一目惚れなんです、黒竜様

雪吹つかさ

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14:平穏の先

互いの想い

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 奥にいる森の主を隠すようにして、木々が道を覆う。葉が揺らめき音を立て生息する動物たちは上半身を動かして辺りを窺った。気配を感知してその場から走り去っていく。
 漆黒に沈みながらも、陽の光に当てられて艶を放つ羽を伏せて休ませる。獲物を捉える鋭き眼光は今はなく、閉じられていた。しかし、それは束の間だ。風の吹くままに立った葉音が情報を運び、瞼を上げた。ギョロりと動いた瞳は森の中から現れ出た人物へと向けられる。


「もう我が言葉を忘れたか。立ち入らぬようにと告げたはずだ」


 木々が重なるように左右に立ち並ぶその間の道に立つ来訪者──イヴを迎え冷たく睨み据える。イヴはその瞳に一瞬怯みはしたが、地面を踏みしめその場から離れる事はしない。フェリークが怒りを大気からも感じられる程に浮かべていても、真っ直ぐに見つめていた。


「ど……どうして、ですか?」


 自身の服を握りしめ、イヴは問いを投げる。イヴの声も足もは震えていたが、依然しっかりと足に力を入れていた。彼女の顔は決意がこもった表情で満ちている。黒竜が如何に圧をかけようと、退く様子はない。
 ――あの日。初めてフェリークとイヴがこの森で顔を合わせた時のように。彼女から感じる覚悟が、周囲に漂う怒気を和らげていた。当の本人である彼女はその事に気づきもせずに、つんのめりそうな程に前へと身を乗り出す。


「理由を教えてください。今日までは……来ないようにしていました、けど。でも、納得が出来ませんでした」


 彼の願いを聞いて一定期間、離れていたイヴだったが、その胸中には渦巻いているものがあった。疑問が首をもたげ、得心を得られずにいたのだ。
 それを聞いたフェリークは、鼻から息を吐き出した。


「何を言い出すかと思えば……とんだ戯言だな。貴様の許諾でも必要だとでも? お前がどう思っていようと私には関係のない事だ」


 これまでに幾度も共に過ごした日々は無かったかのように、黒竜の声は冷たく降り落ちる。落ちてきた言葉がイヴの耳に流れ込んだが、踵を返す様子はなかった。むしろ、イヴは深く息を吸い込み、言葉を続ける。


「わたしが来たくて来ているだけだから、そうかもしれない。でも……許してくれたのはフェリーク様です。なのに、急に追い出すなんて……理由があるんだと思ったんです。今更、ですけど」


 ずっと追い求め、更に許諾を受けていた相手から拒絶されたショックもあって、ただ従っていた。だが時間がかかり、周囲も変わった。イヴの思考も。そうして、ここに足を運べるようになったのだ。


「では、お前のような人間が我が眼前を彷徨くのが不快になってきたからだ。腑に落ちたか?」


 もっともらしく聞こえる理由をフェリークは口にする。しかし、何も言葉はなかったようにイヴは何も変わらない。依然としてそこに立ち続けている。
 災害のような横風の竜巻で町までイヴを吹き飛ばす事はフェリークには造作もない事だ。だが、そうしたところで、イヴは幾度も訪れるだろう。森での邂逅時のあの実例があるのだから。


「……幾度もの拒絶を受けても押し入り、かと思えば一度の拒絶で身を引くとは。読めぬ娘だ」


 それは溜め息のように吐き出された。イヴは目を丸くする。
 やがて、フェリークは諦念を滲ませて口を開いた。


「これ以上は無駄か。ならば致し方ない」


 目を丸くしていたイヴは、その言葉で顔を綻ばせた。諦めずに理由を聞き出そうとしたその気持ちが彼に届き、受け入れてくれたのだと。そんな喜びが胸を支配した。周囲の張り詰めていた空気も和らいでいる。
 だが、フェリークからは怒りこそは感じないものの、明るい感情もまた感じられない。


「よく聞くといい、イヴ。私はこの地を離れる。私を脅威と見た人間達がここを訪れるからだ。今後、我が暮らしを邪魔されるのならば離れた方が早い。それに……討伐に来る者の中にはスカイ・エピラーがいる」
「……スカイ……エピラー……?」
「かつての勇者一行の術師だ。旅での経験で力をつけ、威力の高い魔法を扱う。私は直接は戦わなかったが……見た事はある。各属性の魔力を使い、広範囲の攻撃をする」


 リリスから聞いてはいたが、矢継ぎ早に話される内容をただ聞いているだけだったイヴの頭に、ふと光景が過る。火や光の柱が飛び交うような光景を。
 頭に入り込んで来た光景を、頭を左右に振ってイヴは振り払った。そんなイヴをフェリークは見据えている。


「部隊で来る以上、人間たちも接近がわかるだろう。生きる者。その名を冠するならば、今後は森に近づくな」
「わたしが……危ないから、来ないように言ったということ……ですか?」


 ここまでの話を呑み込み、イヴが問いを投げかける。
 すると、場は静寂に包まれた。フェリークは答えを口に出そうとしなかったが、否定をしない──それこそが答えだった。喜びと共に、イヴの胸の奥に宿っていた炎が燃え広がっていく。その熱はイヴを行動に、言葉を吐き出させる。


「わたし、一緒に行きます。フェリーク様と一緒に──違う地へ」


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