シロツメクサと兄弟

Guidepost

文字の大きさ
2 / 44

2.楽しみ

しおりを挟む
 この間の休みに様子を見に来てくれた叔母が「律ももういい歳になってきたんだし、そろそろ、ねえ」などと言いながらまた魔の白い台紙をすっと出してきた。今時こんな台紙で用意することある? などと思いながらも律は何とか笑みを浮かべる。

「……いえ、俺はまだとてもとても……それにりおも心配だし、その……」
「だからこそでしょう?」
「……はぁ」
「この間はせっかく持ってきたのに見てもくれないんだから。せめて、ね? 見るだけでも。ね?」
「……いや、でも見ても……ほんと俺、今はまだそんな気は……」

 しどろもどろになりながらも、何とか今回も切りぬけることができた。叔母が帰った後に律は深いため息をつく。
 叔母はいい人だ。そして律たちが子どもだった頃に面倒をちゃんと見れなかったという負い目もあるのか、こうして未だに兄弟を心配して訪れたりしてくれる。とはいえ最近はやたらお見合いを律に勧めるようにもなっており、律はそれに関してかなり閉口していた。
 だいたいこの歳でお見合いとかおかしいし何て言うか、切ないものがある。

「……兄貴、結婚、するの?」
「まさか。しないよ、そんな余裕もないし」

 律はニッコリ笑って利央の頭にポンと手を置いた。すると利央は何だか複雑な顔をしてきた。昔はこうして頭を撫でると嬉しそうに笑ってくれたのになあと律は少し寂しくなる。

「それはお前、弟だってもう高校生だろう? いつまでも兄ちゃんに子供扱いされてたらムッとくらいするんじゃないの? 中学や高校生くらいって背伸びしたい時期でもあるだろうしねえ?」

 会社の同僚である藤堂 海(とうどう かい)がおかしそうに笑いながら言ってきた。
 最近あまり笑ってくれなくなったような気がするとため息をついていた律に「何だい、悩みごと?」などと声をかけてくれた海は、仕事帰りに律を誘ってきた。そしてどこか知らないバーへ連れて来て話を聞いてくれていた。
 ほんの数年前まで未成年だった律は、成人しても飲みに行くことはなかった。だが本人が酒を嫌いなのではないと最近知ると、周りはようやく居酒屋などに誘ってくれるようになったという状況なので、律も子ども扱いという感覚はわからないでもない。
 それでも弟は弟だし……とまた少し落ち込む。兄としてできることはしたいし、やはり笑っている弟の顔が見たい。
 ちなみに律よりも三歳年上である二十六歳の海は仕事でも親身になってくれる、それこそ律にはいない兄のような人だった。基本的に軽い性格なので普段は律をからかったりもしてくるが、いざという時には真面目に受け答えしてくれる。
 もちろん他の職場の人も皆いい人ばかりだ。個人経営の工場なので羽振りはさほどよくない。だが社長も律をとてもかわいがってくれていた。
 雰囲気もとてもいい所なのもあり、基本的に従業員は皆辞めない。それに大きなところでもないので律を雇ってくれた後、新入社員は一切雇われていない。本当にたまにだが入ってくることもあるが、中途採用であり律よりも年上の男性か、パートの女性ばかりだ。そしてパートの女性に若い人はおらず、中卒で入った律が未だに職場で一番年下だった。
 律はそこでひたすら真面目に働いていた。脳内は基本仕事と弟でできているため、容姿はとてもいいにも関わらず二十三歳の今なお女っ気は全くもって、ない。通勤も自転車なので若い女性への免疫もなく、当然いかなる経験もなかった。
 そんな律にとってお見合いなどハードルが高いなんてものじゃない。絶対に無理だと思っている。どのみち今はまだそんな事に気をとられたいとは思わなかった。せめて利央が無事大学を卒業するまでと思っている。

「お前さあ……。弟くん、今いくつなんだい?」
「え? 十五だけど。今年誕生日きたら十六になるよ」

 弟が大学を卒業するまではと律が言うと、海がカクテルを口にしながら呆れたように聞いてきた。
 透明なグリーンが美しいそのカクテルは「グリーンアラスカ」と言うらしい。お酒のことが、いや、お酒のこともわからない律が「じゃあ俺もそれ……」と言いかけると「やめておけ」と苦笑された。
 そして出てきたカクテルは薄暗い中でもわかるほんのりとブルーの色合いが美しいカクテルだった。

