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13:変動
先への迷い
しおりを挟む「――おはようございます」
食後に粉ふるいから順に教えてもらい、中に入れるリンゴのハチミツ漬けも作ったイヴは早起きしてグレンの作業場に入った。イヴが昨日
作ったものと、今日焼く別のパンが置かれている。
パン作りは不慣れなイヴだったが、グレンが丁寧に一つ一つ教えたため順調に出来上がってきている。イヴは作業場に入る際に、中身のリンゴのハチミツ漬けだけではなく、もう一つ持って入室していた。
「おや、それは?」
「あ、えっと、木の実を砕いてみたんです。合うかなぁって」
「良さそうだね。試しにいくつか入れてみようか」
考案の際に実際に焼き上げるまでを見ていたというのもあり、行程は呑み込んでいた。そのため滞りはなく進めている。出来上がりはグレンと比べれば劣るものもあったが、グレンが付きっきりで教えていたため出来上がりが良いものが多く、グレン程の出来映えではないものも悪くはなかった。
焼き上がった内、ナッツを入れた物をスライスして試食する。焼き立てで温かいそれは以前食べたそれと似ているようで異なった。ナッツが良いアクセントになっており、自然と食べ進めさせる。いくつかは残して、数はかなり限定になるが出せるようにカゴへと並べた。
終始微笑んで教えていたグレンをイヴは目だけで見上げる。優しい目はいつも以上に慈しむようでもあった。
「これならイヴくん一人でもすぐに作れるようになりそうだね」
「パンは、作れた方がいいですよね?」
「そうだね。竈はなくても頼めるから、生地が作れると良いだろうね」
分けて残したおいた分の熱がある程度冷めると、間違えないように包んでおく。次の分に取り掛かり、竈へと入れる段階になるとイヴはカゴを手にした。
ふと。リリスの言葉がイヴの頭を過る。
――『ねえ、あなたフェリーク様と番になりたいんじゃないの?』
「あの……グレンさんとシェリーさんって、すぐに結婚したんですか?」
「ん? いや、すぐにではないかなぁ」
「どうして結婚したんですか?」
唐突な質問にグレンは目を丸くしてイヴを見る。イヴの瞳は真剣で、それでいて迷いを含んでいた。それにグレンは頬を緩める。
「シェリーは昔からしっかり者でね。私がパン屋として働く時に彼女の方から一緒にやろうって」
「シェ、シェリーさんの方からだったんですね……!」
「そうだよ。そこから自然にといった感じかな」
「自然に……」
「イヴくんにも、そういう相手がいるのかな?」
覗き込むようにグレンは前屈みになって問いかける。イヴはカッと顔が熱くなり視線を泳がせた。
「……わからないんです。今までそんなこと考えた事がなくて。ただ……」
出会った時の事をイヴは思い出す。イヴの暗い世界を彩った空を。空に向かって広げられた翼を。彼だけしかいない世界のような堂々とした振る舞いを。いつだって思い出す事が出来る。
だが、あの時胸に抱いた想いを、イヴは簡単に言語化出来そうにはなかった。ただ、がむしゃらに追い掛けて。その果ての今の想いは、番という形を得たいのかはまだ分からずにいる。何度考えても、すぐには出ずにいた。
「ただ、好きなだけじゃダメなんでしょうか……?」
「そんな事はないよ」
身を屈めて、グレンはイヴの目線の高さへと合わせる。二人の目が合う。グレンの目は優しく、いつもの子を見守り慈しむ眼差しであった。
「分からないなら、無理に見つけようとしなくていいんだよ。大事な事だからね。無理に答えを出すより、自然なままでいる方が分かったりもするし、焦る事はないよ。もちろん、好きだという気持ちがただあるだけでもいい。イヴくんはまだ若い。自分の思うままに好きに生きなさい」
「……はい」
グレンから吐き出される言葉が、優しくイヴの中に染み込んでいく。詰まっていた息を、感情と共に少し吐き出す。頬を緩ませて頷いた。
――だが、そんなイヴの頭の中に誤魔化せない現実が過る。やがて討伐隊がこの地へと訪れるという事。そして、そうなればフェリークは安全な場所を探しにまたこの地を離れる事。好きに生きるなら、フェリークについていくのか。例の集落に。それとも彼の拒絶に従って、もう関わらない方が良いのか。答えはどうしても必要なようにイヴは思えたのだ。グレンは思うままに生きる事を勧めてくれるが、そうもいかない。
迷いは、まだ晴れない。
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