シロツメクサと兄弟

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16.眠りと気持ち

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「……りお」

 同じ布団にいる律がささやくように呼びかけてきた。身じろぎすらしづらいまま反対方向を向いていた利央は「何」と呟く。
 海のマンションは元々一人もしくは二人用マンションだからけっして広くない。狭い台所と居間を挟んで部屋が二つあるだけだ。それでも基本一人で暮らすなら十分すぎる広さだろう。
 そして寝室として使っている部屋では海と亨が眠っている。利央からしたら眠っているかどうかは怪しいところだ。幸い居間を挟んでいるからか何も聞こえてはこない。

「部屋当然一緒でもいいよね、兄弟だし」

 海がとても楽しそうに言っていた時は妙にイライラとさせられた。何だろうか、何かを見透かされているような気にさせられる。とはいえ見透かすも何も、利央は別に知られて困るようなことなど何もないはずだ。
 同じ部屋くらい本当に全く問題なかったが、布団までもが一緒というのは少々微妙だった。

「……こんな小さい布団に大の大人二人が寝ろってか」
「は。利央は大人じゃなくて学生だろが」
「亨兄、揚げ足とんな。そういうこと言ってんじゃねえ」

 呆れたように利央が亨を見るも、亨は気にした様子もなく「シャワー浴びてくるわ」と洗面所へ向かっていった。

「亨兄のあのマイウェイっぷり、ほんっと変わらねえな」

さらに呆れて利央が呟くと、海がまた楽しそうに笑ってきた。



 ちなみに律は早々にシャワーも浴びてぼんやりクッションにもたれていた。海と亨とで本格的に飲む前に、先にシャワーを使えと律は言われていた。言う通りにして正解だったようだ。さほど飲んだはずでもないのだが、このぼんやりとした律一人で慣れない人の家の浴室を使わせるのは、何となく心配だっただろう。
 律がシャワーを使っている間の海と亨は、遠慮という文字を知らないかのようにいちゃいちゃしていた。律がいる時もたまに妙なことしたり言ったりしていたが、全然甘かった。一応二人も律に対しては多少なりとも気を使っているのだろうか。

「俺にも気を使えよ。ていうか唯一の未成年者の前で何してくれんだ変態」

 利央が言っても二人はただ楽しそうに笑うだけだった。



「マイウェイだろうが、あんな亨がかわいいからいいんだよ。とりあえずあれだ、さすがに普段お客さんなんてそんないないからね。布団は一人分しかないの、我慢してね」

 洗面所へ向かった亨をニコニコ見た後で、海が優しく言ってきた。優しいがしかし有無を言わせない様子ではある。

「いいじゃない、りお。くっついて寝よ? 久しぶりじゃない」

 話をちゃんと聞けているのかも定かじゃなかった律はだがそう言って立ち上がった。

「ごめんね藤堂さん。兄弟でお邪魔しちゃって。布団どこだろ」
「ああ、いいよ律。利央くんが敷いてくれるよ」

 ふらりと歩きだす律に海は慌てて止めに行く。そしてニッコリ利央を見てきた。
 そう言われるのも何となく腹立たしいし、一番やはり落ち着かないのは、止めたからだとわかってはいるが海が律を抱きとめるようにしていることだ。

「そうだよ、俺がするし。海さん布団どこ」

 利央は速攻で海から律を引き離すと、もう一つの部屋へ律を連れて行った。後ろでまた海が笑っているのを感じる。
 一人分の布団を敷き、今こうして二人で眠っている。ちなみに酒でぼんやりしていた律はすぐに眠ってしまったかと利央は思っていた。

「ほんと、久しぶりだよね、こうしてりおと寝るの。昔はよく、くっついて眠ってた」
「……ん」

 俺が眠れなかったからだ、と利央は思った。

 両親を恋しがって泣いて。
 怖い夢を見て泣いて。
 そんな俺に兄貴はいつも「大丈夫、兄ちゃんがいるだろ」と優しく抱きしめて一緒に眠ってくれていた。

 あの頃の律は今の利央と変わらない歳だ。利央は唇を噛んだ。今の自分に小学生の弟がいたとして、当時の律のようなことができただろうかとそっとシーツを握りしめる。
 その状況にならなければ実際はもちろんわからないだろうが、到底律のような兄でいられたとは思えなかった。

