一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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9:恋敵登場?

敵は其ではなく

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 黒竜を探して訪れた噂の美人と接触した翌日。陽が昇るよりも前からイヴは寝台を離れていた。

 思考が纏まらず、見ている景色の現実味が薄い。体は床につきたそうにしているが意識とは反していた。睡魔よりも優先する事項があった。昨日話をした女性の話の内容のことだ。
 固く冷たい氷や茨の棘のような印象だった女性はイヴの返答で何を思ったのか、親しみさえ感じさせるような態度に急変した。理由はイヴにはてんでわからないが幾ばくかの警戒心が薄れたのはわかった。それで言えば敵対心は感じなかったという事になる。
 だがそんな彼女が紡いだ言葉は彼の黒竜の魅力を知り惹かれている事を示唆するものだった。

 つまりはイヴと同じ理由でこの町に来て、同じ理由で探しているのだと考えられた。

 それは、彼女にとって大きな危機だった。
 口ぶりからしてフェリークの元には未だ辿り着けていないというのがまだ幸いであった。
 頭の中に思い浮かぶ美を体現した顔立ち。蠱惑的な声。声色が変わった際の親近感。艶やかで成熟した明確な体の凹凸。
 思い出しては自身を見下ろしてしまう。


 ――大人っぽくて、綺麗な人だった……。


 イヴにととって遠く及ばない相手。少なくとも今すぐ成長する事は叶わない。魔法でもない限り現段階で得られそうにない容貌に、頭の中に浮かぶのは以前フェリークにかけられた言葉だ。
 人間が鱗の美しさをわからないのと同じように竜の身には人間の衣の美しさはわからないと。


 ――でもあれは衣服の話だし……


 部屋の中の片隅。丁寧に畳まれて大切に保管されているあの日着用した服があった。リボンだけは新調したままだが、彼なりに褒められた品のため普段着として使用しないと密かにイヴは決めていた。
 だが今はあの時の服を見て出るのは深く長いため息だ。
 衣服や付属品――着飾る物の価値は黒竜にはわからない。ならば容姿に関してはどうなのか。種族の違いを越えて判るものなのか。当の相手が否定も肯定もしていない以上、彼女の主観でしかわからなかった。


 ――だからってフェリーク様に訊くのは違う気がする。
 大人の女性ひとってこういう時どうしてるんだろう。


 まだ幼い身であるイヴの思考に含まれる手段はあまり多くはない。感情と自分の知識内で動くしかないのだが、器量の差をどうしても考えてしまうようだ。何度も同じような事を考えては今までの事を振り返り、余分な思考まで至り。青息吐息を口の中に留めておき部屋の扉を開けた。
 ダイニングまで出るが、まだ陽が昇る前だからか誰もおらず静かだった。椅子もテーブルも昨夜の記憶通りの光景がそこにはあった。
 足音を立てないように潜めて、裏口の扉に手をあてる。そっと押していき開いた。外に出て最小限に音を抑えてドアを閉めた。開けた場所まで歩いてゆき空を見上げた。空は明るくなる手前の暗さを帯びている。周囲が見渡せる程度には明るいため、朝日を拝むのはそう遠くないだろう。これ以上足を伸ばそうとせず森の方角を見遣った。時間的に余裕はあるが足は向かない。
 胸の奥に霧がかかったようなぼやけて曖昧な何かが胸中にかかっているのを感じ、喉の奥に戻した溜め息を出した。大きく頭を左右に振って深呼吸をして息を整え、踵を返した。
 裏口の扉から静かに戻るとキッチンに人影が視界の端に入り、目を向けた。グレンが佇んでいる。テーブルの上に器が置かれており、器の中を見て考え込んでいた。徐に近付いていけば中身を視認する事が出来た。果物や豆などが調理されていない状態で入っている。


「早いんですね……?」
「ああ、おはようイヴ君。パンを焼くのには色々と準備が必要だからね。いつもこのくらいから起きているよ」
「そうなんですね」


 グレンを見上げてから相槌を打って、視線を戻す。パンの準備ならばこれはパンに使う物なのだろうとイヴは思ったがそれ以上の言葉は出なかった。話が途絶えたものの、イヴは部屋に戻る事も出来ない。かといって就業には早く、朝食作りにも手を出せず手持ち無沙汰だった。
 その場に留まり材料であろう器の中身とグレンを交互に見る。


「ええっと……新しいパンですか?」
「そろそろ今出しているパンのいくつかの材料を収穫出来なくなるからね。新作というよりは切り替えだね。それを前回より改良しようかと考えているところでね」
「そっか、変わっていくんだ」


 ぽつりと呟いて窓を見る。窓から見える空は白み始めていた。朝を告げる薄明を目にして窓から目を離す。


 ――あの人の事はよくわからないけど……フェリーク様を倒しに来た訳じゃないならあんまり気にしなくていい……んだよね?


 彼女の言動や容姿の差は気掛かりに思えど気にしまいと自身を落ち着かせにかかる。発言内容からしてフェリークを討伐に来た訳ではないという事はイヴの頭の中に情報として入っている。
 ならば緊急の事ではない。脳内から完全に消し去る事は出来ないものの、着地点が見付かったため幾分落ち着きを得た。冷静な眼で見据えたところで、未だに胸中にある違和感の正体を明らかにする事は叶わなかったが、今日の方針を定める事は出来た。


 ――今日は会いに行こう。会いたいな。いつもよりもっと、会いたい


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