ミステリアスな王太子は 花嫁候補の剣士令嬢を甘く攻め落とす【コルティア国物語Vol.1】

桜井 恵里菜

文字の大きさ
8 / 11

王太子の正体

しおりを挟む
「ちょっと、下ろしてってば!自分で歩けます!」
「嫌だね。下ろした途端にとっとと逃げるに決まっている」
「逃げませんから!早く下ろして!」
「どうだか。君はしれっと嘘をつくからな」
「嘘をついたのはあなたでしょう?!」

 王宮に戻って来ると、フィルは馬車から降りるなりクリスティーナを抱き上げて歩き始めた。

 周りの目が気になり、必死で下ろせと訴えるがまるで聞き入れられない。

 じたばた暴れているとロザリーが駆け寄ってきた。

「アンジェ様!ああ、良かった。ご無事ですか?どこかお怪我は?」
「大丈夫よ。ロザリーは?怪我はない?」
「わたくしのことなど、よろしいのです。アンジェ様、さぞかし怖い思いをされたのでしょう?ああ、わたくし胸が痛くて…」

 するとフィルが、プッと吹き出す。

「ロザリー、気にすることはない。全くもってそんな心配は無用だ」
「はあ?どうしてあなたがそんなことを言うのよ?」
「じゃあ何か?君は囚われている間、ずっと怯えて震えていたとでも?そうだよなあ。まさか剣を振りかざし、バタバタと敵を倒すなんてこと、する訳ないよな?」

 うっ…とクリスティーナは言葉に詰まる。

 フィルはロザリーが開けた扉から部屋に入ると、ようやくクリスティーナをソファに下ろした。

「さてと。俺はこれから国王に報告に行ってくる。ロザリー、あとは頼むよ」
「かしこまりました」

 そして最後にグッとクリスティーナに顔を寄せた。

「またあとでな。俺の花嫁」
「はっ?!」

 目を見開くクリスティーナにクスッと笑うと、フィルは部屋を出ていった。

 *****

「もう、何がどうなってるのよ」

 湯に浸かりながら、クリスティーナはため息をつく。

 敵の要塞から王宮に帰ってくる間も、フィルはクリスティーナの質問をのらりくらりとかわし続けていた。

 先程ロザリーを問い詰めると「申し訳ありません、わたくしの口からは…」と困ったようにうつむくばかりだった。

「フィルが王太子様ってこと?じゃあ今までのあの人は?」

 考えたところで答えは出ず、のぼせそうになったクリスティーナは諦めて立ち上がった。

 *****

「やあ!アンジェ。大変だったね」
「…は?」

 ディナーの時間になり、身支度を整えてダイニングルームに行ったクリスティーナは、いつものように声をかけられて困惑する。

「あの、王太子様、ですか?」
「そうだよ。どうしたの?たった一日会えなかっただけで、もう顔を忘れたのかい?」
「いえ、あの、そういう訳では…」
「争いも落ち着いたし、早く君のお披露目パーティーを開くとしよう。俺の美しい花嫁としてのね」

「聞き捨てならないな。誰の花嫁だって?」
「フィル!」

 振り返ると、正装したフィルが扉から入って来るところだった。

「あの、一体どういうこと?」

 クリスティーナは、もはや何がなんだか訳が分からない。

「説明するよ。座って」

 促されて、クリスティーナは席に着く。

「まずこいつは、俺の従兄弟のアンドレア=ギルバートだ」
「ギルバートって、フィルが最初に名乗っていた?」
「ああ、母親の旧姓だ。アンドレアは母の兄の息子に当たる。俺と同じ二十一歳。つい最近まで海外にいたんだ」
「従兄弟…。だから二人はよく似ているのね」
「自分ではそうは思わないけど、どうやらそうらしい。俺の替え玉としてはちょうど良かった」

 するとアンドレアが、酷い言い方だなと苦笑いする。

「お前よりも爽やかさ五割増しで、完璧な王太子を演じてやったのに」
「どこがだよ?!どさくさ紛れに彼女に手を出そうとしておいて、よく言うな」
「結局出せなかったよ。夜になると無理やりお前に交代させられたからな。あーあ、俺もアンジェと同じベッドで寝たかったな」
「アンドレア!」

 フィルに睨まれてアンドレアは首をすくめる。

「えっと、つまり王太子様…いえ、アンドレアはフィルに代わって王太子のフリをしていたってこと?」

 クリスティーナの問いにフィルが頷く。

「争いが激しくなり、俺は他国と協定を結んで連合国軍を抑えようと奔走していたんだ。だが、王太子として動き回れば敵に勘づかれる。どうしたものかと思っていた矢先にこいつが帰国してきたから、ちょうどいい、と替え玉になってもらった」
「おい、言い方!」

 アンドレアが突っ込むが、フィルは構わず続ける。

「そして俺は動きやすいように、近衛隊に入隊した。君の遠い親戚のクリスとやらと同じ日にね」

 なにやら含んだ口ぶりに、クリスティーナは思わず視線を逸らす。

「このことを知っていたのは、国王と王妃、君の父上のジェラルド連隊長。それからロザリーと数人の付き人だけだ」
「お父様も?!」
「ああ。俺が近衛隊を抜けて各国へ赴く時は、手助けもしてくれた」
「そうだったのね」