「これも色、綺麗でしょう?」

 バーテンダーの青年がニッコリと笑ってくる。彼は堂崎 元貴(どうざき もとき)という名前らしい。きちんと自己紹介してくれた。

「ありがとう。でも何でやめておいた方がいいんだろ」

 律が不思議そうに言うと、元貴は柔らかい口調で教えてくれた。

「海さんのお酒は深い味わいと香りが素晴らしいんですが、上級者向けだと。律さんはあまりお酒を飲まれてないとの事ですしね。これ『チャイナブルー』ていう名前のカクテルなんです。ライチの香りとグレープフルーツの酸味が名前や色と合っていてとても爽やかでしょう?」

 海が飲んでいるカクテルはマティーニグラスのように脚のついたグラスに注がれているショートカクテルと言って、お酒そのものを味わうタイプなのらしい。一方律に出してくれたカクテルはコリンズグラスに注がれているロングカクテルと言って、お酒をジュースやソーダなどのソフトドリンクで割っている事が多いのでアルコール度数も低めのものが多いそうだ
 おまけに出してくれたカクテルは、アルコール度数の高いスピリッツがベースなのではなく、リキュールベースなので度数も低いらしい。

「奥が深いんだね」
「楽しいでしょう?」

 元貴はニッコリ微笑んでくれた。すると海が呆れたように元貴を見る。

「元貴。こいつには手を出さないようにね」
「やだなあ海さんたら。俺ちゃんと彼氏いますよー? でもまあ、律さんがその気になってくださるなら俺はいつでも」
「え?」

 律が何の話だとポカンとすると、元貴はさらに楽しげにニッコリ笑っていた。
 そして今、その元貴が作ってくれた飲みやすいチャイナブルーを口にしながら律が弟の歳を答えると、海はため息をつき首を振ってきた。

「弟くんがストレートで大学入って留年せずに卒業したとしてもお前二十九だよ? それまで一切何も経験することも楽しむこともなく、ただ仕事だけして過ごしてく気なのかい」
「え、でも俺それで十分楽しいよ?」
「……はぁ。全く。きっとあれだ、弟くんもお前がそんなだから心配なんじゃない?」
「え……? りおが心配……?」

 海に言われた途端、律は悲しくなり俯く。

「お、おい。そんな落ち込むなよ。あれだ、お前が弟をかわいく思っていつも楽しく過ごして欲しいと思うように、弟もそう思ってるだろうってことだから」
「……そうだね。だからまだ結婚しないとか言ったら微妙な顔されたのかなぁ」
「かもね。だからさ、こうやってたまには飲みに行ったりして遊んでさ。そうだ、今度合コンしよか!」
「え?」
「ちょっと海さん何それ。とーるに教えてやろー」

 元貴がニヤリと笑う。海は「余計なことすんな」などと言い返している。

「……とーる? て?」

 律が怪訝そうに聞くと、海はああ、と笑いながら「俺の恋人」などと答えてきた。

「え? 藤堂さんて恋人いたんだ? 俺全然知らなかったよ。水臭いなあ、いつから?」

 驚いて律が聞くと、海は苦笑してきた。

「まあそりゃ公言してないからね。職場も皆いい人ばかりだけど、何ていうか言ったら思いきりからかうかもしくはドン引きだろうしね」
「え? 何で?」
「とおるて名前じゃピンとこない? 亨は男だよ。俺の恋人、男」

 その言葉を飲み込むまでに、律は暫くかかった。

「……っえ? あ、え? え? え……え、ええ?」
「え、言い過ぎだよ」

 海がまた苦笑してくる。

「あ……ご、ごめん。いやその、別にその、いや……」
「海さん、何も知らなさそうな律さん相手にストレート過ぎなんじゃないのー?」
「俺はいつだってまっすぐだし」

 海はニヤリと元貴に笑った後で、真っ赤になって動揺している律に優しい眼差しを向けてきた。

「無理するな。気持ち悪いと思うならそう言えばいいよ。女にすら免疫のないお前にはそりゃ驚きだもんな」

 そんな風に優しく言われて律は慌てて首を振った。

「き、気持ち悪いとか! そ、そんなのは全然……! その、ごめん、確かに驚いたしその、俺にはよくわからないことだから……。でもだからといって藤堂さんを否定するつもりなんてない。変な反応しかできない俺でごめん……」

