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14:平穏の先
覚悟
しおりを挟む「──ついに覚悟を決めたのね」
町と繋がる森の出入口に差し掛かったところで、声がかけられた。イヴは聞き覚えのある声に周囲を二渡りほど見渡すが、声の主の姿はない。くすくすと頭上から笑い声がし、見上げればリリスが片手を振っていた。目を合わせるとリリスは腰掛けていた木の枝から飛び降り、イヴの前へと降り立つ。イヴは着地すると数歩後ろへと下がった。数秒思考すると、こくりと頷いてみせる。
イヴが頭を上げる前にリリスは身を近付けて、顔を覗き込む。その唇は終始弧を描いていた。戸惑いがちにイヴは見つめている。
「良かったわぁ、あの竜様もあなたの事気にしていたみたいだし」
「え……? フェリーク様が……わたしを?」
「そうよ? 私が顔を見せる度に、今日はパンは持ってきてないのかって」
「パン……」
イヴを、というよりはイヴから預かったパンを気にしているともとれる発言だったが、イヴは嬉しそうに頬を緩めた。それを見たリリスは目を瞬かせる。
「ちょっと意地悪のつもりだったんだけど……そんなのでも嬉しいの?」
「フェリーク様の周りには果物があって、それを食べていたので絶対に必要な物じゃないので」
両手を頬にあてて、口元が緩むのを抑えようとしているが抑えきれていない。拒絶されて従っていたその裏で交わされていた事だからこそ余計にだ。
蠱惑的ではない、吹き出すようにフッとリリスは笑った。
「まあ、いいわ。時間が迫っているから、これからあなたに差し当たって必要な物を言うわね」
「は、はい……!」
大事な話だと感じて、イヴは両手を下ろして表情を引き締める。人差し指を立てて見下ろしてくるリリスを見上げた。
「そうね、最低でも五日分の食料をふたり分用意すること。黒竜様と、あなたの分。国が動くくらいだもの。簡単には向かわせてくれないと思った方がいいわ」
「え……リリスさんは……」
「私はいいわ。向かう時は別々だと思うし」
フェリークとイヴの二人分と聞いて、イヴが気遣わしげにリリスを見遣る。リリスは気にした様子はない。実際に行動を開始する時には、リリスは別ルートで集落を目指す事になりそうだ。その事にイヴは少し視線を下げて、どこか考えた様子だった。目を向けるその先を下げたイヴだったが、数秒で視線を上げる。その瞳にあった躊躇いは、覚悟で覆われた。
「わかった。わたしとフェリーク様の分の食料を用意する」
イヴの頭を過るのは、パンは二度焼きにした水分量の少ない固いパンだ。あれならば、長く保つためぴったりだ。しかも、イヴがいる場所はパン屋なので手に入れやすい。稼いだお金も余裕がある。食料の用意に関しては、そう案じる必要はないだろう。パンを思い浮かべたあとに、娘に迎えたいと言ってくれた二人の顔が浮かぶ。必然的に、二人の優しい言葉を断る事になる。そして、あそこを出ていく以上更にその旨まで伝えなければいけない。胸の奥が軋みを上げ、イヴは唇を引き結んだ。
不意に白くほっそりとした手がイヴの頬を撫でた。たおやかでありながら、どこか絡みつくようである。
「種族は全員違うけど、大きな分類としてもまったくの別物。魔族の仲間入りをする事は簡単な事じゃない。集落に行っても、魔族に嫌がられたりね。若くてエネルギッシュで直情的。素敵だけど……この後の事も忘れちゃダメ。愛しの黒竜様といたかったら……ね?」
手の中でコロコロと人心を弄ぶように、自由に言葉を操り表情を変えて。そんな悪魔の言葉は、窮地である現状において楽しそうだ。イヴという若く、心のままに動く少女を振り回す事が楽しくて仕方がないとばかりに。
リリスの手はそっと離れた。
「じゃあ、イヴちゃん。時間はないから急いでね。また知らせに来てあげるわ」
──そう言って、リリスは森の方へと姿を消した。
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