 また知らない父の一面を垣間見て、クリスティーナは神妙な面持ちになる。

「君には黙っていて悪かった。それにこんな形で巻き込んでしまったことも。アンドレアは頭はいいけど剣の腕はイマイチでね。敵がこの王宮に潜んでいるかもしれないと分かって、父と母がアンドレアの身を案じたんだ。それを聞いたジェラルド連隊長が、君を花嫁候補としてそばに付かせるなんて話を持ち掛け、俺の知らない間に事が進んでしまった。本当に申し訳ない」

 頭を下げるフィルに、クリスティーナは首を振る。

「いえ。これは私が望んだことでもあったので」
「君が望んだ?王太子の護衛を?」
「ええ。私、どうにかして父とこの国の役に立ちたかったのです。たとえほんの少しでも」

 少しうつむいてから、クリスティーナは言葉を続けた。

「父は、とても責任感の強い人です。どんなに怪我を負っても自分の身を顧みず、連隊長として最前線で戦おうとします。私はそんな父が心配でした。いつか父の手助けが出来るようにと、日々剣の稽古をしていたのです。それにこの国は、地方に行けば戦火が広がっています。敵に怯え、食べる物も手に入らずに不安な日々を過ごしている人がたくさんいる、そう思うと胸が張り裂けそうでした。今回のことは、全て私が自ら望んだことなのです。王太子様の護衛も、敵国の捕虜になることも。ですからどうぞ、謝らないでください」

 胸を打たれて押し黙るフィルとアンドレアに、クリスティーナは静かに微笑んでみせた。

 *****

「アンジェ様、いえ、クリスティーナ様。黙っていて本当に申し訳ありませんでした」

 ディナーの後、部屋に戻ると、ロザリーが深々と頭を下げた。

「いいのよ、ロザリー。黙っていて正解よ。そこで口を割るようでは、この先私も信頼出来ないもの。それと、私の呼び名はアンジェのままでも構わないわ。好きに呼んでね」
「まあ、なんてお優しいお言葉。本当にありがとうございます」

 これからもよろしくね、と笑いかけてから、クリスティーナは寝衣に着替えた。

「今日はお疲れですよね。さあ、どうぞベッドへ」
「ありがとう、ロザリー。おやすみなさい」
「おやすみなさいませ、アンジェ様」

 ロザリーの言葉を聞き終わらないうちに、クリスティーナは深い眠りに落ちた。

 *****

 どれくらい眠っていたのだろう。
 ぼんやりと目を開けたクリスティーナは、壁の時計を見る。

 時刻は深夜の二時だった。

 (五時間も眠っていたのね)

 だが夜明けまではまだ時間がある。
 もう一度眠ろうと寝返りを打ったクリスティーナは、目の前に迫る端正な横顔に驚いて後ずさった。

 (な、なに、誰?王太子様?どっちの?)

 クリスティーナが混乱して見つめていると、んん…と顔をしかめながら、ゆっくりと目を開ける。

「あれ、起きてたの?」
「え、ええ、あの、はい。ところで、どちら様でしょうか?」
「ええ?寝ぼけてるの?同じベッドで寝てるんだから、君の夫に決まってるでしょ」
「おっっっと…」
「そんなにたくさん『つ』はいらないよ」

 クスッと笑われて、クリスティーナは恐る恐る尋ねる。

「あの、あなた、フィルの方?」
「方ってなに?他に誰がいるの?」
「いえ、その、アンドレアかと…」
「ふうん…。君と毎晩一緒に寝ていたのはアンドレアじゃない。俺だよ」

 そう言うと片肘をついて頭を支え、クリスティーナの瞳を覗き込む。

「君の無防備な寝顔を知っているのも俺だけだ」
「ひえ!な、なんてことを言うのよ」
「君が寝返りを打つ時、この唇から、ん…って甘い声がこぼれるのも知ってる」

 人差し指で唇をなぞられ、クリスティーナは顔を真っ赤にする。

「そ、それなら、最初の夜に、君に触れたりしないって言ったのもあなたでしょう?たった今、その約束を破ったじゃない」
「ああ、それはまだ君が俺を欺いていると知らなかった時の約束だからね。今となっては守る必要はない」
「どういう意味?私がいつあなたを欺いたっていうの」
「へえ、この期に及んでまだそんなことを言うんだ。それなら仕方がない。分からせてあげるよ」

 え?とクリスティーナが首を傾げると、フィルはいきなりクリスティーナの頬にキスをした。

「な、何を…!」
「油断は禁物、だろ?クリス」

 いたずらっ子のように笑うフィルに、クリスティーナは絶句する。

 (え、クリス?って、あの時の?男装して近衛隊にいた私のこと?)

