一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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9:恋敵登場?

影、落ちて。

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 ――いなかったなあ。


 目撃情報のあった酒場に行く機会があったものの見つからず、帰り着いた後は特に出掛ける事もなく午後からの業務を再開した。
 客の入りは幾分少なかったが本日分のパンを売り終えると閉店の準備を始めた。使用した道具類や入れ物を下げる。店内の掃き掃除をして床掃除を終えると店側の扉を開けた。新鮮な空気を入れると外へと出る。ちらりと空を見上げれば茜色がかかってきていた。


 ――もしかしたら、フェリーク様の元にもう……。あっちに行く頃にはもう暗くなっちゃう。大丈夫かな。すぐ食べて行こうかな。来ていなくても、会いに行けるだけでもいいし……。


 悶々と脳内で考えを巡らせる。思案しつつも営業終了をドアの前で知らせた。肩から力を抜き息を吐く。本日の営業を終えるとドアに手をかけた。


「あの……」


 背後から唐突に声を掛けられてイヴの体が一瞬竦む。恐る恐るといった調子でゆっくりと振り向けばそこに佇んでいる人がいた。男性と並んでも遜色のない程背が高く、イヴは必然的に目線の位置を上げる。体の線からして女性と思われた。長い髪が顔の輪郭を隠し、フードが顔を隠しているが鼻筋が通っており唇も形がよく適度に厚みがある。血色の良さが唇に現れていたが紅が乗っていた。
 フードを被った女性。美人そうな雰囲気は漂っていたが完全に当てはまるかはわからない。されど当てはまらない訳ではない。俄かに現れた女性に、先程までの思考は吹き飛び真っ白になっていた。


「ええっと……今日はもう売り切れで営業は終了しました」


 躊躇いながら言葉を紡いだ。出てきた言葉はパン屋に訪れた女性に対してのものだった。
 女性は返事をせずにイヴを見据えていた。ドアに一度視線を流してから再度イヴをじっと見てやおらに近付く。それにイヴは体を強ばらせて立ち尽くした。
 手が届く範囲まで女性は近付くと足を止めた。フードに手をかけて頭から下ろした。髪と同じ鮮烈な赤色と暗闇を閉じ込めたような黒色の瞳を持つ女性だった。あどけなさのない整った顔立ちで、美人という形容詞がぴったりと当てはまる。
 妖精や女神といった人ならざる美しさに、イヴはほうと息を吐く。彼女が訪れた際に繁繁と見ていた時と違う意味合いで見てしまっていた。特徴がもう一つあったようだが、これだけでも噂を集めるのも腑に落ちた。容貌に目を奪われていたがハッとして首を左右に振った。


「あの、ご要件はなんでしょう」
「ああ……あなたね?」
「え?」


 閉店してパンもないパン屋に訪れた噂の来訪者に質問を投げかけると質問が返って来た。先程までと声音が違っており、イヴは戸惑いを表情に滲ませたが女性は構わず続ける。


「あなたは以前探していたと聞いたわ。私が探しているのと同じ相手を。そうでしょう?」


 鋭い光を湛えた異なる色の瞳に見つめられたじろぐ。後ろ手にドアに手をつき、注意深く視線を投げる。
 目を引く容貌だが、同時に表情一つで心に冷気を呼ぶ。緊張感と共に体の内側が冷えてゆく感覚に自然と息も潜まっていった。傾ぎそうな体を頼りない、小枝のような両足に力を入れてその場に踏みとどまる。


「あなたが誰を探しているのか、私にはわかりません。人違いだと思います」
「……ふうん? じゃあ言い方を変えましょうか。この山奥――森にいるといわれている黒い竜。彼の詳しい居場所を教えてほしいの。ただそれだけよ。あなたを取って食おうってわけじゃないわ」


 向けられた表情が若干和らいだ。しかしイヴの表情は先刻よりも固いものとなっていた。

 遠回しに告げられていたそれが直接的なものとなってイヴに降りかかった。
 黒竜を探しているという噂程度の話が明確なものになった。理由はわからないが、今までこの町に訪れた者たちと同様の理由であれ、それ以外の理由であれ、イヴには首を縦に振る事は出来なかった。


 ――フェリーク様を傷付けようとしているなら。わたしが出来る事は説得して、帰ってもらう事


「……その、竜、に一体どんな用事があるんですか?」
「どんな用事って」


 大きく息を吸い、震えそうになる声を抑え真っ直ぐに相手を見据える。形の良い唇が文字を描く前に、矢継ぎ早に続ける。


「もし、討伐に来たのなら。やめた方が良いと思います」
「……討伐?」


 女性が怪訝そうに聞き返す。信じがたい言葉でも聞いたかのようだった。黒竜に関しての話ならば結び付くはずの話だ。黒竜を探してこの町に辿り着いたのならば。実際にイヴも幾度と耳にしてきた。
 そんな違和感に気付いたたものの、口にはしなかった。
 すると女性が思案顔になったあと前屈みになって顔を覗き込んだ。まじまじと顔を見られ、イヴが身を引いて顔だけでも距離を離す。
 「ふうん」と女性が意味深長に溢す。やおらに女性の空気が和らぎ、口角を上げて身を離した。下ろしていたフードを頭へと被せる。


「討伐だなんてとんでもないわ。彼に会いに来たの」
「え……」
「噂によればとっても強くて、威厳があって、素敵なんでしょう?」


 心拍数が上がり熱が集まっていく。討伐に来たと告げられる事よりも衝撃的な言葉の羅列に、思考に纏まりが失せていった。何か言葉にしようとするが出てくるのはフィラーばかりだった。


「ねっ、教えて?」
「だっ、だっ、だっだめです! 教えられません!」


 そう答えるので精一杯だった。
 警戒心はあれど虚勢のない正直な返答にフードの中はにんまりとしていた。月を描いた口元は彼女が背を向けたことにより隠れる。


「そう。じゃあ仕方ないわね。自力で見つけるわ。またね」


 楽しげに言っては来訪者は離れていった。遠ざかる背中が完全に見えなくなるとイヴの両足が小刻みに震える。支えていた力がなくなってゆき、ぺたりとその場に座り込んだ。


「どっ……どうしよう……」


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