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8:良い竜悪い竜
そしてまた明日
しおりを挟む手櫛で髪を整え、リボンを一度ほどいて丁寧に結び直しては服を上から下まで伸ばす。
大きく咳払いした。わざと音を立てて注意が向いているかを瞥見して確認すると見やすいように軽く腕を開いてみせる。
「あ、あの。今日の格好どう思いますか?」
「格好……?」
「えっと、だから……」
首を捻って要領を得ていない。説明をしようとして言葉を詰まらせてしまう。
リボンや服を変えた事を自ら事細かに伝えなかくればならない事に頬は赤らんでいる。
「だから……その……」
熟れた果実の如く真っ赤になって俯いて口篭る。言葉が完全に止まる。
抽象的かつ種族の違いから解さないフェリークの視線が突き刺さる。もっと明確に告げろと眼差しが言っていた。
息を吸う。何度か深呼吸を繰り返すと面をもたげた。
「いつもと服とか変えてみたんですけど。へ……変ですか?」
目が薄く細まる。前屈みになって首を降ろし、顔を近付けた。一定の場所で止まって見据える。
平時と違い近い距離に狼狽してよろめきイヴは一、二歩身を引いた。刃の如く鋭い眼差しが向けられている。目を合わせられずに目を背けて佇んでいれば体が上げられて頭が遠ざかった。
「確かに普段とは違うようだな」
「普段と比べてどっどう……かな?」
パァッと花笑む。違いに気付いてもらえた事により先刻よりは様子を伺いつつ尋ねた。フェリークの表情は変わらない。質問に答えるべく鋭利な眼光でイヴの全身を見据えていた。
対してイヴは緊張から体を強張らせ、拳を固く握り締めて見上げている。竜の鱗とは違い日々変わりゆく人間の衣。人間達の僅かな変化を決闘を前にした者のように緊張の面持ちになっているという違和感に。
「珍妙だな」
「ちんみょう……」
頭上から降って来た感想はイヴの中に大きな石となり、衝撃を与える。言われた言葉をたどたどしく零す。
褒め言葉でもある言葉であるが今この時に出される言葉として――何よりイヴ自身が褒め言葉とは思えなかった。竜族にとっては意味が異なるのかも知れぬという思考にも至らず、頭の中では言われたワードがぐるぐると巡っていく。次第に目に見えて落ち込みだしたが、言葉は続いた。
「嗚呼、平時と比較してであったな。容貌外が奇妙であったが」
「奇妙!」
褒め言葉と断言しづらい言葉にイヴは目を点にして項垂れる。それは萎んだ花が枯れていくようであった。明瞭に落ち込んでいったイヴを見て、フェリークは黙る。黙視していたが頭を近づけた。ラベンダーと違う、人間に合わせたそれではなく上の存在としてやや上から見る位置。
ちらりとイヴが見上げる。普段ならばこの至近距離に胸をときめかせては驚いているが、今は心臓は落ち着き払っていた。
「人間は鱗を持たぬ。人間は鱗の美しさを知らぬ」
「はい、ありません……」
叱られて反省している子供のようになって言葉を聞いて地面を見つめている。そんなイヴに構わず続けた。
「私も人間の身につけるものはわからぬ」
「はい……」
竜の身であるフェリークに訊くべきではなかった。最早咎められている気にまでなって聞いて頷く。今すぐにでもリボンに手を伸ばして解いてしまいたそうに、手が頻りに動いていた。
黒き竜の頭が不意に離れる。大きな影が遠ざかり、イヴは面を上げた。フェリークは横を向いている。向いている方向をイヴも見てみるが草木が連なっているだけで特段目を奪うものはない。イヴは小首を傾げながらも視線の先を探して眼界のものを繁繁と見続けた。自然の色だけが目に触れ、変化も乏しい。
「人間の衣の価値はわからぬが……」
何やら様相が違う事に気付いて視線を戻して、ただ見上げて言葉を待つ。
「平時の襤褸よりは幾分マシといったところか」
――誉め言葉というには不明瞭だったが。萎れていた花が水を与えられて咲くように、花笑んだ。
「あ。暗くなる前に今日はもう帰る、ね?」
もう一度天を仰ぎ見る。二人に交わした約束と傾いた太陽が帰宅を促していた。もう少しだけあった刻限に迫りかけていた。
今日はいつもよりも奥地に来たため町に戻るまで少し普段よりも時間がかかるだろう。大差があるわけではないものの暗くなるまでいる訳にはいかない。そして何よりフェリークからもらった言葉がイヴの心を満たしていた。
「それじゃあフェリーク様。また明日」
頭を下げて、イヴは踵を返す。
その背中に意中の相手からの言葉はかけられなかったが、イヴの頬は緩んでいた。
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