「どうして…」

 思わず呟くと、フィルが面白そうに語り始めた。

「まさかあの時は、男に化けてるなんて思いもしなかったよ。君が女装して、いや、失礼。ドレスを着てこの王宮にやって来た時も、同一人物だなんて夢にも思わなかった。だけど君の剣術はひと目見たら忘れられない。近衛隊にいた時のクリスと、嵐の日にドレス姿で舞うように剣を繰り出していた君が、直感的に重なって見えた。そして君のあの口癖もね」

 あ!とクリスティーナは思わず口を押さえる。
 しまった、と顔をしかめていると、フィルは更におかしそうに笑う。

「それと夕べのディナーの時も、君はうっかり口を滑らせたよ」
「え?な、なんて?」
「俺がアンドレアのことを、アンドレア=ギルバートって紹介した時、君はこう言ったんだ。『ギルバートって、フィルが最初に名乗っていた?』って。俺がフィル=ギルバートと名乗ったのは、近衛隊に入隊したあの日だけだよ」

 なんてこと…と、クリスティーナはもはや呆然とする。

「という訳で、君に触れないと言った俺の最初の約束はなかったことにしてもらうよ。その代わりに、俺を見事に欺いたことを称えて、ずっと君をこの手で守っていく」

 いつの間にか真剣な表情を浮かべたフィルが、クリスティーナの頬にそっと手を添える。

 切なげに揺れるフィルの瞳に捉えられ、クリスティーナは何も考えられずに見つめ返す。

 やがてゆっくりと目を閉じたフィルは、クリスティーナの唇に優しくキスをした。

 初めてのキスにうっとりと胸を震わせたクリスティーナは、フィルが離れた途端、真っ赤になってうつむく。

「可愛いな。男にそんな顔を見せちゃいけない」

 そしてもう一度、今度はチュッと軽く口づけた。

「ちょっと、もう、恥ずかしいから!」

 ますます顔を赤らめるクリスティーナに、フィルはふっと笑みを浮かべる。

「隙だらけだな。油断は禁物だぞ?クリスティーナ」

 もはや言葉を失ったクリスティーナを、フィルは優しく抱きしめた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

退屈扱いされた私が、公爵様の教えで社交界を塗り替えるまで

有賀冬馬
恋愛
「お前は僕の隣に立つには足りない」――そう言い放たれた夜から、私の世界は壊れた。 辺境で侍女として働き始めた私は、公爵の教えで身だしなみも心も整えていく。 公爵は決して甘やかさない。だが、その公正さが私を変える力になった。 元婚約者の偽りは次々に暴かれ、私はもう泣かない。最後に私が選んだのは、自分を守ってくれた静かな人。

厄災烙印の令嬢は貧乏辺境伯領に嫁がされるようです

あおまる三行
恋愛
王都の洗礼式で「厄災をもたらす」という烙印を持っていることを公表された令嬢・ルーチェ。 社交界では腫れ物扱い、家族からも厄介者として距離を置かれ、心がすり減るような日々を送ってきた彼女は、家の事情で辺境伯ダリウスのもとへ嫁ぐことになる。 辺境伯領は「貧乏」で知られている、魔獣のせいで荒廃しきった領地。 冷たい仕打ちには慣れてしまっていたルーチェは抵抗することなくそこへ向かい、辺境の生活にも身を縮める覚悟をしていた。 けれど、実際に待っていたのは──想像とはまるで違う、温かくて優しい人々と、穏やかで心が満たされていくような暮らし。 そして、誰より誠実なダリウスの隣で、ルーチェは少しずつ自分の居場所を取り戻していく。 静かな辺境から始まる、甘く優しい逆転マリッジラブ物語。 【追記】完結保証タグ追加しました

金色(こんじき)の龍は、黄昏に鎮魂曲(レクイエム)をうたう

藤原 秋
ファンタジー
高校生活最後の夏休み、友人達と地元で有名な心霊スポットに出掛けた氷上彪(ひかみひょう)は、思いがけぬ事故に遭い山中に独り取り残されてしまう。 人生初の気絶から目覚めた彼を待ち受けていたのは、とても現実とは思えない、悪い夢のような出来事の連続で……!? ほとほと運の悪い男子高校生と、ひょんなことから彼に固執する(見た目は可愛らしい)蒼い物の怪、謎の白装束姿の少女、古くから地域で語り継がれる伝承とが絡み合う、現代?和風ファンタジー。 ※2018年1月9日にタイトルを「キモダメシに行って迷い人になったオレと、蒼き物の怪と、白装束の少女」から改題しました。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

貴方なんて大嫌い

ララ愛
恋愛
婚約をして5年目でそろそろ結婚の準備の予定だったのに貴方は最近どこかの令嬢と いつも一緒で私の存在はなんだろう・・・2人はむつまじく愛し合っているとみんなが言っている それなら私はもういいです・・・貴方なんて大嫌い

《完結》金貨5000枚で売られた王太子妃

ぜらちん黒糖
恋愛
​「愛している。必ず迎えに行くから待っていてくれ」 ​甘い言葉を信じて、隣国へ「人質」となった王太子妃イザベラ。 旅立ちの前の晩、二人は愛し合い、イザベラのお腹には新しい命が宿った。すぐに夫に知らせた イザベラだったが、夫から届いた返信は、信じられない内容だった。 「それは本当に私の子供なのか?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...