし、葉っぱが巻き上げられて散っていく。ラベンダーの姿が遠ざかってゆき大空へと呑まれた。高く高く上がった竜は悠然と羽を動かして飛び去っていく。影を落としていた大きな姿が見えなくなるとイヴは顔の位置を正面に戻した。
「不思議な感じ……。竜というより人みたい。笑い方だって」
先程まで浮かべられていた笑顔を思い出す。穏やかな男性を思い起こさせる慈しむ柔和な笑みだった。彼を竜と呼称するのが憚られる程に。
「人と長く接してきているからだろう」
「人と長く接しているから?」
「同じようになるということだ」
「それは……素敵だね」
種族など関係なく同じように笑い合う。ラベンダーが見てきた光景は想像を働かせる事しか出来ないが、そういった場面に恵まれて来たのだろうと断言出来た。
花と同じ名をつけられた彼が花に囲まれる姿を想像して、イヴから自然と笑みが溢れた。
――いつか……
(いつか、フェリーク様も笑ってくれたらいいな)
今すぐではないいつかの未来、フェリークが笑い合える事を願って見上げた。知り合いがいたからか同族がいたからか今日のフェリークの雰囲気はいつもよりも和らいでいるようにイヴの目には映っていた。
不意にラベンダーが教えてくれた話が頭に過る。フェリークもラベンダーと同じように過去崇められていたと。
(当時はどうだったのかわからないけど……。色んな人に囲まれてたのかな。……笑っていたのかな)
遠きかつての黒き竜の姿に思いを馳せてみるが、今ひとつ明瞭とは言い難かった。現状を知ってしまっている故に。
この街に訪れてから起こった事を想起して気持ちが萎んでしまう前に思考を中断して空を仰いだ。太陽はいくらか傾いてはいるものの、色合いが変わるにはまだもう少し時間がありそうだった。
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