一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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12:新しい時代のために

亀裂

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 ぼんやりとイヴは壁を見つめていた。ベッドに体を横たえて動かない。壁に目を向けてはいるが焦点は定まっていなかった。鳥の鳴き声が聞こえ朝を告げている。しかしイヴは身動ぎ一つしないでいた。本来ならばとうに起きている時間だが、その気力は奪われている。
 唐突に勢いよくドアが開く。先に起きて活動していたのだろうシェリーが腰に手を当てて息をついていた。


「起きな、イヴ! 収穫祭で気でも抜けたのかい? 今日からまたいつも通りだからね」


 まだ出てこないイヴを起こしに来たのだろう。シェリーは言い放つと大股でベッドへと近寄った。しかし声をかけても尚反応のないイヴに、身を屈めて顔を覗き込んだ。片手を頬や額に宛てて、体温を感じ取ると片腕を奥に回して起き上がらせた。正面から様子を窺い、背中を撫でる。


「熱っぽいね。食事はできるかい?」
「はい……」
「とりあえず今日は休んでな。とりあえずミルク持ってくるから」
「すみません……」


 発熱していると知ったシェリーはイヴを座らせた状態で置いて部屋を出ていく。そう経たずに戻ってきて冷えたミルクを口元まで運ばれてイヴは両手で支える。喉を通してくと火照りが和らいでいく。心地よさから気付けば空になっていた。


「あの、お店……すみません」
「誰だって体調くらい崩すだろう。サボってばっかりなら怒るけど。いつもちっさい体で一生懸命働いてくれてんだし、気にしなくていいんだよ。粥を作ってくるから出来るまで寝てな」
「……はい」


 腕が支えながら後ろに倒れていく。再び寝かされて、シェリーが部屋から出ていった。真麻はベッドの傍らに置いてある包みを見る。膨らんでおり、中身は一つも減っていなかった。

 ――あの時。
 森の奥で聞いたリリスの話。イヴは当時の事を克明に思い出す。

 衝撃的な話を耳にして、思わずイヴは木陰から飛び出した。この町の血気盛んな若者や名誉や素材を求めた他の町から来る者たちとは違う。中央――国の意向となれば、それだけの人員が割かれる。今までとは明らかに違うのだ。


「話によれば、勇者に同行した術師が加わっているらしいわ。でもまだ準備段階らしいから、すぐには来ないと思うわ。逃げるだけの時間は十分ある」
「逃げる……」


 追い払うのではなく真っ先に逃げると彼女は言った。そうしなければならないレベルの勢力が来るのだ。世界を変えた勇者の仲間が加わっているというのが大きいだろう。フェリークが彼らに討たれるなど見たくない。だが、イヴには軍勢相手に何も出来ない。そんな力はどこにもない。囮にすらならないだろう。イヴに出来るのは現実を受け入れる事だけだ。
 きつく持ち物を抱え込む。この地を去るしかない。年の近い彼女たちとの話の事が頭を過った。
 ――フェリークがこの地を去れば自分はどうするのか。
 ただ少し事情が違う。逃げたところでまた軍は追ってくるかもしれない。悪しき竜を退治せんと。


「どうして、急にそんな」
「詳しい事はわからないけど……何人も戦いに来たんでしょ? で、誰も勝てないと。この竜様は魔王の配下にあった。だからとうとう耳に入ったんじゃない?」


 後を絶たぬ黒き竜に挑み、傷付いて帰る者たち。山奥にいるかつて魔王と共にいた竜の噂。それが看過できぬ程に話が広がった。国にまで届いたそれに、動き出してしまった。遠くの者たちに届く情報は事実の混じった噂だ。それでも討伐隊は組まれ始めている。


「……あの。どこに、逃げるんですか?」
「当てというか、そこの勧誘に来たのに近いんだけど、」
「イヴ」


 避難先についてリリスが話そうとした時だ。フェリークが口を開いた。呼ばれるままにイヴはそちらを向く。普段ならば何か話してくれる事は嬉しい事だったのに、この時だけは続きを聞きたくなかった。直感的にそう思わせた。


「害がないため寛大な心を持って赦していたが、今後はここに来るな」


 ――その後の事は思い出せない。朝になればこの場所に眠っていた。帰ってきたという事とパンを渡せなかった事実だけがそこにあった。


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