 何とかそう言って項垂れると「あーやっぱお前ってかわいいよね」と海に抱きつかれた。
 普段からよくからかわれては抱きつかれていたので驚くことでもないのだが、つい今しがた誰かと付き合っているというのを聞いたばかりだからだろうか、律は何となく顔が赤くなるのがわかった。
「ほんとかわいいねえ。律さん、いいなぁ。優しそうで真面目そうだし。俺の今カレは頼りないヘタレだし、過去カレなんて目も当てられないドSだったからねえ。男、気になんないなら俺と遊ぼうよ」
 そして元貴にそんなことを言われ、ますます顔を赤くする。とりあえず何とか顔をブンブン振る律に、元貴は楽しそうに笑っていた。
律はどうしていいかわからないものの、それでも利央のことで落ち込んでいた気分はいつの間にか上昇しているのがわかった。海や元貴が元気づけてくれたような気がして、ニッコリ笑う。

「次は違う色のカクテル、飲んでみたい」

 今日くらいは、こんな楽しみも、いいかもしれない。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】※セーブポイントに入って一汁三菜の夕飯を頂いた勇者くんは体力が全回復します。

きのこいもむし
BL
ある日突然セーブポイントになってしまった自宅のクローゼットからダンジョン攻略中の勇者くんが出てきたので、一汁三菜の夕飯を作って一緒に食べようねみたいなお料理BLです。 自炊に目覚めた独身フリーターのアラサー男子(27)が、セーブポイントの中に入ると体力が全回復するタイプの勇者くん(19)を餌付けしてそれを肴に旨い酒を飲むだけの逆異世界転移もの。 食いしん坊わんこのローグライク系勇者×料理好きのセーブポイント系平凡受けの超ほんわかした感じの話です。

タトゥーの甘い檻

マリ・シンジュ
BL
執着系わんこ攻(大学生)× 高潔な美形教授受(30代) どのお話も単体でお楽しみいただけます。 ​「先生、ここ……僕の瞳を入れるから。ずっと、僕だけを見てて」 ​真面目な大学教授・新城が、大学生の・羽生にだけ許した、あまりにも淫らな「わがまま」。 ​それは、誰にも見えない内腿の奥深くに、消えないタトゥーを刻むこと。 「下書き」と称して肌を赤く染めるペン先の冷たさ。 アトリエの無機質なライトの下、四つん這いで晒される大人の矜持。 ​ずっと年下の青年の、必死で、残酷で、純粋な独占欲。 愚かだと知りながら、新城はその熱に絆され、ゆっくりと「聖域」を明け渡していく――。 ​「……お前のわがままには、最後まで付き合う」 ​針が通るその時、二人の関係は一生消えない「共犯」へと変わる。 執着攻め×年上受け、密やかに刻まれる秘め事のお話。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

僕の恋人は、超イケメン!!

八乙女 忍
BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

【完結】君を上手に振る方法

社菘
BL
「んー、じゃあ俺と付き合う?」 「………はいっ?」 ひょんなことから、入学して早々距離感バグな見知らぬ先輩にそう言われた。 スクールカーストの上位というより、もはや王座にいるような学園のアイドルは『告白を断る理由が面倒だから、付き合っている人がほしい』のだそう。 お互いに利害が一致していたので、付き合ってみたのだが―― 「……だめだ。僕、先輩のことを本気で……」 偽物の恋人から始まった不思議な関係。 デートはしたことないのに、キスだけが上手くなる。 この関係って、一体なに? 「……宇佐美くん。俺のこと、上手に振ってね」 年下うさぎ顔純粋男子(高1)×精神的優位美人男子(高3)の甘酸っぱくじれったい、少しだけ切ない恋の話。 ✧毎日2回更新中!ボーナスタイムに更新予定✧ ✧お気に入り登録・各話♡・エール📣作者大歓喜します✧

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...