一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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9:恋敵登場?

来訪者の影

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 それは幾度取り払おうとしてもまとわりついてきた。
 思考から外そうとすればする程絡みつき、休憩時間になって一区切りをつけても付きまとった。最早取り払えないと諦念を抱くのが正しい気さえした。
 太陽が真上を通り始めて漸く受け入れたイヴだったが、しかし与えられた休息の間に酒場に噂の美人を覗き見に行くには腰が引けているようだった。平常時ならば食後は何かしらの用事で出掛けているイヴが食器を片付け終わったテーブルの前にいる。椅子に腰掛けてじっとりと噴き出す汗を布で拭いながら体を休めているグレンがそんなイヴを見ていた。


「何か気になることでもあるのかい?」
「えっ。ええっと。大した事ではないんです、けど……少し」


 認めたはものの、逡巡をそのまま口にする事は憚られたのか言い終えてからは口を噤んだ。口ではそういったものの、イヴは落ち着きなく周辺を彷徨っている。


「する事がないなら手伝ってくれるかい?」
「お手伝い……? 何ですか?」


 店舗側の扉から出てきたシェリーがイヴの様相を見て声をかけた。声をかけた当人は扉から離れるとパンをいくつも袋に入れ始める。
 今日はいつもどおり忙しかったものの、休憩のため一時閉店した時点では少し残っており、平時よりは客は少ないと言えた。午前で残った分が次々と入れられているようだった。


「実は今エマの息子が来てね。いつにも増して酒場が忙しいらしくてね。パンを出来るだけ欲しいそうだよ」
「酒場」


 対応で追われているためにカミルが伝言に来たらしかった。酒場と聞いたイヴは反射的に反応する。数秒して両手で口を覆いはにかんで目を泳がせた。シェリーの様子を一瞥して窺う。さして気にしたような素振りはなく作業に手をかけていた。噂に関して二人が聞いたかすらわからない。過剰な反応で、杞憂であると感じたイヴは胸を撫で下ろして両手を下ろした。
 パンを全て入れ終えたシェリーがイヴに目をやる。


「それで、行けるのかい?」
「行きます!」
「そうかい。ならこれ持ってついてきな」


 自身の気持ちに従い、真摯に答えた。一大決心かのようであったが、シェリーは特に気にした様子はなく、パンの詰まった袋を持つように促した。首肯して袋を抱えると、シェリーは硬貨がいくらか入った革袋を手に裏口の扉へと向かう。扉を開けて待つシェリーの背中へと続いた。背後で扉が閉まる音を聞きながら酒場へ向かうシェリーについていった。

 両腕に力を込めて商品を抱きかえながら階段を降りてゆく。一歩一歩段を足裏で確かめ、視線の先に最後の段が見えたところでふと足を止めて顔を上げた。ランプの光に照らされた地下のスペース内にある席は目に見える限りは全て埋まっていた。客は男女どちらもいるようだったが、男性の方が視界に入る範囲では比率が高い。
 どこかに空席があるやも知れぬがイヴの眼界では確認出来なかった。


「へえ。時間も時間なんだろうけど、本当に今日は随分と繁盛してんだねえ。こんなに多いのは久しぶりじゃないかい?」
「確か前は冒険者の人がよく来てたんでしたね」
「え? なんだい?」
「何でもないです!」


 客の声があちこちから聞こえている。言葉が掻き消されかけておりシェリーの傍らまで赴いたが普段の声量では聞き返されてしまう。声を張っているシェリーの声でさえ若干の聞き取りづらさをイヴに与えた。問い返されたところで大した話ではないためイヴは首を横に振ってから一渡り眺めてゆく。噂の人物の特徴である二点だけを頼りに目を凝らして一人ずつ人を見ていった。
 フードを目深に被った美人。
 男性、男性、男性と女性、男性三人組……。
 注意深く凝視してはいるが、現時点ではそれらしき人物は見当たらない。


 ――もういないのかな……? それとももっと奥にいるのかな。


 噂を聞いてから幾分か時間が経過している。既に目的の相手が酒場を後にしていたとしても何らおかしくはない。前のめりになって人々や家具や料理などの隙間を覗き見てみるが見つけられなかった。


 ――フード、脱いじゃってたらどうしよう。


「ほら、行くよ」
「あ……はい」


 情報の一つが変化している可能性が頭を過ぎったところで、タイムリミットが来てしまう。肩を叩かれ、止まっていた足を動かして厨房側へと足を進めた。
 忙しなくテーブルとカウンターを行き来するエマの姿を見かけてシェリーが声をかける。しかし返答はなく、料理を運んで客の元へと向かって行ってしまった。空になった器とコップを持って戻ってきたエマに再度シェリーが声をかける。今度は先程よりも声量を上げて呼びかけた。
 するとカウンターに持っていたものを全て叩きつけるようにして荒々しく置くと一顧した。エマの眉はつり上がっており、目路に二人の存在を認めると僅かに眉が下がる。ぶっきらぼうに「ああ」と呟いて中へと入っていった。カウンターの空きスペースに袋を徐に置いて待っていると革袋を持って戻る。袋の口を限界まで開けて中身を確認するとシェリーとの値段交渉に入った。
 交渉は淡々と進み、早々に決着がついた。代金がシェリーの持ってきた革袋の中へと一枚ずつ収まってゆく。


「それにしても、すごい入りだね。何か祭りでもしたのかい」
「あんたにしては大したジョークね。よくは知らないよ。ただ、客が訳あり美人がどうだの、ドラゴン探しの美人がどうだのと口々に言っていたよ。皆好き勝手言うから本当のところはどうだか知らないけどね。さしずめドラゴン退治に来たんじゃないの。珍しくもないってのに」
「こんなところじゃ娯楽なんてたかが知れてるからねぇ。この町の連中は娯楽に飢えてんのさ。どんな美人か少し見てみようくらいの気持ちだろうさ」


 最低限程度の施設と畑や牧場で出来た町だ。噂を聞いて好奇心を擽られた者が来ていると言われれば新参者のイヴでも納得できる。
 しかし、エマは正しいであろう見解を聞いて苦虫を噛み潰したような顔をした。


「長居されなきゃね」


 露骨に感情を表に出したエマだったが、大きく息を吐いて一言だけ口にして袋を持って奥へと入っていった。シェリーに階段に促される。一度振り返って客たちに視線を走らせる。それらしき人物が目に入らないのを再度確認してから酒場を後にした。


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