「いつもありがとうね、りお」
「は?」

 礼を言うのはこちらだと、利央は背を向けていた状態から寝がえりを打つ。すると思ってた以上に律の顔が近くてびっくりした。律はまだ酔っているのか眠いのか、半分眠っているようにして利央を見ている。

「りおがいてくれたから、いてくれるから俺、毎日楽しいし嬉しいしがんばれる」
「そ、れは俺の方……」

 改まって律に言われ、利央は上手く言葉にできないくらい胸が詰まった。

「最近はあまり兄ちゃんのこと、兄ちゃんだって思ってもらえないっぽいけど……」
「違っ、すげぇ思ってるよ……!」

 悔しいくらいに兄だと思っている。すると律が「ほんと?」とニッコリ笑ってきた。

「思ってる、すげぇ……」

 バカの一つ覚えのように利央は言葉を繰り返す。律ほどの兄など、この世のどこを探してもいない。そして絶対超えることのできない凄い人だと利央は思っている。
 それが誇らしいのに悔しい。超えられないのが悔しい。
 利央が必死に追いかけようとしても、少しは追いついただろうかと思っても、律は当然もっと先にいる。いや、当時の律ですら超えられていない。
 兄とはそんなものだと思えばいいのだろうが、何故だろうか、利央は律が頼れる相手になりたかった。まだ子どもだった頃も兄が少しでも楽になれるようがんばろうとは思っていたが、最近は特にそう思う気持ちが顕著だった。
 他の弟もそんなものなのか聞いてみたいと思ったこともあるが、周りはわりと一人っ子が多い。兄弟がいても自分が兄だったり相手が姉や妹だったり。
 身近にもちろんいるにはいるのだが、翔や翼である。あの翔がそんな風に考えるとは思えなかったし、翼は近いようなことを思っているみたいだが双子だから少し違うような気がする。

「昔の考え方だったら俺の方が兄だったし、普段だって俺の方がしっかりしてるし」

 そういう翼は確かにところどころしっかりしてはいるが、あの性格である。利央はだいたい流して聞いていた。
 律が安心して頼れる相手になりたい。

「思ってくれてるんだったら嬉しいよ、よかった。俺はりおのお兄ちゃん……」

 律が嬉しそうに呟いてきた。多分やはり少し酔っているのだろうなと利央はそっと笑う。

「ん。思ってるし、兄貴もう寝ろよ」
「うん。ねえ、昔みたいにギュッてしていい?」

 律はニッコリ笑うと利央の返事を待たずに抱きついてきた。ふわりと自分たちの普段とは違う香りがする。他人の家でシャワーを浴びたから当然なのだが、それが妙に利央を落ち着かなくさせてきた。

「こ、んなくっついたら眠りにくいだろ」
「んー? でも俺は安心するし、眠れる、よ……」

 安心すると言われ、利央は顔が少し熱くなる。律は実際安心したのかそのまま眠ってしまったようだ。こんな体勢でよく眠れるな、と利央は苦笑した。

「……俺はどのみち眠れなさそう」

 元々寝つきはよくない。おまけに布団はそれなりにでかい男二人には小さすぎた。確かにこうやってくっついていると一応収まるが、この体勢では眠れるものも眠れない。
 身動きが取り辛いというのもある。それよりも何よりも、律に抱き寄せられた状態は何故か利央の心臓を妙に煩くしてきた。
 他の兄弟のことはよくわからない。とりあえず、少なくとも利央は周りが呆れるほど兄である律が大事で大切で大好きだとはわかっている。
 ただ。
 ただ最近、その自分の気持ちに、よくわからないが少々違和感を覚えていることも確かだった。
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