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10:果実は実り
兎と小麦2
しおりを挟む手を止めて話をしていたミランダとアメリアだが、時間が経つだけになってしまうため作業を再開した。せっかく場にいるため、イヴも手伝いを申し出た。ミランダに教わりながら布地に糸を通し、二つの三角の布を縫い合わせていく。
ミランダとアメリアの二人は手早く作業を進めており、三角旗を作り上げていく。それをイヴは一瞥した。手慣れたその様相は、何度も経験してきた事なのだとイヴに思わせるには十分だった。
「毎年作ってるんですか?」
「前作った時のが綺麗に残っていたら使うけど、前回の結構汚れちゃってて、今年は新しく作ってるんだぁ」
「普段はこの町にあまり人が訪れないから、人が来るってなったら……って言うのもあるけれど、私たちの楽しみの一つでもあるから。できるだけ盛り上がるようにしてるの」
娯楽の少ないこの町では、収穫祭は住民にとって楽しみな娯楽行事でもあるのだ。他の町からすれば見劣りするかもしれないが、楽しみに訪れてきた者たちも、自分たちも楽しめるように祭りを作っている。
ミランダのどこか楽しげな顔も、アメリアの締まりのない顔も。どちらも収穫祭を心待ちにしているのが伝わった。イヴは瞬きをした後に頬を緩める。
「……って言っても本当にこの町何もないからもうちょっとほしい気はするよねぇ。アンネさんも路銀が出来れば中央に行くって言ってるし。実際何人か友達も行っちゃったし……」
「そんな何もないってほどじゃ……」
「そうね。いろんな物が実るし、イヴのところのパン屋さんも有名だから、まったく何もないってわけではないと思うわ」
「そうなんだけどねー。ん~でもそれとドラゴン? くらいだから、あんまりないよね」
何てことのない雑談で出た単語にイヴはどきりとする。以前にも周囲の人間から話題として出てきた事があるはずなのに、慣れる事が出来なかった。針を刺し込む手が止まり、大きく息を吐いて自分を落ち着かせにかかる。
黒竜を悪く言われたらと思うと話を逸らしたい気持ちと、どう思っているのか訊きたい気持ちの二つの思いが今イヴの胸中に渦巻いていた。
「最後に関してはたまに人は来るけど、結局諦めて帰っちゃうからなんとも言えなくもあるけど……」
「あーそだねぇ。あの噂のお姉さんはまだいるっぽいけど、大抵すぐ出てっちゃうよね」
「あ、あの。二人は……あの森の黒……、竜は怖がったり嫌だったりしない、んですか?」
二人のやりとりを静観して、嫌悪が見られなかったからかイヴは尋ねる。問いを聞いた二人は顔を見合わせた。イヴは不安な気持ちが表情が出てしまっており、心拍数も高まっていた。だが二人は考える仕草をして幸いにも気付いていなかった。
「……うーん、わかんない!」
「わからない……ですか?」
「だって話には聞くけど見たことないし。遠いお話みたいな感じかなぁ」
思いがけない反応にイヴはぽかんとしてアメリアを見る。畏怖の対象として見る者の話は聞くが、アメリアのように特別何か思うところがない人間もいるという事を知って首を捻る。こんなに間近に住んではいるがこんなものなのかと。
もう一人――ミランダを見遣る。なんだかんだと交流を深めている間柄だが、彼女はどう思っているのか。せめてアメリアのように無関心であってほしいと願いながら。
「私は別になんとも? 来た時は驚いたし怖かったけど……森の奥の方まで行かなかったら何もして来ないもの」
「ホント何もして来ないよねぇ」
「むしろ……魔物が寄りつかなくなった方が大きいかしら。前は畑を荒らし回られたり、小屋を壊されたり、時にはケガ人も出ていたから」
「魔物が……」
家畜や愛玩動物とはまた違った魔物という存在。大戦で決着がつくまでが特に活発だった魔物は、終結後も蔓延っている。街に出没したり、野外でも凶暴な魔物は冒険者や騎士が退治していた。以前よりは数は減っているが、各地で被害が出てはいる。
しかし、イヴはこの町で魔物が入り込んだり襲撃を受けているところを見たことがない。ミランダの言う通り黒竜の影響なのかも知れない。
「まったく出なくなったんですか?」
「そうね。だから森の竜は結構強いんだと思うわ」
「来た人も帰っていくしねぇ」
「来ないように言い聞かせていたりするんでしょうか……」
「序列というか、本能的に魔物側が避けているんだと思うわ。言い聞かせる理由もわからないし、それなら魔物の姿を見かけるはずだから……」
「なるほど……」
真相の程はイヴたちにはわからない。当の黒竜の威圧に負けてるならば――仮に意識的にしていたとしても――当のフェリークは語らないだろう。住まう町の人々にとってわかるのは竜が来てから魔物が出なくなったという事だけだ。
「そういう人多いと思うよ。怖がる人とか、いつか何かしてくるから倒そうって人もいるけどね」
「そう、ですか」
実際に若者達が倒そうと発起して討伐に赴いたのを目撃したが、そうじゃない人達もいる。その事にイヴは胸を撫で下ろした。
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